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異邦人狩りーーユウキとアオイ  作者: グレファー
第18話 急転直下
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18-3

 ユウキは大鎌を出現させると、それを持ってケンイチに迫っていく。先ほどはこの狭い廊下で横に振り回して失敗したため、今度は縦に持ってケンイチへと振りかぶった。ケンイチはミクを背負っているため武器を取り出すことができず、下がって避けようとする。しかし、ユウキの振り下ろした鎌の速さはケンイチが目に捉えられる速さを超えていた。


 目にもとまらぬ速さで振り下ろされた鎌は、ケンイチの目の前の床に突き刺さり、ケンイチに当たることはなかった。狙いがそれたことにユウキは舌打ちをする。


「ちっ……! まだ感覚がつかめないか……!」


 ケンイチは先ほどからのユウキのでたらめさ加減に、ロンゾの言葉を頭に反芻させていた。鎌の使い方はめちゃくちゃで、”なぜか”鎌での攻撃に執拗に拘るためか、何度もケンイチ達を仕留められる機会をフイにしてしまっている。しかしその身体能力――ステータスはケンイチ達を遥かに凌駕し、何より瞬間の判断力による戦闘経験の豊富さはケンイチにも感じさせた。


「こいつは……! 本当にやばい……!」


 ケンイチがユウキ――異邦人狩りを警戒しなかった理由は、異邦人同士のネットワークで、異邦人狩りの話題をすることが殆どなかったからだ。ケンイチも頻繁にその情報を見ているわけではないが、ケンイチが知っている限りではパンギア王国周辺に出没し、異邦人を狙うという黒づくめの人物ということだけ。――ケンイチは知る由もないが、この情報はシズクとユウキが出会ってから全く更新がされていなかった。


「ケ……ンイチ……?」


 ケンイチに背負われていたミクが気が付き、ケンイチの背中越しから自分たちに迫ってきている異邦人狩りを見て、状況を理解する。そして力なくケンイチの肩を叩き、自分が目を覚ましたことをケンイチに気づかせた。


「もう……大丈夫……! 降ろして!」


 ミクはケンイチの背中から降りると、痛めた胸を抑えながらも立ち上がる。苦しそうなミクを見て、ケンイチは心底不安そうにミクに尋ねた。


「本当に大丈夫なのか?」


「ええ……あのまま私を背負ってても、あの異邦人狩りにやられちゃうでしょ……。とはいってもこのままだと降りてもやられそうだけど……」


 ケンイチはミクの言葉に冷や汗を流した。ミクの言う通り、現状はかなり絶望的だった。目の前の異邦人狩りに全く勝てるビジョンが思い浮かばない。これほどまでに危険な相手だとは思いもしなかったからだ。


「ああ……それに逃げるにしても、イグレイスとコッポに何とか伝えないと……。まだ下で陽動を……」


「そこまでだお前らぁ!!!」


 その時、廊下に声が響き渡りユウキたちは動きを止める。そして声を方向を見ると、イグレイスがルイーズの喉元にナイフをあて、金庫のある書斎へと歩いて近づいてきていた。


「それ以上動いたらこの女の喉を掻っ切るぞ! ああ!? 聞こえてんのか!」


「なっ……! ルイーズ!?」


 そのイグレイスの行動に一番動揺したのが夫であるテツロウだった。テツロウは慌てて書斎から飛び出すと、イグレイスに羽交い絞めされているルイーズを見て、顔を恐怖で歪ませた。


「き……貴様ぁ!」


 そのテツロウの動揺ぶりに驚いていたのはユウキとシーラだった。ユウキは扉越しにシーラの顔を見て、何か反応を伺うが、シーラもどう反応していいかわからずに困惑していた。


 そしてそのテツロウの行動に驚いていたのはイグレイスも同様だった。イグレイスはここに登ってくるまでに最上階でのユウキたちの戦闘を音を聞きつけて苦戦を感じ取り、ルイーズに話を通して、狂言での脅迫をするつもりだったからだ。


