23-3
アオイたちと別れたコニールは、研究棟の避難所へと向かっていた。相変わらず魔物には遭遇するが、まだ研究棟の方には大型の魔物は出現していないらしく、一人であることもあって、無駄な戦闘はせずに進んでいく。しかしまたサイクロプスのような大型の魔物が出現すれば、今度こそしのぎ切れない。避難した人々がパニックを起こし始める懸念以上に、時間を気にする必要は出てきていた。
一度避難していたこともあり、コニールは迷うことなく避難所へ到着する。そして扉を開けると、予想していない対応がコニールを出迎えた。
「いったい何者だ! 下がれ!」
槍を突き付けられ、コニールは咄嗟に両手を上げる。そして落ち着いて自分に槍を向けている者の姿を見た。
「……子供?」
コニールに槍を向けていたのはせいぜい10代前半のまだ子供の男の子だった。恐らく生徒の中でも低学年――校章を見れば2年生だとわかるのだが、コニールはその辺りの理解が全くできていなかった。相手が子供だとわかると、コニールは両手を下げて男の子に宥めるように言う。
「おいおい危ないぞ君。そういったものは人に向けるもんじゃ……」
「下がれって言ってるだろ!」
槍の穂先が光りだし、コニールは咄嗟に危険を感じその場から飛び跳ねて避ける。すると穂先から冷気の魔法が飛び出し、コニールの後ろの壁を一面凍らせた。
「な……!? こんな小さい子供がこんな威力の魔法を……!?」
コニールも騎士として活躍するにあたり、魔法は何度も見てきたし、目分量でそれなりの熟練度は察することはできる。そしてその上で今この子供が放った魔法は、過去に見てきた魔法使いの中でも上位に位置するほどの威力を持っていた。
「くそっ……!」
コニールは避けた勢いそのままで前に踏み込み、槍の柄を掴む。いくら魔法が強くても相手はただの子供にすぎず、コニールの力でも容易に制圧ができた。掴んだ槍を強引に奪うと、それを手の届かない場所に投げ、子供を怪我させないように組み伏せる。
「少し痛いだろうが、オイタをする子にはお仕置きってやつだ。……しかしなぜ君があんな魔法を……」
「そいつから離れろ!」
新たな子供の叫び声が聞こえ、コニールはそちらの方へ向く。するとそこには10人ほどの子供がそれぞれコニールに武器を向けており、全員の持っている武器が怪しく光り輝いていた。コニールはたまらず組み伏せた子供を開放すると、大人しく手を上げた。
「……世界樹の接ぎ木の効果なのか? するとこれはあのトリーって子が?」
「……そうです」
子供たちの後ろから少女の声が聞こえ、子供たちは左右に分かれて道を作る。そこには世界樹の接ぎ木を持ったトリーがおり、その横にはジェインも立っていた。
「私が手にしたこの接ぎ木の力を用いて、この子達に魔力を分け与えました」
「君は……!」
コニールは先ほど会ったトリーとの印象がまるで違うことに驚いていた。先ほど会ったトリーは憧れであるコニールと出会いテンションが上がっていたが、どこか自信がなさげで控えめな態度だった。しかし今のトリーはまるで自信に満ち溢れた――もっと言えば全能感に支配された顔つきになっていた。
「……さっき会った時とは随分変わったな」
コニールはこめかみから汗を流しながらも、できるだけ弱みを見せないように振る舞う。
「私がこの避難所に戻ってきたのは伝えることがあるからだ。君が退治したとかいう異邦人……鋭い顔つきをしてる方の奴が、君たちを狙っている。正直この避難所からの移動すら検討した方がいい」
コニールは辺りにいる人々を見た。先ほど生徒寮を見てきているためか、戦力の比較もできるようになっていた。生徒寮に対して研究棟は職員の数が多く、彼らが全員戦えるかどうかはわからないが、生徒寮に移動する分には充分にフォローできると考えていた。
「それにもう少ししたらこの状況も終わるように動いている。そうなったとき、より早く外にできる生徒寮に避難した方が……」
「嫌だ!」
そう叫んだのは、トリーの周りにいる子供のうちの一人だった。そしてその声を呼び水に他の子供たちもどうように叫ぶ。
「そうだいやだ!」
「あいつらは僕たちを入れてくれたりなんかしない!」
「そうやって世界樹の接ぎ木も奪うつもりなんだ!」
子供たちの拒否反応にコニールは疑問を抱き尋ねた。
「な……なんでそんな?」
コニールの問いに、ジェインが答える。
「コニールさん……。あなたはこの学校について……いや、この町についてどれだけのことを知っています?」
「どれだけのことって……。私の国の指令で何度かこの町には来ているが。魔法が活発な町という認識ではあるが」
