20-2
シーラがジェインに案内された避難所は、研究棟にある講義室だった。300人以上が講義を受けれる部屋になっており、今はそこに100人ほどが集められていた。けが人もおり、避難した人々が助け合いながら身を寄せ合っていた。
「シーラ! 無事だったんだな!」
その声を聞いてシーラは安堵するとともに頭を抱えた。
「コニール……! 私の名前をここで呼ばないでよ……!」
シーラとコニールの名前に周囲にいた人間はざわめき始める。シーラは周囲の反応を見てため息をつくと、コニールを連れて講義室から出る。
「ユウキ君はいないのか?」
講義室のすぐ外でコニールはシーラに尋ねた。研究棟の中にも魔物が入り始めており、魔物避けの結界が貼られている講義室から離れるとコニール達も襲われる心配があった。
「私は兄さんが怪盗団を追っかけてるときに、先回りしてこの学校に来てたから……。そっちは姉さんはどこに?」
「アオイ君は生徒寮の方に残って、生徒たちの避難の手伝いを行っている。私がこっちに来たのは互いに分かれて避難を手伝った方がいいという判断からだ。……しかし、いったいなんでこんなことになったんだ? 君は何か知らないのか?」
コニールの問いシーラは首を横に振った。
「知るわけないでしょ。私が22の秘宝について調べたときだって、こんな情報は全くなかった……。こんな訳の分からない結界が学校に現れて、魔物まで出現するなんて話、聞いたことないわよ!」
「それはそうだが……。なんにせよ私たちがしなければならないことを今は考えよう」
イラつきがちなシーラに対し、コニールはこの状況でも冷静だった。こういう鉄火場になった時は場数を踏んでいるコニールの方が落ち着いていた。
「まずなんでこの状況になったかだ。……多分十中八九、あのケンイチとかいう異邦人が盗んできた22の秘宝を持ってきたからだろう。そしてまだわからないが、この学校のどこかに最後の秘宝である世界樹の接ぎ木が出現したから、こうなったと考えた場合」
「世界樹の接ぎ木を取ればこの状況は終わる」
シーラは間髪入れずに言うが、コニールは手を突き出してシーラの意見を止めた。
「どこにあるかもわからない秘宝を、魔物の襲撃をくぐりぬけて、避難している人たちに被害が出ないようにか?」
コニールの反論にシーラはムッとしながら反論し返す。
「じゃあどうするっていうのよ。天才騎士のコニール様はこの状況を解決する手段があるってわけ?」
歯に衣を着せないシーラの言葉にコニールは鼻白むが、あくまで落ち着いて答えた。
「……先ほどアオイ君とちょっとした実験を行ってな。学校の周りを囲む壁からは確かに出られないが、アオイ君の能力を使えば外に出られることがわかった」
「それで? 避難民を脱出させて、姉さんだけこの中に残すってわけ? 姉さんの能力は一方通行だし、戻れないでしょう?」
「アオイ君の能力で、秘宝を一つでも外に出せばこの現象は収まるんじゃないか?」
コニールの推測にシーラは言葉を失った。確かにケンイチが来たことでこの現象が起こった“なら”、その原因を追い出せば済む話ではあったからだ。
「無論、これはいくつもの仮説の下の話しだ。秘宝を出せばこの現象が本当に終わるのかとか、怪盗団が盗みだした秘宝がどこにあるのかとか問題は山積みだしそれに」
「それに?」
「そもそもこの現象、本当に22の秘宝が集まったから起きたのか?」
× × ×
生徒寮の裏でコニールと話していたアオイは、学校が結界に囲まれてからアオイの方から進言してコニールと別れていた。今いる場所はエリート魔法学校であるとはいえ、魔物と戦った経験がある者なんて両手の指で数えられるかどうかであり、臆せず戦える自分とコニールが手分けをして避難を誘導する必要があった。
「みんな! 生徒寮の食堂に避難して!」
アオイは寮の外で魔物と戦いながら、怯えて逃げる子供たちを避難場所へ誘導していた。宿直で泊まっていた教師たちも生徒を保護するために寮に来ており、生徒たちの避難活動を行っていた。
「あれ……確か最近転校したっていう……!」
教師の一人である20代ほどの男が魔物を相手にするアオイを見て、驚きを隠さずに呟いた。横で魔物避けの結界の準備を行っていたセシリーは微笑みながら言った。
「ええ。ここまでで実戦経験はあるって話をしていたけど……予想以上ね。学年トップどころか、全生徒含め……いや、多分教師にもあの子に勝てる人間は少ないんじゃないかしら……! いったいどんな旅をしてきたのかしら!」
セシリーも話し終わると同時に結界の準備が完了し、生徒寮全体が光に包まれる。その光を見た職員および生徒たちはセシリーの起こした魔法に全員感嘆していた。
「す……すごい……一人でこれだけの魔法を……!」
「本当に人間がこんなことできるのか……!?」
セシリーの魔法に全員が呆気に取られ足を止めてしまう。そんな彼らに気付けをするようにセシリーは叫んで言った。
「感心してないで早く避難して! ここの皆が避難したら次は逃げ遅れた人たちを助けに行くんだから!」
セシリーの言葉を受けて止まっていた避難する人々の足は生徒寮に向かい始めた。アオイは流れる汗を拭いながら、セシリーに親指を立ててグーサインをする。セシリーもアオイのサインを受けて笑顔でサインを返した。
