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「まさかアオイが異邦人狩りの兄さんに関わりがあったなんてね~。向こうは多分気づいてないけど、私の命の恩人なのよね、そのユウキって人。私がラルダイン様に襲われる直前に助けてくれたのよ」
ケイリンに呼び出されて病室にやって来たミカは嬉しそうにアオイと話す。
「なんかすっごい運命的じゃない!? 私も“異邦人”に興味があったのに、まさか偶然異邦人であるアオイとユウキ君に出会うなんて!」
「ちょ……ちょっと待って、状況が読み込めないんですけど、一体何がどうなってるんですか?」
アオイがケイリンに尋ねると、ケイリンがミカを落ち着かせるように、立ち上がってミカの横に立って言う。
「まさかミカと知り合いとは思ってなかったが……彼女は私の友人でね。オレゴン領の一部である山奥のハイラントという温泉街で、温泉宿を経営してるんだよ」
「あ、確かそれ……」
アオイはミカと初めて会った時のことを思い出した。あの時ミカは山奥で経営している宿の経営許可申請を貰いに来ていたと話していた。
「ユウキ君の治療に大事なことはとにかく“休む”ことだ。それもただ病院のベッドで寝るのではなく、しっかりとした療養地でね。私もハイラントで働いてるから、君たちが行った後に追いかけるように向かうから」
× × ×
そしてその日のうちに出立の準備を整え、翌日の朝には出発していた。オレゴンの人々もハイラントの温泉によく訪れるためか馬車の定期便があり、ユウキ達はVIP扱いのためか、個別の馬車を用意してもらえたのだった。
ミカに案内されて宿の中に入ると、ユウキとアオイは声を上げた。
「うわっ……嘘だろ?」
「すごい……本当に日本の宿みたいになってる……」
和風の飾り付けがされており、床も洋風の石畳ではなく、和風を思わせる木張りの床だった。驚く二人にミカが得意げに鼻を鳴らして言う。
「すごいでしょ?ひいお爺ちゃんがこの宿を作ったんだ。……“異邦人”のね。ユウキ達の反応を見ると、どうやら本当に異邦人の文化のものだったんだね……」
ミカの曽祖父が異邦人という話を、ユウキ達は事前に聞いていた。80年ほど前にエルミナ・ルナに来たというミカの曽祖父は、このハイラントの地にたどり着き、温泉宿を作ったという。
その話と、トスキから聞いていた異邦人の情報を照らし合わせ、シーラはそのミカの曽祖父が第一世代にあたる異邦人という予想を立てていた。初期の初期に来たせいで、ギフト能力もステータスも与えられず、時代と埋もれていったという異邦人。
ユウキ達が素直に温泉宿で休暇を取る選択したのも、ミカの曽祖父が異邦人であるという話を聞いたのもあった。
イサクを倒してしまい、トスキも亡くなってしまったため、異邦人の調査は振り出しに戻ってしまっていた。トスキから異邦人の詳細について聞きはしたものの、現在の状況までわかるものではなく、シープスタウンに行くにも東の果てであり、そもそも大陸中央にある断層を越える方法すら思いついていない。
わずかな情報でもいいから異邦人に関わりのあるものが見つかれば――その考えもあり、ミカについていくことにしたのだった。
ユウキとアオイは半信半疑ではあったものの、実際にミカの宿を見て、この建物を作ったのが異邦人であるという確証を得ていた。この和風の佇まいの宿は、明らかに日本人が作ったものだった。
「ああ、ほんと日本っぽいものを見るなんて、ずいぶん久しぶりに感じるな……。この1か月の間、フワフワしたものばかり見てきたから……」
「さすがに少し疲れたね……こっちの世界に来てから風呂なんて一度も入ってないし、温泉が楽しみだね」
ユウキの感想にアオイが同意するように言う。――というより同意でもなんでもして、ユウキに意見を合わせてあげたいという思いがあった。今の感想は明らかに聞いていた離人症の症状であり、フワフワという言葉を聞いた瞬間にアオイの背筋がゾッとしたからだ。
