21-4
エンドウの二人は、自分たちに立ち向かうハージュ達を見て鼻で笑った。
「ふっ。何を言い出すかと思えば、おっさんたちが俺たちに向かってくんのか?」
しかしハージュはエンドウからの挑発を何も気にすることなく、コキコキと首を鳴らしながら言った。
「戦闘態勢にも関わらず筋肉に緊張がない、立ち方も適当、注意力も散漫。……お前ら、素人だろ?」
ハージュからの指摘を受け、エンドウの顔から笑みが消えた。
「生憎だが、この状況下で私は一切手加減をするつもりはないからな。情報を聞き出すなんてことも考えない。……ただ、瞬殺させてもらうとしよう!」
ハージュの姿が一瞬で消え、その場にいる全員がその姿を見失った。そしてまずどこにいるか気づいたのはベイツだった。――なぜならハージュの拳が脇腹にめり込んでいたから。
「がはっ……!?」
ベイツは受けの体勢も全く取ることができず、反吐を吐きながらのけぞる。エンドウもハージュの動きについていくことができず、いきなり横に現れたハージュに驚愕していた。
「あれは……!?」
そしてハージュの動きを見て、冷や汗を流していたのはアオイだった。あの動きには見覚えがあった。しかもごく最近に。
(インジャの動き!? ……ってことはインジャの関係者ってこと!? バレたら絶対に面倒くさいやつじゃん!?)
アオイは言葉に出さずに心の中で毒づいた。“あの”インジャの関係者となれば、絶対にインジャが面倒くさい厄ネタを抱えているに違いない。その確信があったからだ。
「てめえ……!」
エンドウはハージュに反撃しようとするが、ハージュは難なくエンドウの攻撃を躱し、返しのカウンターをエンドウに叩き込もうとする。
「遅いんだよ!」
ハージュの拳がエンドウに届く直前、その動きが突然止まる。しかもその止まり方は動きが止まったというよりは、“時間が止まった”かのように急に動きが止まっていた。
「なに……!?」
ケンイチはなぜハージュの動きが止まったのか、理解はできたものの納得ができなかった。何故なら横でうずくまっていたベイツが“スマホ”をハージュに向けていたからだ。
「がっ……このクソがぁ……! 調子に乗りやがって……!」
顔を上げたベイツの表情は先ほどまでの落ち着いたものとは打って変わって、血管をこめかみに浮かべたキレた表情になっていた。
「が……ぎ……! な……なんだ……!?」
ハージュは身体を動かそうとするが1mmも動くことができずにいた。金縛りにあっているというより、全身に固まってしまったかのような感覚になっていた。
「ヒヒヒ……俺の能力“写真保存”の気分はどうだ? この能力は俺がスマホで写真を撮り続けてる間、対象の物はその写真の動きで保存されちまうんだ」
「何を言っている……!?」
“スマホ”“写真”。ハージュにとって聞きなれない単語が次々に並べられ、困惑するが動けないという事実だけは確かだった。その動けないハージュに対し、ベイツはゆっくりと近づいていく。
「この能力のいいところはなぁ……。止められた側の意識がはっきり残ってるってことだな。……全く都合がいいんだこの能力は……」
「させない!」
ハージュを助けるためにセシリーが魔法で光の矢を放つ。エンドウたちはそのセシリーの行動に驚いた。何故ならハージュが二人のすぐ近くにいるのに魔法を放てばハージュも巻き込まれることが容易に想像がつくからだ。
しかし放たれた魔法の矢は小さく、威力も弱く、エンドウたちはその魔法をこともなく避けた。エンドウはセシリーに対しバカにしたように言う。
「おいおいおい。いくら仲間を巻き込まないようにするためとはいえ、そんなんじゃ何の意味のねえだろうよ」
「……いいえ意味はあるわ」
油断したエンドウたちを見て、セシリーは上手くいったとほくそ笑んだ。外れたはずの魔法の矢が弧を描いて戻ってきており、エンドウたち二人はその軌道を予測できずに防御することすらできず矢が直撃した。
