17-3
怪盗団ディメンションが現れるのは毎週金曜か土曜である。なぜこの2つなのか理由は民衆の間で話題の種になっているが、おおよそ3つに分けられる。
1つは怪盗自身が表向きの職業を持っており、それに支障が出ないように。2つ目は盗みに行く標的が週末で忙しくなり、少しでも手を緩めさせるため。そして3つ目に民衆の間で意図的に目につくようにするため。むしろこの1番最後の説が有力視されていた。なぜならその週の初めにわざわざ標的に対し予告文を出し、それを街中に広めるからだった。
『怪盗団ディメンション。次の獲物はバノン家にあるとされる“審判のラッパ”か!?』
怪盗団ディメンションが出した犯行予告は新聞の1面を飾っており、町ゆく人々がこぞって新聞を買っていた。この町では強大な魔力を込めるとされる神秘的な遺物を持つことはステータスとされており、今まで盗まれてきた22の秘宝は全て、この町の有力者たちが持つことで力を示していた。
それが今20個も盗まれ、民衆は町の権力者たちへの反感もあり、怪盗団ディメンションを支持する者が多かった。
× × ×
ケンイチは学校の屋上で新聞を読んでいた。横にはミクもおり、屋上から町の様子を眺めていた。
「いやぁ気持ちいいねこれは。街中のみんなが俺たちのことを注目してるぜ」
ケンイチはにやけながら言うが、ミクは呆れ声でケンイチに言い返す。
「あのねえ。あんまり調子に乗りすぎないでよ。確かに目的あって目立ってるわけだけど、元々の目的からしたら目立ちすぎるのもよくないんだからね」
怪盗団を作り、わざわざ注目を浴びるようにしたのはケンイチのアイデアだった。しかしこれは単に目立ちたいからではない。目立つことで22の秘宝を狙っていると、持っている者たちに知らせるのが目的だったからだ。
町の者たちに知られている怪盗団ディメンションの活躍は約20回ほどだが、実際はその前に10回くらい盗みを行っている。しかしその度に掴まされるのは偽物であり、真贋の鑑定ができる能力を持つケンイチに任されるのも仕方のない有様だった。
そこで怪盗団を作り、話題になるくらいに目立つことで、警備を厳重にさせ、かつ確実に本物を守らせるように仕掛けたのだった。怪盗団の実力が明らかになっていくにつれ、持っている者は本物を厳重に守るようになり、結果として本物の在りかがわかるようになっていた。
「町の人たちも、怪盗団のことで話題が持ち切りになってる。……確かにフワフワする気持ちはあるけど、ロンゾの言う通り気を付けないと」
ミクは新聞を読んでいる町の人々を見ながら言った。――上手くいっているときほど落とし穴がある。あの武骨で寡黙な頼れる仲間はそう言っていた。そしてミクも同じことを感じていた。何か嫌な予感がすると。
「まぁ……気をつけてはおくよ」
そのミクの心配を余所にケンイチは空返事を返す。長い付き合いでミクが不安がっていることはわかっているのだが、ケンイチはこの後のことで今は気持ちが弾んでおり、あんまり気にしていなかったのだった。
そしてそうこう話しているうちに、ケンイチの“目当て”が扉を開けて屋上へと入ってくる。
「すみませーん。遅れましたー」
「いやいや全然待ってないっすよアオイさん」
屋上にやってきたアオイを笑顔で迎える。
「まさか本当に来てもらえるなんて。俺もミクも助かりますよ」
「いやぁ……ははは……。私なんかがちゃんと教えられるのかなぁ……」
この日の授業が終わり、アオイはケンイチとミクからの誘いを受けて学校の屋上へ来ていた。以前の休みの時に話していた、魔法の使い方を教えてもらう約束を果たしにきたのだった。
「なにが私なんかがよ。あれ以降も魔法の授業に関しては常にトップクラスの成績じゃない。……座学はダメダメだけど」
ミクの嫌味にアオイは泣き言で返した。
「だってそっちの勉強は全然してないんですもん……。文字だって何とか読める程度だし……」
「あーアオイさんもです?俺も結構文字がたいへ……」
ケンイチの言葉をミクは慌てて殴って遮った。涙目でミクを睨みつけるケンイチだが、ミクの表情はもっと凄まじいもので、ケンイチは言葉を失った。
「い……いや何でもないのこのバカの言うことはアハハ……」
アオイは二人が何でこんなに慌てているか疑問を浮かべるが、あんまりわからないので気にしないことにした。
「……?まぁいいや。じゃあ始めますね」
× × ×
怪盗団ディメンションの出した審判のラッパの盗難予告を出されたバノン家は大慌てで家宝である審判のラッパの警備を厳重にするために動いていた。
バノン家はこの学園都市エルメンドにおける有力家の一つであり、主にこの街における司法を代々司る役職に就いていた。しかし裏では他の有力家の犯罪の揉み消しにも関わっているとされており、事実その通りであった。
「どうしろと言うのだ! あの怪盗団共が我が家の家宝を狙っているなんて!」
バノン家当主であるテツロウ・バノンはバノン家屋敷の書斎で汗を大量に流しながら叫んでいた。中年太りの枠を超えて、肥え太った身体で叫んだためか息を切らして椅子に座る。
「どうしてこんなことに……このままでは……!」
テツロウの狼狽ぶりは凄まじかった。22の秘宝を持つことはこの街におけるステータスであり、権力の象徴であった。もしその秘宝が盗まれることがあれば、家名は地に落ちてしまう。そしてそれは今まで腐敗の限りを尽くしていたバノン家にとって非常にまずいことだった。もしこの街での力を失えば、今まで抑えてきた闇にバノン家が取り込まれてしまう。
