23-4
エンドウは秘宝を隠しているはずの小屋を必死に漁る。しかし置いてあったはずの秘宝をすでに形もなく姿を消していた。
「どうして……!? まさかベイツが……!?」
エンドウは焦りながら言うが、シーラがそれを否定する。
「いや……あんたが一番わかるだろうけど、そんな暇あった? 秘宝の隠し場所はここだけじゃないんでしょ? その中で、真っ先にここに来て秘宝を回収する? ……待て」
シーラは深く思案し、しばらく考える。そしてあることに気づく。
「……そういや、あんたたちがここを離れられる条件だけど“世界樹の接ぎ木を手に入れる”で合ってるのよね?」
「ああ、確かにそうだが」
「あともう一つ、22の秘宝は持ち歩く際、何か縮んだりするとかはない?」
「……? ああ、そういったことはないが。ここには“星の水晶”と“塔の金槌”が置いてあった。野球ボールくらいの……いや、この説明はそっちの異邦人にしかわからないか。拳大くらいの大きさの水晶玉と、身の丈ほどの大槌だ。水晶玉の方はともかく、金槌は結構重かったぞ」
シーラは返事をせず、エンドウから得た情報を必死に揉んでいた。――少し今の状況について舐めていた。先ほどアオイに尻に火がついているとは言ったものの、シーラはまだ先の状況について楽観的に見ていた。いざとなればこの目の前の異邦人をハメれば問題は解決すると。しかし、もうそういう状況ではなくなっていた。
「……コニールの予想で1点間違っていた箇所がある。あと、恐らくベイツって奴は気づいていて、ノータリンのあんたに気づいていないことが」
シーラの悪意ある言い方にエンドウはムッとしながら尋ねた。
「なんだ俺が気づいていないことって!」
「……あいつは“世界樹の接ぎ木を手入れたら回収される”と言っていた。じゃああんたたちはその時点で秘宝を何個持ち歩ている予定だった?」
そこまで言われ、ようやくエンドウはシーラの言葉の真意に気づいた。
「……1個だ。恐らく、俺とベイツも自分の秘宝1つだけ」
「そう。……じゃあ他の秘宝はどうなる?接ぎ木だけ回収して他は学校に置きっぱなし? 第五世代の異邦人は秘宝を持つことで能力を発揮するんでしょう?……絶対にそのままにするなんてありえない」
シーラとエンドウが事の真意に気づく中、アオイは一人理解ができず恐る恐る手を挙げる。
「え~と……つまり、どういうこと?」
エンドウは察しが悪すぎるアオイを呆れた表情で見た。魔法の才能が凄まじいのは先ほど見たが、それ以外は大したことはないなとエンドウは判断した。つまり、有象無象の異邦人の特徴そのままだと。そしてシーラはエンドウがそういう目線をアオイに向けているのを見逃さなかった。しかしそのそぶりは見せずにアオイに説明する。
「つまり、コニールの予想は22の秘宝を一つ外に出せばこの現象は終わるってものでした。ですけどもうその考えは破綻してるんですよ……。今この学校に22の秘宝は3つしかない。……接ぎ木と、エンドウ・ベイツ両名が持っている分しか」
「……え? なんでそんなことがわかるの?」
アオイの質問にエンドウはスマホを取り出して答えた。
「このシーラとかいう女の言う通りだ。俺とベイツは事前に22の秘宝の在処を知らせてくれるアプリをスマホに入れてあった。……でももう反応は3つ分のものしか無くなってる。……気づかなかった……いつの間にか“回収”されてるなんて」
「回収? ……ちょっと待って、もうこの学校に無いって……!」
シーラはエンドウのスマホを見て嫌味たらしく尋ねた。
「おい……そんな便利な機能あるならどこかに潜んでるベイツって奴の居場所もわかるんじゃないの?」
「ベイツの奴がそれを想定してないわけないだろ……。この発信アプリはおおまかな位置だけで、本当の細かい場所……それこそ高低差はわからないんだ。ベイツの奴は居場所がバレない様に研究棟にずっと潜んでいる……。研究棟の何階のどの部屋にいるかまでは追えないんだよ」
「ちっ……使えねえの。……ああ、でその姉さんの質問の回答ですが、今エンドウが言った通りですよ。22の秘宝はとっくに回収されているんです。じゃなきゃあ、全く関係ない誰かが拾ってしまう可能性があるでしょう?」
「う……確かに……」
アオイはその言葉を聞いて納得した。そもそもベイツたちが22の秘宝を手に入れた方法が、隠したと思っているケンイチ達からまんまと盗み出したものだった。なら逆もしかりで、いくら1000人以上が在籍するマンモス校といってもこのくらいの敷地では、21個のアイテムなんて隠したところで見つけられかねない。緊急事態で人がどこに行くかわからないなら猶更だ。
「じゃあこの状況をどうやって解決すればいいの?」
アオイは肝心なことをシーラに尋ねた。ネガティブな話だけでもうここで5分以上は使ってしまっている。はっきり言ってこうやって足を止めているだけで無駄でしかない。しかしこうして足を止めているということは、それが必要だからしているわけだった。シーラは離れてしまった研究棟を眺めながら言った。
