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ヤードはスマートフォンを取り出すと、カメラをユウキに向ける。その間、ユウキは周囲を見渡した。マイルたちに襲撃され、多くの人たちがうめき声をあげながら倒れている。兵士やゴロツキだけでなく、混乱のさなかにケガを負ってしまった人たちもいる。
「……なんでこんなことができるんだ」
ユウキは俯きながらヤードに言い放つ。
「なに? こんなこと、だと?」
「あんたたちは罪悪感とか感じてないのか!? この人たちが何したっていうんだよ!」
「知らんな。……お前も“異邦人”みたいだが、お前は罪悪感を感じるとでも?」
「残念ながら、あんたたちとはちょっと違うみたいでね……!」
「ふむ……では、私たちは話し合いの余地があると言えないか? どうやら、お前は“チュートリアル”を受けてないんだろう?」
ヤードは話をつづけながらスマートフォンによる操作を続ける。ユウキはヤードの発したある言葉に引っ掛かりを覚え、ヤードに尋ねる。
「“チュートリアル”? なんだそのゲームみたいな言い方は……!」
「……ゲーム。そうだな、確かにゲームみたいなものだ。それはお前も肌で感じているのではないか? ……そして質問を戻そう。お前はそんなゲームの中で、罪悪感を感じるのか?」
「ふざけんなよ……! そんな現実感のないことを言って……!」
ユウキの言った“現実感”という言葉に、ヤードは目を見開いて顔を歪ませた。今まで知的な面を崩さなかったヤードの顔つきが、正気を失ったものに変わっていく。
「“現実感”ん!? そんなものあるわけないだろうが! ある日こんな世界に連れてこられて、こんな力を手にしてなぁ!!!」
ユウキは背後から突如熱を感じ、振り向いた。ユウキとヤードの会話を静観していたマイルが、ユウキに対して炎を射出していた。
「よそ見をするなぁ!!!」
ヤードは自分から目を離したユウキに対し、自分の周囲に水の球を出現させ、それをユウキにぶつけようとする。ユウキはその場から跳躍して前後からの攻撃を避ける。――だがユウキは気づいていなかった。ヤードが先ほどからスマートフォンの操作で何をしていたか。
ヤードの画面にはマイル――そして近くに潜んでいるもう一人の仲間、インチとのチャットの履歴が残されていた。“ここに誘い込め”と。
ユウキの足元から蔓が伸び、ユウキの身体に絡みついていく。インチの能力である“草木を支配する”力によるものだった。
「ユウキ!」
アオイは自分と同じように捕えられそうになったユウキに向かって叫ぶが、ユウキは不敵な笑みを浮かべてアオイにウインクを返す。
「おらぁ!!!」
ユウキは自分の身体に絡みつこうとしていた蔓を“力技”で強引にちぎっていった。その様子を見てマイルとヤードの二人は声を出すこともできず、先ほどのユウキの身体能力について考えさせられることになった。ヤードは再びスマートフォンを取り出し、ユウキをカメラに写す。今度は本当にユウキの情報を調べ始めた。
「名前は……”結城葵”……なに?」
先ほどのアオイの名前を出したときと、同じ名前が表示されていた。機械の故障を疑いマイルの方に名前を向けるが、“早坂透”と“正常”な名前が表示されていた。――つまりユウキもアオイも“結城葵”ということで間違いがない。そして“もう一つ”、ヤードは信じられない情報を見ていた。
「貴様“ら”……何者なんだ……!?」
「さぁ……何者なんだろうな。もう俺私も自分がなんなのかわからん。……だけど、一つだけはっきりわかることがある」
ユウキはヤードを睨みつけながら言った。
「お前らのようなクズ野郎は、絶対に許せないってことだ! 無関係な人たちを傷つけやがって!!!」
ユウキはその場から消えるように跳躍すると、元居た場所にマイルの出した炎がむなしく空振るように通り過ぎていった。今のヤードの会話の最中に不意打ちを狙っていたマイルだったが、無駄に終わったとみて今度は標的を変える。今この場でやるべきは一つ。あのユウキとかいう男ではなく、ほぼ無力化に成功しているアオイという女を狙う――。
が、そんなことを考えるまでもなく、マイルの意識は闇に吸い込まれていった。目で追えない速さで、ユウキがマイルの背後に回っており、マイルの後頭部にいつの間にか手に持っていた剣で一撃を入れていたのだった。
「早い……!」
ヤードが信じたくなかったもう一つの情報。それはユウキの“ステータス”が、自分たちの数倍――どころではない。カメラでの測定機能で全ての値が、最大値として表示されていたことだった。
ヤードは自身の周囲に待機させていた水球を操作し、大量の水蒸気を出現させる。
「煙幕!?」
