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ユウキ達が部屋に戻ると食事の準備が済まされており、ミカではない別の仲居さんが食卓の前で待機していた。食卓の上に並んだ料理を見て、ユウキとアオイはまたも声を上げた。
「うわ~! すき焼きか!」
「刺身まである……醤油もあるし、白いご飯まで……!」
食卓にはすき焼き、刺身、香の物、温泉卵、サラダにご飯とおおよそ考えられる日本での旅館の夕食とほぼ同様のものが並んでいた。驚くユウキ達に仲居さんは微笑みながら言う。
「ええ。こちらの"松"メニューはウチで一番高いものになります。オレゴンの方々からお客様たちに最高のおもてなしをするようにと、お代をいただいておりますので……」
「はは……どうやらかなり義理堅いのだなオレゴンは」
ユウキ達の喜びように、今食卓に並んでいるメニューが相当にいいものだと察したコニールが呟くように言った。そしてそれぞれ適当なところに座り、夕食を食べようとする。その前に仲居さんがそれぞれの卓にあるコップを起こし、そこにお茶を注いだ。
「皆様がほぼ未成年とお聞きしておりますので、申し訳ございませんがお茶のご提供とさせていただいております。……コニール様はお酒をお飲みになりますか?」
仲居の問いかけにコニールは手を横に振って答える。
「いや。お酒は苦手なんだ……。だから私も皆と同じでいいよ」
「承知いたしました」
仲居が全員分のお茶を注ぎ終えると、コニールがコップを持ち、次いでユウキ達もコップを持つ。
「……こっちにも乾杯があったんだ」
コニールがコップを構えたのを見てアオイが言う。
「いただきます、って言った時、シーラの叔父さんに質問されたのを思い出したよ」
ユウキもコップを上げながら言った。
「……私はこういった場が初めてっすね。学生であんま乾杯とかしないし」
シーラもコップを持ち上げた。全員がコップを構えると、コニールは声を上げて乾杯の音頭を取った。
「まぁ……ここまでお疲れさまでした。まだユウキ君の目的の影すら踏めてないけども、一旦ここで英気を養って、今後に繋げていきましょう。……では、かんぱぁーい!」
「「「かんぱぁーい」」」
4人は乾杯をして、一口お茶を飲むと食事に手を付け始めた。
「ああ……1か月ぶりの日本の飯……」
ユウキは涙を流しながら白いご飯をかっこむ。ここまでで米料理は出てこないわけではなかったが、粥やピラフといった、煮込んだり炒めたりといったものしかなかった。さらに付け合わせの香の物がきゅうりの浅漬けや、ナスの糠漬けといったまさしく日本のものなのもユウキ達を感動させた。
「ああ……漬物そんなに好きじゃなかったけど、今まで油っこいか、味付けが濃いかの2択の料理ばっかだったから落ちつく……」
アオイも今の身体になってから食が細くなっていたが、それでもやはり故郷を思い出させるこの食事に胃がときめいており、普段よりもペースをあげて食べていた。
「皆さんお若いということで、お代わりも用意してありますから遠慮せずに食べてくださいね」
ペースよく食べるユウキ達を見て仲居さんが声をかける。ユウキとアオイはご機嫌に手をあげて答えた。
「「じゃあお代わり!」」
そして刺身を食べ、仲居さんにすき焼きを焼いてもらい(関西風だった)、デザートにみかんで味付けした寒天ゼリーが出てきて、すべて食べ終わったころにはユウキ達は満足してお腹をさすっていた。
「はぁ~満足満足」
ユウキはとても幸せそうな顔で、後ろの壁に背を預けていた。隣に座っていたアオイもユウキに身体を寄せている。
「こんなに食べたの久しぶりかも……女の子になってからどうもすぐお腹いっぱいになっちゃってたから……」
身を寄せるアオイに、ユウキは自然に腰に手をまわす。これがコニール、もしくはシーラだったとしたらユウキ即座に立ち上がって、離れていただろう。だが同じ女の子とはいえ、アオイに関してはそういった気は一切無いようであった。
しかしこれは事情を知っているシーラやコニールだからスルーできるものであったが、それらを知らない初見の仲居からしたら、仲睦まじい――しかもなんか見た目がやけにそっくりな男女が――としか見えないので、少し不安になりながらユウキ達に言う。
「その……お客様?」
