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アオイとケンイチは見つけた子供たちと共に、再び研究棟へ向かっていた。本当は安全が確保されており、なおかつ近い生徒寮の方に連れて行こうとしたのだが、子供たちがそれを拒否したのだった。しかもその拒否の仕方が本気のものであり、アオイも説得は困難であるとして仕方なく連れていた。
「なんだってこの子たちは生徒寮に行きたくないの……?」
アオイは自分についてくる子供たちを見ながら呟く。年齢としては全員自分より下であり、アオイから見ても子供と言えるような子たちであった。――いや違う。アオイは心の中でとある考えが思い浮かぶが、かき消そうと頭を振る。しかし、ケンイチは冷たくアオイの呟きに答えた。
「こいつらは落第を控えた“すべり止め”の子たちだ。アオイもこの学校の独特の仕組みは知ってるでしょう?」
「……うん」
アオイは浮かない顔で返事をした。この学校の独特の仕組み――それは落第率が非常に高いということ。年に2割以上の生徒が着いていけずに落第され、外から新しい生徒が入学してくる形になっている。アオイもケンイチも転校してきても目立たなかったのは転校生が非常に多い校風もあった。
「研究棟にいるっていうジェイン先生は、この手の落第寸前の子たちを集めてゼミを開いてるって話でね。……まぁ、そんなこともあって、そのゼミの子たちはジェイン先生への信仰がとんでもないんですよ」
ケンイチの説明を聞いていたアオイは、その言葉に何か意図が含まれている事に気が付く。
「……なんかえらく敵対的な感じに聞こえるけど」
アオイからの指摘にケンイチは図星をつかれて表情を強張らせた。そして観念した表情に変わり、アオイの質問に答えた。
「あいつらジェイン先生が絶対って感じで、そのグループでいつも固まってるんですよ。……正直うっとうしいったらありゃしない」
アオイは同意も否定もしなかった。というよりこれ以上踏み込むとなんか嫌な気持ちになると思ったのだった。こういう話はぼっちで過ごしてきた自分には合ってないと。
「とりあえず研究棟についてこの子たちを置いていけば終わりなんだから、それまではしっかり守ってあげないと」
× × ×
研究棟の避難スペースで待機していたコニールは、周囲を自分のファンに囲まれてしまい、身動きが取れなくなってしまっていた。
「ちょ……ちょっとストップ! いい加減離れてくれ!」
あまりにも囲まれすぎてしまうため、コニールは子供たちを離そうとするが、子供たちは興奮しすぎて言うことを聞いてくれない。困ったコニールであったが、ある一声が子供たちの動きを止めた。
「ほら!今は避難しているのよ! それに騎士様にも迷惑でしょう!」
ある女性が聞こえると、子供たちはピタッと動きが止まる。その様子にコニールは尋常でないものを感じ、その女性を見た。その女性はコニールに深く頭を下げると釈明した。
「すみません私の生徒たちが……」
「いえ大丈夫です。私がいることでこの子達が安心するのなら……」
謝れたコニールは謙遜して目線を落としながら答える。そして相手の顔を見直して、コニールは改めて女性に尋ねた。
「失礼ですがあなたのお名前は……? この学校の職員のようですが」
「私の名前はジェイン。この子たちの教師です」
コニールの横にいたシーラはジェインの名前を聞いて、露骨に不機嫌な態度で顔を反らした。ジェインはその様子を見はするものの、何も反応せずにコニールとの会話を続ける。
「生徒たちの話を聞くと、あなたはパンギア王国の女騎士様とのことですが……。そこにいる“元”生徒のシーラと共に、いったいなぜここにおられるのですか?」
「……私が預かっている子がこの学校の生徒なんだ。たまたま様子を見に来たら、この謎の現象に巻き込まれただけだ」
「そうですか……深夜にも関わらずこの学校に来ていたと。……まぁいいでしょう。もう間もなく準備次第、何が起こっているのか職員を数名連れて調査を行います。コニール様にもお手伝いいただきたいのですが、よろしいですかね?」
「……ああ」
コニールは頷いて答えた。現状を解決するための動きであるなら拒否する理由はなかった。――しかしこの会話でジェインへの不信が芽生えた。周りの生徒の様子もジェインが来てから明らかにおかしいのも気になった。ジェインに対して怯えなどは一切ないが、逆に言えばジェインに対して従いすぎているのが気になったのだった。
