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異邦人狩りーーユウキとアオイ  作者: グレファー
第3話 受け入れる現実
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3-1

「お母さんは末期のすい臓がんです」


 ユウキ――いや“結城葵”は、その言葉を医者から聞かされた時、目の前が真っ暗になったような感覚になった。抑えようと思っても心臓が早鐘のように鳴り、呼吸が全く安定しない。


 結城は横にいる自分の母である美琴を見た。自分が末期がんで余命いくばくも無いにも関わらず、その表情は結城のことを心から心配している事だけが浮かんでいた。


 結城は北九州にある田舎町の出身だった。今年で高校3年生になり、受験や就職など、もう未来のことを考えなければいけない立場だった。だが結城には何の展望もなかった。今までろくな成功をしたことのない結城は、自分で何かを決めるという自信が圧倒的に不足していた。


 それくらいなら他の同級生も大なり小なり同じ思いを抱えていたかもしれない。だが、唯一の身寄りである母の死がもう目前に迫っていた、父が幼いころに亡くなり、親戚付き合いも殆ど無かったため、結城には頼れる人が母しかいなかった。――そして何より大事な母を失うことが恐ろしかった。


 医者は結城の動揺を察し、結城を落ち着かせるように言う。


「……君に伝えるべきかどうかは、お母さんとよく話した。そして君がいっぱしの大人であると見込んで話している。君も確かにショックかもしれないが、お母さんを支えられるのは君だ。……今日は帰って少し落ち着きなさい」


 結城は目を真っ赤に充血させて医者を見る。頭で理屈は理解できても、今この時は医者が何よりも憎らしかった。ただ“治せ”や、“何とかしろ”とも喚きだすこともできなかった。――母にショックを与えることがわかっていたから。


「私は検査がまだ残っていて今日は泊っていくから……。夕ご飯は悪いけど買って食べていってちょうだい。……また明日、話の続きをしましょう」


 母に促され、結城は頷くしかなかった。フラフラになりながらも立ち上がり、一礼をして診察室から出ていく。


× × ×


 結城は家に帰らず、帰り途中にある公園のベンチに座り頭を抱えていた。これから自分がどうすればいいのか、まるでわからなかったからだ。


「母さん……どうして……! 俺……どうすれば……!」


 17歳の少年に受け止めろというにはあまりに酷な現実であり、支えてくれる誰かがいればよかったが、結城には相談できる相手もいなかった。そして出せるはずもない答えを、考えられるはずもない頭で考えるふりをすることしかできなかった。


 そして結城は気が付かなかった。自分の足元が、光源もないのに光りだしていることに。そして強い光に包まれた結城は、その瞬間に姿を消していた――。


× × ×


 パンギア王国王城。夜が更けはじめ、城の各所に灯りがつき始める。そんな中、ユウキは城のある一室で悪戦苦闘しながら服を着替えていた。


「くそ……こんな服着たことないからどうすりゃいいのか……」


「ユウキ君、大丈夫かー!?」


 部屋の外からコニールがユウキの名を呼ぶ。ユウキは何とかネクタイを結ぶことに成功すると、コニールの呼びかけに答えた。


「はい! 今行きます!」


 ユウキは部屋のドアに手をかけ、勢いよく開ける。ただしそれは元気を示すものではなく、もうどうにでもなれという破れかぶれのものであった。


「……お待たせしました」


 ユウキは不機嫌そうにドアの前で待っていたコニールに言った。そして案の定、出てきたユウキを見たコニールは一瞬呆気に取られると必死に笑いを堪えて口を抑える。


「ぷっ……ぷぷっ……。す……すまない」


「あ! 兄さん! 着替え終わったんですね!」


 この状況で“2番目”に聞きたくない声が聞こえ、ユウキは身体をビクッと震わせる。そして油が切れたドアのようにどん詰まりながらシーラの方を見る。そしてユウキと目が合ったシーラは、ユウキの姿を見ると目を丸くし、そして腹を抱えて笑った。


「ぷっ……アッハッハ……アッハッハッハ!!! 兄さん! すげえ似合ってないです!」


「う……うるせえな!」


 コニール達が笑うのも無理はなかった。ユウキはタキシードを着ていたのだが、見た目が少し幼いこともあり、まるで似合っておらず、完全に服に着せられていた。対してシーラのドレスの着こなしは完璧であり、さらにドレスに合うように化粧も入念にされており、普段とはまるで別人のような印象になっていた。そのドレスの着こなしを見て、コニールは戸惑いながらシーラに言う。