「ん……? なんすか?」
「その……ご兄妹でいらっしゃられますか?」
仲居の質問にユウキは答えづらそうに目線をそらし、そしてバツが悪そうに答える。
「いや……幼馴染ってだけで兄妹では……」
最近双子と言っても微妙な空気になることが多かったので、同郷の知り合いで通すことが多くなっていた。同郷なら雰囲気が似てても誤魔化せるだろうくらいの考えで。それを聞いて仲居さんの表情が変わる。
「あら……じゃあ恋人さんかしら? 他の方は旅の仲間?」
「こ……!? いやいやいや! そんなんじゃないですって!?」
仲居さんの言葉にアオイはびっくりして身体を起こし、ユウキから離れる。アオイの態度を見て仲居さんは少し残念そうに言った。
「あら~お二人とても仲よさそうでしたから。……ちなみにこの後の予定は?」
「え? ……いやあとは寝るだけですけど……」
仲居さんの問いの意味がわからなかったアオイは何の意図も無く答えるが、仲居さんはアオイだけでなく、コニールやシーラ達も見渡しながら言った。
「まぁ……我が宿の布団は汚されても、次の日にはきちんと洗いますから。あと壁もきちんと分厚く作っておりますので」
「……ちょっと待て」
シーラは仲居さんが言わんとしていることの意図を察し、慌てて立ち上がる。
「いや……そのね。別に私たちそういう関係じゃなくて……」
シーラがそれとなく言うと、仲居さんもようやく気付き、顔を真っ赤にさせる。
「……ま! す……すみませんね! てっきり私、お客様たちが付き合っているものかと思ってしまって……」
そこでようやくアオイやコニール達も話の意図に気づき、ユウキから距離を取った。いきなり腫れ物扱いされたユウキは女性陣全員にツッコみを入れる。
「お……ちょっと待てって! 別に今までもそうしたこと無かったろ!?」
必死に弁明しようとするユウキに仲居さんは口に手を当てながら訳を話す。
「い……いやね。ウチの湯は……というよりハイラントの湯は怪我の治療と、不妊に効果があって……。温泉に入ったあとは、よく盛り上がると言われてまして……。実際に私も温泉に入った後はそりゃあ……。あ、失礼」
その仲居さんの言葉を聞き、ユウキは表情が強張っていたが、アオイ達3人の衝撃はそれどころではなかった。
(((“あれ”はそういうことかーーーっ!!!)))
3人とも風呂場で何故か盛り上がってしまった事を思い出し、冷や汗がダラダラに流れていた。明らかに様子がおかしくなった3人を見て、ユウキが声をかける。
「ど……どうしたんだお前ら……」
「いや……なんでも……」
コニールは顔をそらすがその顔は明らかに紅潮していた。ユウキはアオイ、続いてシーラを見るが彼女たちも同様だった。
「一応……入口近くにその……“例のモノ”は置いてありますから。お客様はまだ若いのですから……しっかりしてくださいね」
仲居さんはそれだけ言うと、食事の片づけを済ませ、布団も敷いて部屋から出ていく。そして部屋に布団が4つ敷き詰められているのを見て、ユウキはようやく現在の異常な状況に気づいた。
「……あ! そういや俺、この部屋で寝るの!?」
今更のユウキの言葉にコニールが軽く指摘する。
「……今までもそうだったんじゃないのか?」
コニールの言葉にユウキは首を横に振った。
「いえ……だってシーラの叔父さんの宿に泊まるのは結局無くなったし、城は個室だったし、野宿はそんなんじゃなかったし…」
「あー……たしかにそうだったか。とはいえそんな事する君じゃないだろ?」
明け透けに言うコニールにユウキは目を細めた。
「そりゃそうすっけど…そう言われると男が廃るってのも…」
「じゃあ手を出す?」
グダグダと言うユウキにコニールは妖艶な口調で返す。その言葉を聞いてユウキーーだけでなくアオイもコニールも反応してしまった。
「ちくしょう大人だ……」
シーラは普段の態度とは異なり、初心な少女のように弱々しくなっていた。
「……とにかくもう寝よっか」
アオイも堪えきれず会話を打ち切って空気を切り替えようとする。正直なところコニールもノリで取ってしまった自分の雰囲気に自分で耐えきれなくなり、それに相乗りするように言った。
「そうだな……。もう寝よう……」
その言葉に全員の気持ちが一つになって答えた。
「「「「うん……」」」」




