19-2
捕らえられたアツシはシーラ達に洗いざらい話した。ケンイチとミクが3か月まえからこの町に来て、怪盗団として活動していること。二人がストローズ魔法学校に入学していること、そして22の秘宝は残すところあと3つであること。
「なるほど……となると怪盗団として活動するのはあと2回ね」
シーラは手に入った情報をまとめて呟くが、その言葉にユウキは指摘を入れる。
「22の秘宝で今19個なんだろ? じゃああと3回じゃないのか?」
ユウキの指摘にシーラは首を横に振った。
「いえ、あと2回。なぜなら秘宝の一つである世界樹の接ぎ木は、もうある場所が確定しているから」
「……? どこに?」
「ケンイチとミクって異邦人がいるストローズ魔法学校。……私の元母校ですがね。ただそれがどこにあるのかは誰も知らない。伝承で22の秘宝がすべて揃うと姿を現すとか言われてますけど……それだけですね」
「なるほど……でもなんでそいつらはそんな大げさなものを集めてるんだ?」
ユウキはアツシに目配せするが、アツシは大きく首を横に振った。
「し……知らないんだ! 女神様に命じられたとしか言ってなくて! ギフト能力だって、ケンイチの方が鑑定をする能力で、その能力を買われて今回の依頼を命じられたって……! ミクの方は私に能力すら見せてないんだ!」
「女神……また女神様か……!」
シーラは落ち込む仕草を浮かべ、頭を抱えた。ユウキはこの場に同席していたインジャを見るが、インジャはさほど気にせずに答えた。
「俺ぁ西大陸出身だからな。別に東大陸で信仰されてる宗教には興味はねえよ。ま、元々神様なんざ信じるタチでもねえがな」
「女神イウーリアだっけか。……異邦人はこの女神に呼ばれてるとかなんとかオレゴンの時に聞いた気がするけど、俺は会ったことがないんだよなぁ」
ユウキのつぶやきを聞いてアツシは目を見開いた。アツシもケンイチ達と同じく、女神イウーリアにこの世界に連れてこられ、そしてこの世界で生活するように命じられたクチだった。女神イウーリアはこの東大陸を司る神であり、この東大陸に住む殆どの者が信仰している。
アツシも最初は日本人らしく無宗教ではあったが、実際に女神イウーリアに会ったことと、この世界の風俗に慣れたこともあり、今ではイウーリア教を信仰しているほどだった。シーラは少し悩んだ後、アツシから聞いた話をまとめて顔を上げる。
「……なんにせよ。これで目的はハッキリしたわけだ。その22の秘宝を集めている異邦人を倒して、22の秘宝を奪い返せばいい」
「……なんで?」
ユウキは当然の質問をシーラに投げかけた。
「なんでその異邦人二人を倒す必要があるんだよ。別に俺は異邦人狩りって呼ばれてるけど、それが趣味とかじゃねえぞ」
「なんでって。その22の秘宝を異邦人側が欲しているんでしょう? なら今集めてる奴より、早くそれを手に入れてしまえば、向こうから接触してくるじゃないですか。それも、こっちは22の秘宝を持っているんだから、バトることなく交渉だってできるかもしれないじゃないですか」
「そう……か……?」
ユウキはいまいち納得できないものの、とりあえずこの場はその意見に従うことにした。それ以上の案も思いつかないし、今まで会った異邦人がだいたい会話にならない相手なのもそれはそれで事実であり、だからこそこうやって異邦人を追う旅をしているのだから。
「……って、そういやあんたはスマホとか持ってないのか? どうやってシープスタウンに行くんだ?」
ユウキはアツシに尋ねるが、アツシは項垂れながら答えた。
「し……知らない……。私には携帯電話は渡されなかったし、シープスタウンから離れてからは一度も戻ってないから、行き方もわからない。ここに来た時も当時は船が街から出ていて、適当な海岸に降ろされただけなんだ……」
回答を聞いたユウキはシーラを見るが、シーラは首を横に振った。
