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異邦人狩りーーユウキとアオイ  作者: グレファー
第20話 雷鳴の下
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20-3

 アオイは一旦自分の部屋に戻っていた。生徒寮はセシリーの結界により安全は保たれているものの、完全に安全なのは食堂だけであり、セシリーからも止められはした。しかしアオイはそれでも自分の部屋に戻る必要があった。


「やっと、動きやすい服に着替えられる……」


 アオイは着ていた寝間着を脱ぐと、棚に掛けていた制服を手に取って着替え始める。今着替えられる服が制服しかなかったのだが、寝間着よりは遥かにマシだった。


× × ×


 着替え終わったアオイは改めて食堂に戻った。避難した人々に夜食を振舞うためか、厨房からは少しいい匂いがしていた。


「呑気だなと思うか? でもこんな時こそ食事で活力をいれるのは大事なんだ」


 アオイは横から声をかけられそちらを見る。そこには筋骨隆々の男教師が腕を組んで立っていた。


「ハージュ先生」


 アオイは自分に声をかけた教師の名前を呼んだ。ハージュはこの学校の体育教師であり、アオイも彼の授業は受けたことがあった。ハージュはニコリとアオイに微笑みかける。


「さっきの魔物との闘い見ていたぞ。凄いじゃないか、あそこまで動ける者はそうはいない。まるで歴戦の戦士のようだった」


「いや……そんな……」


 かなり真っすぐに褒めてくるハージュにアオイは照れを隠しながら答えるが、ハージュはアオイの肩を叩きながら言った。


「今はこんな事態だ。他にも戦えそうな人間を集めはするが、おそらくアオイを一番頼りにさせてもらうことになりそうだ。頼んだぞ」


「……はい!」


 ハージュは再度アオイの肩を叩いて励ますと離れていった。


「アオイちゃん。戻ったのね」


 ハージュが離れると共に、今度はセシリーがアオイに声をかける。セシリーは夜食として配られているスープを手に持っていた。アオイがそのスープに目をやると、セシリーは恥ずかしがりながら答える。


「ごめんなさいね。……さっきの結界の魔法で、魔力をだいぶ消耗しちゃったから。少しでも食べて回復しないといけなくて……」


 セシリーの説明にアオイは納得して頷いた。セシリーが生徒寮に張った結界魔法は、普通複数人が大掛かりな準備をして行うものであり、それを突貫工事でしかも一人で行ったセシリーの技術は、もはや人間業ではなかった。


「生徒寮の様子はどうだった?」


 セシリーはアオイに尋ねる。アオイが自分の部屋に戻ったのは着替えるためだけではない。食堂以外にまだ寮の中に人が残っているか確認する必要があったのだった。


「部屋に残っている人はいましたけど、同じく巡回していた人達と共に食堂に向かうように案内しました。……ただ、やっぱり魔物が寮の中に入ってきてましたね」


 セシリーの張った結界は、食堂を中心にして発動しており、食堂から離れれば離れるほど効果が薄くなっていく。寮全体に結界の効力は機能しているものの、魔物によっては結界を無視して入ってきてしまう個体もいた。しかし結界の効力が効いているため、寮の中にいる魔物の大半は弱っており、アオイほどに戦えなくても、寮の中に侵入してきた魔物を倒すことができるほどにはなっていた。


「今が土曜日で、そして深夜であったのは不幸中の幸いね。学校に残っている人たちは少ないし、深夜だからみんな部屋に残ってたし……」


「そうですね。……でも、いつまでもこうしてはいられないですよね」


 アオイは食堂の面々を見ながら言う。今あまり騒がれていないのは、引率の職員たちがきちんと働いていることもあるが、それ以上に皆眠いというのもあった。いくらエリート校であるとはいえ、大半の生徒が15歳以下の子供であり、この状況が長引けば良くない結果が待ち受けているのは一目瞭然だった。


「それで……着替えてきたわけ? ……あなたはなんで今の状況が起こっているか、わかっているの?」


 セシリーは目を細めながらアオイに尋ねる。この状況でアオイがわざわざ着替えることを選んだのには理由があることはわかっていた。


「……詳しくは言えない、というより詳しいことは何もわかってないんですが、とにもかくにも動かないと……」


「俺も行きます」


 突如聞こえた別の声にアオイとセシリーの二人が振り向くと、そこには目を腫らしたケンイチが立っていた。


「俺も……アオイさんを手伝います」


 アオイの手伝いを進言したケンイチを止めるようにセシリーは言う。


「ケンイチ君! アオイちゃんは特別な訓練を積んでるから戦えるんであって……! 君じゃあ危険だって!」


「アオイさんも俺の強さはわかってるでしょう?……俺も戦えますから」


 ケンイチの言葉にアオイは黙ってしまった。ケンイチの強さは確かに知っている。妙に喧嘩慣れしているというか、一人で不良を複数人倒してしまうほどの実力は確かに持っていた。そして何より、アオイは一人で戦えるほどの自信は持っていなかった。


「……わかった。ただ私の仲間が今研究棟にいるから、そこまでの護衛をお願い」


「……ありがとうございます」


 ケンイチはアオイに頭を下げた。ケンイチも何かをしてないと気が済まなかった。二人のやりとりを見ていたセシリーはため息をつくものの、仕方ないと判断してアオイとケンイチに液体の入った薬瓶を渡す。


