17-1
夜も更けていき、道行く人の姿も滅多に見えなくなったころ、エルメントの街の一角のとある酒場にゆっくりと灯りが灯った。10人くらいが入れるほどのさして大きくない個人経営の酒場ではあったが、それゆえに落ち着ける雰囲気が店内を包み込んでいた。そしてその雰囲気に似つかわしくない、派手な仮面を被った男女が店の奥から現れる。
「ふぅ……やっと落ち着けるか……」
ケンイチは仮面を外して机の上に置くと、襟のボタンを外して一息つきながら椅子に座る。そしてその横にはミクもおり、ミクも同様に仮面を外すと、深く息を吐きながら椅子に座った。
「はぁ……少し眠くなってきちゃった……」
疲労でうなだれる二人を心配する声がカウンターの方から聞こえてくる。
「おうお疲れ。二人とも飯は何にする?」
カウンターからくたびれた顔の中年の男性が現れる。その顔付きはケンイチ達と似たようなもの――つまりアジア系の顔付きをしていた。
「……“ラーメン”とご飯、焼いた卵乗っけたやつ」
「私はピザトーストで。あと少しだけラーメン頂戴」
ケンイチとミクはそれぞれ答え、カウンターの男は笑顔で答えた。
「あいよ。他の奴らもじきに来るんだろ?少し待っててくれよな」
カウンターの男は厨房のある裏へと向かっていく。男が姿を消すのと同時に、酒場ににぎやかな集団が入ってきた。
「いや~!今日も汗かいたな~」
男に似つかわない金髪の長い髪の美青年がタオルを首に巻きながらカウンターに座る。その後ろからずんぐりとしたコウモリのような羽の生えた小さい魔物が口出しする。
「おいイグレイス。お前が今日ヘマしたせいで俺が捕まりかけたんだから、飯の一つくらいおごれよな」
イグレイスと呼ばれた男は目を細めながら反論する。
「何言ってんだコッポ。お前が他の宝石に目が眩んでたのを俺が助けてやったんだろうが!」
コッポと呼ばれた魔物はイグレイスに怒りながら反論する。
「はぁ!? お前だって女の子にプレゼントする用に宝石品定めしてたじゃねえか! だから俺らの足が止まったんだろ!」
「お前ら……」
ケンイチがイグレイスとコッポのくだらない言い争いを呆れながら眺めていた。そしてしばらくするともう一人、武骨な雰囲気の男が現れ、イグレイスとコッポの二人の頭を掴む。
「お前らは二人とも反省しろ……」
万力のような力で掴まれ、イグレイスとコッポの1人と1匹は悲鳴を上げた。
「いだいいだいいだい!!!」
「わかった! わかったってロンゾ! だから離してくれよぉ!」
コッポが泣きを入れると、ロンゾと呼ばれた男はその手を離した。
「俺たちは犯罪行為をしているんだ……! 今さら宝石の1つで罪が重なるなんて事は言わないが、失敗したらタダでは済まないことを自覚しろ……!」
「は~い……」
コッポは小さい手で頭を押さえながら返事をした。そしてそうこうしているうちにカウンターの奥から先ほどの中年男性が現れ、ケンイチとミクの机の上に食事を置く。
「ほらできたぞ」
ケンイチは机に置いてあったフォークを手に取り、手を合わせた。ミクも同様に手を合わせる。
「「いただきます」」
ラーメンを啜る二人を見て、イグレイスは男に声をかける。
「マスター。俺はウイスキーとナッツで」
次いでコッポも男に言う。
「俺もラーメンくれー」
「わかったわかった。ロンゾはどうするんだ?」
男に尋ねられたロンゾは少し考え、落ち着いた口調で答えた。
「……俺はおにぎりとお茶を貰えないか」
「おし、じゃあちょっと待ってろ」
男は再びカウンターの奥へと向かう。その姿を見てイグレイスは呟くように言う。
「確かマスター……アツシさんはケンイチ達と同じ異邦人だろ? この酒場で出してる飯も基本は日本料理をベースにしてるって聞いたけど」
ラーメンを啜りながらケンイチは頷いて答えた。
「ああ。俺らが来たのは半年前だけど、アツシさんは20年前から来てるって言ってたな」
「へえ……。なんかこの前言ってたマヨネーズも実は異邦人が作ったものだったって聞いて驚いたけど、知らないところで俺たちの生活も異邦人の影響を受けてるのかねえ」
