21-2
学校が結界に覆われる少し前。ケンイチ達のたまり場になっていた酒場で、店主のアツシは店で一人酒をあおっていた。時間も深夜で店はとっくに閉めており、本来なら上の居住階で家族と一緒に寝ている時間であったが、アツシはその気にはなれなかった。
「……俺は……」
家族を人質に取られたとはいえ、ケンイチ達の売ったのは事実だった。自分がシーラ達に渡した情報通りに動くなら、今日がおそらくケンイチ達が異邦人狩りに襲われる日であり、そう考えるとアツシは気が気ではなかった。一気に酒をかっくらうと、次のボトルを取りに行こうとアツシは立ち上がった。そしてそのタイミングと同時に店のドアが開かれる。アツシは間違えて客が入ってきたと思い、酒が入ったままの態度で言い放つ。
「ちょっとお客さん、今日はもう閉店ですよ」
――しかし入ってきたのは客ではなかった。そしてその姿を見てアツシは呼吸をするのも忘れるほどの衝撃を受けた。入ってきた男――少年は俯きながらアツシに話しかける。
「……おかしいと思ったんだ。予告状は出してるとはいえ、バノン家夫人のところで待ち伏せをするなんて。そしてそういう計画は知っているのにミクの能力を……それにロンゾやイグレイス達がどういう戦い方をするのか知らないなんて」
「お……お前は……!」
アツシは一瞬で酔いがさめ、カウンター裏に常備してあるボウガンの下へゆっくり近づいていく。戦いに疎いアツシでもわかるほどに、来訪者の強烈な“殺意”がアツシへと向けられていた。
「俺たちは……ここで作戦会議を行っていた。イグレイスがバノン家夫人を誘惑して、バノン家の金庫を開けるための鍵である指輪を手に入れることも話していた。……だけど、俺の鑑定の能力以外、ギフト能力について話すことはなかった」
来訪者――ケンイチは全身ズタボロで、何があったのかを言葉に表さずとも示していた。そして何よりケンイチの横にいるはずの存在がいないことも、アツシの胃をうねらせた。
「ミクは……やられたのか……!」
アツシは後悔していた。シーラにケンイチたちの情報を売り渡した後、その場にいたインジャに護衛を提案されていた。しかしかなり吹っ掛けた金額を要求されていたため、断っていたのだった。
「ああ……ミクは……美玖は異邦人狩りに殺されたよ……。ロンゾも、イグレイスも捕まった。……全部お前のせいだ……」
「仕方なかったんだ! あのシーラに家族を人質に取られたんだ!あの女が何をしてきたか……君だって知っているだろう!?」
「だからって! それが俺たちを売った免罪符になるっていうのかよ!」
「私だって……家族がいるんだ!」
アツシはボウガンを手に取り、ケンイチに狙いをつけて放つ。しかしケンイチはその矢を難なく掴むと、矢を捨ててアツシに詰め寄った。そしてアツシは一瞬身体を震わせると、力なく膝から崩れ落ちていった。そして同時に足元から光が溢れていく。
「……いやだ……死にたくない……戻りたくない……! ミエル……クリ……」
アツシは泣きながらケンイチに縋りつくが、程なくして光が全身を包み、そして消えていった。ケンイチはその様子を無感動で眺めていた。どうでもいい復讐だけを果たしても、何も得るものもなく、報われるものもないからだ。
× × ×
その後ケンイチはストローズ魔法学校に戻った。怪盗の服を着たままであるため、まずは制服に着替えなおす必要があった。隠れて自分の部屋に戻ると、制服に着替えなおし、ようやく一息つく。――そしてその瞬間、学校の周りに光の壁が出現し、あたりが光に包まれた。
「なっ!? “何が起きているんだ”!?」
× × ×
そして今、ケンイチはアオイと共に行動をしていた。なぜ学校が光の壁に包まれたのか、それはケンイチにもわからなかった。もしかすると22の秘宝が関わっているかもしれないが、ケンイチはその可能性を排除していた。――何故なら、まだこの学校には22の秘宝は“集まっていないから”だ。
となれば自分の知らない何かが起こっている可能性が高い。ケンイチがこの学校に転校してきて3か月程経つが、学校生活を送る中で仲のいい友人も数多くできていた。――彼らを犠牲にするわけにはいかない。そして何よりこの学校には“アオイ”がいるのだから。
× × ×
アオイと共に子供たちを引率するケンイチは、アオイの表情を眺めていた。初めて会った時から一目惚れに似たようなものはあったが、ここまでの付き合いの中で、その感情はさらに大きなものになってきていた。この2週間、友達としてずっと一緒に過ごしてきたこともあったが、この事件におけるアオイの活躍を見てきたことや、何より避難所での一幕の影響が大きかった。――そして目付け役だったミクがいなくなったこともあったが、ケンイチはそのことにはまだ気づいていない。
「アオイさ……いやアオイ、研究棟の方に仲間がいるって言ってたけど……」
ケンイチはさん付けしようとしてしまい、慌てて言い直しながら尋ねた。先ほどさん付けは辞めようと言い出したのは自分であるのに。
「ええ。私がこの町に来た時に一緒に来た友人が。たまたま会って話してるときにこの騒動に巻き込まれてね。私が生徒寮の守りに行っている間に、研究棟の方を守りに行ってくれてたの」
「そうなんすか……。しかしこんな深夜にわざわざ会いに来て巻き込まれるなんて、その人相当運が無いというか、巻き込まれタイプっすね……」