「しょうがないわね……。これは緊急用の魔法回復薬。飲めば一瞬で傷と魔力を回復してくれるけど、次の日にきつい副作用が現れるから、もしもって時だけに飲んでね。一応副作用は長くは引っ張らないけど……」


「効果がすごいのはわかりましたけど、そんあ飲みたくなくなるようなこと言わんでも……」


 アオイは冷や汗を流しながら受け取った薬を懐に入れた。セシリーはスープを一口飲むと、立ち上がって二人の肩を掴む。


「私も体力を回復させたら追いかけるから。絶対に二人では無理しないでね。時間がないのは事実だけど、焦りすぎたら元も子もないんだから」


「「はい!」」


 アオイとケンイチは返事をすると、食堂から出て生徒寮への出口へと向かっていく。しかしケンイチはそこで少し思いついたことがあった。


「こんな薬あるなら、なんでセシリー先生は飲まなかったんだ?」


 ケンイチの疑問に、アオイは少し考えてげんなりしながら答えた。


「……この薬の副作用がやっぱとんでもなく厳しいんじゃないの。本人もできれば飲みたくないくらいに」


「……そんなの渡してきたのか……緊急時だけどさ……」


× × ×


 アオイとケンイチの二人が出て少しして、セシリーは机に突っ伏していた。結界の魔法の消耗はやはり激しく、体力と魔力を回復するためのスープを飲んではいるものの、動けるようになるにはやはり時間がかかりそうだった。


「はぁ……はぁ……無理はするもんじゃないわね……」


 セシリーがアオイの前でその素振りを見せなかったのは、アオイが事態を解決するために寮から離れるのを躊躇させないためだった。アオイが異邦人であることを知っているのはセシリーだけであり、この状況が異邦人の何かが関わっているのはセシリーも予想がたっていた。そしてこの状況を解決できるのは同じ異邦人であるアオイしかいないことも。


「でも……仲間って言っていたわね。仲間って……」


 セシリーは少し考えてある可能性が浮かび、急遽立ち上がった。


「仲間って……まさか!?」


 セシリーは少し前、アオイからある話を聞いていた。この学校に来る際に祖母であるディアナに推薦状を書いてもらったが、それは娘であるシーラを経由していたこと。――アオイとシーラが関係していることを。


「シーラがこの学校に来ている……!?」


 アオイがシーラの名前を出した時、セシリーはシーラの居場所を問い詰めていた。半年前にこの学校を退学になってから行方が知れなくなっており、ディアナやグレゴリー経由で息災であることは聞いていたが、本人とは全くコンタクトが取れずにいた。


 アオイから話を聞いた時には、温泉街であるハイラントでゆっくりしているとは言っていたが、その答えもシーラからの仕込みである可能性は高かった。


 実際シーラもアオイが万が一自分の名前を出してしまった際、ハイラントにいると答えておけという指示は出しており、アオイはその通りにセシリーに答えていた。


「もし本当にあの子が来ていたらこうしては……!」


 セシリーはスープのおかわりをもらおうと足早に厨房へと向かう。


「あ、ちょっと待ってください!」


 男の声に呼び止められ、セシリーは足を止める。そこにはハージュがおり、スープを一杯手に持っていた。


「スープ、おかわりいるでしょ?」


「……気が利くわね」


 セシリーは再び席に座り、スープを急いで掻っ込み始める。そしてハージュも横に座り、セシリーがスープを飲み終わるのを待っていた。


「ふぅ……。あとは少し休めば……」


 セシリーは深く腰を落とすと、身体の力を抜いてリラックスをする。


「……ありがとうね。わざわざ持ってきてもらって」


 セシリーは横に座っているハージュに礼を言う。ハージュとは年齢が2つ違うくらいの同年代であり、そういうこともあってかセシリーもきさくにハージュに接していた。


「いえいえ。セシリー先生がいなきゃ、生徒たちの安全は確保できてませんから。これくらいさせてくださいよ」


「……でも何で私がスープのおかわりが必要だってわかったの? ずいぶんタイミングがよかったけど」


 セシリーの目ざとい疑問に、ハージュは頭を掻いて照れながら言う。


「ははは……やはりセシリー先生は鋭いですな。……いや、先ほどケンイチと話していたでしょう?」


「ケンイチ君? ……ええ、確かに話していたけど……」


「実はですね。私はケンイチとはちょっと浅からぬ関係でして……。実は彼をこの学校に“推薦”したのは私なんですよ」


 ハージュの思わぬ発言にセシリーは少し驚いて目を開いた。


「え? それは初耳ね」


「私が西大陸にいた頃の弟弟子から頼まれましてね。ケンイチとミクという二人の生徒をこの学校に入れてほしいと」


「弟弟子……ああ、確かあなたが学んでいた武術の……」


「ええ。“明神崩玉拳”というんですがね。……そのケンイチが事態を解決しようと動いているなら、私も動いてやらなければと思ったわけです。直前に先生と話していたのを見かけましたから、おそらく先生も彼らを追いかけるだろうと、スープの用意をしたわけです」


「なるほど……。その弟弟子さんは、この学校の生徒なの?」


 ハージュは首を横に振った。


「いえ。魔物退治の冒険者として東大陸で働いてはいたんですがクビになって……。そこをケンイチ達に救われて、その恩義があるからって私にすごい説得されましてね。弟弟子可愛さに無理して二人を学校に入れたんですよ。……“ロンゾ”って言うんですけとね」


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