19-4
ユウキはシーラからの急な問いかけに困ってしまった。必要なものと言われても、むしろありすぎて何を答えればいいのかさっぱりわからなかったからだ。
「……異邦人と連絡が取れるスマホ」
「それは必要ですけどそんなの用意できるわけないでしょう……。正解は“不殺魔法がかかった武器”ですよ。姉さんが学校に潜入しちゃったから、不殺魔法がかかった剣が今の兄さんの手元に無いでしょう?」
「あっ」
ユウキは言われてようやく気付いた。最後に実戦で戦ったのはもう2週間以上前になり、ろくに剣をふる機会がなかったので完全に忘れていた。確かに不殺魔法がかかった剣がなければ、ユウキは実戦で相手に攻撃することすらできなかった。
「そういえばそうだった……。インジャやコニールさんばっか相手にしてたから……。でもマントがあれば……」
ユウキは羽織っているマントを掴みながら言うが、コニールがすかさずユウキに言った。
「マントも結局威力がありすぎるから、よほどの相手にしか使えないって言っていただろう……。実際イサクの部下を相手にしたときも、マントでの攻撃を躊躇っていたじゃないか」
コニールに指摘されユウキは黙ってしまった。確かにその通りで、不殺魔法が無くても戦えるようにマントを武器にすることを思いつきはしたが、結局この方法でも相手に大けがを負わせてしまう可能性が高かった。
ここまで不殺魔法に拘るのはユウキの心理的な問題に他ならない。相手をケガさせてしまう、殺してしまうという不安があるとユウキは途端に武器を振れなくなる。いい感じに手加減を効かせられる不殺魔法があるからこそユウキは全力で攻撃を行うことができ、そしてその不殺魔法を使うことができるアオイが絶対に必要だった。
「こういった魔法の店でいちいち不殺魔法を剣にかけてもらうっていうのはできなくはないんですが……それでも効果は数時間で切れますから、突発的な状況に対応できませんしね。そもそも不殺魔法を使える魔法店がそんなに数ないし」
シーラの言葉にユウキは納得せざる得なかった。オレゴンでアオイが捕まった時も、トスキが不殺魔法を使えたから何とかなったようなものであり、アオイが横にいないということはユウキにとって死活問題だった。
「それでこの“紋章”が役に立つわけです」
シーラがそう言うと同時に、裏からタダスミが戻ってくる。
「シーラさん。準備できましたぜ」
タダスミは手の甲を3人に見せる。ユウキはその手を覗くと、さっきまでなかったものが手の甲に浮かんでいた。
「……剣のマーク?」
剣の形をした刺青みたいなものが手の甲に書き込まれていた。そしてタダスミが念じると、途端にタダスミの手から剣が出現する。
「おわっ!?」
タダスミの手を覗きこんでいたユウキは驚いて尻から倒れこんでしまった。
「な……なんだ!?」
「これが“紋章術”ですよ。予め刻まれた紋章に沿った魔法を意識一つで発動できるようになる、新時代の魔法です」
シーラは得意げに驚くユウキに言う。同じくコニールもタダスミが出現させた剣に驚いていた。
「いやこれは……私も初めて見るものだ。類似の技術があったという話も聞いたことがない」
「でしょ? これはこのエルメントでも現在研究中の最先端のものでね。ちょっと色んなルートから技術をかき集めて、簡単なものだけでも使えるようにしたのよ」
「はえー……すっごい」
ユウキはただただ感心するが、やがてあることに気が付く。
「……ん?でもこれがなんで必要なんだ?」
「よくぞ聞いてくれました。この紋章術は刻まれた魔法がそのまま発動するというものですが……。この刻まれた通りにってのが重要でしてね。不殺魔法を付与した武器を出現するような紋章を準備すれば、いつでも不殺魔法がかかった武器を取り出せるわけですよ」
「……そいつは便利だ!」
