12-3
「おらあああああ!!!」
ユウキは一足で思い切り踏み出すと、一瞬でラルダインの目の前に現れた。その速度はドラゴンであるラルダインの動体視力ですら追いつけず、明らかに先ほどまでのユウキのスピードとは一線を画していた。
「ガオオオオオオッ!!!」
ラルダインは反射的にユウキに爪を振り下ろすが、ユウキは持っていた剣をラルダインの爪に対して振り上げる。人間が持つ程度の剣などドラゴンの爪の前では無力なはず――が、ユウキの剣が砕けると共に、ラルダインの爪も砕かれていた。
「ガアッ!?」
人間の攻撃に爪が砕かれると思ってなかったラルダインであったが、怒りに任せてその折れた爪でそのままユウキを殴りつける。ユウキは致命傷にはならなかったが、躱すことができずに建物を数棟貫通しながらぶっ飛ばされる。
普通の人間であれば死んでいるダメージではあるが、ユウキはさも何もないように瓦礫を弾き飛ばして立ち上がった。その目は虚ろなものになっていたが、ラルダインを見据えることはやめなかった。
「うがあああああ!!!」
ユウキは叫ぶと、ダメージも何もないかのように動き、そしてラルダインの懐に潜り込む。そしてその腹部に強烈な拳をめり込ませると、ラルダインの身体が宙に浮いた。
「ガボボボッッッ!!!」
血を吐き飛ばされながらラルダインは何とか飛行体制を取り、ユウキから距離を取る。そして魔力を貯めて血混じりの火球を口から吐き出しユウキに攻撃をしかける。
しかしユウキは一切表情を崩さず、その場から消えるように火球を回避し、あまりの速さにラルダインはユウキを見失ってしまう。ユウキを探すために首をあちこちに振るが、次の瞬間に頭に衝撃を感じ、今度は地面に叩きつけられた。
「ガウガウッッッ!!!???」
地面に叩きつけられたラルダインが後ろを見ると、ユウキがラルダインの背後を取って、その後頭部にパンチを入れていたのだった。ラルダインは立ち上がろうとするが、ダメージは深く、足に力が入らない。
ユウキは地面に着地すると、ゆっくりとラルダインにむけて歩みを進めていく。その一歩一歩がラルダインの恐怖を誘発させた。壊れている自我はその恐怖に対し立ち向かう事を選択させず、ラルダインは逃走を図ろうとする。しかしラルダインの逃げ腰を感じ取ったユウキは迅速に行動し、一気に距離を詰めるとラルダインの尻尾を掴み、思いっきりぶん回した。
「うおおおおおっっっ!!!」
ユウキはそのままラルダインを近くの建物に投げつけ、ラルダインは建物をいくつも壊しながら飛ばされていく。そして先ほどのユウキはすぐに立ったが、ラルダインは立ち上がることもできずに、ぐったりと瓦礫の下に沈んでいた。
「はーっ……はーっ……はーっ……」
ユウキは息を切らしながらも、投げ飛ばしたラルダインの方へ足を向ける。先ほどからユウキの顔はずっと虚ろな表情が張り付いており、今もユウキの顔には何の感情を示すものが無かった。
「…………」
そして無言のまま一歩一歩前へ進む。それはユウキの覚悟を示しているのではなく、明らかに異常な事態がユウキの精神に起こっていた――。
× × ×
コニール達と別れたアオイはユウキを追いかけていた。嫌な予感がしたのは虫の知らせだけというわけではなかった。ユウキが事前の作戦通り引き離すことに集中するにしては、破壊音が断続的に続きすぎていた。
もしユウキがドラゴンの注意を引いているなら、もっと遠くまで逃げているか、破壊をできる限り避ける方向に行くであろうと想像がついていたが、破壊音はあまり遠くならず、かつ“戦闘のやりとり”が続いているかのような間隔だったからだ。シーラがこの根拠を聞けば舌を巻く推理力だった。その知恵が回ったのはユウキが関わっているからというのは無関係ではなかった。
――そしてその不安は的中していた。しかし事態はアオイの想像以上の方向に進んでいた。アオイがユウキの下に到着したときにはすでに破壊音は止まっていた。アオイは最初は最悪の事態を想定していたが、実際に見たものはその真逆だった。
「……ユ……ウキ?」
アオイの見たものは無残な姿で瓦礫に埋もれているドラゴンと、その上に黒焦げになりながらも立っているユウキの姿だった。アオイからしたらユウキの姿を見紛うはずがないのに、その声は不安で染められていた。――“それ”がユウキだという確証がなかったから。
