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シーラ達との作戦会議が終わってから、ユウキはトスキと共にしばらく寝室で安静することになった。ケイリンがユウキの治療を手加減していたのもあったが、重傷であったこともまた事実であり、結局最終的にはユウキの戦闘力に頼らざる得ない計画でもあるため、作戦決行までに完治させる必要があった。
「なあ爺さん」
「なんだね?」
4日間は安静にする必要があったため、暇を持て余したユウキはトスキに尋ねた。
「こっちに来て50年って言ってたけど、帰りたいとは思わなかったのか? 帰る方法を探したりとかは?」
ユウキの質問にトスキはしばらく黙ってしまった。それは間を図っているというものではなく、明らかに答えに困っているものであった。そしてしばらくしてかたトスキは逆にユウキに尋ねる。
「君は……帰りたいのかね? 向こうの世界に……その」
トスキはあえて『その力を失ってもいいのか?』という最後の言葉を省略した。ユウキもその意を汲んで質問に答える。
「……わからない。でも帰らなきゃ“いけない”んだ」
ユウキは悩みながらトスキの質問に答えた。その悩んでいる様を見て、トスキはユウキに感心した。今の自分が与えられた力に依るものだということは充分に理解している。そして理解した上で、ユウキは一線を保ち続けていた。――それは自分にはできなかったことだった。
「…………私は、もう帰りたくない。こっちに長く居すぎた。向こうにはもう私を知っている人間はいないだろうし、家族も大勢こちらにいる。……それに君の指摘通り、私は最初から帰ろうと全く考えなかった。こちらでの生活が……心地よすぎたんだ」
50年前のエルミナ・ルナにおいて、トスキの持っていた知識は圧倒的に進んだものであり、与えられたステータスも当時においては他に並ぶ者がいないものだった。
そしてその知識を持ってオレゴンに革新をもたらし、ステータスをもって魔物を倒し、恵まれた良縁を持って愛すべき女性と、生涯の相棒となるドラゴンと出会った。
――幸せであった。トスキはその幸福に全く疑問すら感じずにただ享受し続けてきた。それが崩れたのが数年前から現れ始めた第三世代の異邦人の台頭からであり、その時初めて自分の立場が与えられただけの、仕組まれたものだと知った。
そしてそれを知ってから動き出すには最早齢を取りすぎていた――のは言い訳にすぎないともわかっていた。自分はそこまで強い人間じゃない。おそらくユウキと同じ年齢の時に知ったとしても、動き出さなかっただろう。そしてただこの”ズル”がもたらす快楽におぼれていただろうと。
だからこそトスキにとってユウキは非常に異質な存在であった。異邦人の中でも特に卓越した力を与えられたにも関わらず、その力に悩み続けながら、足は前を向いているのだから。
「……だから、君の望む帰り方は私にはわからない。すまない」
「そうか……」
謝るトスキにユウキは感情を一切出さずに答える。ここでがっかりする様子を見せるのも悪い気がしたからだ。
「……あ、じゃあ一つだけ教えてくれ」
「なんだね?」
「あんたの……島内俊樹が住んでいた場所はどこだった? 正確な住所は思い出せなくても、県と市名くらいは言えるだろ?」
「なんのためだ……?」
「……あんたの親が生きてたら今いくつだ? 85? 90? 亡くなってる可能性は高いけどまだ生きてる可能性だって充分にある。……あんたが元気にやってるって、伝えるくらいしてやったほうがいいだろ? ……俺は帰るつもりだからな」
ユウキの答えにトスキはハッとさせられ、そして急に胸が苦しくなった。今まで思い出しもしなかった両親の顔が思い出され、そして50年前の日々が頭をめぐり始める。
「あ……ああ……」
トスキは顔をそらし、そして会話を終わらしてしまった。ユウキもそれ以上は話を続けなかった。
× × ×
ユウキに自分の居場所がバレたイサクは、ユウキの剣の切っ先が自分に向かうまでに、様々な思考が駆け巡った。
