18-1
――異邦人狩り。東大陸にいるとされる、異邦人を相手にする異邦人。ケンイチとミクは支給されたこの世界専用のスマートフォンで、その情報だけは見たことがあった。しかしその時はあまり興味も無く、別の“異邦人キラー”と呼ばれるシズクの存在を知っていたこともあり、いずれ倒されるものだと思っていた。
しかし今その異邦人狩りは目の前にいる。そして突然宙空から大鎌を出現させるという、ケンイチ達も見たことのない能力――と言っていいかわからない力を駆使して、ケンイチ達の進路をふさいでいた。
「なんなんだお前……!」
ケンイチはユウキに対し敵意を込めながら言う。
「いったい何の用なのよ!」
次いでミクもユウキに対し怒鳴るように言うが、ユウキは不敵な笑みを浮かべながら言った。
「ケンイチとミクだったか……。お前らが盗み出している“22の秘宝”に用があるんだよ。まぁ俺個人としてはお前ら二人にも用はあるんだけど……」
「22の秘宝を……? バノン家に雇われてるっていうの?」
ミクはユウキに尋ねた。その質問を聞いてユウキは呆れながら言った。
「こうやってお前らの前に立ちふさがってるんだから、そんなの当然だろ。……それよりもだな。俺はお前ら二人に質問があるんだよ」
ユウキの不意の言葉にケンイチが反応した。
「質問?」
「ああそうだ。……”シープスタウン”へ行くには、どうしたらいい?」
「……? 何言ってるんだ? お前も異邦人なら……」
「俺はお前らとは割と違う方法へこっちに来たみたいでな。……大陸の断層を渡って、向こう側に行く方法がわかんねえんだよ。お前らはこっちに来たなら、こっちから戻る方法もあるんだろう?」
「……それを言えば見逃してくれるわけ?」
ミクがユウキに言うが、ユウキは少し考えながら答えた。
「ん……それは……シーラ辺りに一回尋ねてみてだな……」
「「シーラ?」」
ケンイチとミクはどこかで聞いたことのある名前を聞いて疑問符を浮かべた。しかしこの状況で何やら話し込んでしまっている3人を見て、ロンゾが喝を入れるようにケンイチ達に言った。
「お前ら! こんなところでノンビリしている暇があるのか!? 時間をかければかけるだけ、イグレイス達が稼いでいる時間が無駄になっていくんだぞ!」
ロンゾからの叱責を受け、ケンイチ達は飲まれていた心を取り戻し、我に返る。確かに今自分たちは屋敷に盗みに来ており、こうやって足を1秒止めているだけでリスクが秒ごとに倍増していく立場なのだから。
「そうだったな……! あいつが異邦人狩りだかなんだか知らないけど……やるしかない!」
ケンイチ達が意を決して戦闘態勢を取ると、ユウキは慌てて3人を止めた。
「お……おい待て! せめてこっちの質問答えてから……!」
しかし3人はその言葉を聞かず、ユウキに詰めていく。そしてまずユウキを射程圏内に収めたのは一番近かったロンゾだった。
「異邦人狩りか何かは知らないが……!」
ロンゾは右手を振りかぶると、ユウキに向かってパンチを繰り出す。ユウキはそれを難なく避けるが、それは明神崩玉拳におけるコンビネーションの仕込みだった。
「くらえ!」
ロンゾはその勢いのまま左手を振り上げ、ユウキの顎を狙いに行くが、ユウキはそれも難なく避けた。しかしロンゾはその避け方を見て驚愕していた。
「な……! 何故……!?」
「え……? なんで!?」
驚愕していたのはロンゾだけでなく、ユウキもだった。今の攻撃はユウキは見て避けたのではない。身体に染みついていた反射的な動きをしたら、偶然避けれただけだった。そしてそれが身体に染みついていたのにはある理由があった。
「なぜ貴様が明神崩玉拳を知っている!?」
「なんでインジャと同じ技をお前が使うんだ!?」
ユウキとロンゾの二人は同時に声を上げた。
「インジャだと!?」
そしてユウキの言葉に驚いて動きを止めてしまったのはロンゾの方だった。ユウキの方はすでに体勢を立て直し、大鎌を両手で握るとロンゾに対して振りかぶる。
「おらあ!」
ユウキは鎌を思いっきり振るが、間一髪でロンゾはその攻撃を下がって避けた。そして空振った鎌は廊下の壁にぶつかると、思いっきりめり込んでしまった。
「あっ!?」
ユウキは必死にそれを抜こうとするが、自分の馬鹿力でめり込んでしまった鎌は中々抜けなかった。そして鎌に集中して3人から目を離したその時、急に眩しい光がユウキの視界に入った。
「がっ!? ……なんだ、ライト!?」
――ライトだけではない。何か空気を震わせる音がケンイチ達の方から聞こえてきていた。そしてこの音はユウキにもよく聞き覚えがあった。しかし、それはこちらの世界では聞くことのなかった懐かしい音だった。そしてその音の中からミクの声が聞こえてきた。
「バブル2100」
バイクのエンジン音。ユウキはその懐かしい音の正体を思い出すとともに、なぜその音が聞こえてきているのかを、ケンイチ達の方を見て納得した。
「なるほどそれが能力って……!」
いつの間にか大型バイクとその横にサイドカーが出現しており、ミクがハンドルを握り、サイドカーにロンゾ、ミクの後ろにケンイチが乗っていた。そしてミクが勢いよくエンジンを吹かすと、その音が屋敷内に響き渡る。
