16-4
アオイとケンイチ達は午前中の授業が終わり、約束通り一緒に食堂へ向かう。午前中の授業が終わった段階でアオイはすでにぐったりしており、食堂の机に突っ伏してしまっていた。
「あ~~~……疲れた……」
「ハハハ。じゃああんな目立たなきゃよかったのに」
疲労困憊状態のアオイをケンイチは心配しながらも茶化す。
「だって~……。まさかあんだけの事で人が集まるなんて思わなかったんだもん……。魔法使いの、それもエリート校って言うからもっとできるもんかと……」
「ったく、聞く人が聞いたら怒り出そうなこと言わなくていいから」
ミクは3人分のお茶を持ってきており、それを自分とケンイチとアオイの前に置き、自分も席に座る。まさか自分がお茶を貰えると思ってなかったアオイは、慌てて顔を上げてミクに礼を言う。
「あ……ありがとうございます。お金……」
「別にいいわよそんなの。転校祝いってことにしておいて」
「す……すみません……」
「すみませんもいらない」
「はい……」
アオイは気まずそうにしながらもミクからお茶を一口飲む。いい匂いのするジャスミン茶で、疲れていたアオイにはとてもありがたいものだった。
「美味しい……」
「……まずぅ」
しかしケンイチはお茶を一口飲んで苦々しい顔を浮かべる。
「ジャスミン茶苦手なんだよ……。アオイさんは飲める……?」
「人がせっかく買ってきたのに、少しはお世辞くらい言いなさいよ! それも他人の前で!」
「お前に世辞言うほどの関係でもねえだろ……。まぁジャスミン茶が苦手だって話もしたことなかったからな……。なんとかこれくらいは飲めるけど」
「ったくもう!」
二人の喧嘩を眺めていたアオイはおずおずとしながら尋ねた。
「あの……二人は付き合ってるんです?」
「「はぁ!?」」
アオイの質問にケンイチとミクの二人は同時に声を上げた。
「いやいや。別にこいつとはそういう関係じゃないっすよ」
ケンイチは照れてるわけでもなく、ごく自然にアオイに答えた。
「それに俺もこいつも別に恋人がいましたからね。この学校に転校するときに別れちゃったけど」
「いっ……マジ?」
アオイはケンイチの発言に素で引いてしまっていた。
「ええマジマジ。俺もこいつも2個上の先輩と。俺はその前にもう一人いたけど。アオイさんはどうでした?」
「いやいやいや! 私はそういうのはいいから!」
「ってことはアオイさん今付き合ってる人とかいないんですか!? そんな可愛いのにもったいないな~! 俺マジでアオイさんにモーションかけちゃおうかな!」
「いやほんと勘弁してください……」
アオイは目の前の二人の眩さに辟易しながら答えた。
「ハハッ!じゃあ今は友達ということで! ただ俺は好きになったらマジで一気に詰めますからね~!」
「友達……ね」
ケンイチから手を伸ばされ、アオイはその手を握るものの、横目でちらりとミクを見る。アオイにアプローチをかけるケンイチはともかく、ミクはどうもアオイを訝しんで見ているようだった。
× × ×
その夜、アオイはセシリーに呼び出され、セシリーの部屋へと向かっていた。先日に道に迷ったこともあり、今度は道をしっかり覚えてセシリーのいる研究棟へ向かうことができた。
「あらいらっしゃい!」
アオイが部屋に入ると、セシリーは寝間着でアオイを迎えた。寝間着のような薄い生地だと余計に身体のラインが目立ち、その辺がシーラとはまるで違うなとアオイは心の中で思っていた。
「ここで寝泊まりしてるんですね。てっきり家に帰っているものかと」
アオイの質問にセシリーは苦笑して答える。
「ロマンディ家の屋敷はあるけど、もう今は誰もいないから。ロマンディの家の人間はみんな個人主義というか、それぞれ研究でどっか行っちゃうからね。……私も今は独り身だし」
「あ~~~……へ~~……」
アオイは事前のシーラの伝えるべき情報不足ぶりに内心キレていた。とはいえディアナがあの齢で一人で人里離れたところに住んでいたことから推理しろとも言われそうで、ますます腹が立ったが、いったん棚上げすることにした。
「それで……なんで私を呼んだんです?」
アオイはセシリーに尋ねる。するとセシリーは顔の笑みは崩さないまま、資料を一つアオイの前に出した。
「聞いたわよ。攻撃魔法の授業、学年トップクラスの出来だったって」
「あ……」
アオイは気まずそうに顔を反らす。