「確かに……。要領もあんましよくないって本人が言ってたし、思えばあの人の行く先行く先で問題起こりすぎだな……。なんせ初めて会ったときは、荷物スられてたからね……」
「こ……濃いなぁその人……。その人の名前はなんて……」
ケンイチはアオイの言う人物の名前を聞こうとしたがその質問は途中で中断された。アオイが前方にいる何かに気づいて足を止めたからだ。そしてケンイチはその表情を見て警戒心を強めた。アオイが今までに見たことがない驚愕の表情を浮かべていたからだ。――そしてアオイの視線の先を見て、ケンイチも同様の表情を浮かべることになる。
「……あいつらは……!」
――男が二人立っていた。そしてその二人の風貌は明らかに学生ではなかった。この状況下で学生でもなければ職員でもない人間がいるのは明らかにおかしいことであり、そして何よりも二人の服装が問題だった。片方はスーツを着て、片方はジーパンにシャツといったラフな格好であり――そしてこの世界の服装ではなかった。
「い……!」
アオイはそこまで言いかけて口をつぐんだ。自分が異邦人を知っている、自分が異邦人であることを他の人に知られてはいけない。そのことを思い出したからだ。
「い……いったい何なのよあんたたちは! こんな時にそんなところにいて!」
「おーおー……いきなりけんか腰かよ」
ジーパンを履いている男は煽るようにアオイに言う。その表情にはにやつきが浮かんでおり、アオイは一瞬で判断がついた。――こいつらは会話にならない。今まで多くの異邦人に会ってきた故の経験だった。
「こんな状況だ。俺たちだって避難してえんだよ。別におかしいことじゃないだろ?」
「こんな時間にここにいるってだけで、犯罪だけどね。……職員でも生徒でもないのに深夜にわざわざ学校にいるって、犯罪者以外の何者でもなくない?」
アオイがその判断をしたのは明らかに異邦人の恰好をしているだけではない。この二人の顔には見覚えがあった。学校生活を送る中で見つけていた明らかに怪しい人物。コニールに説明していた、異邦人と思わしき二人組がこの男たちだった。
「……見ず知らずの人間がここにいるって、もしかして外の状況はあんたたちのせい?あんたたちをぶっ殺せば、この状況は終わるって考えていいのかしら?」
アオイの強い語気に、ケンイチは内心引いていた。確かにただの女の子ではないとはわかりきっていたが、この状況でそんな言葉が出てくるのは肝が据わっているなんてものではない。ケンイチは不安になってアオイに声をかけようとする。
「アオイ……」
「ケンイチ君は子供たちを連れて避難所に逃げて! 私がこいつらを相手にするから!」
アオイは右手に魔力を集中させる。そして右手の魔力が炎に代わり、目の前の男二人に対して放った。
「ファイエル!」
勢いよく巻き上げられた炎は異邦人二人を包み込むが、何をされたのか一瞬で炎が散らされ、無傷の二人が笑みを浮かべながらアオイを見る。しかしアオイはそれは想定済みだった。
「こっちよ!」
アオイはその場から駆け出し、二人の視線を誘導する。アオイが駆け出した方向は研究棟とは逆方向であり、その隙を縫って子供たちは研究棟へと走って逃げだしていた。火炎魔法を放ったのも、炎で目をくらまし、逃げ出す隙を作り出すためのものであった。
「……“月の欠片”」
スーツの男が小声で呟く。アオイは何か呟いたことまでは聞こえたが、その内容までは理解できないまま、二人の注意を引くために煽り続けた。
「何言ってるのか聞こえないわよ! もうちょっと大きな声で言って……!?」
アオイは身体に違和感を感じ、言葉を止めた。――いや身体ではない。立っている位置に違和感を感じていた。地面に立っているにも関わらず、なぜかその感覚が無いのだ。
「え……な……ちょっ……!?」
次の瞬間、アオイは研究棟に向かって吹き飛ばされていった。途中何本かの木にぶつかり、身体を支えようと木に捕まるが、木ごと一緒に研究棟まで飛ばされていき、大きな音を立てて研究棟の壁が崩れていった。
「アオイ!」
ケンイチはアオイの元へ向かおうとするが、異邦人の男二人がケンイチの前に立ちふさがる。子供たち研究棟へ逃げていくが、男たちは全くそれを気にせず、ケンイチのことだけを注視していた。
「やっとお前一人だけになったな」
スーツの男はケンイチに言う。ケンイチは額から冷や汗を流しながら、スーツの男の手に握られている物を見た。
「“月の欠片”……22の秘宝の一つ。俺がアツシの酒場に置いといていたやつだ……。なんでお前が持っているんだ!?」
「なんで……か。お前はなぜこの秘宝が集められているか、確か目的は知らされていなかったな」
ケンイチは唾を飲み込んだ。確かに女神様が必要としている以上のことは言われておらず、ケンイチもただ依頼をこなして報酬をもらう以上のことは考えていなかった。だが、自分の知らぬ間に22の秘宝を持っており、そして彼らが自分の目の前に現れたということに、とても嫌な予感を覚えた。
「お前たちは……いったい何者なんだ!?」
ケンイチの質問にスーツの男が語気を乱さず――だが冷徹な口調で答えた。
「俺たちは“第五世代”の異邦人。そして俺たちがここにいる目的は一つ。……お前は用済みだということだ。ケンイチ君」