「……嘘はついてないでしょうな。もしその“けいたいでんわ”とやらを持ってるなら、もう少し取り出す素振りを見せるでしょうし。トスキから聞いた話とも一致しますし。トスキもシープスタウンから離れてから一度も戻ってないと言ってましたしね」
同じ第二世代の異邦人であるトスキも、スマホは持っていたがシープスタウンには戻っていないとも言っていた。それにトスキがスマホを与えられていた理由は、第二世代の中でも殊更この世界に影響を及ぼした功績があるからだろう。単なる雑草以下のアツシと比べての待遇の違いは納得できるものだった。
「はぁ……とりあえず情報はこんなもんか……。じゃあアオイとコニールさんたちのとこに戻って状況説明を……」
ユウキは立ち上がって酒場を出ようとするが、シーラがユウキのマントを掴んでその動きを止めた。
「いぎっ!?なんだよシーラ!」
「……ちょっと待った」
「あ?なんだよ急に」
シーラは唇を吊り上げると、ユウキに笑みを向けながら言った。
「いい案が私にあります」
× × ×
ユウキ達がアツシを尋問している間、アオイとコニールは町のホテルで休んでいた。本当はもうちょっと安い宿の予定だったのだが、なぜかシーラの紹介でやけに高いホテルにタダで泊まれることになったのだった。ユウキ含め4人一部屋で余裕で落ち着けるくらいの広い部屋だった。
「あいつ……本当に何をやっていたんだ?」
コニールは化粧台の前に座り、髪をとかしながら疑問を口にした。部屋に風呂も備え付けられており、まともに泊まればいくらになるか想像もつかないような部屋だったからだ。
「パンギア城下町にいた頃は叔父さんの宿の経営手伝ってたとか言ってましたけど、そんだけじゃこんなVIP待遇を受けたりしませんもんね……」
アオイも髪を拭きながら答えた。二人で一緒に風呂に入ったのだが、その風呂も非常に大きく、余裕で入れるくらいの大きさだったからだ。ちなみにインジャおよびインジャの部下たちは大人数であったことと、そこまでしてやる義理もなにもないということで適当に外に放りだしていた。
「あの二人遅いですね……というかやっぱあの二人だけにするのよくなかったんじゃ」
アオイは帰ってこないユウキとシーラの二人を心配して呟く。そんな風に心配するアオイを見て、コニールは微笑みながら言った。
「ユウキ君だけじゃ心配だが、シーラもいるなら大丈夫だろう」
「……シーラの方が頼りにされるって、あいつどんだけ信頼が無いんだ……」
アオイはやけに頼りない片割れに呆れるように言った。この世界に来て2か月――ユウキとアオイに別れて2か月が経とうとしているが、二人の性格および人となりには大きな差が表れ始めていた。
最初は男女の差程度のものだったが、ユウキとアオイでこの2か月に経験してきたこと、得てきたものの違いがそれぞれの人間性を大きく変えてきていた。ユウキはシーラにも言われた通り逞しく成長してきており、アオイは落ち着きと聡明さを得てきていた。しかしそれはアオイにとって“ある恐怖”を感じさせるものではあったが――。
「おっ、帰ってきたぞ」
扉が開く音が聞こえ、コニールは二人を迎えに行こうと立ち上がる。アオイはため息をつくと立ち上がり、コニールと一緒にユウキ達を迎えに行った。
「うん。今行くー」
× × ×
「私に学校に通えってぇ!!!???」
シーラが戻ってくるなり提案した話に、アオイは飛び上がって驚いた。
「ええ、姉さんには学校にあるとされる22の秘宝の情報を探ってほしいんです」
4人は部屋の中央にあるテーブルで作戦会議を行っていた。そして開口一番にシーラが提案したことは、アオイをストローズ魔法学校に通わせるということだった。
「そんなの学校に入学しなくたって、できるもんじゃないの?」
アオイはシーラに反論するが、シーラは首を横に振った。
「じゃあ姉さんは見知らぬ人間が学校を歩いていて、気にならないもんです?」
「うっ……」
