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コニールはユウキの隣の席に座ると、指をさしてグレゴリーに注文を依頼する。
「すまない。そこに書いてあるブドウソーダと、パンケーキをくれないか? ……ああ、あと同じくソーダを2つ彼らに」
「あいわかりました。……しっかし騎士様が随分かわいらしいもの食うんだな……。ウチの姪にもその可愛らしさを学ばせたいくらいだ」
コニールの注文を受け、グレゴリーがボソッと愚痴を言うと、聞こえていたシーラが怒りの形相をグレゴリーに向ける。
「ああん!?」
「おお怖い怖い。まずは飲み物お持ちしますから、少しお待ち下せえ」
グレゴリーが厨房の奥へ消えていくと、ユウキとシーラも席に腰をかける。そしてまずはユウキから尋ねた。
「あんたは異邦人を追ってるって言ってたけど、どこまで奴らのことを知ってるんだ?」
ユウキの質問にコニールは肩をすくめて首を横に振った。
「なんにもわからん。なんなら私は異邦人に会ったことすらないからな。……ただ奴らの被害報告だけが、積み重なっていくだけだ」
「そうか……」
「だけど、君が“異邦人狩り”と呼ばれていることだけは、昼間の事件の際に知ることができた。……その渾名からして、何人もの異邦人を倒してきたことは推察できるが……君は、いったい何者なんだ?」
グレゴリーはぶどうソーダを3人分持ってきたが、場の雰囲気を察し、飲み物だけを置くと黙って厨房に戻っていく。ユウキは目の前に置かれたソーダを一口飲むと、ため息を吐きながら言葉を紡いだ。
「“いったい何者”、か。今日だけで何回聞いたかなその言葉。そしてこうも答えるんだ。“そんなの俺が知りたい”って」
「兄さん……」
シーラはユウキの肩に手を伸ばす。そしてシーラに向かって言った。
「……私も異邦人って単語は今日初めて聞いたし、兄さん達と会ったのも今日が初めてです。ですが、ここまでの兄さん達の動きを見ても、彼らは善人だって私は胸を張って言えます」
「シーラ……」
ユウキは肩に置かれたシーラの手の温度を感じ、そしてそっとどける。
「俺からしたら、お前の方が大分怪しいんだが……」
話の腰が折られたシーラはその場ずっこけてしまい、ユウキに突っ込みを入れた。
「せっかく人がいいこと言ってんのに、調子崩すようなこと言わんといてくださいよ!?」
「そんなん言っても、通り魔が暴れてるときに反撃に移ったり、なんかさっきから妙に金持ってる動きしてるやつが、マトモな女の子なんて言えるわけねーだろ!?」
「うぐっ……!」
「あ~……盛り上がってるとこ悪いんだけど、私は異邦人についての情報が知りたいんだが……」
コニールが手を挙げながら言い、会話を元の流れに戻そうとする。ユウキたちも一旦コニールの方へ向きなおすが、その瞬間に二人の表情が変わった。――まるで敵か何かを見つけたかのように。
「伏せろ!」
ユウキは席から腰を浮かせて立ち上がると、座っていた椅子を掴み、コニールの方へ投げ飛ばす。コニールも咄嗟に腰に構えた剣に手を当てるが、椅子はコニールの横を通り過ぎ、そして破裂音とともに椅子が空中でバラバラになる。
「なんだ!?」
コニールが振り向くと、路地に面した窓に穴が空いており、何者かが駆ける音が外から聞こえていた。――それなりの実戦経験を積んでいるコニールはすぐに状況を判断した。外から何者かが狙撃をし、ユウキが椅子を咄嗟に投げ、弾から自分を守ったのだと。
「異邦人狩り……!」
コニールは改めてユウキたちの方へ振り向くが、すでにユウキたちの姿はなかった。外への扉が半開きになっており、そこからユウキたちが出ていったのだとコニールは判断し追いかけた。
「これは……!」
そして外に出たコニールは信じられないものを目にした。それは先に外に出ていたユウキとシーラも同様であった。