「多分そうだろうな……。俺とミクがこの世界に来て一番最初に始めようとしたことが、マヨネーズや醤油とかを作って無双だったからな。……同じこと考えてるやつが3桁はいたらしくて速攻でとん挫したけど」
ミクもため息をつきながら言う。
「もう何十年も前から異邦人がいたるところにいたみたいだからね……。世の中甘くはなかったわね……」
「ああ、本当そうだよ」
カウンターの奥から現れたアツシはイグレイス達の食事を置きながら答えた。
「この酒場の経営も大分苦労したんだよ……。日本料理雑に出せば売れるわけじゃなかったし、結局日本料理がノイズになって、エルミナルナの普通の料理にちょろっと混ぜる程度に落ち着いちゃって……。確かハイラントあたりに本格和食出す店があって、そっちは売れてるらしいけどさ……」
「そんなことより、今日の収穫はどうだったんだ。すでに調べはついたんだろう?」
会話を切り上げるようにロンゾはケンイチに話を振る。ケンイチは今日の戦利品であるソルジュエルをみんなに見せるように掲げ、笑みを浮かべながら言った。
「“鑑定”の結果は本物だった。“22の秘宝”もあと2つだ」
ケンイチとミクがこの街に訪れた理由、それは女神イウーリアからの直接のクエストを受け、この街にあるとされる“22の秘宝”を手に入れる事だった。この22の秘宝はエルメントにおける300年分の神秘が凝縮されているとされ、全ての手に入れた際には世界をも掌握できる力が手に入るとの事だった。――それは逆に言えばこの街に世界を滅ぼしうる力が存在するということだった。
ケンイチがこの街に送られたのも“たまたま”というわけではなかった。この任務は彼にしかこなせないある“理由”があった。
「しっかしその能力は便利だよな。本人に知識が無くても、鑑定を済ませてくれるなんて」
イグレイスはケンイチの机に置いてあったスマホを指さしながら言った。ケンイチとミクは第四世代の異邦人――つまりギフト能力はスマホを介して発揮される。そしてケンイチの能力は“鑑定”だった。
ケンイチのスマートフォンに搭載されているカメラで対象を撮ることで、絶対に間違いのない鑑定を行うことができる能力。ケンイチがこの街に来て秘宝を集め始めてから、30回以上の泥棒を行ってきた。しかし最初の数回は全て偽物を掴まされていた。――これはケンイチの前にこのクエストを受けてきた者たちも全て同様であった。
真贋を確認できる者でないとこの任務を達成することはできない。そのような理由でケンイチがこの街に送られていたのだった。
「俺も最初はこの能力を貰って絶望したけどな。なんだよこの微妙な能力……って。まさかこんな感じで役立つとは思ってなかったけどさ」
ケンイチ自身が微妙と揶揄する能力。その理由は単純明快。能力自体に全く戦闘能力が無いからだった。しかしこの世界に慣れるにあたって色々と有用な面があることに気づいていき、そして戦闘能力はステータスでいくらでも補えることを実感すると見方が変わった。
「結局ギフト能力はサポート特化でも、俺たちの中じゃケンイチが一番強いもんなぁ。異邦人のステータスってやつはやっぱずるいぜ」
イグレイスは羨むようにケンイチに言う。この場で異邦人なのはケンイチとミクと酒場のマスターであるアツシの3人だけであり、イグレイス達はエルミナ・ルナの人間だった。
「だがケンイチのおかげで今の俺たちがあるんだ……そこは否定できまい」
「まぁそうだけどさ」
ロンゾの言葉にイグレイスは渋々同意した。
「22の秘宝もあと2つ……“審判のラッパ“と“世界樹の接ぎ木”か。この宝探しが終わるまで、俺らは付き合うからよ」
イグレイスからの言葉にケンイチは笑顔で答えた。
「ああ、よろしく頼むよ。みんな」
× × ×
ケンイチ達が酒場で話し合う中、厨房の裏にある上階への階段に一人座る影がいた。
「あと2つ……か。となると、そろそろこちらも動き始めるときか……」
その影が立ち上がると、階段の窓から差し込む月の光に照らされて顔が露になる。
「首尾よく行ってれば兄さんの準備もそろそろ整うはずだ。……怪盗団のルーチンを考えると、来週がその時か……」
シーラは歪んだ笑みを浮かべながら、一人呟いた。