「……そして奴らは犯行予告を出すことで目立ちまくってるおかげで、盗まれたことを隠すこともできない。まぁ、控えめに言っても詰んでおりますね、バノン殿」
書斎の中央にある客用の椅子にシーラは座りながらテツロウに言った。
「うう……シーラ嬢……! そなたが言ったように、まさかダングード家のソルジュエルすら奪われるとは……!」
「……これが異邦人て奴ですよ。あの怪盗団の中に“2人”、異邦人がいます。他の2人の1匹も異邦人の能力の影響を受けている可能性が高い。いくら雑兵を増やして警備を固めたところで、散らされるのがオチでしょう」
シーラは街の権力者相手に全く物怖じせずに言い放った。シーラの言葉を受けてテツロウは再び頭を抱える。
「う~……! ではどうしたらいいのだ! このままでは我がバノン家は破滅だ!」
「ご安心をバノン殿」
シーラは唇歪ませながら言う。そして書斎のドアが開かれると、黒いマントを羽織った青年が書斎に入ってきた。
「私たちにはこの異邦人相手の専門家がおりますから。……通称“異邦人狩り”がね」
× × ×
学校の屋上でアオイの教えを受けているケンイチとミクの二人は、魔力を集中させて気の塊を作っていた。
「今二人がやっているのは、身体を流れる魔力の経絡を認識するトレーニング。身体中から魔力をかき集めて両手に集中させることで、そこに至るまでの魔力の流れ方を掴むのが目的だからね。玉は意図して大きくさせるんじゃない。結果として大きくなるから」
アオイは必死に魔力を練っている二人にアドバイスを送る。ミクはコツを掴んだのか、額に汗を浮かばせながらも玉が徐々に大きくなっていたが、ケンイチは相当苦戦しているのか、アオイから見ても魔力の乱れがわかった。
「うぅ……これはキツイ……!」
ケンイチは深呼吸しながらも相当にキツそうに言った。魔力を練ることは、体力をそのまま魔力に変換しているようなものであり、身体は動いてなくても疲労は確実に蓄積していた。
「このトレーニングの意図は、魔力の流れ方を掴むことで、無駄な力を消耗しないことにあります。ホースで水を流す際に、ホースが穴だらけだと途中で水が漏れて最後に出てくる水が減っちゃうけど、ちゃんと穴がふさがれているホースなら一切の無駄なく水は出口から出てくる。そうすれば魔法はちゃんと威力を発揮される」
「そんなこと言ったって……!」
アオイのアドバイスも必死にやっているケンイチからしたら嫌味に聞こえてしまい、集中が乱れてしまう。
「あっ! くそっ……!」
集中を乱してしまったケンイチは手にためた玉を崩してしまい、同時に限界を迎えて倒れてしまう。
「かぁ~~~……こりゃきっつい……」
ケンイチはタオルで汗を拭いながら言った。そんなケンイチにミクは得意げに言い放つ。
「ふふん。コツが掴めてきたわ。なるほど……穴のあいたホースか……いいこと聞いた」
「すごい……もうこんなに玉が大きく……!」
ミクの目の前にできた魔力の塊は1mほどになっており、その大きさはアオイも驚愕するほどだった。シーラから聞いていたのは30cmくらいあれば上出来であると聞いていた。
「……っ。ふう……」
ミクもついに限界を感じたのか玉を消して集中を解いた。
「どう?こんなものかしら」
得意げなミクにアオイは素直に拍手して答えた。
「いやすごいっす。ちょっとアドバイスしただけでこんなに……」
「アオイも教え方が上手だったよ。この学校に来て今まで勉強してきたけど、一番上達を実感できたかも」
ミクは屈託なくアオイに言った。ミクの上機嫌さにケンイチはからかうように言った。
「お前最初はアオイさんに態度悪かったのに、ちょっと良くしてもらっただけで現金なやつだな……」
「……うるっさいわね」
ケンイチに対し怒るミクに、アオイは宥めるように言った。
「ま……まぁまぁ。私は気にしてませんから……。とりあえず今日はもう以上にしましょう。あんまり魔力を使いすぎると、次の日地獄を見ますから」
「そんな経験あるんです?」
ケンイチがアオイに尋ねると、アオイは肩をすくめながら言った。
「ええ……。一度本当に限界まで魔力を使い切ったことがありましてね。意識は失うわ、次の日は頭痛は治まらないわ大変でしたよ……」
アオイはオレゴンにおける暴走したユウキとの戦いを思い出していた。あの時に限界を超えて魔法を使ったが、次の日は1日病室から出られないくらいには消耗しきっていた。
「……二人も気を付けてくださいね。本当に魔力切れは気持ち悪くて辛いですから」
「は……はい」
アオイの真に迫る言い方にケンイチは圧倒されながら答えた。そして同時に少し冷たい風が吹き、屋上にいる3人の身体を冷やす。ケンイチは寒さで身体を震わせながら言った。
「うっ……さびぃ……。さっさと寮に戻って風呂でも入りますか……。ミクもアオイさんももう帰るだろ?」
アオイとミクはうなずいて答えた。
「そうね……魔力を使って汗もかいたしね。アオイも一緒にお風呂入る?」
「ええ。ご一緒させていただきます」
アオイは笑顔で答えた。そして3人は屋上から離れていき、夕日が屋上を昏く染めていた。それは彼らの致命的な誤解と、今後の運命示しているようだった。
――この3人の致命的な誤解。それは彼ら同士が”異邦人”だということに”気づいていない”事だった。