ユウキは急いでヤードに近づこうとするが、間に合わず周囲に乳白色の濃霧が広がっていき、ヤードを見失ってしまう。
「異邦人狩り! お前の情報はこれで収集させてもらった! そのありえないステータスは気にはなるが、一度戻ってお前の情報を仲間に伝えさせてもらう!」
霧に紛れながらヤードはユウキに言った。ユウキは霧の中を何とか探そうとするが、1メートル先すら目視困難なほどの霧のために動くこともできずにいた。
「くそっ……! このままじゃ逃がしちまう……!」
「ユウキ!」
ユウキは急に名前を呼ばれビクッとするが、肩に置かれた手の感触から誰が声をかけたか直感し、安堵の声で言う。
「アオイ……無事だったか」
「あの炎を出すやつがやられてから、体の草が弱くなって抜け出すことができた。……多分あいつらは逃げようとしてるんだと思う」
「ああ、だけどこの霧じゃ……」
「姉さん! こっちです! 兄さんを飛ばしてください!」
突如女の子の声が広場に響き渡り、ユウキは不審がって周囲を見るが、アオイは微笑みながらユウキを左手で触った。
「なんだ今の!? ……兄さん!?」
「私たちの合流予定の相手だよ。飛ばすよ! ユウキ!」
アオイは右手をシーラの声がした方向に向けると、ユウキの姿が左手の先から消える。そしてユウキは瞬時にしてシーラがいた広場から路地裏に繋がる道へ――逃げようとしていたヤードの目の前に着地していた。
「なっ!?」
突如姿を現したユウキにヤードは硬直し、その隙にユウキは手に持っていた剣を振りかぶった。
「終わりだ!」
× × ×
霧が晴れていき、アオイは先ほどユウキを飛ばした箇所を見る。そこではユウキとシーラが一緒に立っており、ユウキの攻撃により気絶していたヤードが転がっていた。
「なんでこいつがここにいるってわかったんだ……?」
ユウキはヤードの逃げ道を塞いでいたシーラに尋ねる。
「そりゃあせっかく煙幕を張ったのに兄さん達の方へ突っ込むなんてないでしょう。だとすれば兄さん達の対角線上の逃げ道に行くわけで。私も隠れながら状況は見てましたから、すぐにピンときましたよ」
「そ……そうか……。あと兄さんってなんだよ」
「別にいいじゃないですか。信頼できそうな人だから、そう呼んでるだけですよ」
「う……うん……」
こういった扱いに慣れてないのかユウキは若干うろたえながら返事をする。そしてあと一人、敵がいたのを思い出した。
「あ、そうだ! 能力の数からしてあと一人いるはずなんだ!」
ユウキは周囲をくまなく探すが、すでに逃げてしまったのか気配すら感じさせなかった。そして騒動が落ち着いてきたのと同時に、増援の兵士たちがこちらに向かってきたのか、多くの足音が聞こえ始めていた。
「とりあえず一旦ここから離れましょう……! 目立ったら都合悪いのは姉さんたちも一緒でしょう?」
「そうだね……」
アオイはシーラの提案に頷き、路地裏への道を駆け出していく。シーラは足元をキョロキョロと探しており、その様子を見てユウキは声をかける。
「どうしたんだ?」
「あの……あいつらが持っていた変な板、あれ落ちてないかなって……」
「いや……もう無いと思うぞ」
ユウキは先ほど倒したマイルやヤードたちの方を指さす。シーラはその方向を見ると、彼らが少しずつ消えていっている姿が見えた。
「異邦人はやられると、あんな風に消えちまうんだ。あの光る板……スマートフォンも含めてな」
「あなたたちはいったい……!?」
「……俺たちもよくわからない。ただ俺たちの目的はただ一つ、故郷に帰ることだ」
ユウキもアオイを追いかけるように走り出す。マイルたちが消えていく姿、そして走っていくユウキたちの姿を見て、シーラは口元を隠した。――微笑んでいることを隠すために。
“あの人”が彼らを私の下に送った理由がわかった気がする。確かに彼ら――異邦人を調べれば、私の“目的”が叶うかもしれない。
× × ×
ユウキたちが立ち去ってからパンギア王国の兵士たちは救護活動を行っていた。その中には騒ぎを聞きつけてやってきたコニールもいた。
「それで……奴らは”異邦人狩り”と言ったんだな?」
コニールは顎に重傷を負っていた兵士に尋ね、兵士は頷いて答えた。マイルに顎を掴まれていた際、アオイに助けてもらっていた兵士であり、意識を失う直前にマイルたちの会話を聞いていたのだった。
「助かった。今はゆっくり休め。引継ぎはほかの兵士が行うから」
コニールは広場の惨状を見渡す。報告によると危害を加えていた異邦人は二人。そのたった二人に数十人の人間が太刀打ちできずにやられ、そしてその二人を倒したのは、異邦人狩りと呼ばれる黒髪の人物という事だった。
「異邦人狩り……”ユウキ・アオイ”か……。まずこいつを探すのが先決か」




