23-1
ケンイチはアオイを信頼していた。それはただ強いからだけではなく、この状況下で他人のことを考えられる優しさを持っていること、目の前の困難に立ち向かう気丈さを見て、人間として好意を持っていた。
しかしアオイは自分を騙していた。――本来それは怪盗団として22の秘宝を集めていたケンイチに返ってくる言葉ではあるが、ケンイチはそれを無視した。
「いったいどういう事なんだ……? なぜアオイさんが……異邦人狩りと同じ名前なんだ……? それに男って……!」
「訳を説明すると長くなる……っていうか私もようわからんのだけど」
アオイはケンイチに宥めるように言った。しかしケンイチは混乱のまま手に持っていたコニールの剣をアオイに向ける。
「あ……あんたも俺を狩りに来たのか? な……なんだって異邦人狩りなんてやってるんだよ!」
「ちょっ……ちょっと待って!」
アオイは両手を上げるが、それと同時に生徒寮から自警にあたっていた生徒たちが飛び出してくる。
「おい! あのでかいバケモノを倒したのか!?」
「ケンイチ君がやったの!?」
「お……おい、あれシーラじゃないか?」
生徒たちの一人がシーラを見つけ指をさす。見つけられたシーラはハッと気づいて顔を隠した。
「やべっ……!」
しかし時はすでに遅く、生徒たち全員がシーラの存在を認識してしまった。
「なんでお前がここにいるんだよ!」
「この光の壁も、あんたが原因なの!?」
「みんな! あいつを捕らえろ!」
生徒たちが臨戦態勢を取り、シーラに攻撃の意思を向ける。サイクロプスとの戦いで疲労していたコニールとアオイだが、この状況でただ突っ立っているわけにはいかず、慌ててシーラの下へ寄った。
「お……おい! どうするんだ!?」
コニールがシーラに尋ねると、シーラは俯きながら答えた。
「この状況でまともな説得ができると思えない……。それに別の異邦人二人が研究棟に行ったのも気になる。……まずは逃げて研究棟に行こう」
「……わかった」
アオイとコニールは頷いて答えた。とにもかくにも今は時間がなかった。アオイたちは生徒寮を尻目に、研究棟へと駆け出していく。
「まっ……!」
セシリーはシーラ達を止めようとしたが、2度目の魔力切れによる負担が非常に大きく、そのまま力尽きて崩れ落ちてしまう。
「……また……私はあの子を……」
そしてブレットも、生徒寮から逃げていくシーラをただ黙ってみていた。
「あいつ……」
× × ×
生徒寮から逃げ出したアオイたちだが、研究棟に行く前に道の途中にあった備品小屋で休憩をとっていた。
「いつつ……!」
コニールは傷の治療をしながら呻いた。サイクロプスにガレキの破片をぶつけられた箇所が、重傷ではないもののそれなりの傷になっており、治療する必要があった。
「大丈夫です? これ氷結魔法でタオル冷やしたから患部にあててください」
アオイは魔法で冷やしたタオルをコニールに差し出す。コニールは有難くそのタオルを受け取った。
「サンキュー……。だいぶ楽になったよ……」
「あとすみません、ちょっと私の頭にも包帯巻いてもらえます? さっきの異邦人との戦いで研究棟の壁に激突したとき、割と強くぶつけたみたいで……」
「あ~……本当だ。よく今まで痛くなかったね」
「ははは……痛みを気にしてる暇がなかったというか……。今になって痛み始めてきて……」
お互いの怪我を治療しあうアオイとコニールだが、シーラだけは一切の怪我も負っておらず、離れたところで一人座って休んでいた。戦闘能力の無いシーラはただ逃げる、眺めるしかすることがない。その無力さによる罪悪感のためか、シーラは大人しくしていた。
「……ここの生徒たちの君への敵対心は尋常ではないな。君がこの街で変な商売をしていることは以前聞いたが、それだけではここまで恨まれたりはしないだろう?」
コニールがシーラに声をかける。コニールはサイクロプスとの戦いの前、ブレットを目の前にシーラが言ったことを思い出していた。――人を殺したと。