アオイの声を聞いた“それ”はゆっくりとアオイの方に振り向く。その表情を見てアオイはさらに背筋を凍らせる。たしかに“それ”はユウキだった。しかし、その表情には生気が一切無く、アオイの事を見ているにも関わらず、ユウキには何も反応がなかった。そしてユウキはただアオイを視認したからだけ、という感じでアオイの方へ歩いていく。
「ユウキ……? 一体どうしたのユウキ!」
しかしユウキは一切反応せずただ歩くだけだった。その様子にユウキの身の心配よりも自分の身の危険を感じたアオイはその場から後ずさる。その行動がどれだけユウキの心にダメージを与えるかを理解したうえで、このままこの場にいるのは危険だという判断力の方が勝ったのだった。
「噓でしょ……! こんなことって……!」
本来倒せないとわかったうえで時間稼ぎをするはずだったドラゴンを、ユウキが倒してしまっている。そして作戦通りであれば周りにいるはずのトスキがいない事も、アオイの警戒心を高めていた。
「…………ユウキが“何か”をして倒したんだ。ただ、その何かの代償で、ユウキは正気を失ってる……!」
アオイは後ろに向かう足を止め、ユウキに面と向かって立ちむかう。なおもユウキはまるで幽霊のように“感情を感じさせない”足取りで、アオイの方へ向かってきていた。もしこれがアオイの下へ近づいたら何が起こるのか。アオイはその想像をして胃酸が喉までこみ上がってきていたが、それを強引に飲み込んだ。
「待っててユウキ……! 今度は私があなたを正気に戻す……!」
先ほどまでイサクに洗脳されていた自分をユウキは助けてくれた。自分を助けるために重傷を負ったことをアオイは知っている。なら今度は自分の番。なぜなら自分はユウキの相棒であり――自分も“異邦人狩り”だからだ。
「これが最後の戦い……! これでもう、悲しいことは全部終わらせる!」
アオイがその覚悟を決めた瞬間、ユウキは跳躍しアオイに襲い掛かる。今のユウキは目の前に映った何者かを自動的に襲う壊れた人形になっていた。アオイは地面に左手を地面に当てると、右手の前面から石畳の壁が出現する。しかしユウキはそれを全く気にせず、拳で石を砕く。
「ユウキ……!」
ユウキが正気ではないことはわかっていたが、いざ実際に攻撃をされるとアオイの胸に暗いものが落ちてくる。しかし悔やんでいる間はない。すぐにアオイは下がって距離を取ろうとする。ユウキはアオイが下がったのを見て、自動的にアオイを追いかけるように足を伸ばした。――アオイの罠があることを知らずに。
「かかった!」
ユウキが足を伸ばした先は、先ほどアオイが石畳の壁を出現させるために瞬間移動させた地面だった。つまりそこにはもう何もなく、陥没した穴となっており、ユウキは足を取られて体勢を崩す。
「私だってここまで戦ってきている……! 何も経験値を積んでるのはユウキだけじゃないってこと!」
アオイは今度は近くに生えていた街路樹を左手で触ると、ユウキが足を引っかけた穴に街路樹を瞬間移動させる。根っこがユウキの足に絡みつき、ユウキの動きを封じる。
「これで……!」
アオイが魔力を集中させた瞬間、ユウキが足に力を籠めると、絡まった根っこごと地面をひっくり返し、拘束を強引にぶち破った。
「マジ……! でたらめに強いのはわかってたけど、ここまで強かった!?」
急激なパワーアップを果たしているユウキに、アオイは戦慄していた。あのドラゴンを倒すことができたのも、これほどまでのパワーアップがあったからだろう。
「うがあああああ!!!」
ユウキは地面を思いっきり殴ると、石畳の破片が周囲に舞い、アオイに襲い掛かる。アオイは近くの建物の壁を触り、目の前に壁を作り出すが、破片をすべて防ぎきることができずに瓦礫が頭を掠めて出血する。
「いがっ……!」
アオイは頭頂部から血を流しながら、何とかユウキの攻撃を防ぎきる。そして目の前の壁を取り壊してユウキの様子を見ると、今の攻撃でユウキ自身の身体にダメージが重ねられていた。マントもボロボロになり、至る所から血が流れていた。
「まずい……!このままだと私なんかよりユウキの身体が危ない……!」
――ユウキが死んでしまう。そう思った時、アオイの中で何かが弾けた。ユウキは何かの方法で強くなったかもしれないが、アオイは自分がただ覚悟を決めただけで急激なレベルアップをするなんてことは一切期待していなかった。だがその覚悟はアオイの行動に非常に前向きな――そして死中求活の閃きを与えていた。
「……もう、ダラダラとしてられない。ユウキ……待ってて、今すぐに助ける!」




