22-3
怪盗団との戦いを終えたユウキは、バノン家当主の部屋にいた。横にはインジャとその部下であるスレドニがおり、当主の仕事机には当主であるテツロウが座っていた。ユウキは窓から見えるストローズ魔法学校を覆う光を見て、テツロウに尋ねる。
「あの光について……知っていることはあるんですか」
その様子を見て、スレドニは少し感心していた。ユウキほどの力を持っているなら、もうちょっと傍若無人になってもおかしくはないが、そんな様子は無く、テツロウに話しかけるその姿勢も、相当に目上の人に対するものであることがを示していた。
「うむ……。確かに我が家の秘宝を受け継ぐ際、聞いていたことはあった。……しかし、実際には集まることはないと思っていた……そのように“仕掛け”もされていたからだ」
「仕掛けだぁ?」
インジャはテツロウに尋ねた。ユウキとは違って粗暴極まりない、礼節の欠片もない態度だった。テツロウは野蛮人そのものであるインジャに辟易しながらも、その質問に答えた。
「ああ、仕掛けだ。この街ではこの秘宝を持っている家が、街を動かすほどの大きな力を持つことになる。……そういう仕組みを、作り上げたと言っていた」
テツロウは机の上に置いていた指輪を見ながら言った。秘宝の鍵としての役割を失った、自分と妻の指輪を。
「50年も前……私もまだ生まれていないころの話だ。この東大陸はある危機を迎えていた」
「50年前……?」
ユウキはその年数を聞いた時、何か思い当たる節があった。その年数を最近どこかで聞いていた覚えがあったからだ。
「……貴殿は魔神戦争については知っているかな?」
スレドニの問いかけにユウキ・インジャ・スレドニはそれぞれ答えた。
「その戦争は知らないけど、魔神については聞いたことが」
「最近こっちの大陸に来たんで知らねえ」
「お祖母ちゃんから聞いたことがありますね」
スレドニだけが知っているという回答をしたため、全員の視線がスレドニに集まった。
「え……こっちの大陸じゃあ割と常識……ってそりゃあお二人さんは普通じゃないよなぁ……」
スレドニは異邦人であるユウキと“文字通り”の異邦人であるインジャを見ながら言った。
「祖母ちゃんから聞いた……って言っても、こっちじゃ学校でも習うようなことだとは思いますよ。何せ、今の東大陸での魔物が少ない理由が、この魔神戦争での勝利のおかげですからね」
似たような話をユウキは以前聞いていた。――オレゴン領にいたころに。少し間をおいてからテツロウは話を続けた。
「公には魔神は東大陸の連合軍が倒したとされていた……。しかし、本当は違う。魔神を倒したのは異世界から来た勇者であると、私がこの家の家督を引き継ぐときに教えられた」
「……トスキだ」
ユウキがその名前を出すと、テツロウは目を見開いた。
「驚いた……なぜその名前を……!?」
「……その勇者張本人から話を聞いたからです。そのトスキも異邦人でした。……そして俺の目の前で……」
ユウキはそれ以上言葉を続けられなかった。なぜかこの先のことを考えようとすると、頭痛が治まらなくなったからだ。テツロウはユウキからそれ以上は問いたださず、ただ天を仰いだ。
「そうか……。しかしここでも“異邦人”か。……いったい何が起こって……」
「おいおっさん!」
インジャが不機嫌そうにテツロウの名を呼ぶ。
「もったいぶんのはいいけどよお! 俺らには今時間がねえんだ! なんであの光が出現したのか、それをさっさと答えやがれってんだ」
「おいインジャ……」
ユウキはインジャの無礼な態度にダメだしをする。時間がないのは確かにその通りであったが、それにしたってインジャのTPOを弁えられない無礼さはユウキからしても目が余るものだった。
「おほん……まぁ確かにインジャ殿の言う通りだ。……結論から話そう。22の秘宝はかの魔神戦争で、魔物を封印するのに使われたのだ」
「封印?」
ユウキはテツロウに尋ねた。
「そうだ封印だ。22の秘宝自体は50年以上前から存在している。トスキ殿は東大陸中にあふれかえっていた魔物を減少させるため、強大な魔力を持っていたこの街の秘宝に目を付けた。そして22の秘宝の魔力を使って、魔物を封印したのだ」
「……それが仕掛けとなんの関係があんだ?」
インジャが尋ねると、テツロウはストローズ魔法学校の光を見ながら言った。