「……世界樹の接ぎ木を奪うしかない。そしてベイツかエンドウに押し付けて、ここから離れさせる。そうすれば一旦は問題は解決します」
× × ×
研究棟の避難所では移動の準備が進められていた。世界樹の接ぎ木の力を手に入れたトリー達の態度が横柄さを増していたが、それでも“コニールが持ってきた”情報は無視できるものではなかった。ベイツの襲撃がいつ来てもおかしくない中、ここにいるよりは接ぎ木の力で魔物を除けながら生徒寮に向かった方が安全だと判断したのだ。
コニールは避難の様子を眺めていた。まず職員が先導し、そのあとに子供たちが続いて避難所から出ていく。そして接ぎ木により力を与えられた生徒が間を埋めるように警護する。
――完全に力関係が逆転しているな。コニールは元騎士という有事の際のプロの目線で、今の状況を俯瞰した。見た目ではまだ職員が子供を誘導しているように見えるが、実際は職員が先行する盾になっており、集団の決定権は子供たちが握ってしまっている。
しかも行き先はすでに限界を迎え始めている生徒寮避難所。そして先ほどの話を考慮に入れるなら、接ぎ木によって力を与えられた子供たちは生徒寮の子供たちにいじめられていた。――何も状況が好転する要素がなかった。本来ならどちらにも顔が通るコニールが避難集団の先頭に立ち、仲を取り持つということをするべきだった。しかし今のコニールはそれができない事情があった。
「……来たな」
コニールは剣を抜いて臨戦態勢をとる。そして風切り音を耳が拾い、その音に反応して剣を構えた。次の瞬間避難所のガラスが破られ、ガラス片が飛び散るとともに、ベイツが侵入してくる。その動きを読んでいたコニールはベイツに切りかかろうとする。
「何っ!?」
まさかの迎撃を取られたベイツは慌てて能力を起動し、自分の身体を天井に“落として”コニールの攻撃を避ける。突然の襲撃に避難集団はパニックに陥りかけるが、コニールが叫んで彼らを落ち着かせる。
「大丈夫だ! 今の敵はこいつ一人だけだ! ここは私が食い止めるから、君たちは生徒寮に避難するんだ!」
避難していく生徒たちをベイツは襲おうと向かっていくが、コニールがそこに立ちふさがりベイツの行く手をふさいだ。ベイツは怒るでもなく、コニールに関心するように話しかける。
「驚いた……。まさか私の奇襲が読まれていたとはな」
「私はこの手のプロなんでな……。お前みたいな所詮“素人”が取る手なんてものは簡単に予測できるんだよ。その身のこなし、どう見てもド素人だからな」
コニールは天井に立っているベイツに剣を向けながら言った。ベイツはコニールの煽りに対し、血管を浮かばせはするものの、口調に怒気は交えずに話を続ける。
「ほう……そのプロ様だが……どうやら異邦人についての知識はある程度あるようだな」
ベイツはコニールの反応を見て判断した。普通天井に張り付いている人間を見ればもっと挙動不審になる。そういうことがないということはギフト能力の概念を知っているということだった。
「そうだな。お前が第五世代の異邦人であること、能力が重力を操る力と、その左手に隠し持っているスマートフォンとかいう板を使って敵の動きを止めるということまで知っている。……この話もその左手の能力を使えるようにするための時間稼ぎだろう?」
ベイツはついに笑みが消えて表情が硬直した。コニールの指摘通り、ベイツはスマホを使ったもう一つの能力を使おうと準備をしていたからだった。
「……お前」
もう先ほどまでのどこか余裕を感じさせる口調は無くなっていた。コニールはその声を背すじに何か冷たいものが走る。――殺気。コニールの騎士としての勘がそう伝えていた。しかしそれは矛盾を感じさせるものだった。なぜならベイツの動きは素人そのものであり、そのような殺気を感じさせるのは理に合ってないないからだ。
「なるほどね」
コニールはエンドウがなぜベイツを警戒しているか、そしてエンドウが言っていたある一言について合点がいった。――人殺し。エンドウはベイツにそのような噂があると言っていた。
「こいつは……“殺人鬼”ってやつか……しかも悪い方の」
異邦人がどれだけ厄介なものか、コニールはよく知っている。ユウキ、アオイ、ケンイチ、そして今まで会ってきた異邦人たち。彼らはほぼ全員“素人”だったが、それでもコニールを凌ぐ力を持っていた。――ステータスとかいうふざけた名前の力によって。
「私がどこまでやれるか……! でもやるしかない……!」
× × ×
学校の周りの光の壁の影響でよく見えないが、空には月が光り輝いていた。町の人たちは誰も彼も学校を囲んでいた光の壁を見ていたためにその月の異変に気が付くものがいなかった。
月の光が時折何か黒い点で瞬いていることを。――その黒い何かが月を背に空を駆け、月の光を遮っていたことを。




