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異邦人狩りーーユウキとアオイ  作者: グレファー
第2話 賜"われた"恵み(ギフト)
8/120

2-4

 屋根の上にいる子供たちはこの王都でも身寄りのない少年少女たちだった。生きるために犯罪に手を染めており、その元締めを行っているのが、先ほどユウキに捕まえられた少年、ヒンメルだった。


 ヒンメルは目下で起こっている惨劇について、胸のすく思いがあった。親には虐待を受けながら育ち、未発達なこの街の福祉は身寄りのない子供たちに充分な手を差し出せていなかった。そういった事もあり、ヒンメルはこの街の大人たちを、幸せに暮らしてきた連中を心底憎んでいた。


 “異邦人”とか名乗る連中に声をかけられたときも、ビジネスとして手を貸してはいたが、街に混乱をもたらすという目的に賛同している面もあった。ただその異邦人たちにも何かがあったのか、急遽大胆な行動に移すことになった。そのために異邦人狩りとかいう、全身黒のファッションをはき違えたバカを相手にすることになったが、あの速さはヒンメルにも計算外だった。


 今度は直接あの異邦人狩りに直接相対しないよう、屋根の上から動かず、依頼人である異邦人から渡された”種”を打ち込んでいく作業に徹底していた。


「よし、今度は向こうに人形を増やしに……」


 仲間たちに指示をして、また別の場所で種を植え付けようと移動しようとしたその時だった。


 ダン!!と起こりうるはずのない衝撃音がすぐ近くで起こり、ヒンメルはその方向を見た。――そしてあるはずのない光景が目の前に広がっていた。


「よう。また会ったな」


「な……! 異邦人狩り……!?」


 ヒンメルは逃げようとするが、一瞬でユウキに距離を詰められ、足を掴まれて天地逆に持ち上げられてしまう。仲間に助けを求めようとするが、全員逃げることで精いっぱいで誰もヒンメルを一瞥すらしなかった。


「は、離せ! 何する気だ!」


 ヒンメルは必死に抵抗するが、万力のような力がユウキの手に込められており、1mmも掴まれた足部分がずれることはなかった。ユウキは掴んだヒンメルの身体を屋根の縁から出し、感情をこめずにヒンメルに言い放つ。


「さて、時間がないから端的に一つ質問する。“お前らに依頼した異邦人はどこだ?”」


 ユウキの質問にヒンメルは鼓動を早くしながらもすっとぼけて答える。


「はぁ!? そんなん知るかよ! だいたいお前その服装自分でカッコいいとでも思って……!」


 次の瞬間、ヒンメルは重力の力を受け落下していた。突然の出来事にヒンメルは全身から滝のように汗が流れ、ヒンメルの落下の風圧と共に汗が空に浮かんでいく。たった8mの高さでは走馬灯すら思い浮かべる間もなかった。


 ヒンメルは受け身すら取れないまま頭が石畳に激突する寸前――その動きが止まった。ヒンメルは躊躇いなく失禁し、身体を伝う小便が顔に滴り落ちる。ヒンメルの落下速度よりも早く地面に着いていたユウキは、掴んでいるヒンメルにもう一回尋ねる。


「俺はお前を抱えたまま、もう一回屋根にひとっ飛びできるぞ? お前が自分から話したくなるまで、何度でもこのフリーフォールアトラクションを楽しみたいか?」


 ヒンメルは首を必死で横に振り、向かい側の建物を指さす。3階建ての集合住宅であり、そこに“異邦人”がいる、ということを示していた。


「そこか!」


 ユウキはヒンメルを離すと、建物に向かって駆け出していく。そして建物に向かう際にシーラ達の方を見た。通りに残されたシーラとコニールの二人は、アオイの援護を受けつつ、四方を囲む人形の攻撃をさばき続けていた。コニールの手には不殺魔法が掛けられたユウキの剣が握られていた。


