9-3
――オレゴン中央病院。ここはオレゴン城下町でも最大規模を誇る病院であり、町の人たちだけでなく、城の兵士が優先して使用する認可を受けた病院だった。
そしてユウキとシーラはなるべく他の人間と顔を合わせないように病院に入っていき、入院患者がいる棟へと入っていく。この病院にはケイリンが勤めており、あらかじめ目的の“人物”がいることは確認が取れていた。――そして、その人物が個室を与えられているほどの待遇を受けていることも。
そして目的の人物がいる病室にたどり着いた二人は、ノックをしてドアを開ける。そして目的の人物は入ってきたのがユウキ達とは気づかず、呑気に返事を返した。
「おう、なんだ。飯ならさっき食った……っててめえらは!?」
その目的の人物――インジャはユウキ達の顔を見て声をあげて驚くが、シーラは急いで病室の扉を閉めた。部屋にはインジャの部下が3人ほどいたものの、ユウキに顔を見て萎縮してしまっていた。先の戦いでユウキがインジャを圧倒する様子を見ており、敵わないとわかっていたからだった。
「よう、また会ったな」
ユウキはサングラスを取ると、近くの机に置いた。普段かけてない眼鏡をかけてたこともあり、耳の縁が痒くて仕方なかった。
「……何の用だ」
インジャは不満を隠さずに言うが、何もできないこともわかっていた。4日前にユウキと戦った時のダメージがまだ残っており入院中であり、仮に人を呼んだところで何の意味もないからだった。
「……あんたがパンギア王に雇われて俺を追ってきたことは知っている。そしてオレゴンを治めるイサクに協力を要請して俺を待ち伏せしていたことも。……それを承知で頼みがある。」
× × ×
――3日前。アオイが攫われて翌日の朝、ユウキは寝室の床で突っ伏していた。
「が……くそっ……!」
「……やはり“完治させない”のが正解だったか」
ユウキが地面に倒れる音を聞いて寝室に駆け付けたコニールが、ユウキに肩を貸しベッドに寝かす。隠れ家の寝室にベッドは2つしかなかったため、怪我人であるユウキとトスキをベッドに寝かし、女性3人はリビングで雑魚寝をしていたのだった。
「もし怪我が治っていれば、君は一人でもアオイ君を助けに行っただろうからね。ケイリンさんに君の治療を途中で止めてもらうように話をしていたんだ」
「なんで……!」
「一人で行ったところで返り討ちにあうのが関の山だからだ」
同室での騒ぎで起こされたトスキが目を擦りながら言う。
「昨日見た君の“ステータス”。確かにほかに並ぶものがいない程の性能だったが、だからと言ってランに勝てるわけではない。……ドラゴンに一人で敵うなんて、人間の限界を大きく超えてしまっているからだ」
異邦人にのみ与えられる“ステータス”。それはHP・MP・筋力・体力・敏捷・魔力の6つが存在し、その値の上昇には”レベル”が関わっていた。ただしこのレベルは訓練などで上がるものではなく、異邦人としての経験値や報酬をもらうことで上げることができるものだった。
そしてユウキはMPと魔力を除くステータスが全て最大値になっており、その力の恩恵を受けて、ここまで戦い抜いていく事ができていた。――しかし、このステータスには落とし穴があった。
「……確かに岩を砕き、10m以上跳躍し、ドラゴンに轢かれても生きている人間は“そうは”いない。……だが、探せばこの世界ではそれぞれいるものなのだよ。この世界では」
「どういうことだよ……!」
「つまり少年、君の強さは確かに規格外だが、あくまで“規格外程度”だということだ。それだけではランには敵わない。一人で向かったところで……イサクのレベルの肥やしになるだけだ」
トスキからの説明を受け、ユウキは黙ってしまった。その説明に反論のしようがなかったし、現に身体の骨が数本折られて動けないのは事実だったからだ。
「……わかったよ」
ユウキは顔を上げてトスキへと言う。
「ただいい加減怪我を完全に治してくれ。さっき床にぶつかったせいで、骨がまたきしんで痛いんだよ……」
× × ×
そして現在、作戦を練ってインジャの病室へと来ていた。インジャと話しながらも落ち着いているユウキを見て、シーラは素直に感心していた。我の強さというか、どうもコミュニケーション能力に若干――どころか結構な難があるように見えたが、きちんと理屈立てて説明すれば、素直に従う根の良さもある。――15歳のシーラが思うような事ではないのではあるが。
