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異邦人狩りーーユウキとアオイ  作者: グレファー
第12話 オレゴン領最終戦
45/120

12-1

 ラルダインは腕を振りかぶり、建物の屋上にいたユウキに腕を振り下ろす。ユウキはその場から跳躍し、避難経路から反対方向の建物の屋上へ着陸する。


「そうだ! こいよバケモン!」


 ユウキはラルダインを挑発しながら、町の奥へと逃げていく。町の人々が逃げている避難経路はここに来るまでに上から確認していた。本来であればできるだけ開けた場所にラルダインを誘導したいのだが、戦略の観点からそれができなかった。


 ラルダインは翼を羽ばたかせると空を飛び、上空からユウキを追いかける。ユウキも人間離れしたスピードで屋上を飛び移りながら移動するものの、ラルダインのスピードには敵わずすぐに追いつかれてしまう。


「くそっ……!」


 ユウキは振り向くと、そのままラルダインに向かって飛んでいく。その人間離れした跳躍力と、屋上にいることで稼げている高度のおかげで、ユウキはラルダインの鼻先まで飛ぶことができた。


「もう一回地面に寝てろ!」


 ユウキは剣をラルダインの眉間に叩きつけ、ラルダインはユウキの力にあらがうことができずに地面に落下する。――このように建物が密集している町中なら、ドラゴンに空を飛ばれてもユウキはドラゴンに近づくことができていた。しかし、この作戦には問題もあった。


「ゴガアアアア!!!」


 ラルダインは地面に叩きつけられはしたものの、さしたるダメージもなくすぐに立ち上がった。


「やばっ……!」


 ユウキは着地しようとするが、着地先が屋根の斜面になっており、上手く着地できずに体制を崩してしまう。ラルダインはその隙を見逃さず――というよりは何も考えずに一早くユウキへの攻撃への攻撃をしかけただけであった。しかしそれはユウキにとって何よりも痛い行動になっていた。


「がっ……!」


 ドラゴンの爪の直撃だけは剣で防いだユウキだったが、その威力までは殺すことはできずに、ラルダインが手を振りぬくと共にはるか後方までぶっ飛ばされていった。途中にある建物をいくつも突き破り、4軒ほど建物を貫通したあたりでようやく止まり、ユウキは建物の廊下に瓦礫まみれで天井を仰いでいた。


「ちくしょう……!痛いけど痛く“ねえ”……!」


 ユウキは身体にかぶさった瓦礫をどけながら立ち上がる。今の攻撃で骨折などはしておらず、壁を突き破りはしたものの目に見えて残る怪我はなかった。そしてこういった時は、多少のダメージはあれどすぐに痛みは無視できることも知っている。――そしてそれが自身の恐怖心の源であることも。


「やっぱだめだ……! 急いで作戦通りにしないと……!」


 町中で戦うことの難点はこれだった。ちゃんとした足場が確保できず、ユウキにはもちろん翼なんて生えていないため、着地先の足場が悪いと為すすべが無いことだった。


 ユウキは建物の外に出ると、ラルダインの注意を引くために大声で叫ぶ。


「おいどうした! 俺はまだピンピンしてるぞ!」


 今の一撃でユウキを仕留めたと思っていたラルダインは、立ち上がってきたユウキを見て驚愕していた。そして頭に血が昇ったのか避難する人たちを無視してユウキに向かっていく。ラルダインの火球をユウキは飛んで躱すと、今度は立ち向かおうとせずに必死に逃げ回っていた。


「くそっ……! 早く“例の場所”へ行かないと!」


× × ×


 トスキは町の外れにある教会で一人佇んでいた。女神イウーリアを奉る教会であり、この東大陸において全ての町に存在する。トスキが初めてこの世界に来た時、この教会からトスキの第二の人生が始まった。


 この世界に来たトスキが初めて出会った相棒がラルダインだった。出会った当初はまだ自分の頭の上に乗るくらいであったが、一緒に戦っていく間に瞬く間に成長していき、そして最後にはトスキを背に乗せて魔神と戦ったほどに大きくなっていった。


「ふふ……あれからもう40年以上か……私も……俺ももう歳をとったわけだ」


 トスキは傷口から流れる血をみながらつぶやいた。回復魔法を自分にかけてはいたものの、傷の治りが悪く出血が止まらなかった。老人ほど傷の治りが遅くなることは知っていたが、自分がそういう存在になったことに自嘲の笑いが漏れた。20歳の妻を娶ってはいるが、自分は65の老人だと、今身をもって実感させられたからだ。


 外で轟音が響き、次いで振動が教会の中に伝わってくる。その振動は何か巨大な質量が近くで着地したこと示していた。――あの異邦人狩りの少年が、作戦通りにラルダインを連れてきてくれた証だった。


「あと少し持ってくれよ俺の身体……! あとほんの少しでいい!」


 トスキは自分に言い聞かせるように叫び立ち上がる。もう身体はとうに限界を迎えている感じではあったが、あの少年のことを思うと、トスキは足に力が入るような気がした。


 不思議な感じではあった。トスキから見てもユウキはどこにでもいる、集団の中で落ちこぼれに属する感じのタイプであった。ただその少年がこの世界に来て、何らかの不具合か何かで力を与えられたに過ぎない。


