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異邦人狩りーーユウキとアオイ  作者: グレファー
第20話 雷鳴の下
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20-1

 ケンイチを逃がしてしまったユウキは報告するためにバノン家の屋敷に戻っていた。一連の事件が終わり、野次馬も去っていったのか閑散としており、逃げ出した見張りたちも戻って後片付けを行っていた。


 ユウキはシーラがいると思い、バノン家当主であるテツロウの書斎へと向かう。向かっている最中、捕らえられて運ばれていくロンゾとイグレイスの姿を見た。全員自分の力で歩ける程度の怪我でおさまっており、ユウキは胸をなでおろす。しかし、そのユウキの姿を見たロンゾ達は恨めしい表情でユウキを睨みつけ、ユウキはその表情に怯えて竦んだ。


「しょうがない。なんせあいつらはこの町の22の秘宝のうち殆どを盗み出したんだ。良くて一生牢屋の中で、まぁおおよそ死刑だろうな」


 ユウキの背後から話しかける声が聞こえ、ユウキは振り向いた。そこにはインジャの部下であるスレドニが立っていた。インジャの一番の部下であることもあってか、ユウキもインジャの部下の中では、印象に残っていて名前もきちんと憶えていた。


「あ。……ってなんでお前がここにいるんだよ」


「何ってバイトだよ。この家の当主が町のならず者に声かけまくって、護衛を無理やり増員してたからな。お前は気づかなかったろうが、あと5人は仲間がバイトで来てるぞ」


「あ、そう」


 ユウキはそっけなく返事を返した。自分から聞いてはいたがスレドニがなぜここにいるかはあまり興味がなく、むしろその前に言ったロンゾ達が終身刑になるという事の方が気になっていた。


 異邦人を相手にするときもそうだったが、怪我をさせるのが怖いという理由で不殺魔法を付与した武器で戦ってはいるが、異邦人がこの世界から姿を消すのは殺していることと同じなのではないだろうか。ロンゾ達のようによしんば重傷で済ませても、結局この後に死んでしまうのなら、自分は人殺しに手を貸しているのではないのだろうかと。


 落ち込むユウキを見かねて、スレドニはユウキの頭をクシャクシャといじりまわす。


「おわっ!? なんだよ急に!?」


 ユウキはいきなり自分の頭をいじりはじめたスレドニから離れるが、スレドニは笑ってユウキに言い返した。


「お前相変わらず真面目なんだな。そのくせインジャの兄貴の修行は雑にしてるというか……。絶対女の子にモテないやつだな」


「モ……! そんなのどうでもいいだろうが! それよりシーラがどこにいるか知ってっかよ!」


 からかわれたユウキは鬱陶しそうにスレドニに尋ねた。


「あ~……そういえばシーラの奴から頼まれてたんだ。先に魔法学校に向かってるとよ。あの怪盗団も一度体勢を立て直すために学校に戻るだろうから、そこをアオイとコニールの二人と合流して、一気に倒すとのことだ」


「なるほど……。じゃあ俺も……」


 その時だった。突然外で眩い光が放たれ、屋敷の中で作業していた全員がその光の方向を窓から覗く。そしてその向いている方向を見て、ユウキは何か嫌な予感がした。


「あの方向……まさか!」


 ユウキも同じく近くの窓から外を覗くが、不安が的中する光景が窓から広がっていた。


「しまった……! 学校が……!」


 ストローズ魔法学校の周りから白い壁のようなものが現れ、学校中を覆っていた。深夜であるはずなのに、眩い光が学校から照らされ、まるで昼間のような明るさになっていた。


「な……なんだ一体!?」


 スレドニもユウキと同様に窓から外を覗いて声をあげる。ユウキはその現象が何をするかおぼろげに予想がついていた。


「俺があいつを逃がしたからか……!? まずい……!」


× × ×


 魔法学校に侵入していたシーラは突然学校の敷地を境目にするように上がった光を見上げた。周囲に自分の存在がバレないようにフードを被ってはいたが、こんな深夜にこれほどの光で照らされることは全く想定していなかった。


「何が……!? もしかして……!」


 シーラも何が起こったのかすぐに悟り、そして次に起こるであろう事態も想定できた。


「しまっ……!」


 突然起きた出来事に、寮で寝ていた生徒や宿直で待機していた職員が外に出てくる。今日は土曜日であり、町にある自分の家に帰っている者が多かったが、遠方から寮に泊まっている生徒および職員の数もそれなりにいた。そしてシーラが学校を追放されたのが半年前のことであり、まだシーラの顔を覚えている者は多いはずだった。