ユウキは手を叩いてシーラの提案を素直に喜んだ。不殺魔法の有る無しは死活問題であったため、その問題が解決できるなら万々歳であったからだ。
「じゃあこっち来てもらっていいですか」
シーラはユウキ達を店の奥に案内する。そこには剣や斧といったいくつもの武器が並んでいるスペースだった。
「まだ紋章術はお客さん用に出せるほど技術を詰めれてないんですが、こういった武器はこの店でも取り扱ってるんでね。お好きなものを選んでもらえたら、タダスキに紋章術として使えるように改造させますよ」
「なるほど……色んな武器があるんだな……」
ユウキは並んでいる武器をそれぞれ見て回る。さして特別な知識があるわけではないが、この2か月間の間で剣で戦ってきたこともあり、どういった武器が取り扱いやすいか、だいたいの想像がつくようになっていた。
「無難に剣でいいんじゃないか?」
武器選びを迷っているユウキにコニールは言うが、横でシーラがやれやれと肩をすくめた。
「まったく……無難に剣じゃつまんないでしょ。それじゃ単に剣を持っていけばそれで済む話じゃん」
「むっ……だが使えないものを持って行っても仕方ないだろう。それにアオイ君がいないから不殺魔法をどうするかという話だろう? だったら剣を持って行って……」
「……これだ」
シーラとコニールが言い争っている中、ユウキはある武器に目を奪われていた。しかしシーラとコニールの二人はそれを見て互いに疑問の表情を浮かべた。
「「へ? ……こんなの使えるの?」」
二人がその表情を浮かべたのも仕方がない。何故ならユウキが見ていた武器は身の丈ほどもある大鎌だったからだ。
「シーラ。俺、これにするよ」
「え……いや、いいですけど……」
シーラは困惑しながら答えるが、コニールが横からユウキを止めるように言った。
「いや待った待った! こんな鎌を持って行ったって使えないだろう!? 使い方とかわかるのか!?」
「いや……わかんないですけど……」
ユウキはバツの悪そうに頭を掻きながらコニールに答えた。
「でもシーラがさっき言った通りただの剣を持って行っても……ってのはあるけど、それ以上にあの鎌を見たとき、なんか凄い惹かれたんだ……」
ユウキは大鎌を手に取った。ステータスの影響もあり、身の丈ほどの大鎌も軽々と持ち上げた。
「なんというか、これが俺が持つべきものだったというか。今まで剣やマントとか使ってきたけど、初めてしっくりくる物に出会った気がする……」
感慨深げに言うユウキにシーラはからかうように言った。
「いやまぁいいですけど……。ただ……」
「ただ?」
「……なんというか、今の言い方すっげえかっこ悪いというか……。変な病気になってません?そういう時期?」
シーラの言葉にユウキは腰から砕けながら、叫び返すように言った。
「ふざけんな! なんかそう言われるとめちゃくちゃ選び辛くなっただろ!? パッと見のインスピレーションで決めたんだからそれでいいじゃん!」
どっちらけの空気になってしまったが、ユウキが大鎌を選んだのはちゃんと考えてのことだった。シーラの言う通り、剣は鎌よりも持ち運びやすく紋章にするメリットが少ないこと、そして先のドラゴンと戦ったときのような、大型の魔物と戦うことになったとき、相応の武器があれば対抗できると思ったこと。 そしてやはりカッコいいと思ったことは否定できなかった。しかしユウキは無意識でもう一つ選んだ理由があった。
――“死神”。ミカがオレゴンの町でユウキを見たときに呟いた言葉。ユウキの耳はその言葉を拾っており、そしてその時はユウキも考える暇もなかったために忘れていたが、無意識下でその言葉を強く意識していたのだ。
そうして準備が整い、怪盗団ディメンションがバノン家の審判のラッパを盗みだそうとしたところまで時間は戻る――。
× × ×
