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異邦人狩りーーユウキとアオイ  作者: グレファー
第10話 剥き出しになる邪悪
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10-3

 トスキが初めて甲賀伊作――イサクと出会った時の印象は“大人しい子”であった。東大陸における異邦人の教育係に指名されていたトスキの下には何人もの異邦人が訪れ、シズクもそのうちの一人であった。


 イサクはその中では特に物覚えが悪かったが、トスキによく懐いており、トスキの昔話をよく聞きたがった。還暦を超え、すっかり歳を取ったトスキも孫息子のように離れているイサクには甘くなっており、イサクに親身に接していた。


 そう接しているうちにトスキはイサクが元の世界ではいじめを受けていたという話を聞く。トスキ自身、あまり元の世界には良い思い入れが無く、他の異邦人も多かれ少なかれ、同じような身の上であることを知っていた。


 そしてイサクに魔法の才能があることを見出したトスキは、自信をつけさせる目的も含め、イサクに魔法を教えていく。トスキも過去の魔物との戦いで魔法を覚えており、公の前で使うことはなかったが、並の魔法使い以上に魔法を使うことができた。


 だがイサクの才能はトスキ以上のもの――というより第4世代の異邦人としてのステータスが第2世代のイサクを遥かに上回っていた。あっという間にトスキ以上に魔法が使えるようになったイサクは、その時から歯車が狂い始めた。――そして自分の能力に気づいたとき、イサクの中で醸造されていた悪意は剥き出しになり、暴走を始めることになる。


× × ×


「……思えば、お前には色々なことを教えてきたが、”心”について教えてやったことは無かったな……。それは私のミスだった。だからこうなった」


 イサクの正面に立ち、トスキは後悔するように言った。逃げ場のない通路でイサクは囲まれてしまっていた。彼らはイサクの能力の影響を受けることは無かった者たちであり、トスキの失脚のために不遇を被っていた。


「俺とシーラがオレゴンに来たのは今日の昼だが、爺さんは早くにオレゴンに来ていた。そしてお前の能力を受けてない人たちに声をかけて、協力を募ってたんだ」


 ユウキは周囲の人を見渡しながら言う。


「こんだけ恨みを買えるのも凄いよな……。少しは遠慮しようとか、ちょっとはいいとこ見せようとか思わねえのかよ。そこの爺さんは下半身がろくでもないとはいえ、少なくとも領民のために働いてきたわけだろ?」


 ユウキの言葉に続いて周囲の者たちがイサクに恨みをぶちまけていく。


「お前のせいで仕事を失って……! 妻までお前に操られて……!」


「妹がお前に食い物にされてるのに、笑っているんだぞ……!」


「娘を返しておくれ! あの子は結婚が決まっていたのに、領主様に目をつけられたせいですべてを失って……!」


 イサクは何とか逃げ出そうと方法を探す。しかしユウキとトスキに前後を取られ、かつ片方を抜けたところで今度は人の壁を抜けるとなると、どうしても手順が必要だった。かといって異邦人狩りと真正面から戦ったところで、イサクが勝てるかどうかは非常に怪しかった。


「イサク……スマートフォンをこちらに渡せ。今ならまだ話し合いで済ませることができる」


 トスキはイサクに諭すように言う。


「逃げ場はないし、助けも来ない。こうやって協力者を集めたのは、お前の下に助けが来ないようにするためだ。……もうお前の能力に影響を受けたものはいない」


 周囲を見渡していたイサクはあるものを見つけ、トスキ達の“過ち”に気づく。


「……あ」


 イサクが何かを気づいた反応をし、トスキ達は瞬時に警戒した。ここまで囲んでいても、まだ油断できない相手であることは、身をもって知っていた。


「イサク……もうやめろ! 無駄な抵抗はよすんだ!」


 トスキの警告を無視し、イサクはスマートフォンを取り出す。しかしトスキはその行動も読んでおり、忠告するようにイサクに言う。


「無駄だ……お前の能力が、対象の女性の写真を撮って発動するものであることは知っている。そしてその射程は10m。今のこの場で写真を撮っても、操れる対象はいないし、その前にユウキ君がお前を止めるだろう」