「あとで担当の先生から資料を貰ったけど、ここまでやるとは聞いてなかったわよ。お祖母ちゃんから光るところはある、くらいしか話を聞いてなかったから」
「すみません……。決して目立つつもりじゃなくて……」
怯えているアオイを見て、セシリーはアオイを安心させるように優しく声をかける。
「怒っているわけじゃないのよ。……ただ、ちょっと一つ提案があってね」
「提案?」
「ええ。あなた、異邦人でこの学校に来たのも授業を受けるためじゃなくて、別の目的があるって言っていたわよね」
「……ええ」
「だから、授業も多分途中で抜けてしまうと思う。……でも、それだとあなたの才能がもったいなさすぎる」
――才能。その言葉を聞いてアオイはこそばゆい感覚が背中を流れる。
「いえそんな私なんて……。でもそれがどういう提案に……?」
困惑するアオイの手をセシリーは優しく握りながら言った。
「あなた、私の個人授業を受けてみない?」
× × ×
学園都市エルメントが今の形になったのはおおよそ300年前と言われている。ロマンディによる魔法体系の見直しにおける大改革が行われたのが50年前ではあるが、依然としてこの街には神秘的な研究による300年の積み重ねが存在する。
魔法という神秘を研究すれば当然の如く、深淵を覗くための深い闇もまた生まれていく。そのような闇がこのエルメントには数多く存在していた。それはロマンディの魔法体系からも、人の道も、この世の理からも外れた禁忌だった。
エルメントの街に夜の帳が下りる。学園都市ではあるが、そこに住んでいる人間――大人が存在する以上、夜だけの賑わいは必ず起こる。食事、酒、女、賭博――そして今、この街ではもう一つ、夜に街の住人を騒がせる事態が起きていた。
「おい、今夜もまた出るってよ!」
「今度のターゲットは、宝石商人のダングートの屋敷らしいぞ!」
「また出るのか……! 怪盗団ディメンションが!」
怪盗団ディメンション。3か月前から突如としてこの街に現れ始めた怪盗団。これまで20以上の商人や金持ちがその標的になり、一度たりともヘマを踏むことなく、その目的を完遂してきた。
この怪盗団が庶民の話題のマトになっているのには理由があった。まず事前に予告を出すということ。そして庶民は標的にせず、この街の特権階級相手のみ盗みを働くことであった。
この怪盗団の名前が有名になるにつれ、警備も厳重になっていくのだが、それらを全ていなしてしまう。そして盗むものはいつもその標的が持っているとされる魔術的に貴重なものばかり。だがインフラ関係が脅かされるものには一切手を付けず、その目的は不明。と、センセーショナルになるのも無理はなかった。
そして今夜もまた、宝石職人ダングートが持つとされる太陽の宝石、ソルジュエルが奪われ、夜の街が慌ただしく騒ぎ出していた。そしてその喧噪の中、月夜の街を駆ける5つの影があった。その5つの影はそれぞれ怪盗であることを示す“仮面”を着けていた。
「よしっ!これで今夜のミッションは完了!」
金の長髪のいかにも女性を誑かしそうな眉目秀麗の男が声を上げる。それに次いで後ろにいたずんぐりとした体形のコウモリみたいな魔物がその男に言う。
「相変わらず楽勝だったな!」
さらにその後ろにいる偉丈夫の男は静かに二人に言う。
「好事魔多し……油断はするな……」
そしてその3人の後ろに一組の男女がそれそれいた。男――いや、少年の方は今回の標的であるソルジュエルを手に持っており、それがこの盗みの実行犯であるとともに、この怪盗団の中心人物であることを示していた。
「これで目的まであと2つだ。……あと2つ集めれば、この怪盗団の任務は終了だ。ここまでやれたのは皆のおかげだ……!」
少年は顔の汗を拭うために仮面を外した――その顔はケンイチのものであった。
「まだ終わってないでしょ。あと2つ。ここまでくれば奴らは本気で抵抗してくる。……次はもっと上手くやらないと」
横にいた少女――ミクは戒めるようにケンイチに言う。ケンイチは渋い顔をしてミクに言った。
「はいはい。全くいつも冷や水ぶっかぶせてくるなあ……」
二人のいつも通りの痴話喧嘩を見て、仲間たちは呆れながら笑っていた。――しかし彼らは気づいていなかった。この月夜の下で、彼らのような異端を狩るために存在する“異邦人狩り”がこの街にいることに。