そう言われるとアオイも反論ができなかった。もし高校に生徒でも教師でもない人間が歩いていたら確かに目立つのは間違いないからだ。
「それに私は退学処分を受けてもうあの学校には入れないし。兄さんは魔法の才能がからっきしで、コニールは学生って言うにはキツ……」
コニールはシーラの頭をひっぱたいてその言葉を止めさせる。痛みに悶絶したシーラは頭を押さえながら言葉を変えて続けた。
「……コニールは有名人ですから。あの学校にコニールのファンクラブがあることは私も知ってる……から。姉さんしかいないんですよ。生徒役になれるの」
「で……でも! そんな簡単に入学なんて……!」
「できます」
シーラは即答して答えた。
「まずひいお祖母ちゃんがあの学校にかなりの影響力を持ってますから、推薦状の一つでも書けば一発でしょう。姉さんの魔力も今までのトレーニングもあって、途中転入でも全く困らないくらいのものがありますから。……それに」
「それに?」
「……私の母親が教師をやってます。セシリーって言うんですが、間違いないく姉さんに興味を持ちますから。ひいお祖母ちゃんの推薦状だけで足りないピースはあの女が埋めるでしょうよ」
「シーラのお母さんか……」
「……多分、あの女に会えば、向こうの方から姉さんに魔法を教えたいとか言ってきますよ。あの女の魔法の才能だけはガチなので、素直に教えを受ければ姉さんの魔法力も大幅なレベルアップが期待できると思いますよ。それも入学を薦める理由の一つですね」
シーラは母親の話題を出すときに明らかにトーンが暗めになっていることにその場の全員が気づいた。15歳の少女が学校を退学になり、かつ家出同然の恰好なのに母親の話題が出たことがないのが、確かにいままで不自然であった。
「なんかお母さんと仲悪そうだけど」
アオイは声をかけるが、シーラは無理やり笑みを作って答えた。
「そりゃあこんな不良娘、親と仲が悪いのは当然でしょう? だからお願いがあるんですけど、学校に入っても私の名前は出さないでくださいね?」
「……それはお母さんだけでなく?」
「ええ。私の名前を出すだけで大事件になりますからくれぐれもご注意を」
シーラの警告に3人とも引いており、ユウキは小声でコニールに話しかける。
「あいつ本当に訳わからないんですが、いったい何なんですかね?」
「……それは同意だけど。だからこそシーラの名前を出すと、問題が起こるであろうという裏付けにはなるな……」
コニールの結論にユウキは同意を示すように深く息を吐いた。ここまで一緒に旅をしてきて、一番素性がわからないのはシーラだった。しかしシーラのルーツであるこの町に来て、ユウキは少し思ったことがあった。
おそらくこの町で、シーラの過去に触れることになるだろう。その時、自分はシーラの味方でいられるのだろうか。だがこうも思っていた。――絶対に彼女の味方であろう、とも。彼女にも弱い面があることを、ユウキはその抱きしめた身体で知っていたから。
「あ、そういえばさ」
アオイはシーラに一つ提案をする。
「学校にいるっていう異邦人だっけ? その情報は私は知らない方がいいと思うんだ」
「……? ああ、そういえば異邦人がいるとしか言ってませんでしたね。でもどうして?」
シーラが尋ねると、アオイは恥ずかしそうに答えた。
「いや、ほらさ。もし誰が異邦人かってわかってると、それを意識して向こうにバレちゃいそうだから……。都合よく、まだ異邦人が何人いて、どういう人物かも聞いてないから、ならいっそ聞かないほうがいいかなって」
「ははは……なるほど。わかりました。じゃあ学校にいるという異邦人は、私たちの方で独自に追いますね」
そしてアオイは異邦人については何も知らない状態で学校に入学することになった。――その結果として、ケンイチとミクの二人と何も知らないまま友人になったのは運命のいたずらとしか言えなかった。――そしてその運命が、後に悲劇に変わることも、今は知る余地がなかった。