「それだけのことがわかるなら、すぐにわかりませんか?」
ジェインの諭すような言い方にコニールはムッと態度をこわばらせる。
「何が言いたいんだ?押し問答をしている暇は今は無いんだ」
コニールの反応を見て、ジェインは頭を抱えながらため息をつく。
「はぁ……。わかりましたコニールさんにもわかりやすいように直接答えましょう。……今生徒寮にいる大半の子は“いじめっ子”なんですよ」
「……は?」
× × ×
アオイとシーラ、そしてエンドウの3人は、エンドウとベイツがケンイチ達から盗んで隠した22の秘宝の隠し場所に向かっていた。エンドウが先導して先に進む中、アオイとシーラはこそこそと相談していた。
「コニールさん大丈夫かな……」
「あ~……コニールなら人間相手にはそうそう遅れは取らないでしょう。……でも、あれだな……もしかすると今研究棟はすごい混沌としてるかもしれませんが……」
「混沌?」
アオイはシーラの言い方が気になり尋ねる。シーラは生徒寮の方をチラっと見ながら答えた
。
「今生徒寮にいる連中と、研究棟にいる連中は間違いなく仲が悪い。……というよりは研究棟にいる奴らはほぼ全員ジェインシンパ……つまり落ちこぼれでしてね。こんな競争の激しい学校で落ちこぼれがどういう扱いを受けるかって言いますと……そりゃあ“いじめ”ですよ」
アオイはシーラの説明を聞いて胃がうねった。アオイとしてこの学校にいる間は人気者の立場であったが、結城葵としてなら他人事では無いからだ。
「ジェインの奴はそういう点では、弱者の救済をきちんとしていました。成績が低い子たちに補習を行ったり、そういう奴らを集めて友人関係を構築させたりね。偉そうな事言って、成績優良者しか見なかった他の教師なんかよりは遥かに」
「……いい先生だったのかな?」
アオイはシーラの言い方が少し気になった。言い方は悪し様ではあったが、その内容がジェインを非難ものよりも評価するものの方が多かったからだ。シーラは自分が言っていることにようやく気がづき、顔を反らした。
「別に……。ただコニールは上手くやれますかね。話の内容からして、ジェインシンパの一人が接ぎ木を手にしたと考えれば、その落ちこぼれが降って湧いた力を手に入れたことになる。……そういう連中がどういう風になるか、姉さんはよくわかっているでしょう?」
アオイは黙ってうなずいた。なぜならシーラの言うことはもっともだったから。――異邦人という驚異とずっと戦い続けてきたから。
「それに生徒寮の連中も動き出してくるかもしれない。あのケンイチって異邦人が動かないとは考えづらいですし。それに研究棟に潜んでいるかもしれないベイツって異邦人の襲撃を避けるためにコニールが生徒寮への避難を提案するなら、生徒寮と研究棟の連中がぶつかり合うことになる。接ぎ木を持っているトリーってやつがそこに現れたらどうなると思います?」
「……どうって?」
シーラは意地悪く微笑みながら答えた。
「生徒寮の連中は大義名分を得て、研究棟の連中を弾圧しますね。こいつらが原因でこんな事が起きたって。やっぱりジェインシンパの人間たちは落ちこぼれの犯罪者予備軍だったと。対して研究棟の連中は普段いじめられていた怒りをぶつけるかもしれない。……そうなったら、魔物や異邦人がどうこうするまえに、身内で潰しあうことになるでしょう」
シーラの予想を聞き、アオイは顔を青ざめた。
「いっ……!? なんでそこまで予想していてコニールさんを行かせたのよ……!?」
「なんでってじゃあ私たちが行って止められます? だから本当は最初は私が行こうと思いましたよ。姉さんとコニールをこっちに来させて、私がぎりぎりまで時間を稼いで。でもあのベイツって奴が潜んでいるかもしれないせいで全部台無しになった。……ずっと時間がない時間がないって言い続けてきましたが、もう尻に火がついてるんですよ今は」
そこまでの説明を聞いて、アオイもようやく状況の理解ができた。
「……わかった。とにかく今私たちがすべきことは、学校を覆う壁を消して、外からユウキが来れるようにすることね。そして中にいる人たちも外に避難できるようにすること」
「ええ、そうすればとりあえず問題の大半は片付きます。ですからまずは……」
「なんだと!?」
叫び声が聞こえアオイとシーラはその方向を見る。その声はエンドウが道端に設置された小屋の中を見て驚愕した声だった。
「何があったのよ!?」
シーラは悪い予感が頭をよぎるがエンドウに尋ねた。自分が想像した最悪の展開でないことを祈りながら。しかしその希望はあえなく砕かれ、シーラにとって最悪の想像通りの答えが返ってくる。
「秘宝が……無い……!」