「……わかったわよ。訳を説明するって」
シーラはコニールの方へ顔は向けず、重い口をゆっくりと開いていった。
× × ×
シーラがグレて街で商売を始めてから、それは一気に軌道に乗った。元々エリート校であるストローズ魔法学校で座学でトップを取れる成績を持つシーラは商売の面でも多大な才能を秘めていた。
そしてしばらくしてシーラは街の多くの店を買収していく。自分で店を1から開くより、店を買い取ってその経営方針を握った方が手間がかからないと気づいたためだ。部下も何人何十人と抱えるようになり、それらの部下がさらに店を買収していく。――それがいけなかった。
× × ×
「私は裏稼業にも手を出すことはあったけど、決してヤクザな仕事や売春には手を出さなかった。仕事に貴賤は無いって言ったって、そりゃあ貴賤はやっぱりあるからね。……まぁ良心が引っ掛かったわけさ。だけどトラブルが起きてね」
「トラブル?」
アオイがシーラに尋ねると、シーラは自嘲気味に笑って答えた。
「たまたま買い取った飲食店が、裏で売春を斡旋してたんです。完全にそれに気づかなったうえに、まさかの学校の生徒が脅されてその店で売春をしてましてね。……そんでもって薬漬けにされてるという最悪の状況が発覚しまして」
アオイとコニールはシーラの説明に顔をしかめた。ある意味予想通りの反応であったのか、シーラは乾いた笑い声を出す。
「ハハッ……。まぁあとは噂に尾ひれがついて、私が生徒に売春を斡旋して、薬の販売まで行ってたということになってしまって。元々学校にほとんど通わない不良で通ってましたから、あっという間に信用されちゃってこういうことになっちゃったって事です」
アオイとコニールはシーラの告白にショックを受けていたが、実はシーラがこのことを仲間に話すのは初めてではなかった。ユウキとインジャにもすでにこの事は話しており、この事実を利用して、ケンイチ達が集まっていた酒場の主人であるアツシに脅しをかけていたからだ。自分が同級生すら売るという悪評を利用し、アツシの娘をキズモノにして売るという脅迫に真実味をつけたのだった。
「……私をおいていきますか?」
シーラはアオイたちに尋ねた。ユウキたちには伝え、アオイたちには伝えなかった理由は一つ。この事実は女性相手に受け入れがたいという確信があった。――アオイをまともな“女性”扱いすることが正解かはわからないが。
「別に私を置いていってもかまいませんよ。どうせ役には立たないし」
シーラのその言葉には半ばヤケになった感情が含まれていた。ここまでこの学校の中での戦いで、シーラが役に立つ場面は一切なかった。それどころか自分の悪評にアオイたちを巻き込み、ただ邪魔にしかなっていなかった。
「魔法も使えない私なんか……」
「いや、シーラにはいてもらわないと困る」
自虐を続けるシーラの言葉をアオイが遮った。
「ああ、確かにそうだな」
コニールもアオイの言葉に続けて賛同する。
「私もアオイ君も、正直なところ機転が利くわけじゃないからな……。今更だけど、アオイ君と私の情報伝達が確実にミスっていて、あの異邦人とのニアミスを起こしてるからな……。こういう時シーラにいてもらわないと大変困る」
「そうですね……。それに今更シーラのことをそんなことでどうこうとは思わないな……」
「ど……どうして?」
シーラはアオイに尋ねると、アオイは苦笑しながら答えた。
「だってシーラ、自分で気づいてないかもしれないけど、妙に真面目だよね。この学校に来て、ようやくシーラがなんか不良っぽい理由とかわかった気がするけど、それを差し置いても変に律儀なのは今までの旅で見続けてるわけだし」
「そうだな。オレゴンの時も住民の避難を手伝っていたし、パンギア王国の時だって周りに被害を出さないように上手く立ち回っていたな」
コニールからも言われ、シーラは思ってもなかった言葉に動揺してしまう。