コニールの周りに集まった生徒たちが解散し、ようやく解放されたコニールはシーラに尋ねる。
「なぁ……君とあのジェインとかいう先生、いったいどういう関係なんだ?」
コニールはジェインが近づいたときのシーラのやけに不機嫌な態度も気になっていた。
「やけにあの先生を嫌っているようだったが、それは君が半年前にこの学校を追放された件に関わっているのか?」
シーラはコニールとも顔を合わせず、ただ蹲っていたが少し間を開けて答え始める。
「……あのジェインはこの学校のOB……ではなく、一度成績不良で落第をくらってる。そしてそのあとに他の学校に行って、そこで必死の努力の末に魔法使いになって、この学校の教師にまでなった。……そしてそんな苦労人がこの学校に来て行ったことは、自分と同じ境遇の子供たちに寄り添うこと。……つまり、落第寸前の子たちを囲んでるわけ」
「なるほど……」
コニールはその説明に納得するものがあった。あの子供たちのジェインへの態度は並みのものではなかったからだ。そしてここまで話してコニールはもう一つ疑問ができていた。
「……たしかシーラも成績不良だったんだろう?ということはあの先生にお世話になっていたのか?」
コニールの質問にシーラは声を荒げて笑った。
「ハッ!?私があの女に世話にだって!? アハハハ! そんな訳ないじゃない! あんな気持ち悪い自分のシンパしか集めないクソババアに……!」
感情を爆発させたシーラの声は避難所中に大きく響いた。そしてその声を聞いたもの達はようやく反応する。
「もしかしてあれシーラか……?」
「間違いないあいつは……」
「なんであの“人殺し”が……!」
――え?コニールは周囲の声の中である単語が出てきたことを聞き逃さなかった。“人殺し”と。
「おいシーラ、今……!」
コニールがシーラに今の言葉の真意を尋ねようとしたその瞬間、研究棟全体が震えるような音が響き渡り、同時に揺れが発生する。
「うわっ……!?」
地震などではなく、建物全体が揺れた音だと察したコニールはすぐに臨戦態勢を取り、周囲の人々に呼びかける。
「皆さんは一か所に固まってください! 私が様子を見に行きます!」
シーラも立ち上がるが、コニールはシーラの動きを手で制した。
「何が起こっているかわからない。シーラは一旦ここで待機しててくれ」
コニールの指示にシーラは黙って頷く。こういうときのコニールの判断には従っておくべきだと、これまでの旅でシーラは経験していた。
「……任せたわよ」
「ふっ……ああ」
コニールは微笑んでシーラに返事をする。コニールも最初はシーラのことを生意気な小娘だと思っていたが、この旅を通じてシーラの異様な判断力に圧倒されるとともに、それなりの弱さを抱えた少女であると理解し始めていた。
コニールは避難所から外に出ると、音が響いた方向に向けて走り出す。近づく度に舞い上がった土埃が目立つようになり、何か大きな衝撃があったことは間違いなかった。もしこれが大型の魔物が研究棟を破壊するためのものであったなら、コニールにも手の打ちようがない。そうでないことを祈りながら足を進めていく。
そして衝撃があったと思われる場所に着くと、そこは研究棟の廊下であり、外側の壁が崩れていた。その崩壊跡を見たとき、コニールは先ほどの最悪の想像が頭をよぎる。――しかし崩れたガレキの中に埋もれていたものを見て、コニールは声を上げた。
「アオイ君!?」
ガレキの中にはアオイが埋まっており、アオイの方もコニールの声を聞いて気が付いたようだった。
「コニール……さん……」
「待っていろアオイ君! いま助けるから!」
コニールはアオイのところまで駆け寄ると、アオイの上に乗っていたガレキを取り払い、アオイの身体を起こす。見たところ深い傷は負っておらず、アオイもコニールの肩を借りて立ち上がると、自分の足でふらつかずに立てるくらいの怪我でおさまっていた。アオイの身に問題ないことがわかると、コニールはアオイに尋ねる。
「何があったんだ!? なんで君がこんなことに!?」
アオイは身体の埃をはたき、額から流れる汗を腕でぬぐいながら答えた。
「……異邦人が現れて、襲われました。今、ここまで一緒に来た友人が戦っています。助けに行かないと……!」