 × × ×


 ――この少し前、人形に囲まれたユウキ達は、シーラの突然の発言に固まってしまっていた。


「敵が何をしているかわかった!?」


 シーラがいきなり言い出した言葉に、コニールは驚きながらその言葉の意味を問い詰める。シーラは屋根の上の子供たちを指さしながら言う。


「時間がないんで色々端折りますと、敵は街のガキ共を味方につけて、“種”を植え付けさせています。そして屋根の上から種を目下の“畑”に打ち込むことで、兵隊を途切れなくさせてる……! なら、そのガキ共を捕えれば、元凶の下に案内してくれると思いません?」


「そんな! ちょっと考えただけで破綻してないかその作戦! 敵はそんな手の届く場所にいてくれているのか!? あの子供たちにそれは知らされているのか!? そもそもどうやってあんなところまで行くんだ!?」


 コニールの指摘にシーラはいら立ちながら返答した。


「いいから私の言う通りにやってください! 敵は無尽蔵に湧いてくるのに、こっちがダラダラやってたら体力が尽きてやられるだけですから!」


 コニールとユウキは互いに顔を信じられないといった風に顔を合わせる。だがこのままではじり貧なのは明白であり、打開策は何にも浮かんでいないのは二人とも同様だった。そして二人は互いに頷きあうと、ユウキはシーラに尋ねた。


「……わかった。お前に作戦の立案を頼むから、どう動けばいいか教えてくれ」


 × × ×


 そしてシーラの作戦は完璧にハマっていた。ユウキも動きながらシーラの作戦の意図を考えていたが、よく考えると同意できる事ばかりであった。


 アオイの瞬間移動の能力にもある“射程距離”。これが敵の草木を操る能力にあってもおかしくないこと。街の子供たちに自分の居場所を教えることも、自分の隠れている場所に戦況を動かせないために大まかな位置を伝えることは十二分にあること。


 そして肝心の子供を捕えるにあたって、ユウキの身体能力をシーラは勘案に入れていた。ユウキが10m以上の跳躍をできることを、昼間の異邦人たちの戦いでシーラは見ていたからだった。


 ユウキの剣をコニールに渡したのも、不殺魔法がかけられている剣をコニールに持たせた方が、コニールが全力で自衛のために戦えるからということだった。これも目論見通りであり、先ほどまで鞘をつけたままの剣で充分に戦えていなかったコニールが、ユウキがいなくともシーラを守りながら、人形と戦える状態になっていた。


「なんなんだアイツ……!?」


 ユウキはシーラを見て冷や汗を流す。自分たちも充分に異常な存在だと実感しているのに、それとはまた別の意味で異常すぎる人間だった。――しかし今はそれを考えている余裕はない。ユウキは両足に力を籠め、全力で敵がいる集合住宅へ駆けていく。


 × × ×


 ユウキが迷いなく一定の方向に向かうのを見て、シーラはユウキが敵の居場所を突き止めたと確信する。


「コニール! 私たちも向かうわよ!」


「呼び捨て!?」


「別にそこはいいでしょう! 敵も兄さんに居場所がバレたことで、操られた人たちの動かし方に迷いができてる! 動くなら今しかない!」


「別によくあるか! 今はそこを話している暇ないから置いとくけど!」


 自分のことを呼び捨てにしてきたシーラにコニールはツッコむが、シーラはそんなことに構っていられなかった。ここまでは想定通りに進行しているが、一つ懸念事項があった。それはほんのわずかな違和感。ユウキがコニールを突き放した際の、違和感のある行動だった。


 × × ×


 ユウキは集合住宅に入ると選択を迫られた。1つの階につき3つ部屋があり、それが3階建ての9部屋分。どこに異邦人がいるのか当てなくてはいけなかった。ユウキは躊躇していたが、その躊躇の間に敵が逃げ出す可能性がある。だが間違えたらその隙に逃げられてしまうだろう。――絶対に間違うことが許されない9択だった。


「一番上の一番手前!!!」


 突然の叫び声が聞こえ、ユウキは考えるまでもなくその言葉に従った。階段を駆け上がり3階へと向かう。そして今度は躊躇なく手前の部屋の扉に手をかけ、部屋に入る。普通の住宅スペースであり、中には20代くらいの男性が一人お茶を飲んでいた。


