14-2
――翌日、消灯してからすぐに床に就いたユウキ達は日が昇ってもまだ熟睡していた。特にあれだけ文句を言っていたユウキであったが、久しぶりの布団での安眠は相当に落ち着いたのか、凄まじい寝相で寝ており、コニールの布団を侵食していた。しかしそれはコニールも同じであり、コニールも寝相が悪いのか、布団がめちゃくちゃになっていた。
「んが……」
目が覚めたシーラはボサボサの頭を掻きながら時計を見る。時計は8時を指しており、8時半に朝食の準備が食堂にあるという話を聞いていた。
「ふわぁぁぁ~~~」
シーラは大きく欠伸をすると、隣で寝ていたアオイを揺すって起こす。そしてコニールとユウキを踏んづけて起こした。
「ぐえっ!?」
「おぐっ!?」
荒っぽい起こされ方をしたユウキとコニールの二人は跳ねるように起きあがる。シーラが踏んづけた理由は、単に雑な扱いをしたからというだけでなく、最悪の寝相で散々に安眠を妨害してきた二人への仕返しもあった。
「シーラ……てめ……」
ユウキは脇腹を抑えながらシーラに恨み言を言うが、シーラは無視してトイレに行くために部屋を出る。
「大丈夫っすかコニールさん……」
出ていったシーラに文句を言うことを諦め、ユウキは隣で寝ていたコニールに目を向ける。コニールも寝ぼけており、しょぼしょぼした目付きでユウキを見る。
「ああ大丈夫……。おはよ……ユウキくん……」
「あ、おはようございま……ぶっ!!!???」
ユウキは挨拶を返す途中であることに気づき吹き出してしまう。急に吹き出して顔を反らすユウキにコニールはまだ寝ぼけながら尋ねる。
「ユウキくん? どうしたんだい?」
「そ……それ! それ!」
ユウキはコニールを見ないようにしながらコニールの胸元を指さす。ユウキのあまりの必死さと、胸に感じる感覚にようやくコニールは何が起きてるかを察し、恐る恐る自分の胸に手を伸ばす。――そして本来感じるはずの布地の感触がなく、地肌に直接に触れたあと、大きく叫んだ。
「きゃああああああ!!!???」
外でその悲鳴を聞いていたシーラは耳を塞ぎながらつぶやいた。
「朝からうるせーよクソバカ……」
× × ×
なんやかんやと準備を済ませたユウキ達は、朝食を食堂へと来ていた。ユウキは頬を腫らしながら自分の席に座り、朝食の内容を確認する。そして理想通りの献立が並んでいることに感動していた。
「白いご飯、みそ汁に、焼き魚。納豆に卵焼きに梅干しだよ……。まさに日本の朝ごはんだ……俺梅干し嫌いだけど」
「よっぽどこの宿を作った人は和食に拘ったんだね……。それが今も続いていると。私も梅干し食えないけど」
アオイもユウキと同様に朝食を感慨深げに見ていた。そこに朝食の準備を終え、手が空いたミカがユウキ達に声をかける。
「おはよ。昨日はよく眠れた?」
「ええ、最高でしたよ」
ユウキは笑顔で答えるが、シーラはぼそりと小声で言う。
「そらお前は寝れたろうよ」
「昨日の夕食も、今日の朝ごはんも、私のお爺ちゃんが決めた献立を守ってるんだ。どうやらお爺ちゃんの故郷の食事だったようでね。“ワショク”って言うらしいんだけど。わざわざ再現するために仕入れルートだけじゃなくて、畑から作る拘りようだったしね。おかげでハイラントではこのワショクがちょっとした名物なのよ」
ミカは自慢げに話し、コニールは梅ぼしをフォークで刺しながら言う。
「確かに。ここまでのワショクではなかったけど、私が止まったパンギアの保養所でも、納豆とこれとは違う梅干しはあったな。……確かカリカリ梅とかいう名前だったか」
「あ~……確かに旅館はカリカリ梅のが多かったイメージかも。食ったことないけど……って納豆はあったのに白い米はなかったんです?」
アオイがコニールに尋ねると、コニールは不思議そうに頷いた。
「うん? ああ、パンに乗っけてバターとガルムをかけて食べてたが」
「ガルム……ああ、なんかレストランでハンバーグと一緒に出てくるあのソースか……。私からしたら醤油と米以外で食うのはキツイんだけど、やっぱ文化の違いってあるんだな……」
朝食について話し合うアオイ達を見て、ミカは顎に手をあてて考えていた。
「やっぱアオイとユウキ君からしたら、この食事に色々思うことがあるのか……。もしよければ少しお願いがあるんだけど」
