11-3
ドラゴンを倒す――そう宣言したユウキに、コニール達は戸惑いと反対の姿勢を示した。
「何言ってるんすか!? いくら兄さんでもあれは無理ですって!」
シーラが珍しくユウキに対し否定の意思を示した。それほどまでにシーラから見ても、ドラゴンを相手にするということは無謀としか言えないことだった。
「ユウキ君……! 私はあのドラゴンじゃないにしろ、それに近い大型の魔物と戦った事がある……! だが今まで取った作戦はすべて密集隊形を取って、魔法で攻撃の後に一斉突撃だ。個人でどうこうして倒せる存在じゃないんだよ……!」
コニールもユウキを止めるために過去の経験を交えて話す。実際に経験したことがある分、コニールの訴えは切実だった。――それに数日前、コニールはユウキにかなり強い否定をされたことがあった。そのことが頭によぎり、不安の表情をユウキに向ける。
「……君が私に強い不信を抱いていることは、正直わかっている」
コニールはユウキに目を合わせることができないまま言葉をつづける。
「しかし、君を死にに行かせるわけにはいかない。頼む……こちらの手伝いをしてくれ……!」
コニールの懇願にユウキは落ち着いて首を横に振る。それは感情からの否定ではなく、論理的な根拠が自分の中にあっての否定だった。
「いや……だめです。コニールさんたちが避難誘導をする間、誰かがあのドラゴンを引きつけなきゃいけない。……そしてこの混乱状態の中、それができるのは俺しかいない」
ユウキはコニールの手を取る。急にユウキに手を握られたコニールは動揺してユウキにの顔を見る。そしてこの時コニールはようやくユウキの目をマトモに見ることができた。
「お願いです。今だけは俺を信じてください。……俺は命を懸けても、あのドラゴンを足止めして、避難経路を作り出してみせますから」
「ユウキ君……」
ユウキの目はヤケッぱちのものでも、無感情のものでもなかった。強い決意と――悲しい感情がその中に込められていた“異邦人”の暴走により、何よりも心を痛めているのはユウキだった。自分がもしイサクへの攻撃をもっと躊躇していたら、もしくはそうさせる前に早く決着をつけられていたら――思うことはいくらでもあった。
「……わかった」
コニールはユウキの手を振り払うと、町の方へ足を向ける。
「……頼む。君の力がないと、ドラゴンによる被害が増え続けるのも事実だ。私たちが全力で町の人たちを守る。……だから君は一切に気にせずに戦ってくれ」
「……はい!」
ユウキは力強く返事をすると、今度はシーラを見る。シーラはため息をついてユウキのみぞおちを叩いた。
「はぁ……頼みますよ。兄さん」
「なぁ……兄さんっていい加減やめないか?正直結構荷が重いっていうか……」
「やーですよ。これが私なりの兄さんたちへの信頼表現なんですから」
「はいはい……わかったよ」
「……じゃあ今だけ名前で呼びますよ。……頑張って、ユウキ」
シーラに名前を呼ばれたユウキは、その破壊力に硬直し照れてしまう。普段兄さん呼びのがさつな態度なのに、こういう時に女の子の面を見せられて反応に困ってしまっていた。ユウキが照れているのを見てシーラも照れてしまうが、二人とも自分たちの状況を再確認して、気を引き締める。
「……アオイ、俺行くよ」
ユウキは最後にアオイに向かって言う。他二人と違い、アオイは何も言わずユウキを送り出すように手を伸ばした。
「うん。……絶対帰ってきてよね」
「当然。一緒に向こうに帰るまで、絶対に離れやしない」
ユウキは手を伸ばすと、互いに力強く手を握った。不思議と握った手から力が溢れてくる間隔があり、その暖かさはユウキの心を強く満たした。
「少年……頼む、私を連れて行ってくれ。ランを止められるのは、私しかいない……! いや違う。私にランを止めさせてくれ……!」
ユウキ達の話が終わるのを待っていたトスキが、頃合いを見計らってユウキに声をかける。ユウキはトスキの提案に表情を変えず、その肩に手をまわして身体を起こしてやった。
「ああ、また少し揺れるけど耐えてくれよな」
「ありがとう……!」
ユウキはそのままトスキを背負ってやり、ドラゴンが暴れている方角を向いた。
「……こんな時になんだけどさ」
ユウキは出る直前にみんなに顔をむける。
「本当に……皆に会えたことは感謝してるんだ。俺……今まですごい迷惑かけちゃったけどさ。その……ありがとう」
「兄さん……」
シーラはユウキに対し潤んだ表情を少しだけ浮かべ、すぐに呆れる顔に変わった。
「今そんなこと話すと、帰ってきたとき恥ずかしさで死にたくなりますよ」
シリアスな雰囲気が一瞬にしてぶっ壊され、ユウキは腰を砕きながらヘナヘナとへたり込んでしまう。
「お前な……! ……ちょっと想像しちゃって今更恥ずかしくなってきただろうが……!」
「ぷっ……」
アオイがこらえ切れず笑ってしまう。
「く……くくく……」
次いでコニールもおかしくなって笑ってしまう。
「あ……あははは……あははは!」
「アッハッハッハ!」