「よ……よし、じゃあ取引といこうか。……この女を開放する代わりにバノン氏。お前には審判のラッパの金庫を開ける指輪をそこの怪盗に渡してもらおうか」


「お前……!」


 ユウキは人質を取るイグレイスに怒りを感じ声を上げるが、動くことができずにいた。だがシーラはその要求を聞いてイグレイスが何をしようとしているか、正確に予測することができた。そして場を刺激しないように静かに歩き、ユウキの傍へと近寄る。


「兄さん……あいつの狙いがわかった。おそらくこの要求は飲ませないこと前提だ……!」


「なんだって……?」


「あの悪党がたかが女の為にそんな要求を呑むはずがない……。おそらくこれをとっかかりにして、ここから脱出できるようにあの異邦人たちの体勢を立て直そうとしてるはず……。多分、あの女もグルの狂げ……」


「……わかった。指輪を渡す!」


 テツロウは迷わずに指輪を取ると、ケンイチ達の方へ向かい指輪を渡した。あまりの予想外の行動に全員が放心していた。テツロウは目に涙を浮かべ、かすれ声で叫ぶようにイグレイスに言った。


「指輪は渡したぞ! 彼女を返してくれ!」


「え……?」


 イグレイスは思わず手を放し、ルイーズを開放してしまった。ルイーズもテツロウが起こした行動を受け止めることができず、開放された後も立ち尽くしてしまっていた。


「さぁ! 早くこっちへ来なさい!」


 テツロウはルイーズに呼びかけるが、ルイーズはイグレイスの方へ顔を向ける。だがテツロウが指輪を渡したことの意味を考えてしまい、イグレイスの方へ足を向けることができなかった。


 そして全員がフリーズしているその間に、ケンイチは事前に手に入れていたルイーズの指輪とテツロウの指輪を携え、部屋にあった金庫へと向かう。事前のルイーズの話では、金庫にこの指輪2つをはめ、暗証番号を入力する必要があるとのことだった。


 さすがにそこまで動いたところで、まずイグレイスが正気に戻り、ルイーズを掴もうとする。予定が狂ってしまったが、テツロウがルイーズのためにここまでするなら、また人質として使えるだろうという発想だった。


「この……!」


 しかしイグレイスが動いたことでユウキも反応し、イグレイスの行動の意味を察してユウキはむかっ腹が立ち、怒りの形相でイグレイスへと向かう。テツロウはルイーズを庇うために、身を乗り出してルイーズの身体を抱き寄せ、ルイーズもそれに抵抗しなかった。


「このクソ野郎! 一度離しといてもっかい人質は流石にねえだろ!」


「ハッ! 別にあのバアさんがどうなろうと、知ったこっちゃないね! コッポ! 来い!」


 イグレイスが呼ぶと、コッポが階下から飛んで現れる。そしてその身体を変形させると、巨大な爪になって、イグレイスの両手に収まった。今までに見たことのない現象にユウキは目を見開いてイグレイスを見た。


「何……!? 魔物と一体化してるのか……!? ペットかなんかだと思ってたが……!」


「俺の才能は“魔物使い”。魔物と心を通わせて、その力を借りることができる。……“フラットバット”のコッポは俺の相棒でな。こうしてコッポの力と合わせればぁ!」


 イグレイスはユウキに対して爪を振りかぶる。ユウキは避けようとするが、自分が避けた場合のイグレイスの爪の動線に、テツロウ達がいることに気づく。ユウキは動こうとする足を無理やり踏ん張らせ、イグレイスの攻撃への防御姿勢を取った。


「こなくそっ……!」


 ユウキは鎌で防ごうと前面に出すが、イグレイスはそれを避けてユウキの腕を爪で切り裂く。傷は深くはなかったが、マントとともに中に来ている服まで切れ、腕から血が滴り落ちていた。


「兄さん!」


 怪我を負ったユウキの姿を見てシーラが心配そうに叫ぶ。しかしユウキはシーラに対して手を突き出し、心配ないという意味を込めて手を横に振った。


「大丈夫だシーラ……。制服の腕部分が切れたのは、正直ショックだけども」


 ユウキはマントの下に着ている高校の制服をちらりと見た。ここまで割と大事に着てきてはいたものの、ここまでの旅や戦いの連続でところどころ穴やほつれがあるボロボロの状態になってしまっていた。