怪盗団ディメンションがユウキに殲滅された少し後、アオイは寮の部屋から出て、寮の裏手で立っていた。少し寒いのか毛布を体に巻き、身体を震わせていた。そして近寄ってくる足音を耳が拾い、この時間に来る人間は一人だけだと確信し、声をかける。
「コニールさ~ん。遅いですよ~」
「ああ、すまない。ちょっと遅れてしまってな」
アオイの目の前に現れたのはコニールだった。ユウキ達がバノン家で戦っている間、アオイと合流するためにストローズ魔法学校の敷地内に潜入していたのだった。
「どうです? 怪盗団の動きは?」
アオイはコニールに怪盗団について尋ねる。
「ああ、今日ユウキ君たちが怪盗団を捕まえるために動いている」
コニールがアオイに会いに来たのは、怪盗団が出払っていることを確認したからであった。もしコニールがアオイと接触しているところを誰かに見られれば、ケンイチ達を警戒させてしまうかもしれないという意図があったからだ。
「そっちはどうだ? 世界樹の接ぎ木についての情報は得られたか?」
コニールはアオイに尋ねるが、アオイは首を横に振った。
「いえ。すみません、まだ尻尾もつかめていません。……ですが、一つ情報があります」
「情報?」
「……おそらくこの学校に潜入していると思われる異邦人について目星がつきました」
「本当かい?」
「ええ。……二人組の怪しい何者かが、学校で世界樹の接ぎ木について調べているのを見かけました。調べてみたらどうやらこの学校の……」
アオイが言いかけたその瞬間、急に学校の周りに光の幕が立ち上り始めた。
「な!?」
「な……何!?」
急に起こった出来事にアオイたち二人は困惑したものの、冷静に状況を把握しようと辺りを確認する。
「何だ……!? 魔法!? だけどこの時間に何のために……!」
アオイたち以外にも学校にいた人間たちが、急に起こった出来事に戸惑い、外にぞろぞろと出てくる。
「いったい何で……!?」
アオイはそこまで言いかけて、ある1つのことを思いつく。
「……もしかしてこの学校に22の秘宝が全部集まったのでは……!? それで世界樹の接ぎ木が出現したとか……!」
「ということはユウキ君たちは失敗したのか……!?」
コニールは学校の敷地から外に出ようとするが、光の幕に跳ね返され思いっきり後ろにのけぞった。
「ぐあっ!?」
コニールは鼻を押さえながら立ち上がると、光の幕を恐る恐る触る。すると手が弾き返され、光の幕から外に出ることができなくなっていた。
「な……! なんだこれは……! 外に出れない!?」
「もしかして……!」
アオイは近くの石を掴んで瞬間移動能力を使う。すると石は光の幕を抜けることができた。
「私のギフト能力を使えば抜けれそうです。……でもこれ一度出たら戻れないですよね……!?」
「そうだな……! どうやらこの光の幕で学校の内と外が完全に分断されたみたいだ……! さすがにここまで派手に光っていれば向こうも何が起きたか気づくだろうから、私はまだ中にいて、必要があれば外に出るようにしよう……。……そういえば」
コニールは先ほどアオイが言いかけたことを思い出す。
「この学校に潜入している異邦人についてわかったって?」
アオイは頷いて答えた。
「ええ。これはシーラの母親であるセシリーさんも知っています。セシリーさんに生徒名簿を確認してもらって、生徒でも職員でも“ない”ことも確認を取りましたから」
「ああそうか……え?」
コニールはアオイの言っていることが全くかみ合っていないことに気づく。ケンイチとミクの二人はどういうコネを使ったかは知らないが、この学校の正式な生徒であることはコニールは裏付けを取っていた。――それが生徒ではない?
「待った……その二人はいったい……?」
コニールが困惑して尋ねると、アオイは自信をもって答えた。
「ええ。“男二人組”の異邦人です」
「馬鹿な……!」
――そして状況は動き始める。