 トスキの忠告にイサクににやついた顔を浮かべ、静かに答える。


「……ええ、そうですね。“今から”だと確かに写真を撮っても能力の起動はできないでしょう」


「イサク……!」


「……“今から”なら、ね」


「え……?」


 次の瞬間、トスキの目の前の景色が真っ赤に染まる。そして背中に冷たい感触を感じ、トスキは恐る恐る後ろを振り向く。トスキの異常事態に気づいたユウキも、その“ありえない事”が起きたことに動揺し、大声で叫んだ。


「爺さん! ……せ……背中が……!」


「なぜだ……能力は……!」


 トスキの背後から老婆がナイフでトスキの背中を刺していた。周りの人たちも何が起きたか理解できず、数秒経ってようやく老婆を止めようとするが、悲鳴がいくつも上がり始める。ユウキは自分の後ろにいる群衆からも悲鳴が上がり始めたのを見ると、数人いたイサクの能力の影響外と思われた女性が、周りの男たちに凶器を振り回していた。


「何……てめえ!?」


 ユウキはイサクに向かって叫ぶ。だがその顔を見てユウキは怯え竦んだ。――小太りでそこまで歳もいっておらず、見た目は出来の悪い小男であるはずのイサクの表情が、あまりに醜悪で邪悪なものだったからだ。


「……私はフェミニストでね。とは言ってもこの世界に来るまで女の人に相手にされたこともなかったが……。見た目で女性を区別したりしないんだよ。お前たちは私の能力を大変に誤解していたな。私の能力は確かに好感度を操る能力だが……男に効かないだけで、細かい微調整は充分に効くんだよ」


 群衆の間でパニックが起き始め、乱闘が起こり始める。


「辞めろ!どうしたんだ!?」


 暴れている女性を男が身体を押さえつけ地面に倒すが、別の男がその様子を見て文句を言う。


「おい! お前俺の母さんに何をしてるんだ!」


「何って! 暴れてるから押さえつけてるだけだろう!」


「母さんは腰を悪くしてるのに、そんなことしたら……! 離せよ!」


 押さえつけられている女の息子が、押さえつけている男を蹴り飛ばし、母を助ける。蹴り飛ばされた男は、怒りながらその息子に詰め寄る。


「お前何してるかわかってるのか!? そんなことしたら……!」


 拘束が外された女は、身体が自由になった途端、今度は別の男を襲い始めた。


「母さん!?」


 息子は母親を止めようとするが、先ほど蹴り飛ばした男が、息子の肩をつかむ。


「お前は離れてろ!」


「何が離れてろだ!」


 そして今度は男二人で取っ組み合いが起こる。――このようなパニックによる諍いが多数起こり、場の状況が混沌としてしまっていた。


「貴様たちが私の能力にしていた勘違い。それは私が愛人以外に能力を使っていなかったと思い込んでいたこと。……違う。もうオレゴンの城下町にいる女性全員に能力は使用していたのだよ。そしてもう一つの勘違い」


 イサクは混乱に乗じて姿を消そうとするが、ユウキはそれを追いかけようとする。――しかしある光景を見てその動きが止まってしまう。


「うがああああああ!!! 死ねえええええ!!!」


「お前が死ねええええ!!! このブタがあああ!!!」


 女性同士が取っ組み合いを起こして互いに殴り合っていた。イサクへの好意を調整する能力なら、本来ありえないものであった。


「私の能力は、一度影響下に置いてしまえば100も0も-100も距離を選ばす自由にいつでも操作できる。……ちなみにマイナスに振り切らせた場合、私以外の見える他者全てに殺意を抱いて暴走することがある。……それが何を意味するかわかるか?」


 ユウキはしばし考え、そして起こるであろう最悪の事態が頭に浮かび、逼迫した状況だということを理解した。


「しまった……! アオイ!」


 ユウキはすぐイサクを止めようと探すが、混乱した状況が酷すぎて判別が不可能になっていた。そしてすぐに駆けだそうとするが、ユウキのマントの袖を何か掴んで動きを止める。


