22-2
生徒寮における避難所になっている食堂では多くの生徒が震えて縮こまっていた。5mをゆうに超える大きさの魔物が寮の周りの結界を破ろうとしており、今ここにいる面々では、一切の抵抗もできないからだ。
そうして生徒たちが震えている中、突如として食堂のドアが開かれる。突然の音に全員が注目する中、ケンイチと抱えられてうなだれているアオイが入ってきた。
「ケンイチ! アオイさん!」
生徒たちがケンイチ達の周りに寄って来る。ケンイチはその人柄で割と多くの生徒たちから人気があったこと、アオイは転校早々に魔法の授業で規格外の成績をたたき出していたため、学校の有名人になってしまっていた。
そして二人が事態の解決のために寮から離れていたことも、避難している生徒たちの間で話題になっていたため、このタイミングでケンイチ達が戻ってきたことは怯えていた生徒たちに希望を与えていた。
「ごめん! ちょっとどいてくれ!」
ケンイチは周りの生徒たちを押しのけ、厨房へと向かう。そして火にかけられているスープがまだ残っていることを確認すると、それをすくって器に移し、アオイに渡した。
「アオイさん、スープは飲めるかい? セシリー先生に話を聞いたスープはこれのはずだ」
ケンイチ達が一度避難所に戻った理由はこれだった。体力・魔力ともに使い果たしていたケンイチとアオイを見て、セシリーが自分の魔力を回復するために食したスープの在処を案内したのだった。
アオイは魔力切れの影響で食欲が全くわかなかったが、無理やり口に突っ込んだ。ケンイチはアオイの背中をさすってやり、献身的にアオイの体調の回復に努めた。アオイはそんなに自分に手厚くしてくれるケンイチに疑念を感じ、朦朧とした意識のまま尋ねる。
「どうして……? 私が敵だってことはわかってるんでしょ?」
ケンイチがシーラを見てただならぬ反応をしていたことはアオイも見ていた。となれば、事前にコニールから話を聞いていた怪盗団の迎撃が予定通り行われていたと推測できる。――そして横にミクがいない理由も、何となく想像がついていた。そこまで連想できていれば、アオイがシーラと繋がりがあるということも、ケンイチにバレているだろうと。
「……ええ。アオイさんが話してた、学校に来ていた仲間。あの女剣士とシーラのことなんでしょう? あなたたちが俺を狙っていたことも知ってます」
「じゃあなぜ……?」
アオイの質問に、ケンイチは窓から外を見ながら言う。
「確かに敵かもしれないけど、まず避難してる人たちの安全を優先して考えてるのは同じだと思ったから。あの女剣士も、シーラも、アオイさんも、俺よりもまずあの魔物を何とかしようって思いが見えたから」
ケンイチの言っていることは本音だった。先ほどケンイチをそのまま倒してしまうには絶好の機会があったにも関わらず、コニールもシーラもまずはサイクロプスの対処を優先していた。逆にケンイチの方が呆気にとられたほどだった。
「だからまずは体力と魔力の回復。そしてあの魔物を倒して、避難所の安全を確保しないと」
「……驚いた。今まで会ってきた異邦人は大抵、ろくでなしばっかだったから……」
アオイは疲れた顔に笑みを浮かべながら言った。そしてスープをさらに一口含み、喉を鳴らして飲み込む。
「はぁ……。確かに少し魔力が回復してきてる感覚はあるかな……。セシリーさんからもらった薬も、副作用が酷いって話だから、本当に緊急事態でしか飲むなって言われてるけど……。このスープでどこまで魔力が回復するか……」
外では魔物との闘いが繰り広げられているのか、時折地鳴りが食堂に響き、その度に避難している生徒たちから悲鳴が上がる。ケンイチはその悲鳴が胸に突き刺さっていた。学校の人を巻き込むつもりは全くなかったが、この騒動の原因の半分以上は自分が怪盗団として22の秘宝を盗んできたことにある。
22の秘宝を持っている家はほぼ例外なく特権を持っており、その特権をもってこの町で汚職を働いていた。自分たちが怪盗として盗みを行うと、むしろそのことに町の住人が盛り上がっており、ケンイチも悪い気分はしなかった。――しかしその末路はこれだった。仲間の大半を失い、今は学友たちを危険に晒している。
「……俺は……!」
ケンイチは立ち上がって、外に行って魔物と戦いたかった。しかし傷だらけで疲れ切った身体は明らかに休息を欲していた。まだ何も解決していない以上、今はセシリーの言う通りに体力の回復に努めるしかない。その悔しさを噛みしめているケンイチを見て、アオイは励ますように肩に手を置いた。
「……今は君にそばにいてもらわないと困る。外は……セシリー先生もそうだし、コニールさんにシーラが何とかする。……特にあの二人は本当に頼りになるから」
「アオイさん……」
「でも、私たちの体力が回復次第、すぐに手伝いに行こう。……だから今は待つんだ」
ケンイチはアオイも手を握りしめているのを見た。そして確信した。この人だけは何があっても信用できる。――絶対に守ってみせる、と。
