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「私の話を……断る……だと!?」
アオイへの求婚を断られたイサクは額に青筋を立てながら言う。
「なぜ私の言うことを聞こうとしない!? 好感度の設定が低くなっているのか!?」
イサクはスマートフォンを取り出すと、アオイの好感度設定を確認する。――変わらずにアオイからの好感度は最大であった。
「どういうことだ……!?」
「失礼します!」
ドアが急に開かれると女兵士が血相を変えて部屋に入ってくる。不機嫌なイサクはつい
女兵士に手が出そうになるが、アオイが見ていることを思い出しグッと堪えた。
「どうした!」
「それが……あの手配に書かれておりました“異邦人狩り”が、城下町のど真ん中に現れました!」
「ユウキが!?」
「なに!? 先日にあれだけ痛めつけたはずだろう!?」
イサクは女兵士に連れられ部屋を出ていこうとする。アオイもそれについていこうとするが、イサクはアオイを制止して椅子に座らせた。
「アオイ。君はこの部屋にいるんだ。わかったな」
「でもユウキが……!」
「私をそんなに困らせたいのか!」
イサクが怒鳴り散らすようにアオイに言ってしまい、アオイは怯えて椅子に座る。そしてアオイの表情を見てイサクは自分の動揺にようやく気付き、少し呼吸を整えてからアオイに優しく声をかけた。
「……君をケガさせたくないんだ。もしかすると戦闘になるかもしれない。だから大人しくここにいてくれないか」
「……わかりました」
アオイが小さく頷くと、イサクは部屋から出ていく。そして女兵士に案内され、イサクは城の廊下を駆け足で進んでいく。だがその際にもイサクは自分の能力のことを考えていた。
(今まで僕の好感度操作で言うことを聞かなかった相手はいなかった……! それこそ子供やババア、新婚の人妻だって僕にメロメロになっていた……! ではなぜ、アオイの奴は僕の言う通りにならず、ユウキとかいうやつのために僕のプロポーズを断った……!?)
イサクは自身への能力の疑問を考えるが、これはイサクの自分の能力への不理解がある面が強かった。自分の欲望を満たしてしまえばそれでお終いであり、苦戦も何もしてこなかったために、自身の能力の限界についてテストをしたこともなかった。
(まぁいい。……いざとなれば“最終手段”もあるからな)
× × ×
城下町が慌ただしく騒がしい中、ユウキは町の中央にある庁舎の屋上に立て籠もり、城を睨みつけていた。城までの距離は数km離れていたが、屋上には遮るものは何もなく、城からでもユウキの姿は確認できていた。――というよりもユウキはそれを計算してこの場所で陣取っていた。
「俺がここにいる事を知れば、あいつは絶対に俺を確認するために現れる。……シーラがそう言ってたからだけど」
ユウキは一人つぶやく。現在ユウキは一人であり、一緒に町に入ったシーラとは別行動を取っていた。屋上には買い込んだ食料や水が1週間分以上はあり、雨が降った時用の天幕も用意してあった。
「あとは時が来るまでここにいろって事だったけど……本当にそれで大丈夫なのか……?」
ユウキは疑問を口にしながら籠城の準備を進めていたが、城の屋上での動きを目が捕らえ、そちらの方を向く。かなりの距離があるため点でしか見えないが、今のユウキにはそれでも見分けがつくほどの視力が備わっていた。
「来たな……変態野郎」
× × ×
「なんだ……? あいつはあそこで何をするつもりなんだ?」
イサクは望遠鏡を片手にユウキがいる庁舎の屋上を見ていた。ユウキの方も気づいたのか、明確にイサクに対して目を合わせており、中指を立てて挑発をしていた。
イサクはこれからあのユウキに対し取れる手段を考えてみた。
――まず兵士を向かわせてユウキを倒すのは却下だった。先のパンギア城での兵士相手の大立ち回りを、イサクはインジャを通して聞いていた。それに異邦人キラーであったシズクを倒せるほどの力を持つ異邦人に、雑兵をぶつけたところで何の意味もないのは明らかだった。
――イサクが直接向かいユウキと戦う。これも却下だった。イサクのリスクが大きすぎるうえ、ユウキの力の一端はイサク自身も体験している。異邦人がステータスによる恩恵で強大な力を発揮するのはイサク自身もよくわかっているが、それを加味してもユウキの力は異常だった。
――ドラゴンを向かわせてユウキを仕留める。これも難しい。あの町中でドラゴンが暴れれば間違いなく被害が出る。それはトスキから領主の座を奪ったイサクとしてはできるだけ避けるべきことだった。せっかく自分の欲望が満たせる楽園を作り出せそうなのに、それをフイにして1から作り直すのは面倒にもほどがあった。それにドラゴンを向かわせれば、その隙をついてどこかに潜んでいるであろうトスキが強襲してくる可能性がある。
「なるほど……敵にとても頭のいい奴がいるんだな……!」