「封印を施したあとは、22の秘宝をまたバラバラにした。1か所に集まればその封印が解かれてしまうからな。そのために秘宝を持つ家の権力を高め、各家が絶対に秘宝を手放さないように仕掛けをうったのだ」
そこまでの話を聞いて、ユウキは少し考えたあとにある事に気づく。
「……ちょっと待った。それじゃあ今学校は……!?」
ユウキの言葉にテツロウは重く頷いた。
「……ああ。魔神戦争のころに封印された魔物が解放されてきているはずだ。早くあの状態を何とかしなければ、また東大陸中に魔物が溢れかえるぞ……!」
× × ×
最上級魔法を放ってなお動くサイクロプスにセシリーが身体を震わせていた。熟練の魔法使いであるセシリーは今まで数多くの魔物を退治してきたことはあったが、ここまで強い魔物は初めてだった。軍人ではないため、そこまで専門的に魔物と戦ってきたわけではないこともあったが、50年前の魔神戦争時代の魔物が今の魔物よりも遥かに強力という理由もあった。
「はぁ……! はぁ……! に……逃げて……!」
セシリーは戦っているコニールとハージュに向けて、か細い声で言う。現状この魔物を倒す手段はもうない。緊急回復薬も手持ちの分はすべてアオイとケンイチに渡してしまっていた。しかしコニールとハージュの二人は戦うことをやめなかった。
「こっから逃げてどうするんですか!」
「できる限りここで足を止めないと!」
しかし有効打を打てぬまま、二人ともじり貧になっていく。そしてサイクロプスが雄たけびと共に地面を叩きつけると、その破片が周囲に散らばり、コニールとハージュは破片が身体にぶつかり、体勢を崩してしまう。
「「ぐあっ!!」」
重傷を負うほどではなかったが、二人ともしばらく動けないほどのダメージを受け、うずくまってしまう。残りの動ける人員はシーラとブレットだけだったが、この二人にはサイクロプスと戦える――どころか時間を稼げるほどの戦闘力は全くない。つまり全滅がすでにもう見えていた。
「な……なんでこうなるんだよ……!」
ブレットは目の前の絶望に怯え、歯を震わせていた。何をどう考えてももう目の前に死しか残っていない。結界に逃げたところで、この魔物はその結界をすぐに破ってくる。先ほど死ぬ覚悟をしていたが、変に助かってしまったことでその覚悟もどこかへ行ってしまっていた。ブレットは八つ当たりをするようにシーラに問い詰めた。
「お……お前か!? またお前が何か引き起こしたんだな! お前のせいなんだな!」
ブレットの八つ当たりにシーラはイラつきながら返答する。
「ふざけんじゃねえよ! 私が魔法を使えないことは知ってんだろうが! 私がこんな事できると思うか!? お前こそ何も考えずにまた私に全部押し付けんのか!?」
シーラの反論にブレットは言葉を詰まらす。そして少しして目から涙を流して泣き始めた。
「だったら……どうしろっていうんだよ……! もう助かる希望もないんだぞ……!」
「いや、あるね」
シーラは毅然と言い返した。そのあまりの自信にブレットは我を忘れてシーラに尋ねる。
「いったい何があるっていうんだ……?」
「それは……」
ダメージで動けなくなっているコニールとハージュにサイクロプスの攻撃が迫ろうとしていた。そしてサイクロプスが腕を振り上げた瞬間、その顔面に火炎魔法が当たり、サイクロプスはのけぞった。
「……あの人がいるからね」
サイクロプスが魔法を飛んできた方向を見ると、そこにはアオイとケンイチが立っていた。とりあえずの体力と魔力が回復したのか、臨戦態勢をとってサイクロプスの前に立ちはだかった。
「こんなバケモン、私が何とかできるの……!?」
アオイは冷や汗を流しながらつぶやいた。しかしそれに反してシーラは確信に近い思いを抱いていた。あの人なら絶対に何とかしてくれる、と。その盲信的な表情を見てブレットは半ば恐怖を抱いた。
「お前……!?」
しかしその理由はブレットは心の底ではわかっていた。それは横でその様子を見ていたセシリーも同様だった。
「シーラ……!?」
最後に会った半年より以前では絶対にしなかった表情。確かにアオイはそれほどの潜在能力を持っているのはセシリーもわかっていたが、それでもその盲信ぶりは以上だった。
「あの人は……私なんかと違うんだ……! 何もできない私なんかと違って……!」




