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異邦人狩りーーユウキとアオイ  作者: グレファー
第22話 何があっても
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22-4

 アオイがエルミナ・ルナに来てから3か月近くが経っていた。ここまで来る旅の中で、魔物に襲われ、野盗と戦い、異邦人と遭遇し、実戦経験は数えきれないほどこなしてきた。


 ユウキもアオイも気づいていないが、その密度は常人のそれをはるかに超えていた。本来の結城葵であれば、成長する前に何十回も死んでいたような経験も、ユウキとアオイは生き延びてきた。それは彼らを大きく成長させていた。


「お願いケンイチ君!」


「はいよ!」


 ケンイチは飛び出してサイクロプスに向かっていった。右手にはナイフを持っており、これがケンイチがこちらの世界で使用している武器だった。サイクロプスはケンイチを本能で敵と見なし襲うが、ケンイチはそれらの攻撃を回避しつつ、攻撃してきたサイクロプスにカウンターで斬撃を与えていく。


「つ……強い!?」


 ハージュはケンイチの強さを見て驚いていた。弟弟子であるロンゾの紹介で知り合った青年であり、この学校に入ってからもそう付き合いがないわけではなかったが、ハージュの知っているケンイチは、魔法の授業に苦戦して、ミクにフォローしてもらっている姿だった。


「サンキューケンイチ君……ウェイル!」


 アオイはケンイチがサイクロプスの注意を引きつけている間に狙いを充分につけ、サイクロプスの目に向かって水魔法を放つ。そして今度は間髪入れずに――。


「アイラス!」


 氷結魔法を放ち、水がかかった周辺を凍らせる。本来耐久力が非常に高い魔物を氷漬けにするには莫大な魔力が必要だが、アオイの目的はそこにはなかった。


「目ん玉氷漬けにされて、のけ反らないでいられるかしらね!」


「ぐああおおおっ!?」


 アオイの目論見通り、サイクロプスは目の痛みに耐えかねてバランスを崩して倒れてしまう。そして目玉に張り付いた氷を剝がそうと目を掻きむしり、その間完全に注意が逸れてしまっていた。そこまでがアオイたちの“作戦”だった。


「せええの!!!」


 ケンイチはサイクロプスの胸の上に登っており、手にはいつの間にか長剣が握られていた。コニールはケンイチが剣を持っているのを見て、自分の手元から気づいたら剣が無かったことに気が付いた。


「あっ! それ私の……!」


 コニールが言い切る前に、ケンイチはサイクロプスの胸に思いっきり剣を突き入れた。心臓の位置は迷うことはなかった。これだけの巨体を持つためか、鼓動もかなり大きなものとなっており、そこにあると確信できたからだ。


「がああああ……あああ……あ……」


 サイクロプスはひとしきりバタついた後、絶命して動かなくなった。ケンイチはすでに魔物から離れており、横で控えていたアオイの傍までやってきていた。


「ふぅ……なんとかなった」


「君があの手の怪物とやりあった経験があるって聞けて良かったよ。……おかげである程度任せることができた」


 アオイとケンイチはハイタッチして互いの健闘を称えあった。――しかし周りの二人を見る視線は、感動や驚愕といったものを遥かに超えてしまっていた。


「そんな……あんな魔物をこうも簡単に……!」


 セシリーは自分の魔力が尽きかけるほどの魔法を放っても倒せなかったサイクロプスをあっさり倒した二人を見て、ただ冷や汗を流すことしかできなかった。同様の感情をハージュもブレットも抱いていた。ただ今まで異邦人を見てきたシーラとコニールは、異邦人というものの理不尽さを体感してきたこともあり、冷静さを保っていた。


「あれが異邦人……全く……嫌になる……!」


 本職であるはずのコニールはおおよそ素人と思われる子供たちが、自分たちでは倒せなかったサイクロプスを倒す様を見て、皮肉交じりに言った。サイクロプスを倒したことで一息ついたケンイチは、膝をついているセシリー達を見渡す。そして歩き出してセシリー達の方へ向かっていった。


「とりあえずまずは怪我人を避難所に運びましょうか。そんで……」


 ――次の瞬間、倒したはずのサイクロプスが動き出し、ケンイチを掴み上げた。油断していたケンイチは避けることもできず、強大な握力で握りしめられてしまう。


「ぐあああっっっ!!!???」


「ケンイチ君!?」


 アオイはケンイチを助けようとするが、すぐにそれが微妙に困難であることがわかった。威力の弱い魔法ではサイクロプスは怯むことはなく、しかし威力が強すぎると今度はケンイチを巻き込んでしまう。