「なんなのよこれ!?」
「人が……“洗脳”されてるのか!?」
宿屋の周りに数十人以上の人々が集まってきており、そのどれもが虚ろな表情をしていた。そしてまるで操られている人形のように奇妙な動きをしながらユウキたちに近づいていく。
「あの時逃がした残りの異邦人の仕業か……!? だけど、あいつの“ギフト”能力は草木を操る能力じゃ……!?」
「いや……見てくださいアレ!」
シーラは取り囲む人々の頭の上を指さす。操られている者にはすべて共通して、白い花のようなものが、脳天に生えていた。
「多分、何か洗脳する種子を植え付けてるんだと思います! 前例がないので何とも言えませんが、そういう力があるなら、それを介して人を操ることができるんじゃないですか!?」
「ギフト!? 草木を操る!? 一体何の話をしているんだ!?」
追いついたコニールは状況が全く把握できず、ユウキたちに尋ねる。
「私も正直、姉さんに少し聞いた程度でよくわかってないんですが……。姉さんの瞬間移動能力といい、昼間の炎や水を操る奴といい、なんなんです!?」
二人から問い詰められ、ユウキは観念して口を開いた。
「……異邦人がこの世界に来た時に、“賜物”としてギフト能力というのが与えられる……らしい。らしいっていうのは俺も正直よくわかってないからだ……! ただ俺は今まで会ってきた異邦人は、皆このギフト能力を持っていた」
「ギフト……能力……!」
シーラはようやく敵の能力の概念だけでも知れたことで、その能力がどういうものなのかに思考を張り巡らしていた。コニールも同様であったが、あることに気づき、ユウキに尋ねる。
「……待て、じゃあ先ほどからその少女が言っている“姉さん”。恐らく君がユウキで、その子がアオイなんだろう。そのアオイという少女がギフト能力を持っているなら、その子は“異邦人”ということか……?」
コニールの推理にユウキは沈黙を続けた。しかしその沈黙が、コニールの推理が合っていることを示してしまっていた。
「君も……異邦人なのか? 奴らと同じように、ギフト能力というものを持っているのか?」
「……能力を持っているのは”アオイだけ”だ。俺はギフト能力を持っていない」
「……? どういうことだ?」
「来ますよ! 二人とも!」
話し込んでいる二人を目の前の現実に引き戻すために、シーラは叫んで二人を呼ぶ。二人はハッとして前を向くと、操られた人形たちが一斉にユウキたちに襲い掛かってくる。ユウキは剣を抜いて人形たちに構えるが、コニールはそれを慌てて止めようとする。
「ま……待て! 彼らは異邦人に操られてるだけだろう!? それなのに剣を抜いたら……!」
「大丈夫ですから少し離れて!」
ユウキは一瞬コニールを勢いよく突き放そうとするが、直前で躊躇してゆっくり離す。その隙に人形たちはさらにユウキに詰めていが、ユウキは慌てずに直前で攻撃をかわし、人形たちにそれぞれ一太刀いれていく。
シーラは凄惨な光景が目の前に広がると想像し目を瞑るが、あとに続くはずの気色の悪い水音が聞こえず、恐る恐る目を開けた。すると、操られていた住民たちが無傷で倒れていた。
「この剣には不殺魔法がかけられている。世話になっていたば……じゃなくて、ディアナさんに教わった唯一の魔法でね。……まあ俺は使えなくて、アオイしか使えないんだけど」
「いやいやいや!? 兄さんちょっと待って!? その魔法とんでもなく高度な代物ですよ!? 少なくとも、練達の魔術師が半年は要しないと身につかないくらいには! なんでそんなもんを姉さんが使えるんですか!?」
シーラは驚きながらユウキに詰め寄るが、ユウキも身に覚えがなく困惑しながら回答した。
「は!? だってあのバアさん一番覚えるのが楽な魔法だってアオイに……。もしかして、騙されてたのか……!?」
