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シーラが避難所から外に出た理由は、コニールに連れられたからだった。コニールはアオイが異邦人と戦っていることを知ると、一度非難所に戻りシーラと合流した。アオイとその友人が異邦人と戦っているなら僅かでも戦力は必要であり、シーラのその頭脳が必ず必要になると思ったからだった。
シーラもその判断にはなんの異論もなかった。しかしコニールのある種の要領の悪さを考慮することを忘れてしまっていた。コニールがアオイからシーラ達の知らない異邦人がいることを聞いているはずなのにそれを伝えることを忘れていたこと。
そして何より“事故”でアオイとケンイチが友人になってしまっていたことをコニールも知っていたはずなのに、アオイの“友達”が戦っているということをコニールはシーラに伝えていなかった。もしそれが伝えられていればシーラはすぐに状況を理解し、作戦を立てることができていた。――もはやそれは過去形だった。
× × ×
「最……悪……!」
シーラは顔をしかめながら身構えた。ケンイチがいることを伝えていなかったコニールにむかっ腹が立ったが、そんなことに脳のスペースを取る余裕すらなかった。
「コニール! いますぐその男を……!」
「は!? ……ってええい!」
シーラは即決してコニールに指示を出し、コニールも戸惑いながらも剣を抜いてケンイチに切りかかる。力尽きかけていたケンイチはその攻撃に反応することもできずにいたが、目の前に腕が現れて、コニールの剣を止めた。
「いきなり何をしているんだ貴様は!」
コニールのケンイチへの攻撃を止めたのはハージュだった。自分の剣を止められたコニールは驚愕してハージュを見る。
「バカな……! お前はいったい……!?」
「この人は……インジャと同じ技を使う……! 気をつけてコニールさん!」
アオイは先ほどのハージュの動きを見ていたこともあり、コニールにインジャと同じく明神崩玉拳を使うことを伝えた。ハージュはいきなりアオイから飛び出した“インジャ”の単語に驚き、思わずアオイを見てしまった。
「インジャだと!? なぜ君がインジャを知って……!」
そしてそのインジャという人名に驚いたのはハージュだけではなかった。ケンイチもつい最近、その人名を耳にしていたからだ。
「アオイ……さん……? なんであんたがそのインジャって人を知っているんだ……!?
」
ケンイチがその名前を聞いたのはバノン家で異邦人狩りと出会ったとき。――そしてその言葉を発したのは異邦人狩りだった。
シーラの横にいる謎の女剣士がいきなり自分に切りかかってきた。そしてその女剣士はアオイの名前を呼んでいた。アオイと先ほど話していた仲間というのがこの女剣士だろう。
――だめだ。ケンイチの頭の中で何かがこれ以上の思索を止めようとしてきた。これ以上推理を進めてしまったら、ケンイチは気づきたくない真実に気づいてしまうことになる。アオイは――。
「待って……! みんなアレを見て!」
セシリーが叫ぶように言い、全員がその声の逼迫した様子を異常に思い手を止める。そしてセシリーが手を向けた方向を見ると、セシリーが叫んだ理由がわかった。
「おいおいおい……! マジか……!?」
ハージュは呻くように言った。なぜなら5mはあろうかという巨大な魔物が出現し、その魔物が生徒寮の結界に張り付いていたからだ。セシリーはその魔物を見て考えるように言う。
「サイクロプス……! 確か数十年前の魔神戦争において使われた魔物側の尖兵……! もう絶滅したはずなのに! それにさっきまでいなかったっていうのにどうして……!」
アオイとケンイチ以外のこの世界の住人たちは魔物の厄介さを身に染みて――それこそ子供の時から理解している。数十年前にトスキが魔神を退治して魔物の発生を抑えることができたが、それでもまだいることにはいるのだから。
いくらか悩み、ハージュはその場から下がると、生徒寮に向かって走り出した。
「セシリー先生! 今はとにかくあの魔物を何とかしましょう!」
「え……ええ!」
セシリーはシーラを一瞥するが、すぐに生徒寮へ駆け出していく。ケンイチも立ち上がると、生徒寮の方へ向いた。
「俺も行かなきゃ……みんなが……!」
しかし敵と思われるコニールとシーラが横にいる。果たして彼女たちが見逃してくれるのか――そうケンイチが思っていたら、むしろ彼女たちの方が先に駆け出していた。
「急ぐぞ! 研究棟の方が教師が多いんだから、向こうはまだ保つだろう!」
「あーもう! 私が姿を現したら、絶対に生徒寮の連中からも何か言われるだろうけどね!」
「……え?」
二人の早い行動にむしろケンイチが気圧されてしまっていた。そしてケンイチが抱えっぱなしであったアオイがケンイチの袖を引っ張って、ケンイチの気を引く。