「ま……待て……」


「爺さん……!」


 背中を刺されたトスキはイサクを追おうとするユウキを止める。


「このまま追っても……おそらく逃げ切られる……。それに今のやつの能力の説明からして、町でも大混乱が起きている……。町に逃げ切られたら、最早追う術はない……」


「じゃあどうしろって! 急がないと、アオイの身の方が危険だ! あいつはアオイを人質に使ったんだ! 自分を追えば、アオイは助からないぞって!」


「少年! 話を聞け!」


 トスキは声を震わせながらも、力強い口調でユウキ言った。その迫力にユウキはたじろぐが、トスキは口から血を吐いてしまう。背中の傷は軽いものではなく、また以前に負った傷が開き始めていた。


「歳は取りたくないな……明らかに傷の治りが悪くなっている……! 少年、私を背負ってくれないか……。これからイサクを共に追う」


「爺さん……あんた……!」


 ユウキは周囲を見渡し混乱の最中に犠牲は増え続けているが、目を瞑ってあえて目の前に起こっていることを頭の隅に追いやった。そしてトスキの背中に刺さっているナイフを抜き、トスキの上着を脱がせると、急いで傷口をきつく縛る。トスキも回復魔法が使えることもあり、揺らしても出血がひどくならない程度の応急処置をすることができた。


「行くぞ……爺さん!揺れるけど、我慢してくれよな!」


 ユウキはぶち破ると、そこから飛び出して上へ向かっていく。


× × ×


「しまった……! ギフト能力ってやつの応用性について、もう少し考慮しておくんだった……!」


 町中の女性が暴れだし、混乱が起こる中シーラはコニールとケイリンと共に城へ駆け出していた。シーラの作戦はユウキが敵の目を引き付けている間に、隠れ家に潜んでいるコニール達を呼び、時間を合わせて強襲をかけるというものだった。


 下手にコニールやケイリンを町に居させてしまうと、イサクの能力の餌食になってしまう可能性があったため、リスクを必要最低限に抑えるためのものだった。しかし、イサクがここまでやるとは想像していなかった。


「……パンギア城下町でもそうだったが、異邦人は罪悪感というものが欠如している。ここまでやるのか……!」


 コニールはパニックが起こっている町中を見て絶句していた。特にユウキを抑えるために女兵士が町中に多くいたこともあり、そのそれぞれが暴走を起こしてしまっていた。


「くそっ……! ケイリンさんは先に病院に戻ってください! 恐らくこれから怪我人がいっぱい運ばれてくるでしょう! 城は私とコニールだけでなんとかします!」


「わかったわシーラちゃん。……父さんのこと、よろしく頼むわよ。治療してて思ったけど、もう無理をできる年齢じゃないから」


「……わかりましたよ。兄さんと一緒にいるんだ。あの人が何とかしてくれるでしょうよ」


 ケイリンは手を振って離れ、病院に向かっていく。そしてシーラ達はそれを見届けると、改めて城に走っていった。


「あのクソデブを始末してこの混乱は収まるのか……? なんにしてもまずは兄さんがアイツを止めてくれることを期待しないと……!」


「そうだな。彼がイサクを倒せば少なくとも能力は…………え?」


「どうしたの?」


 コニールが空を見上げ動きを止めてしまい、シーラはその様子に何か不穏なものを覚え空を見上げる。深夜ではあるものの、先ほどまでユウキを捕えるための動きがあったためか街の灯りが普段より灯されており、空から向かってくる“それ”を見ることができた。


「ちくしょう……もう時間がない……!兄さん早く……!」


  “ドラゴン”とは災厄の象徴である。ここオレゴン領では古くからトスキとの親交もあり、ドラゴンは守護の象徴として見られてきたが、今シーラとコニールの目に映る“それ”は――グングリスドラゴンは、まさしく災厄そのものであった――。

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