「騙されてたって使えるもんじゃないってのに……! とにかく、それなら確かに全力でぶっ叩いてもちょっとたんこぶができるくらいで済みます! 操られている人の処理は兄さんに任せて、私たちは敵本体を探さないと!」
「どうやって!?」
コニールはシーラに尋ねるが、シーラは苛立ちながらコニールに言った。
「そんくらい自分で考えなさいよ!」
「なんかユウキ君たちに対して、私へのアタリが強くないか!?」
「いいからさっさと!」
ユウキは言い争っている二人に唾を吐きながら叫んで文句を言った。
「なんでもいいから自分の身は自分で守ってくれえええ!!! 俺の身体は一つしかねえんだよ!!!」
ユウキは全力で跳ね回りながら、周囲から襲ってくる人形たちからシーラ達を守り続けていた。その動きを見てコニールは驚愕しながらユウキに言う。
「な……なんて身体能力してるんだ。その力が異邦人たちの言うギフトじゃないのか?」
「これは奴ら曰く“ステータス”なんですとよ! 何を指してるかは俺もよくわかりませんがね!」
ユウキは何とか捌き続けるが、途切れることのない数に圧され、シーラ達への援護がワンテンポ遅れてしまう。シーラの背後から人形が襲い掛かり、ユウキは自分の反応が遅れたことに気づき舌打ちをする。
「ちっ! シーラ! 身を守れ!」
シーラはその声を聞き咄嗟に背後に防御姿勢を取る。――が、次の瞬間ベッドが目の前に飛んできて、シーラを襲おうとした人形がベッドに激突して吹っ飛ばされる。
「大丈夫!? シーラ!」
「姉さん!」
元気を取り戻したアオイが宿屋の2階の窓から身を乗り出していた。目の前で起きた現象に、コニールはまたも驚愕しながらユウキたちに言う。
「なんなんだ今のは!? それが瞬間移動の“ギフト”というやつか!?」
コニールは自分たちに襲い掛かってきていた人形を、鞘に納めたままの剣で突き飛ばしながら言う。しかしユウキはコニールのことは一切見ず、立ち上がっていたアオイに向かって叫んで言った。
「アオイ! もう立ち上がって平気なのか!?」
「ええ! シーラにもらった薬が効いたみたい! ……だけどこれはいったい何が起こってるの!?」
アオイの質問にユウキたちは誰も答えられず回答に詰まる。だがその中でシーラは現状について頭を必死に回転させて考えていた。
「操られている人が減るどころか、さらに増えている……!?」
ユウキの攻撃で確実に人形は倒されているのに、襲い掛かってくる数が減らないことにシーラは疑問を抱いていた。このパニック状態で人は避難しているにも関わらず、なぜか操られている人の数が先ほどよりも増えていた。
「……だけど建物の中から人が出ている様子はない。もしこれが“能力”ってやつに絡むとするなら、何か“発動条件”みたいなものがあるから……? よく見ると操られている人は全員日向にいる……!」
ぶつぶつとつぶやきながら周りの状況を確認するシーラを見て、コニールは若干引きながら言う。
「君たち異邦人狩りもそうだが、この子も何か結構おかしくないか……? なんでこの状況でこんなに冷静に状況を観察できるんだ……」
コニールの指摘にユウキも同意して答える。
「だから言ってるじゃないですか。こいつ大分怪しいって」
「うるっさいですね! 人が打開策考えてるときに気が散ること言わないでって!」
シーラはユウキ達にキレながら答え、その際に周りの建物の屋根の上に目がいく。そこには先ほどユウキ達を襲撃した子供たちがいた。シーラが上を気にし始めたことで、コニールも上に目線が行く。
「あの子供たち……野次馬で来てるのか?」
コニールは疑問を浮かべながら言うが、シーラの中で何かが高速で音を立てて組み立て始めていた。そして先ほど拾った、子供たちが飛ばしてユウキが粉々に砕いていた弾をポケットから取り出す。そしてこの状況への解答が浮かび、ニヤリと笑った。
「兄さん、わかりましたよ。敵が何をしているか……!」