 しかしユウキは自分やイサク、その他の異邦人とは違い、強固な自分の意思があるように思えた。だからこそ状況と雰囲気、そして目の前の欲に流されずに苦しみながら、這いずりながら前に進んでいるのだと。――なればこそ、あの若者が奮起しているのに、自分が膝をついていい理由はなかった。


× × ×


 作戦通り、トスキとラルダインの思い出の場である教会の前まできたユウキだが、全身が黒焦げになって、口から黒い煙を吐いて倒れていた。ここに来るまでに火球の直撃、そして爪による攻撃を防ぎはしたものの弾き飛ばされるのを3回ほど繰り返しており、すでにボロボロの状態になっていた。HPという概念が存在するため、死んでいなくても死を警戒しなくてはならないユウキにとって、ここまで消えていないのは僥倖としか言えなかった。――ただし普通の人間ならとっくに死んでいるということを無視すれば。


「なんとか……作戦通り繋いだぞ! あとは頼んだぞ……エロじじい……!」


 ユウキは教会にむけて何とか声を絞り出すと、教会の扉が開き、トスキが姿を現す。


「ラン……私だ……トスキだ」


 トスキは武器も持たず、手を両手に広げ無害であることを示しながらラルダインに近づいていく。ラルダインも自我は無いはずではあるが、トスキの姿を見て動揺した様子を見せた。


「君がここまで苦しんでいるのに、何もできずに済まなかった。……だけどもう、君を操るあの男はこの世にいない。もう大丈夫なんだ」


 ユウキは這いずって二人の場を邪魔しないように離れながら様子を見ていた。先ほどまで無我夢中に暴れていたドラゴンが大人しくなっているのを見て、この場所、そして二人の絆がどれだけのものか、ユウキは察することができた。


 ――だが気になることがあった。もしこの二人がそれだけ強い絆でつながっているなら、

自分とアオイの時みたいに、命令に逆らったりしなかったのだろうか? 自分とアオイが異邦人であることや、他人とは明らかに違うということを考慮にいれても、不安の方が大きかった。何より説得で済むのだったら、とっくに終わっているのだから。


「なんか……やばい……!」


 ユウキは近くの壁に掴まりながらなんとか立ち上がる。そもそもこの作戦がラルダインの最後の心の一かけらに賭けるというのも、ユウキは気に入らないものを感じた。恐らくシーラの影響を受けたのもあった。


「じいさん! あまり近づく……!」


 ユウキが叫んだ束の間、トスキの身体は宙に浮き、血を吐きながら飛ばされていった。――ラルダインの爪の攻撃が、トスキの身体に直撃していた。


「じいさん!!!」


 先ほどまで立つのもやっとだったはずのユウキだったが、この時ばかりは身体が反応し、トスキを受け止める。そしてその様子を見てユウキは青ざめた。――もう手遅れなのがユウキですらわかるほどだったから。


「じいさん……! 嘘だろ! おい!」


「がはっ……! がははっ……ははは……物語の主人公で無くなっては、こうなるか……」


 トスキは目の焦点があっておらず、虚ろな表情で天を見上げていた。ユウキはトスキの頭をできるだけ揺らさないようにしながら、意識を保たせるために声をかけ続ける。


「何言ってんだよ! しっかりしろよ! イサクがいなくなったら、また今度はあんたがこの町を治めるんだろ!? 何人もいる奥さんとかどうすんだよ!」


「がふっ……。ふふふ……いいよ。もう妻たちからも呆れられてるからな。イサクの事はきっかけにすぎない。もう私は、このオレゴンに不要な存在だったんだ……。それなりの引継ぎも、もうしたからな……」


「じゃあ……あんたの親の事はどうするんだよ! 俺はまだ、あんたからちゃんとした住所を聞いてないぞ!」


 そのユウキの言葉を聞いたトスキの目に少しだけ光が戻る。


「ああ……そうか……。君がなぜ“強い”のか、ようやくわかった気がする」


「……何!?」


 ――この子が前を向けている理由。それは生来の生真面目さから来る“義務感”によるものだろう。そしてそれが、ステータスの強さとは別の心の強さに繋がっている。その強さがあれば、道に迷うことはあっても足を止めることは無いはずだ。あの片割れのアオイとかいう少女を守るために、この子は正しく、前に進んでいく。


「……最後に君のような子に会えてよかった」


「最後って……! おいしっかりしてくれ!」


 トスキは自分の肩を抱いているユウキの腕をつかむと、か細い声で言った。


「私が住んでいたのは愛知県の岡崎市だ……。母親の名前は芽衣子。父親の名前は権三だ。……もし会えたら、私が元気だったことを伝えてやってくれ……」


「じいさん……!」


 ユウキは涙を流しながら頷いた。握っているトスキの手から生命が失われていくのが、感覚で分かってしまっていた。


「私は……向こうに帰るのだろうか? ……もし女神が……神様がいるならお願いします。もし私が死んでも……この世界で……妻たちが……家族がいるこの世界で……死なせて……」


 言い終わると、トスキの手から力が失われ、地面に落ちる。それを見てユウキは胃が荒れ狂う感覚を覚えた。だがここで本能通りにしてはいけないと、それを強引に飲み込む。だが涙だけは止めることができなかった。


 ――目の前で人が、知り合いが死ぬのを見て平静を保てるほど、ユウキはまだ”人”を失っていなかった。

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