「なんです? ミカさん」
アオイが応えると、ミカは両手を合わせて頭を下げる。
「メニューを見せるからさ、できればアオイ達の故郷である日本の食事に近づけられるように、アドバイスしてくれないかな? ……あとできれば料理を教えてほしいんだ」
「え、本当です?」
「うん。だってお爺ちゃんと同じ日本人だったんでしょ?だったらその人そのものに聞いた方が、やっぱり正しいだろうから……」
思ってもなかった依頼にユウキとアオイは互いに顔を合わせた。横で食事を進めていたシーラは呑気にユウキとアオイに言う。
「いいじゃないっすか。お二人とも料理上手だったし。まだしばらくはこの宿にいる予定でしょう?」
シーラの言う通りユウキ達はこの宿に1週間滞在し、その間に傷を癒すのと並行し、次の目的地の情報収集を行う予定だった。そしてユウキとアオイが料理が上手なのもまた事実だった。
結城葵は母子家庭で過ごしており、母親は仕事で帰りが遅かった。そしていつしか母親の代わりにご飯を作るようになり、そのためかここまでの旅でユウキとアオイそれぞれが作る料理は、コニールとシーラにも好評であった。
「お願い! それなりのお礼はするつもりだからさ。……最近宿泊してくれるお客さんからも同じメニューが続いちゃってるって言われて、結構参ってんのよ……。ワショクのなんたるかを知らないから、お爺ちゃんが残したレシピから工夫するしかないし……」
ミカの真剣な態度をユウキとアオイは無碍にもできず、互いに顔を合わせて意思疎通を取ると、同タイミングでため息を吐いて答えた。
「「わかりました。いいですよ」」
ユウキ達の答えを聞き、ミカは明るい表情を浮かべて顔をあげ、二人の手を取る。
「いいの!? ホント! ありがとー! いや、本当に助かったよ~~!!」
「でもあまり期待しないでくださいよ?」
アオイは謙遜するように言うが、ミカは首を横に振って答えた。
「協力してくれるだけでも本当にありがたいって! ……実はアオイ達と同じように長期滞在してくれてるお客さんがいてさ。さっき言った同じメニューが~ってのもそのお客さんたちの要望だったんだよ。いいお客さんだから大事にしたくってさ。アオイ達が手伝ってくれるなら本当に……!」
ミカ達が話していると、団体の客が食堂に入ってくる。どうやら10人ほどの男性客のようであり、ユウキ達の座っている机とは違う、座敷に用意されている食卓に食事が用意されているようだった。
「あ、あのお客さんたちなんだ。もう3か月くらいはいるかな。金払いもいいし、愛想もよくて太い上客でね……」
「おい! また同じ朝食かよ! 確か全く同じ内容の飯を3日前にも見たぞ!」
座敷に並んだ朝食を見て、男たちのうちの一人が声を上げる。だがその中の一人が、声を上げた男の頭を叩き、叱りつけるように言った。
「別に朝飯なんかこの宿じゃなくたって同じもん並ぶもんじゃねえか! それに文句言いながらどうせ美味い美味い言って食うんだろ! だったら迷惑かけるようなこと言うんじゃねえ!」
その説教を聞き、シーラは食事の手を止める。
「……まって。なんか聞いたことある声が……」
怒られた男はしょんぼりと頭をおさえながら謝った。
「す……すみません! “兄貴”!」
「俺じゃなくてミカに謝れよ!」
怒られた男はミカの方に向きなおすと、頭を下げて謝る。
「す……すみませんでした……」
ミカは気にしないとばかりに豪胆に笑いながら言う。
「アッハッハ! 別に気にしないでよ。確かに同じ内容のご飯が続いちゃってるのも事実だしね。でもそれも今日まで。今日からアドバイザーの方が、うちの献立を見てくれるってことで話しつけたからね。これで改善……」
空気が変わったことでミカは言葉を止める。なぜかユウキ達、そして男たちが固まっており、互いに驚愕の表情を浮かべていたからだ。
「……え? どうしたの?」
「な……な……」
ユウキは男たちを指さして震えていた。それは男たちの方も同様であり、その中で先ほど怒っていた男が一番動揺していた。そしてその男は静寂を破るように声を上げた。
「なんでてめえがここにいるんだ……“異邦人狩り”!」
「そりゃあこっちが言いてえよ……“インジャ”!」