イサクは歯ぎしりをしてユウキを睨みつける。あそこにユウキがいることで、イサクの取れる行動が大幅に制限されることになってしまっていた。いっそ城に来てくれれば、グングリスドラゴンの力を用いて今度こそ殺せるにも関わらず。
『~~~♪~~~♪』
電子音が鳴り、聞きなれない音を聞いた周りの護衛達は腰を浮かして周囲を見る。そんな中、イサクは落ち着いて自分の懐からスマートフォンを取り出した。そして通話着信が来ており、その名前を見てイサクは鼻で笑いながらその着信を取る。
「……貴様か、トスキ」
『ああ、私だよ。どうだ、私たちの作戦というやつは。お前は私の下で学んでいた時も、頭がひどく悪かったな』
「出来の悪い弟子で申し訳なかったね。……おかげで私に同情してくれたあんたの娘たちに色々教えてもらうことができたが“昭和”の古臭い男は、今時の若者たちの気持ちがわからないって事だな」
『そうかもしれないな……。少なくとも、娘たちは私を嫌っていたからな』
「……嫌われてる理由は絶対それだけじゃないと思うが。で、貴様の目的はなんだ?」
『なに。あそこに少年がいることでお前も気が休まらなくなるだろう? お前の安眠を妨害して体力を低下させれば、そのギフト能力にも粗が出てくると思ってな』
トスキの言葉を受けイサクは考える。確かに集中力を欠いた状態で能力を使用したことはなかった。睡眠を取っても能力が消えることはなかったため、よっぽどの事がなければ能力が切れてしまうことはないとは思っていたが、イサク自身がそこまで自分を追い込んだことがないため、未知の領域ではあった。――しかし。
「……いや、問題ないな。今日も私は安眠させてもらうよ。……ああ、貴様の4人目の奥さん“だった”、エレクシアと今日は一緒に寝かせてもらおうかな。彼女も私によく優しくしてくれるからな」
『……そうか。余計なお世話だったな。また今度会おうじゃないか』
「ああ、早く会える日を楽しみにしてますよ」
トスキは通話を切ると、スマートフォンを服にしまう。トスキが電話で話していた様子を見て、周囲の護衛達は唖然としていたが、トスキは彼女らの尻をはたくように急かした。
「ほら君たち! さっさと動かないか! あの異邦人狩りは屋上に立て籠もるつもりだろうが、あくまで一人でしかない! 定期的に嫌がらせを続け、異邦人狩りの体力をわずかでもいいから削っていくんだ!」
「は……はい!」
トスキは望遠鏡で再びユウキの方を見る。
「くくく……異邦人狩り。お前はそこにいることで何か機会を伺おうとしてるのかもしれないが、お前の仲間たちはお前のように動けるかな? お前は一人で一体いつまでそこにいれるつもりだ……!?」
トスキが取った作戦は短期的な持久戦だった。確かに戦いになれば兵士はユウキには絶対に敵わないが、睡眠を妨害するために嫌がらせはユウキの手の届かないところから行うことができる。そして1日も経てばいくらステータスに体力の上昇があれど、人間はまともに行動することはできない。そうしてユウキがたまらずに行動を移せば、町の被害が出ないところまで誘導し、ドラゴンと一緒にユウキを仕留めることができる。
「逆に決着を急いでこの城に来てくれればそれはそれでありがたい。なぜなら私はドラゴンが……ラルダインがいなくとも、ステータスでトスキも奴の仲間も圧倒できるのだから」
イサクは自分の完璧な作戦につい独り言で呟いてしまっていた。しかしそれを咎める者は周りにはいない。全員能力でイサクは惚れ込んだ女性であり、イサクを否定することはありえないのだから。
× × ×
「……これでいいのかね」
町はずれの森の中で、トスキがスマートフォンをしまいながら言う。そして隣にいたシーラがOKサインを出して笑顔でトスキに言った。
「ええ。バッチグー。あのバカ変態野郎は笑顔で持久戦を選ぶでしょうよ」
「なんというか……よくもまあここまで悪どい作戦を立てられるものだ」
トスキがシーラに言うと、シーラは嫌味たらしくトスキに言う。
「こっちの世界より遥かに発展した向こうの知識を使って、老人になるまでやりたい放題やってきたクソジジイほど悪党じゃないわよ私は」
トスキはシーラの態度に苦笑いするしかなかった。あの異邦人狩りの少年も難しい面があったが、この少女の捻くれ方も相当だと。
「言っとくけど、私はアンタみたいなクソ野郎は一切信用する気はない。ただ姉さんを救い出すためにも、あんたがバカ変態野郎と繋がりがある点は何としても利用しなきゃいけない」
「ああ、構わないよ」
散々な言われ方ではあるが、トスキは不思議と怒りを感じなかった。明け透けな態度を隠そうとしない一本気が気に入ったのもあるが、多分自分が年を取って手のかかる孫娘みたいな感覚でシーラを見ているのがあるかもしれなかった。
「じゃあ行くわよ。これから兄さんは追い詰められていくだろうけど、私たちが1秒でも早く動けば、それだけ兄さんの負担は減る」
シーラは森の奥へと歩いていく。そして木々に隠れて町が見えなくなる前にもう一度だけ振り向いた。
「……兄さんなら、やれる。あの人は“私と違う”から」