「な……なんなんだお前!?」


 部屋にいた男性は驚いて立ち上がるが、ユウキは気にかけず腰にかけている剣を抜こうする。――が忘れていたことがあった。


「しまっ……!」


 自分の剣をコニールに渡していたことを忘れていた。別にそのまま殴りに行けばいいのだが、ユウキは”それができなかった”。


 そして部屋の男――”インチ”もユウキが剣を抜こうとしたこともあり、“自分の正体がバレた”と確信し、部屋中に仕掛けてあった魔草を操作しようと力を籠めようとする。――が。


 ガチャン!という音とともに部屋の窓が割れ、一振りの剣が部屋に飛び込んでくる。その剣を見てユウキは瞬間で意図を理解し、インチに向かって踏み込んでいった。突然の出来事が立て続けに起こり、インチは反応が完全に遅れ、完全に思考が止まっていた。


 ユウキはその剣を掴むと、姿勢を立て直してインチに対し振りかかる。インチが思考を取り戻し、何をすべきか理解した瞬間、もうそれはすでに時を逸していた――。


 × × ×


 ユウキは住宅の階段を降りていき出口に向かう。そして外に出ると能力が解除されたことで解放された人々がその場その場で倒れて気絶していた。外に出たユウキの姿を確認し、集合住宅のすぐ近くにいたシーラ達はユウキに駆け寄っていく。


「いえーい! 兄さん! ピース!」


 シーラはユウキに駆け寄ると、ハイタッチを求めて腕を突き出す。ユウキはそのシーラのテンションに辟易するものの、シーラがしつこく求めてくるのてやむなく手をだしてハイタッチをした。


「奴は?」


 コニールはユウキに倒したはずの異邦人を連れていないことを尋ねる。しかしユウキは首を横に振った。


「跡形もなく“消えちゃいました”。……異邦人は倒しても消えてしまうんです。所持品なども全部消えてしまうから、何にも残らない」


「そんなことが信じ……るしかないんだな。君が嘘をついているとは思えないしな」


 コニールは3階にいた異邦人がいた部屋を仰ぎ見る。先ほど剣を投げたのはコニールであり、それもシーラの指示によるものだった。


「しかし何故敵の居場所がわかったんだ?それに剣がなければユウキ君が戦えないとも」


 コニールはシーラに尋ねる。


「居場所に関しては完全な推理と消去法です。兄さんが集合住宅に向かった段階で、2階か3階なのはわかりきってました。だって上階じゃないと通りの様子が見えないじゃないですか。そんで手前側なのも同様に奥側だと通りが角度的に見えないから。で、2階の手前側では家族が団らんしてる様子が見えたから、あとは3階しかないと」


「じゃあ剣は?」


「これはさっき兄さんの行動に違和感を感じたからです。多分兄さんは不殺魔法がかかっている剣でないと他人に攻撃ができない。……自分の力をコントロールできないから」


 シーラの言葉を聞き、コニールはユウキを見た。ユウキはバツが悪そうな顔で俯き、視線をズラした。


「操られた人たちに襲われた際、兄さんはコニールを突き放そうとした時に“やけに”丁寧に放していた。……恐らく何か似たようなことをした際に失敗した経験があるんでしょう。思い返すと、兄さんが敵を攻撃する際、明らかに剣を振らない方が早い場面でも、剣での攻撃にこだわってた気がするんですよ。不殺魔法がかかっている剣なら、相手を必要以上に傷つける事はないから」


 自分の推理を説明するシーラを、コニールはしかめっ面で見ていた。思考や行動が普通の少女の域を遥かに超えていた。ユウキも同様の顔でシーラを見ており、シーラはため息を一つつき、ユウキに向かって言う。


「ハァ……わかりましたよ。私の正体もこの後きちんと話します。……ですけど兄さん、まずは兄さんの事、少しちゃんと話してくださいよ。兄さんだって、姉さんと二人だけで、この先どうこうできるとは思っていないでしょう?」


 ユウキは宿屋の方を見て、窓から身を乗り出しているアオイを見た。ユウキの無事を確認できて嬉しいのか、アオイは大きく手を振っていた。ユウキも微笑みながら小さく手を振って返す。


「……わかった。だけど、俺だって話せることはそう多くないぜ?まずどこから話そうか……」

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