「……ようは“魔物”なんだろ? ……どこまでやっていいか知らんけど……」


 ユウキは鎌を消すと、拳を前面に構えた。イグレイスはその構えを見て、既視感を覚えて固まるが、すぐにその既視感の答えがわかった。


「ん……?その構え……ロンゾの……?」


「とりあえず死んでくれんなよ!!!」


 ユウキは次いで向かってきたイグレイスの攻撃を右手で弾き、一歩踏み込んでイグレイスの懐に潜り込む。そして“利き手ではない”左手をねじりながらイグレイスの腹部を狙う。


「“勁砲”! くらえ!!!」


 ユウキの左手がイグレイスの腹部にめり込み、その衝撃が背中まで突き抜けて、イグレイスの背後に風が舞う。


「ぐぅぅぅええええ!!!」


 イグレイスは悶絶してその場で倒れ、痛みで脂汗を書きながら足をばたつかせる。イグレイスが戦闘不能になったことでコッポの変身が解け、元の魔物の姿に戻った。


「おいイグレイス! ……マジかよ……っ!」


 コッポは逃げようとするが、それも敵わずに突如光が一閃し、壁に叩きつけられ意識を失う。ユウキが大鎌を再度出現させており、逃げるコッポを狙って鎌を薙ぎ払っていたのだった。


「これで二人……。あとは……!」


「兄さん!」


 ユウキは自分を呼ぶシーラの声を聞き、その方向へと振り向く。すると金庫のある書斎の扉の前でシーラがかがんでおり、その下には気絶した警備隊長が倒れていた。そしてユウキはシーラの言葉を待たずに状況を察知する。


「ちっ……! なるほど、時間稼ぎは上手くいったわけだ……」


 ユウキは倒れているイグレイスとコッポに目を配る。二人とも自分の仕事をきっちり果たしたというわけであり、その点で言えばこの戦いはユウキの負けだった。


「なにより……あの指輪、ニセモノとかじゃなく、ホンモノだったわけね……」


 ユウキは書斎の中を見ると、中では金庫は開けられ、窓が破られていた。つまりあの異邦人二人は目的である審判のラッパを盗みだしたのだった。


「私もいやにあっさり指輪を渡すから、てっきりニセモノだと思ってたのに……。まさかホンモノを渡すとは……。それだけ、あの奥さんのことが大事だったとはね……」


 シーラは妻を抱きしめているテツロウを見ながら言った。テツロウの評判はシーラも重々承知しており、そんな悪党が妻を大事にするなんてあり得ないともシーラは思い込んでいた。しかし実際にはテツロウは妻の為に、あんなに盗まれることを恐れていた秘宝の鍵を渡し、そして今も妻が助かったことに安堵しているようであった。


「でもまだこっちが負けたわけじゃない」


 ユウキは窓から身を乗り出して辺りを見た。屋敷の周りには騒ぎを聞きつけた野次馬が再度集まり始めており、逃げ出した見張りたちが敷地内から出るのに苦戦している様子が見受けられた。


「シーラ、お前が怪盗団だったら、逃げる計画はどうやって立てる?」


 ユウキはシーラに尋ねると、シーラは少し考えてから答えた。


「私だったら周りの混雑に紛れて逃げる。……だけど、今回はそれはできない。あの男の異邦人一人ならいいけど、今は怪我を負った女の異邦人がいるから、混雑に紛れようものなら、身動きが取れなくなる。そして何より異邦人としてのステータスとかいう身体能力の向上があるなら、あの女の“なんか馬車みたいなもの”を呼び出す能力があるのなら」


 ユウキは野次馬の混雑を見渡す中で、ある個所に注目した。屋敷の北西側に位置する個所で、大通りに通じる道がそこにはあった。


「あの野次馬を飛び越えて、大通りがある場所へ向かう。そして女の能力を使って、いっきに兄さんから逃げ切る」


「……ああ、そうだな。俺もそうする。……あそこは行く価値がありそうだ」

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