「い……いやそんなこと……」
顔を反らすシーラの肩を、アオイはしっかりと掴む。そしてアオイの方を見たシーラと目を合わせ、まっすぐな気持ちで言った。
「ようやく私たちの共通項が分かった気がする。ユウキも、コニールさんも、シーラも全員変に真面目なのよね。……だから頼むよ。シーラの力を貸して」
アオイの嘘偽りのない言葉に、シーラは再び顔を反らしてしまった。しかし今度のそれは動揺からではない。恥ずかしさ――目に熱い何かがこみあげてきていることを隠すためのものだった。シーラは腕で目をぬぐいながらアオイに答えた。
「い……いや。その……なんでもないです! ……わかりましたよ! 姉さんたちはマジで不器用極まりないんだから、私が何とかしてあげますから!」
「ったく……こういう時でも減らず口は無くならないのか」
コニールの言葉にシーラは毒づきながら言った。
「むしろコニールは腹芸の一つくらいできるようになれって。そんなんだから城を追い出されることになったんじゃん」
「はぁ!? むしろ私が追い出されたのはシーラのせいだろ!?」
「何言ってんの! 私がああしなきゃ別の罪着せられて追われてたでしょうが!」
「ぐっ……!」
コニールは図星をつかれ言葉を失ってしまった。その横でアオイはシーラとコニールの他愛のないやり取りを見て笑っていた。――仲間、か。アオイは先ほど自分が言った言葉を心の中で反芻していた。――いいもんだな。仲間って。
だがその和やかな雰囲気の中で、コニールはなおも心中にくすぶっているものがあった。シーラが言っていた殺人のことについて、明確な回答が先ほどの話で無かったからだ。
そしてそのくすぶりはシーラも抱いていた。まだ“あの事”については、姉さんたちにも言えない、と。
× × ×
準備を終えたアオイたちは研究棟へと向かう。休んだのは20分ほどでしかなかったが、これ以上休んでもいられなかった。ケンイチ達もあの別の異邦人たちを追う姿勢を取るだろう。もし次バッタリ会ってしまったら、戦闘状態にならない保証はなかった。
「……多分この上なんだろうな」
アオイは研究棟の上を眺めながら言った。
「ええ多分そうでしょうね。……そりゃあこんだけ光ってたらなあ」
シーラもアオイと同じく研究棟の上を眺めていた。研究棟の最上階部分が強く輝いており、そこに何かありますよと誰が見てもわかる状態になっていた。
「ドタバタで全然気づかなかったな……。白い光は学校の周り中にも広がってるし、あそこが強く輝いていることが目に入っていなかった」
コニールは研究棟の上の光を眺めながら言った。アオイも同様に光を眺めながらつぶやく。
「これは急がないとあの異邦人たちももう……」
「お前ら……さっきの奴らだな!」
突如聞こえてきた男の声に、アオイたちは即刻臨戦態勢を取った。その声には聞き覚えがあり、アオイたちが首を水平方向に戻すと、その予想通りの人物が目の前に立っていた。
「あんた……あの第五世代の異邦人とかいうやつ!」
アオイはその男――エンドウに対し、敵意を向けながら言う。しかしエンドウの方は逆に武器も手に持たず、両手を上げてアオイたちに敵意がないことを示していた。
「待て! 話を聞いてくれ!」
「話……?」
コニールがエンドウの様子のおかしさに気づき、アオイの前に手を出して静止する。
「話とはなんだ? ……それにあともう一人、お前の仲間の異邦人がいなかったか? そいつはどこにいる?」
コニールが尋ねるとエンドウは必死に答えた。
「ベイツは今どこにいるか俺にもわからない……! ただもう時間がないんだ! 早くしないとあいつが……!」
「時間がないってのはこっちも一緒なんだけど。……助けろとか勘弁願うけど」
シーラが嫌味たらしく言うと、エンドウはそれに付き合わず先ほどと同じく、真剣な表情で答えた。
「早くベイツを止めないと、避難所の人間が皆殺しにされるぞ! あいつは……全員殺す気だ!」