「ユウキ君に対してシーラ、君はやけに着こなしているな……。流石は"ロマンディ家"のご息女ってところか?」


「……家のことは言わないでよね」


 シーラはコニールに不機嫌そうに言った。シーラのドレス姿を見てユウキは見惚れてしまっていた。そしてコニールの方を見て、その服装を見る。普段通りの女騎士としての恰好であり、ユウキからの視線を感じたコニールはユウキに尋ねた。


「どうした?」


「いや……コニールさんはドレス姿じゃないんですね」


「そりゃそうだろう。私は騎士だからこの姿が正装だ。今回は君たちを王に紹介するために客間に行くが、普段なら警備の仕事として働く立場だからな」


「そうすか……」


 ユウキは少し残念そうな口調で答えた。コニールはその意図がわからず疑問符を浮かべるものの、すぐに次の疑問が浮かんで周囲を見る。


「あれ? そういえばアオイ君はどこに?」


 コニールの疑問にシーラはにんまりしながら二人に言う。


「それはですねえ……ほら!姉さん!早く来てくださいよ!」


「ま……待ってって……歩きづらいし……その……」


 ユウキが今”一番聞きたくない声”が聞こえてきた。それと同時に不規則なリズムでヒールの足音が聞こえてくる。まるでヒールで歩くことに慣れていないような足音だった。そして曲がり角からその足音の主が姿を現したとき、ユウキは気まずさから思わず顔を反らした。


「アオイ……! お前その恰好……!」


「な……なんだよお! しょうがないじゃない!」


 アオイがドレス姿で姿を現していた。シーラよりも体つきが更に女性らしいものになっており、身体の各所が強調されて非常に色気を感じさせるものになっていた。さらにシーラに化粧をしてもらったのか、元の面影を残しながらも大人の女性の雰囲気を身にまとっていた。


「どうすか~兄さん。姉さんすごい奇麗になったでしょう?」


「いやちょっと待って……いろんな意味で直視できない……!」


 ユウキは間違いなく確信していた。おそらく今が人生で一番恥ずかしい時だと。頭に心臓があるかのように血液が頭中を流れ脈動を感じる。――目の前にいるのが文字通り“もう一人の自分”であるのだから。


× × ×


「「同一人物ぅ!!!???」」


 異邦人であるインチとの戦いの後、黎明亭のシーラの部屋にて、ユウキとアオイは自分たちの過去を話していた(アオイが飛ばしていた宿屋の備品は全部アオイの能力で戻した)。


 このエルミナ・ルナとは違う『地球』の『日本』という場所から来たこと。故郷で母が待っていること。――そしてユウキとアオイが元は同一人物であったこと。


「んなことよく信じる気になりましたね……」


 シーラはユウキ達の突拍子のない話にツッコミを入れるが、ユウキは肩をすくめながら言った。


「しょうがないだろ。だってアオイの方も俺と全く同一の記憶を持ってたんだ。じゃあもうアオイも俺だって思うしかないじゃないか」


「元人格の方は男ではあるが、口調とかは女性らしい言葉なんだな」


 コニールの指摘にアオイは照れながら言う。


「そこはなんというか……雰囲気というか。ただ今までと同じ口調がなんか気持ち悪く感じて。気づいたらこうなってた」


「あと……随分出るとこ出てるようで」


 シーラはアオイの身体をまじまじと見ながら言い、アオイは咄嗟に胸などを腕で隠した。


「こ……これもしょうがないでしょ!」


「本当ですか~。結構本体のスケベな願望が現れて……いてっ!?」


 シーラのセクハラ発言を咎めるようにコニールがシーラにゲンコツを入れる。シーラは恨みがましくコニールを見るが、さすがに言い過ぎたことを反省し一度頭を下げる。


「まぁ……でもこれで姉さんのさっきの不思議も解けましたよ。“例のアレ”に全く対応できてなかったのはそういう事なんすね。今の話からして、このエルミナ・ルナに来てから1か月足らずでしょう?」


「“例のアレ”?」


 コニールはシーラの会話内容に一部引っ掛かりを覚え尋ねようとするが、すぐに理解し咄嗟に黙った。そして場を切りなおすように一度咳をする。


「オホン。とりあえず君たちの素性はわかった。……今のが真実か否かとしてもだ。君たちが“異邦人狩り”として異邦人たちと戦っているということは事実だろう? そこでだ」


 コニールは王城を方向を指指す。


「君たちを一度、王城に招待したい。異邦人についての調査の報告に付き合ってもらいたいし、もし君たちが異邦人狩りとして認められたなら、国からの援助もあるかもしれないからな。来てくれるか?」


 ユウキはアオイの顔を見る。同意を得るための表情ではあったが、それは杞憂だった。何故なら“元同一人物”なのだから。思っていることは一緒だった。


 ユウキとアオイの二人は頷くと、代表してユウキが答えた。


「わかった。ついていくよ。コニールさん」


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