そして宿泊する部屋に通されたユウキは、部屋の間取りを見てまたも声を上げた。
「うおっ……! 畳だ! 畳がある!」
ユウキは荷物を放り出すと、勢いよく床に寝っ転がった。そしてゴロゴロと転がり、畳の匂いを確認するように、思いっきり息を吸う。
「はぁ~~……ちゃんといぐさを使ってるよ……。マジで和室だ……! 日本だこれ……!」
「その“タタミ”ってやつ、揃えるのに苦労してるんですよ。ただ結構評判よくて、このハイラントで使ってる宿はいくつかあるんですよ。そのおかげでこのハイラントには専用のタタミ業者がいるんですよ。……まぁウチが経営してる業者ですが」
ミカの説明を聞き、コニールも屈んで畳を撫でるように触る。
「たしかパンギア王国の療養施設でも、タタミを使ってたな。……そうか、今まで気にしたことなかったけど、これも異邦人の技術だったんだな……」
ユウキ達が反応したことでシーラも物珍し気にタタミを触りながら言った。
「私は初めて見たな……。ただあのエロ爺も言ってましたけど、炭酸水やアイスクリームの作り方とかも、異邦人……というかあの爺が持ち込んだものらしいですしね。私たちが知らないだけで、この世界は異邦人の影響を受けまくってんのか……?」
シーラはトスキが話していたことを思い出していた。異邦人は何かしらの目的をもってこの世界に呼ばれていると。確かに持ち込まれた技術による革新は、シーラですら判断ができないほどにこの世界にもたらされている。
だがそれにしては“異邦人”という情報が広まるのが遅すぎる。シーラもそのような存在がいるのを知ったのはユウキ達と初めて会ったころであり、個人ではない国家機関ですら、コニールの調査が行われたのも同時期。コニールの話を信じるなら異邦人の名が広まり始めてから半年も経っていなかった。
先祖が異邦人であるミカですら異邦人の存在はあやふやであり、トスキも同じ異邦人であろうミカの曽祖父に接触すらしていないようだった。
トスキから聞いていた話だと、異邦人は自分が異邦人であることを基本的に隠す傾向にあると言っていた。それはここまでの情報からおおよそ間違っていない。ではなぜ、ここ最近になって異邦人の名が広まり始めたのか――。
「……どうしたの?」
黙りこくって考え込んでいたシーラを心配するようにアオイが声をかける。シーラは気が付くと周りが深刻な表情をしているシーラを心配していることに気づき、慌てて取り繕った。
「……あ、いえいえ。なんでもないです。ただ今日これからどうしようかなって。どういう予定で過ごすか、ちょっと考えすぎちゃって」
シーラのとっさの言い訳を聞き、ミカは部屋に飾ってある時計を見た。時計は5時を指しており、まだ夕食には時間があった。
「そうね……夕食は19時くらいになるから、まだ結構時間があるし……。先にお風呂をいただいたらどうかしら。ちょうど上がって一息つくころに、部屋にお食事を用意するから」
「おっ、さっそく温泉ですか」
畳に寝っ転がっていたユウキは立ち上がって腰を伸ばした。そしてウキウキしながら荷物を探して下着の替えを用意する。
「着替えはこちらで用意するから、脱いだ上着はそのまま更衣室のカゴに入れておいて。洗濯もしておくので」
ミカは全員に伝えるように言い、一旦ユウキ達全員はそれを飲み込んだ。――が。
「……ちょっと待て」
アオイが何かに気づいたように声をあげる。
「どうしたんすか?」
固まるアオイにシーラが声をかけるが、アオイは汗をダラダラ流しながらミカに尋ねた。
「……お風呂って、一応男湯と女湯に別れてますよね?」
「……? そりゃあ、はい」
ミカはアオイの質問の意図がわからず当然のように答えるが、アオイはなおも固まった表情のまま言った。
「…………私、どっちに入ればいいんだ」