そして最後にユウキとシーラも笑ってしまった。これから命を懸けに行く面々ではあったが、その緊張が彼方へ飛んで行ってしまった。――だがそれは結果的に全員の精神にプラスに繋がった。
「あー……うじうじ悩んでたのが少し馬鹿らしくなってしまった」
コニールは目を擦りながら言う。
「とにもかくにもやるっきゃない。……笑えんのは今だけでしょうからね」
シーラはドラゴンによる被害にあった地域に目を向けて言った。
「かならず“みんな”でまた旅に出よう。まだ行かなきゃいけないところはあるんだから」
アオイは全員に言い聞かせるように言った。その言葉に全員頷いて答えた。その様子を見て感慨深げにトスキはつぶやく。
「皆……強いのだな……」
ユウキ達の姿に50年前の自分を思い出していた。何も疑わず、前を進んで歩いていたころの。人々を救うと信じて魔神と戦っていたころの自分を。
「じゃあ……行ってくる!」
ユウキは力強く一歩を踏み出すと、屋根伝いに飛んで行ってドラゴンに向かっていった。
「じゃ、私たちも行こうか」
ユウキが向かっていったのを見送って、コニールが残った二人に対して言葉をかける。
「はい。お願いしますコニールさん」
「元とはいえ本職の騎士らしいところ、しっかり見せてよね」
アオイとシーラも覚悟を改め、町の中へと向かっていった――。
× × ×
山奥の温泉街で宿を営んでいるミカは、営業許可の申請のために城に来ていたが、手続きのために今日一日は町で待つことになり、町の中心の宿屋で泊まっていた。そこで異邦人と思われるアオイと出会ったと思ったら、なぜか町で別の異邦人が騒動を起こしているという話を聞くことになった。
そしてそのまま夜を過ごすと思ったら、今は何故か町全体が悲鳴に包まれており、ミカは寝間着のまま兵士の避難誘導に則って、町から離れようとしている。町の守り神として崇められていたドラゴンが何故か暴走しており、町を破壊しているとのことだった。
「何が起こってんのよ……!」
夜中に叩き起こされた形になったミカは目を擦りながら走って逃げている。少し前にある“知り合い”に出会い、今の事態が洒落ではない、本当の緊急事態ということを聞いていたため、その足取りは決して舐めたものではなく本気のものだった。
「このドラゴンの暴走も異邦人が関わっているの? ……じゃああのアオイって娘も、何かこの件に関わって……!」
そう考えたことでミカの足が止まり、今まで逃げてきた方角に少し目が向いた。――そして視線の片隅にあるものを捕えた。
「待って……あの子……!」
道端で3歳くらいの男の子が泣いて蹲っていた。どうやら避難の最中に親とはぐれてしまったらしい。
「そのままあちらこちらに行かないのは、頭がいいのか運がいいのか……!」
ミカは逃げ惑う群衆にぶつからないように、その子供に近づいていく。そして子供の目の前に立つと、手を伸ばして優しく声をかけた。
「ぼく……大丈夫? お母さんのところに連れて行ってあげるから、一緒に行こう?」
「お……お母さん……?」
子供は泣きじゃくりながら、お母さんという単語を聞いて少し落ち着いたのかミカに手を伸ばす。ミカはここで子供が人見知りして暴れださないことに、この子供の利口さを感じ取った。
「ええ、みんな今は避難しているから、お母さんもそこにいるよ。さ、お姉ちゃんと一緒に……」
「ドラゴンがこっちに来るぞぉぉぉ!!!」
叫び声が聞こえ、ミカはその声の方向を見ると、ドラゴンが火球を打ち出す準備をしてこちらに向かってきていた。
「やば……! ぼく! 捕まって!」
普段宿の仕事で重い荷物を持っているため、ミカの腕力人並み以上にあった。子供を急いで持ち上げると、一目散に逃げだそうと走り出す。何人かの兵士が逃げ惑う群衆に向かうドラゴンの気をそらすためにドラゴンに矢などの攻撃をしかけるが、一切効果が無かった。
そしてドラゴンが火球を打ち出そうと狙いを定め、ミカはその射線に自分がいることが直感でわかった。全身の肌が逆立ち、恐怖で汗が滝のように流れ出す。
「嘘……!? こんな……!」
――次の瞬間、ミカが想像した火球は飛んでこず、何か“黒い影”のようなものがドラゴンに対して飛んでいき、ドラゴンが大きくのけ反って地面に叩きつけられた。
「え!? 何!? 何が起こったの!?」
一連の流れを目で追っていたミカは、その“黒い影”が近くの建物の屋上に着地したのを見た。その影は黒いマントを羽織っているのか、それが影のように揺らめいており、黒い髪に黒いズボン、黒い靴と全身が真っ黒であり、一般的なファッションセンスで言えばナンセンスとも言えたが、この状況ではミカは全く別のモノを想像した。
「“死神”……?」
深夜の月明かりの下、黒いマントをたなびかせながらユウキは鋭い眼光でドラゴンを睨む。その異様な雰囲気はミカだけでなく、周囲の兵士たちにも威圧感を与えていた。
もう、迷いは無かった。ユウキはドラゴンに向けて拳を突き出すと、できるだけ周囲に聞こえるように――自分の覚悟を示すように、大声で叫んだ。
「ラルダイン! 俺が……相手だ!!!」