× × ×
生徒寮の外ではサイクロプスと、セシリー達が戦いを繰り広げていた。身体能力が優れているハージュとコニールがサイクロプスと近接戦を行い、後ろからセシリーが魔法で攻撃を加えていた。ブレットとシーラは離れてその様子を見ており、ブレットは3人の戦闘能力の高さに驚愕していた。
「な……あんなバケモノ相手に善戦してるなんて……!セシリー先生や、ハージュ先生はわかるけど、あの女剣士はいったい……?」
「……コニール。あんたも聞いたことはあるでしょ」
シーラはブレットに感情をこめずに答えた。ブレットはコニールの名前を聞き、目を見開いてサイクロプスと戦っているコニールを見た。
「コ……コニールってあのコニールか!? なんでお前がそんな人と一緒にいるんだ!」
ブレットはシーラに尋ねるが、その声色は明らかに疑いや憎しみが隠しきれていなかった。シーラもそれをわかったうえで不愛想に答える。
「知るか。なんか気づいたら一緒にいたんだよ」
誤魔化すつもりもなく、それは全くの真実なのだが、ブレットはその回答を聞いてさらに不満げな表情を浮かべた。
「そうかいそうかい。そうやってお前は俺に何も正直に言わないんだな」
そのブレットの言葉を聞いて、シーラは何も言い返さず、ただ俯いているだけだった。普段のシーラであれば皮肉を含めて言い返していたはずだが、それをすることはなかった。
「……ちっ!」
何も言わないシーラにブレットは舌打ちして顔を反らす。そしてサイクロプスとの戦いに目を向けると、セシリーが強力な魔法の準備を行っていた。
「二人とも! あと1分は持たせて! 私の現時点での最大火力の魔法をぶつけてみせる!」
「わかりました!」
コニールは返事をすると、サイクロプスの足元に潜り込んで、通りざまに足の脛を切る。
「グオオオオオッッッ!!!」
痛みでサイクロプスは膝をつくと、そこには拳を構えていたハージュが待ち構えていた。
「よし……! やっと頭が良い位置に下がってきたな……! “破撃拳”!」
ハージュは渾身の力を込めた拳をサイクロプスの顔面に叩き込む。その威力は自分の3倍以上はある大きさのサイクロプスの身体をのけ反らせ、後ろに倒してしまうほどだった。
「なっ……!?」
その威力を見てコニールは驚きの声を上げた。アオイの言葉からインジャと同じような技を使うとは聞かされていたが、その動きは想像以上だった。インジャよりも洗練され、そして威力も段違いであり――インジャよりも遥かに強い。同じ戦士としてコニールはハージュの強さを直感で理解した。
ハージュもまた、コニールの強さに感嘆していた。この大陸に来てから自分に肉薄するような強さの人間には会ったことがなかったが、コニールの強さは今までこの大陸で出会った人間の中で最も優れていた。だが事前の話をまとめるなら彼女はあのインジャの仲間である可能性が高い。惜しい、そう思っていた。もし本当にインジャの仲間ならば、この後で――。
「準備できたわ! 二人とも離れて!」
セシリーの魔法の準備が完了し、コニール達に離れるよう呼びかけた。コニールとハージュはその場から跳躍して離れると、セシリーは一時行動不能になっているサイクロプスに狙いをつける。
「二人のおかげで外さずに済むわ……! 火の精霊たちよ! 我が魔力を糧に、その力を用い敵を滅せ! プロミネンス!」
セシリーは“最上級”火炎魔法であるプロミネンスをサイクロプスに放つ。巨大な火球が出現し、それがサイクロプスに直撃すると、サイクロプスの全身を覆うほどの爆発が発生し、近くにいたコニール達も爆風で吹き飛ばされる。
「うおおおおああああ!!!???」
コニールは何とか体勢を立て直して、無事に地面に着地する。ハージュも同様に無傷で済んでおり、爆発の中心地にいたサイクロプスを見ていた。
「こりゃあ……すごい……!」
魔法を教える担当ではないが、魔法学校の教師としてハージュはセシリーが使った魔法の凄さは理解できていた。最上級魔法なんて、世界中の魔法使いを探しても使える人間は両手で数えられるかどうか怪しいものであった。
この魔法で魔力を使い果たしたセシリーは膝をつく。しかしアオイほど弱り果ててはおらず、魔力を使い切るにしても使い方があるということを示していた。
「はぁ……はぁ……どう……!?」
セシリーは手ごたえはあったが、内心は不安でいっぱいだった。以前呼んだ学術書でサイクロプスの耐久力についての記載を見たことがあった。その学術書では――。
「……やっぱりね」
セシリーはヘトヘトになりながら唇を歪ませた。悪い方向に予想通りの結果が目の前に示されていたからだ。
「グアアアアアッッッ!!!」
サイクロプスは立ち上がると、咆哮を上げる。その学術書では最上級魔法を当てても、サイクロプスは動くことができたと書かれていたからだ。そしてこの魔法をもって、今のセシリー達がぶつけられる最大の火力は尽きたも同然だった。