「さぁ……異邦人狩り。そこどかないと危ないよ!」
ミクはエンジンを全開にし、バイクはうなり声をあげてユウキに突っ込んでいく。ユウキは鎌を取ろうと必死になるが、ようやくどうやって取ればいいか気づいた。
「あ、そうだ! 消せばよかったんだ!」
ユウキは鎌を握ると、鎌は瞬間でその姿を消し、ユウキは引っ張っていた力そのままに後ろに倒れてしまう。そしてその瞬間にバイクがユウキの目の前に迫り、ユウキは慌てて回避した。
「っぶねえ!」
そしてケンイチ達3人はその勢いのまま廊下の奥まで行き、バイクも瞬間で姿を消す。ユウキから逃れた3人は窓から外に出ると、最上階へと向かっていった。
「なんなんだアイツは!?」
壁を駆け上りながらケンイチは叫ぶように言う。ミクもユウキの出現に動揺しているのか冷や汗を流しながら言った。
「やってしまった……! 私の能力がバレた……!」
動揺しているのはロンゾも同じではあった。しかしケンイチ達よりも経験を積んでいるためか、二人よりは落ち着いていた。
「いいか二人とも……。今のやり取りの中でわかったことがいくつかある」
「わかったこと……?」
ケンイチの疑問に、ロンゾは優しく諭すように答えた。
「まず一つは俺たちの行動が完全に筒抜けになっていたこと。やつは今回の俺たちの計画を完全に把握していたし、お前たち二人が異邦人であることも知っていた。ただミク、お前の能力は全く知らなかったようだ」
「確かに……」
ミクは自分の能力がバレたことに動揺していたが、論理的に考えると異邦人であることが分かっていたのに、自分の能力を知らなかったという状況がかなり特殊な状況であると気づかされた。
「あとアイツは明神崩玉拳の存在は知っていたが、俺が使うことは知らなかった。それにあの大鎌、多分だが今回の実戦で使うのが初めてだろう。あまりにも使い方が稚拙すぎた」
ケンイチはユウキの鎌の使い方を思い出していた。たった一振りだけだったが、廊下の壁にぶつけて抜けなくなった上に、消して出しなおすという方法すら思いついたのは土壇場。明らかにぶっつけ本番で使った雰囲気を漂わせていた。
「これらのことから、あいつの後ろに優秀な参謀がいるかもしれないが、あいつ自身は脅威ではないだろう。身のこなしも、俺から見ても素人そのものだったからな」
「そんなもんなのか……」
ケンイチ達は“異邦人狩り”という存在に怯えてしまっていたのは事実だった。しかし歴戦の戦士であるロンゾがそう言うのなら、その点は間違いないだろうという信頼もあった。しかしロンゾは異邦人狩りの存在よりもある1点を心配していた。
「だが今は異邦人狩りより深刻な問題がある。……”裏切者”の存在だ」
「裏切……者?」
ケンイチはロンゾからの想定外の言葉に詰まりながら尋ねた。
「ああ、そうだ。ただ今までの情報からこれが誰だか推理するのは容易い。なにせ容疑者はもう一人しか……」
壁を登り切り、屋敷の天井を走っていたケンイチ達の頭上から突如光が照らされる。急な眩しさにケンイチ達は目を眩ませ足を止める。
「な……!?」
「さーて! 兄さんに追い詰められて、ここまで来たって感じかね!」
突然聞こえてきた少女の声に、ケンイチは叫んで言い返した。
「何者だ!お前は!」
「お前らの先輩だよ。……ストローズ魔法学校のな」
少女の声とは違う声が聞こえてきて、ケンイチ達は冷や汗を流しながらそちらを見る。そこには先ほど振り切ったばかりの異邦人狩りが大鎌を構えて立っていた。異邦人狩りは顔を上げると、天井の一番高いところにいる少女へと声をかける。
「なぁシーラ! ちょっと質問があるんだけど!」
「なんです! 兄さん!」
「今あいつらにシープスタウンへの行き方を尋ねてるんだ! もしちゃんと答えてくれたら見逃してやるって話をしようとしてるんだけど、そうしてもいいかな!?」
「ああもう何言ってるんですか……。そんなの聞いた後で、あいつらをやっつければいい話でしょうよ……。というかもうこんな話しちゃったから、絶対話してくれなくなっちゃったじゃないですか!」
「あ……」
目の前で気の抜けた漫才が繰り広げられていたが、ケンイチ達の内心はそれどころではなかった。先ほどのロンゾの話から、異邦人狩り立ちはケンイチ達の動きを把握していたこと、そして裏切者がいたことが明らかになっている。――そして。
「ケンイチ、ミク。隙を見てお前たちは逃げろ……!」
「何言ってんだよロンゾ!?」
「ここまでが奴らの作戦なら……おそらくあの異邦人狩りという奴は、1対3で俺らを倒す見込みがあるということだ……!」
ロンゾは先ほどの戦闘の際にユウキが言っていたある一言が気にかかっていた。
「インジャ……!ここでもお前は俺に関わるのか……!」
確かにユウキ単体では脅威ではないかもしれない。しかしその後ろに優秀な参謀がおり、ロンゾ達はその参謀が作り出した状況に腰までハマりつつあった。そしてそのロンゾの不安は的中することになる。