「がっ……ぐっ……!」


 ケンイチは脱出しようともがくがそれもかなわない。そして死に際のサイクロプスはケンイチを道連れにするために最後の力を振り絞っていた。


「がああああああ!!!」


「どうする……どうする……!?」


 アオイはどうすればいいか必死に考えていた。そして一つ、とても簡単な方法があったことに気づく。しかしそれは――。


「やるしか……ないのか……!?」


 これをやってしまえばおそらくケンイチは“真実”を知る。自分が異邦人狩りと関わっているとしてなお隠してきた真実を。それはできるなら隠し通した方がいい真実。


 しかしアオイの脳裏に浮かぶのは、この2週間一緒にケンイチ達と学校で過ごしてきた記憶だった。元の世界でもそんなに他人との交流がなかったアオイにとって、この2週間の間ケンイチ、ミクと過ごしてきたことは、本当に楽しい思い出だった。


「……やる! 何があっても、君は私の友達だ! 必ず助ける!」


 アオイは静かにサイクロプスの横まで歩いていき、そしてその身体に“左手”で触れた。それはアオイの“能力”の発動条件だった。


「……吹っ飛べ」


 次の瞬間、サイクロプスの身体は虚空へと消え、掴まれていたケンイチは地面に尻もちをついて倒れた。周囲の面々が何が起こったのかわからず困惑していると、10秒後にサイクロプスが上から落ちてきて、その衝撃でこんどこそサイクロプスは息絶える。息絶えた魔物は実体を残さず、空気中の魔力へと溶けて消えていく。そしてその消えていく光の中で、アオイは無言で俯いていた。


「ゲホッ……アオイ……さん……?」


 ケンイチは咳き込みながらアオイのことを見ていた。今のサイクロプスが消えたのは“魔法”ではない。瞬間移動を行う魔法は聞いたことはなく、仮にあったとしてもそれを使えるのはセシリーくらいの大魔法使いだろう。――そしてケンイチはその答えに気づいていた。


「嘘だ……」


 ここまでケンイチはアオイに関してある誤解をずっとしてきていた。アオイもつい先ほどまでその誤解を続けていた。――ケンイチはアオイが異邦人であることを知らない。アオイも意識してそれは隠していた。異邦人が知る情報を自分から言うことは決してなかったし、能力を使うことは徹底して避けていた。


 ケンイチとシーラが出会って、異邦人狩りとの関係者であることがばれても、アオイは異邦人であることを隠していた。この状況でアオイが異邦人であることが知られることは、何もいいことにならないとシーラから隠れて指示されていたからだった。


「……そう、私は異邦人だよ。ケンイチ君」


「な……何言ってるんですかアオイさん。そんな……今冗談言ってるときじゃないでしょう……」


 ケンイチは無意識にスマホを取り出すと、それをアオイに向けた。――そして、その行為の更なる危険性に最初に気づいたのはシーラだった。


「待った姉さん! 今すぐそれは止めさせて!」


「え……?」


 アオイはケンイチに異邦人だとバレる覚悟で能力を使った。シーラもそれはわかっただろう。――だけどなぜ今更スマホがダメなのか?アオイは全くそこに頭が回っていなかった。シーラが気づけたのは、オレゴンにいたときに、トスキがユウキのステータスを調べるために同じようなことをしていたことを見ていたためだった。


 他人のステータスを調べる“アプリ”自体は、能力に関係なく存在し、トスキもそれを使うことができた。しかしケンイチの能力である“鑑定”は、さらに詳細に調べることができる代物だった。そしてもう遅かった。


「…………あ?」


 アオイのことを鑑定で調べたケンイチの表情が固まる。そこには信じられない情報が記載されていたからだった。


「名前が結城葵……性別が男? ……ユウキアオイ? ……ユウキ?」


 どうみても女であるのに男であるというプロフィールより、今のケンイチにはその名前が何より重要だった。その名前は絶対に忘れられないものだったからだ。


「ユウキアオイって……まさか……異邦人狩り?アオイさん……あんた……もしかして……!」


 ケンイチもアオイとのこの2週間の思い出は輝かしいものだった。それはこの光の壁の事件が起きてからさらに強くなっていた。――だがその思いが強い分、事実を知った時の反動は計り知れない。先ほどケンイチは何があってもアオイを守って見せると心の中で誓っていた。しかしそれと同時に異邦人狩りに何があっても復讐をすると、ミクに誓っていた。


 確かに今、ケンイチの心には“ヒビ”が入り始めていた。

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