なぜ異邦人狩りは庁舎に立て籠もり、そしてそれをトスキが連絡してきたのか。それはこの持久戦の状況を作り出すために他ならなかった。トスキはあの電話の中で、隙をついて襲う他、わざわざ“安眠”という単語を差し込んだ。――イサクが異邦人狩りへの対応に、休憩・睡眠を妨害すればいずれ音を上げるという発想をさせるために。
インジャがこのタイミングで部屋に来た理由、そして窓を開けた理由は? それが異邦人狩りへの“合図”だったからだ。インジャはスパイであり、イサクに取り込むと見せかけて、異邦人狩りにイサクの場所を送っていたのだった。
そしてそこまでした理由、それは今のこの状況が明らかに示していた。イサクはグングリスドラゴン――ラルダインを呼ぶことすらできず、異邦人狩りとの1対1を強いられる結果になった。普段ラルダインを城に常駐させるわけにもいかないため、付近の山にラルダインの住処が用意されていた。今から呼んでもここに来るまで10分近くはかかってしまう。そして何よりもまず目の前の剣撃を躱さなくてはいけなかった。
「うおおおおおお!!!」
ユウキがイサクに対し剣を振り下ろす瞬間、イサクは自分の目の前に手を当て、目隠しをした。イサクが魔法を使えることは、先のイサクとの戦いと、トスキからの情報で知っていた。しかしこの状況では仮にダメージを与える魔法を使ったところで、ユウキが痛みを無視して振り下ろせば済む話であった。それにユウキにダメージを与えるほどの魔法を放つには、どうしたって“タメ”の時間が必要になる。
「……“ブライトニング”」
そうイサクは唱えた瞬間、眩い閃光がユウキの目の前に広がる。急な光にユウキの目は潰され、剣の狙いがそれてイサクに当たらずに地面にぶつかってしまう。
「がっ……! そんな避け方が……!」
イサクが放った閃光魔法は、魔力を貯める間も無かったため、それほど強い光でもなく、普通ならちょっと怯むかどうかも怪しいものだった。しかし今は夜であり、ユウキは先ほどまで暗がりの中に長時間いたことが災いした。暗闇に目が慣れており、急な閃光に目が対応できなかったのだった。
ユウキが怯んでいる内にイサクは部屋を出る。武器は部屋の中にあったが、あの状況でユウキを避けて武器を取りに行く間はなく、今は逃げることが先決だった。ユウキもすぐに怯みから復活すると、イサクを追いかける。
「逃がすかよ!」
ユウキがイサクより遅れて部屋を出たのは時間にして5秒もなかった。いくら夜で城内が薄暗がりだとしても、足音で余裕でイサクがどこに逃げているか追跡できる。
「誰か! 誰か護衛はいないのか!」
イサクは叫んで護衛を呼ぼうとするが、誰も出てこない。確かにさきほどまで庁舎に立て籠もっていた異邦人狩りの包囲のために人員を割いてはいたものの、まだそれなりの人員は城に待機しているはずだった。しかしなぜか一人も出てこない。
「誰か! アキ! クリス! メイエール! いるはずだろう!」
イサクは城内に配置していたはずの自分の配下の女兵士の名前を呼ぶが、一向に返事はなかった。そうしているうちにユウキはイサクに追いつき、イサクは冷や汗を流しながらユウキに振り向く。そしてユウキのほくそ笑む顔を見て、これが仕組まれたものだと直感した。
「貴様……!」
「ああ、そうだよ。うちの知能担当がそこら辺上手く考えてくれてな。異邦人じゃなくたって、知性で上回ってやるって息巻いてたよ。……よっぽどあの爺さんのことが嫌いだったんだな……。俺は好きだけどなあ……異世界転生ものってやつ」
「何をしたんだ!」
「簡単だよ。今この城にお前の味方はいない」
城の明かりが一斉に付き、廊下が照らされるとイサクは自身の状況をようやく理解した。
「なんだと……!?」
イサクの進行方向および、ユウキの後ろに大勢の人間がおり、イサクを包囲していた。その面々をよく見ると大半が男か、もしくは年老いた女性であり、それぞれがイサクに対し恨みの目線を向けていた。
「お前の能力で操られていない人たち、そしてお前の能力で女性を人質に取られている人たちだ。……この4日間で説得に回らせてもらったよ。……“前領主”様がな」
ユウキの言葉を受けイサクは集団の中から“ある人物”を探した。――そしてすぐ見つけることができた。なぜならその顔は常に見てきたからだった。
「トスキ……お前か……!」
「イサク……決着をつけよう」