「私たちも……行かなきゃ……! あの異邦人二人は気になるけど……! まずは目の前のあのバケモノを……!」
「アオイさん……!」
アオイは魔力切れによる意識の混濁もあり、もう異邦人について知っていることを隠す余裕もなかった。しかしそれが逆にケンイチに対して、生徒寮を守りにいかなければならないと心から伝えることになった。
「……わかった! まずはあの魔物を退治することからだ! みんなを助けないと!」
ケンイチはアオイをおぶると、セシリー達を追いかけて生徒寮へ走っていった。元々人付き合いが上手であるケンイチは、この学校にすでに友人が何人もいた。彼らを放ってはおけない気持ちはケンイチも強かった。
それに別の思いもあった。ミクならこの状況で何の迷いもなく、みんなを助けるように自分に言うのは間違いないと思っていた。
× × ×
生徒寮に残っている職員は10名ほど。そして生徒が100人ほどいたが、この中で戦えるものは両手で数えるほどしかいない。実戦で魔法が使えるレベルの職員は殆どが研究棟の方へ避難しており、生徒は学校のカリキュラムの関係上、魔物と戦えるほどの魔法を在学中に習得することは少ない。そして数少ない戦える生徒も、実家に帰ってしまっている者が大半であった。
「やべえって! なんでこんなのがいるんだよ!」
生徒寮に迫るサイクロプスを見て、数少ない戦える生徒であるブレットが声を上げる。ブレットは6年生の生徒であり、その中でも特に成績が優秀だった。代々エリートの家系であり、生徒の中でも数少ない実戦で戦えるレベルの魔法を使うことはできはするものの、サイクロプスのような軍隊ですら手に負えない魔物を相手にするのは、流石に困難にもほどがあった。
「セシリー先生たちも今はここから離れてるし、結界もいつまでもつか……!」
ブレット以外の戦える人間は、全員寮の中に散ってしまっている。結界を張っていてもすり抜けてくる魔物もおり、それらの対処に回っていたからだ。彼らを呼んだところでこのサイクロプスには敵う目論見は全くなく、そして彼らをここに呼んでしまえば、避難所にサイクロプス以外の魔物が侵入してきてしまう。ここでブレットが何とかするしかなかった。
「ヘレン……! 兄ちゃんに力をくれ……!」
ブレットは首から下げているネックレスを掴みながら言う。そして深呼吸して覚悟を決めると、サイクロプスの注意を引くために魔法を放とうとする。寮からほんの少しでも離すために、囮になる覚悟を決めたのだった。
「最大火力で放てば……注意くらいは引けるはず……!」
ブレットは自分に言い聞かせるように言った。しかし本当に重要なのはその後の注意を引いて逃げることだが、それは口に出すことはなかった。何故なら逃げ切れるはずもなく、すぐに捕らえられて殺されてしまうのは明らかであり、覚悟を決めていてもそれを口に出すのはまた別問題だからだ。
「ファ……!」
火炎魔法を放とうとした瞬間、何者かがブレットの腕を掴んだ。
「はぁ……はぁ……ちょっとストップ。あとは私たちがやるから」
「セ……セシリー先生!」
ブレットは涙目で振り返ると、そこには息を切らしたセシリーとハージュ、さらに後ろにケンイチとアオイに、見知らぬ剣士の女性がいた。――そして。
「お前は……!?」
女剣士の後ろにいた少女はブレットを見たとき、非常にバツの悪い顔を浮かべていた。ブレットのその少女の顔を忘れたことは1日も――いや、“1秒”すらなかった。
「……久しぶり」
それはシーラも同じだった。シーラもブレットの顔は――いや、彼の“妹”であるヘレンの顔を忘れたことはなかった。そしてその理由はシーラの母親であるセシリーもわかっていた。突然の再開に我を忘れているブレットの気付けをするようにセシリーは声をかけた。
「色々あるだろうけど一旦今は忘れて! ブレット君にも手伝ってもらわないと、あの魔物は退治できない! 私の結界もあんな巨体にはもういくらも保たない……! 一刻も早くあの魔物は退治する必要がある!」
「……わかりました!」
ブレットは不満そうに言う。あまりに険悪な雰囲気に、コニールは小声でシーラに尋ねた。
「いったい彼と何があったんだ? ……というかさっきから思ってたが、君はこの学校の人間に恨まれすぎじゃないか?」
コニールは先ほどの研究棟の避難所でもシーラが白い目で見られていたこと、そして“人殺し”と呼ばれていたことが気になっていた。だがコニールは気づいていないこともあった。それはシーラの機嫌も非常に悪くなっていたことだった。シーラは投げやりな態度でコニールの質問に返答する。
「……そりゃああいつは私を恨むでしょう。あいつはブレット。……あいつの妹のヘレンは私の同級生だったけど……半年前に亡くなってる」
「……え?」
「私が人殺しって呼ばれてたの、聞いてたでしょ? ……言葉通りよ。あいつの妹は私が殺した。……私が学校を追放された理由は、あいつの妹を殺したからだもの」