「な……なんていうコントロール……!」
動けるようになったハージュはその場から逃れるように離れながら言う。ここまで精密に魔法を操作できる人間はこの学校どころか世界を探してもそうはいない。ロマンディの中でも最も優秀とされるセシリーだからこそできる凄技だった。なんとかセシリーの下まで下がったハージュはセシリーに礼を言う。
「助かりました。……しかしあいつらは」
「あれは“異邦人”っていうの。最近話題になってるね。……あいつらは魔法とは違う、何か別物の怪しげな術を使う」
「異邦人……? それよりもなぜセシリー先生がそのことを……?」
ハージュはセシリーに尋ねるが、その質問は途中で遮られる。そして先ほどセシリーの魔法が直撃した二人の異邦人を見て悪態をついた。
「……くそっ。……セシリー先生が手加減したわけはないでしょうから、やつらはそもそもとんでもなく頑丈ってことですかね……。私のパンチも効きが悪かったですし」
エンドウとベイツの二人はセシリーの魔法が直撃したにも関わらず、ノーダメージで立ち上がっていた。その様子を見てケンイチはふと呟く。
「あいつら……能力が2つあるうえに、ステータスも俺たちより遥かに高いのか……!? これが……第五世代……!?」
「……え?」
ケンイチに抱えられていたアオイはケンイチの呟いた言葉に耳を疑った。もし聞き間違えでなければ能力、そしてステータスのことを知っているということになる。そしてそれは――。
「アオイ君――!! !無事かーーー!!!」
研究棟の方から声が聞こえアオイが振り向くと、コニールが向かってきていた。研究棟に“落とされた”アオイを助けたコニールは、一度避難所に戻ってからアオイを追いかけていたのだった。
さらに援軍が来たのと見てベイツは舌打ちをする。そしてセシリー達とケンイチにそれぞれ目配せをして、異邦人二人は離れていった。
「多勢に無勢だな。ここでお前ら全員を相手にしてもいいが……私の目的は最後の22の秘宝を手に入れることだけだ。あと1時間もすれば全部終わるのだから、お前らは結界の中にでも避難しているんだな」
「待て!」
ケンイチは追いかけようとするが、バノン家からの連戦の影響の疲れと、アオイを抱えていることもあって動くことができないでいた。そしてまごついているうちにベイツたちは姿を消す。セシリー達も今は追いかけることができなかった。
「……くそっ!」
悔しそうに地面を叩くケンイチを見て、アオイは確信する。ケンイチとあの異邦人たちは関わりがある。――いや、ケンイチは異邦人であると。
「アオイ君!だいじょ……!」
アオイの下へ駆け寄ったコニールは、横にいる男の顔を見て絶句する。コニールは一度ユウキと共にケンイチの顔を確認していたことがあり、その顔と名前を記憶していた。ケンイチはコニールの顔を見たことはないが、しかしコニールの横にいる少女の顔を見て、その顔が蒼白になった。
「お前……!」
異邦人たち二人が消えたことで、セシリー達二人がケンイチ達の方へ寄っていく。そしてセシリーもコニールの横にいる少女の存在に気づいた。
「まさか……シーラ!?」
セシリーはコニールの横にいる自分の娘の名前を呼んだ。半年前に学校を追放処分になってから会うこともなかった娘の名前を。しかし久しぶりに母親に会ったシーラはそれどころではなかった。
「全く……!本当なんでこんなに上手くいかないかね……!」
思えばこの街に来てから――いや、それ以前から妙に不運が続き、計画が計画通りに進行したことはなかった。多分自分の運の悪さだけでなく、コニールの巡りあわせの悪さ、そしてユウキ達のあまりにも絶妙にトラブルを引き寄せる体質があるのかもしれない。
何が言いたいかといえば、あまりにも今の状況は混沌として――そして悪い方向に急速に動き始めていた。信じられるものは何か、それを見定めなければいけない。