アオイがこの学校に来て2週間。セシリーからの個人レッスンを受けたことで、アオイの魔法のレベルは飛躍的に上昇していた。そしてこの2か月の旅の間で培った実戦経験が、彼女を凡百の魔法使い見習いから逸脱させていた。
アオイは生徒寮の周辺にいた最後の魔物を爆発魔法を使って倒す。この魔法も複数の属性を組み合わせた魔法であり、学生が使うことも難しいものであったが、一番最初にアオイに魔法を教えたシーラの教え方が上手かったことが効いていた。
「これでラスト!外にいる人たちや、先生方は一旦生徒寮に避難して下さい!」
アオイは周囲の避難活動を手伝っていた者たちに向かって言う。いつの間にかアオイが周囲の避難の指揮をとっていた。これができるのもオレゴンでのドラゴンの暴走の際、コニールの働きを見ていたことが活かされていた。
アオイは確かに成長していた。それはここまで出会ってきた人たちの影響を受けて。それは結城葵だったころでは無かったこと――そしてユウキとは全く違うものだった。
アオイは今ハッキリと自覚していた。もう自分は“結城葵”には戻れないと。
× × ×
とりあえず周囲の避難を完了させ、アオイも生徒寮の食堂に一旦入っていく。食堂には100人ほどの生徒と、それを引率する職員が10人ほど集まっていた。その中で席に座って休憩していたセシリーを見つけ、アオイは駆け寄った。
「セシリーさん、お疲れ様です」
「いやいやアオイちゃんも。すごいじゃない魔物相手に全く怯まなくて。……でも一体なにが起きてるのかしら……」
今の状況を訝しむセシリーにアオイはあえて何も言わなかった。何故なら22の秘宝を探していることはセシリーにも言っていなかったからだ。異邦人を探していることは話してはいるが、それが怪盗団であることも話してはいない。
「……まずはみんなの避難を優先させましょう。土曜日で人は少ないのはわかりますけど、もうちょっと人いませんでした?」
アオイは食堂にいる人たちを見渡しながら言う。今日が土曜日であることや、研究棟にも避難場所はあるのはわかっていたが、それでも今この食堂にいる人数は想定している人数よりも少なく感じた。アオイの疑問にセシリーはため息をついて答える。
「ふぅ……。あなたの疑問はもっともよ。……ちょっと厄介な問題がこの学校にはあってね」
「厄介な問題?」
セシリーは立ち上がって背伸びをすると、その場から離れ始めた。
「……その話は今はいいかな。それよりアオイちゃん、まだ元気はあるでしょ? 魔物に襲われてケガをしている人がいるかもしれないから、診てあげてくれない?」
「え……? でも私、回復魔法は使えませんよ?」
セシリーは振り返ると、アオイの頭を少し小突いた。
「何言ってんの。魔法なんか使わなくたって、怪我の手当てくらいできるでしょう。2言目には魔法魔法なんてそんな甘ったれたこと言わないの!」
「……はい」
セシリーの反論を許さない強い態度にアオイは圧倒されてしまっていた。見た目のこともあって、どうもシーラの事が頭によぎったが、それだけでなく母親としての強さも混ざっているのだろうと感じていた。
アオイはセシリーに言われた通り、怪我を負っている人がいないか回って確認をしていた。魔物に襲われ怪我をした生徒たちもいたが、抵抗せずにアオイの治療を受けてくれていた。
先ほどの戦いでアオイが活躍したことと、どうも見た目も影響を与えているようだった。オレゴンでイサクに婚約者にされかけたときもそうだったが、アオイは自分がかなりの美人寄りだと、自覚するようになっていた。
(……まぁ、損することじゃないけどね)
そう心の中で呟くが、元々の結城葵だったころの不遇さをどうしても思い出してしまう。――そんなことを考えていた最中だった。
「……ケンイチさん?」
アオイは食堂の片隅で蹲っているケンイチを見つけた。しかし様子が明らかにおかしかった。
「……アオイさん?」
アオイに声をかけられたケンイチは、茫然自失としており少し経ってようやく反応した。全身がボロボロであり、疲れ切ったように腰を落としていた。
「大丈夫ケンイチさん!? 今とりあえず治療を……ってあれ?」
アオイはある違和感に気づく。ケンイチがいるなら、絶対にその横にあるべきものを。
「……ミク……さんは……?」
アオイの声は震えていた。ボロボロのケンイチ、横にいないミク、そしてこの状況。指し示すものはあまりにも単純だったからだ。
「アオイ……さん……!」
ケンイチは感情を堪えきれなくなり、涙を流しながらアオイの足にしがみつく。その様子を見て、アオイは自分の不安が的中したことを悟った。
「ミクが……ミクが……! あ……あああああ……!!!」
「ケンイチさん……!」
アオイはしゃがむとケンイチを優しく抱きしめた。自分の身体の事は承知している上で、今はそうすべきだと判断したからだ。それが例え好ましくない誤解を与えるとわかっていても。
「大丈夫……もう大丈夫ですから」
アオイに抱きしめられ、ケンイチは少し驚きながらもその身体に身を預けて、しばらく泣き続けた。おそらく自分が結城葵であったなら絶対にしなかったし、相手からもされなかったことであった。しかしこの時点でもアオイとケンイチは互いに致命的な勘違いをしていた。
アオイもケンイチも、まだ互いに異邦人だとは気づいていない。アオイはケンイチを傷つけたのは魔物だと勘違いしているし、ケンイチもアオイがユウキと元同一人物だとは気づいていない。――ミクを殺した、憎き異邦人狩りと同一の存在であることに。