「姉さんたちを早く探さないと……!」


 シーラはフードを深く被りなおすと、その場から走って逃げだしていった。コニールから今日アオイと合流する予定なのは聞いていたが、その場所までは聞くことを怠っていた。ユウキの力を過信していた――というより、相手を舐めすぎていたのも一因だった。


 ユウキなら絶対に負けないという信頼がシーラの中にはあった。本人も無意識ではあったが、シーラはユウキとアオイ――特にユウキに対して過剰な信頼を寄せがちだった。確かにユウキはケンイチ達に負けはしなかったものの、死に物狂いでユウキから逃げ切るのは想定外であり、そしてケンイチが逃げ切ったことで学校に閉じ込められることになるのも想定外だった。――そしてその次の事態も想定外だった。


 シーラは頭上から何か不審な音が聞こえ足を止める。周りの人間がシーラに気づく前に急いで逃げなければいけないのはわかっていたが、それ以上に“頭上”からその音が聞こえたことに言いようの無い不安を抱いた。何かが羽ばたく音。光の壁の影響で明るいとはいえ、深夜のこの時間に?


 シーラは恐る恐る上を見上げる。その音の正体が半ばわかりかけていた――わかりかけていたからこそ、本当は見上げたくはなかった。しかし、それで目の前の現実がなかったことになるわけではないことも、シーラはわかっていた。


「…………畜生」


 シーラの上空には、槍を構えた悪魔型の魔物であるダイモーンが群れを成して空を飛んでいた。そして周囲から悲鳴が上がり始め、シーラはそちらを見ると、様子を見に外に出ていた生徒や職員たちが、現れた魔物に襲われていた。


「ま……まずい……! こんなことになるなんて……!」


 シーラは単独での戦闘能力は全く無い。力を隠しているとか本当は魔法が使えたとかそういう事は一切無く、ただの15歳の少女の身体能力だけだった。そしてその自分が他の人間に助けを求めることもできない場所で魔物に囲まれてしまっている。――どう考えても最悪の状況だった。


「姉さん……! コニール!!!」


 シーラは助けを求めるように大声で叫ぶが、その声を切欠としてシーラの上空にいたダイモーン達が一斉にシーラに向かってくる。


「ギャシャアアアアア!!!」


 雄たけびを上げながら向かってくる魔物たちを前に、シーラは何もできずに頭を抱えて身を竦めることしかできなかった。


「キャアアアアア!!!」


 シーラは叫び声を上げて目をつむるが、数秒経っても何も起こらなかった。そして恐る恐る目を開けると、目の前で魔物が数匹黒焦げになって倒れており、そしてその姿が消えかかっていた。シーラは安堵すると共に“彼女”がすぐそばにいると思って歓喜の声でその人物を呼ぶ。


「姉さん……!」


 しかしそこにいたのはアオイではなかった。


「まさか……シーラなの!?」


 シーラはその人物の顔を見て、表情を露骨に崩した。


「ジェイン……先生……!」


 30代ほどの少しくたびれた感じを漂わせる女性――ジェインが魔法を放ち、シーラを助けていた。ジェインもシーラの顔を見ると、その態度を露骨に硬化させた。


「なぜあなたがここにいるの? この学校を追い出されたはずでしょう? ……もしかしてこの謎の現象はまさかあなたのせいだとでも言うの?」


「……残念ながら私のせいではありませんよ。全くの無関係とは言いませんけどね」


 シーラもジェインも互いに敵意を剥き出しにしていた。しかし魔物の咆哮が響き渡り、二人は我に返ると改めて状況を確認する。


「……仕方ありません。あなたが何をしたかは知りませんが、今は避難する方が先です。こちらの研究棟に魔物が寄れない結界が貼られている場所があります。そこにこれから生徒たちを誘導しますから、あなたは先に避難してなさい」


「……はい」


 ジェインの言葉にシーラは渋々頷いた。アオイたちを見つけることはできなかったが、今はシーラも避難しないと自分の身が危うい状態だった。それに避難先にアオイたちがいる可能性も高い。そう思っての行動だった。


「一応質問ですが、その避難先に私の母はいませんかね」


 シーラはジェインに尋ねるが、ジェインは不機嫌さを隠さずに答えた。


「ええ。彼女は生徒寮の方で結界を貼っています。彼女ほどの力があるなら、生徒を守りながら結界を貼ることも容易でしょう」


「……そうですか」


 シーラはそこからは続けずにジェインは示した避難方向に向けて駆け出していく。向かう先にセシリーがいないなら願ったりかなったりだった。そしてこの件についてはジェインは嘘はついていないだろうという確信もあった。


 何故ならジェインとセシリーは仲が悪いから。――それだけではない。セシリーがアオイに話した過去。15年前にストローズ魔法学校で落第したかつての親友。その親友こそがジェインだった。

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