「……というわけだ。コニールさんもこの作戦に頷いてくれている。協力してくれたら、コニールさんが口利きして、あんたの罪状を軽くしてくれるってよ」
ユウキの言葉にインジャは怒りながら返答する。
「はぁ!? ふざけんな! だいたいお尋ね者は向こうの方だろうが!」
「次期騎士団長候補様は顔が広くて、憲兵のお偉いさんに親密な間柄の人がいるってよ。逆に従わなかったら、そっちにチクってあんたの罪を立証するとか言ってたけど」
「うぐっ……!」
インジャは部下たちの方を見て呻いた。心当たりがある部下たちも俯いて苦い表情をしている。先のユウキ達との戦いの際、インジャの部下はコニール一人に全滅させられていた。その際にコニールはインジャの部下たちから、今までの強盗の戦利品を奪っていたのだった。
「……くそっ! わーったよ! ただし俺様が手伝ってやるのは案内までだ! そっから先はてめえだけでやりやがれ! その義理まではねえからな!」
「ああ、それで構わない。俺もあんたに恨みも何もないからな」
話が終わり、ユウキとシーラは部屋から出ていく。部屋から出る際にシーラは意趣返しの目的もあってか、インジャの部下の足を思いっきり踏みつけ、舌をベーと出していった。
「行ったか……」
二人が出ていき、インジャはため息をついてベッドから降りて立ち上がる。まだ怪我が治りきってはいないとはいえ、立ち上がるくらいの力は戻っていた。
「全く面倒なことを引き受けちまったもんだ……」
「ですが兄貴……」
部下の一人が周囲を見渡して、小声でインジャに言う。
「兄貴もここのやばさはわかってるでしょう? それに……」
インジャは手を前に出して、部下の言葉を止める。
「言うんじゃねえよ。俺だって別に免罪のためにあいつらの話を受けたわけじゃねえ。あいつらがイサクの野郎を倒してくれんなら、渡りに船ってやつだ」
× × ×
アオイはオレゴン領城の廊下を、女兵士に連れられて歩いていた。ただ服装はいつもの居間着ではなく、着飾ったドレスを着るように指示されており、不慣れな感じで恐る恐る歩いていた。時折誰かとすれ違う度に挨拶はするものの、会う人誰もがアオイに対し敵意を持った目を向ける。しかしそれは今日に限った話ではなく、アオイが城に来てからずっとだった。
アオイもなぜ自分が城の皆から嫌われているか、その理由はわかっていた。――イサクの一番のお気に入りだから。アオイが来てからイサクの寝室に行く女性の数が減りはしていなかったが、イサクは決してアオイを寝室に呼ぶことはなかった。それどころかアオイの心身を心配し、過保護ともいえるほどの手配をしていたのだった。当然、それは他の女性の妬みを買っていた。
「うう……一体何の用事なんだろう……」
アオイはビクビクしながら歩いていたせいもあり、足を引っかけて転んでしまう。
「痛っ!」
しかし誰もアオイに手を伸ばすことはなく、アオイも立ち上がろうとするがドレスが引っかかってしまっており上手く立ち上がることができない。そして二進も三進もいかなくなってしまい、どう立ち上がるか考えていると、アオイに対してすっと手が差し伸べられた。アオイはありがたくその手を取り、立ち上がることができた。
「す……すみません……」
アオイは立ち上がって頭を下げて礼をする。
「いや、いいよいいよ。それよか全く、なんで誰も助けないのかね」
アオイは頭を上げると、目の前に黒髪のさっぱりとした雰囲気の女性がアオイに対して笑みを浮かべていた。
「あ、私の名前はミカって言うんだ。向こうの山奥で温泉宿をやっててね。今日は営業許可申請の更新ために城に来たんだけど……どこ行きゃいいかわかる?」
「あ~たしか……」
アオイは必死に記憶を手繰り寄せる。城の中は自由に歩き回ることを許されていたため、散歩ついでに城中をくまなく探検していたのだった。
「……たしか、2階の西側の奥に事務室があったから、多分そこじゃないですかね。細かい案内はそこで聞いてもらえると」
「なるほど。ありがとね!」
ミカは駆け足で離れていくが、数歩進んで足を止める。そして振り返るとアオイに尋ねた。
「そういえば、君の名前は?」
「え?ええと……アオイって言いますけど」
「なるほどアオイか……。ってもしかして、あなた“異邦人”?」
「え!?」
ミカからの突然の言葉にアオイは声を張り上げてしまった。
「なんで異邦人だって……!?」
「本当に異邦人なんだ!? わーっ! 本当に異邦人っていたんだ!」
「!!!???」
ミカの言っていることが理解できずに、アオイは疑問符が浮かび続けていた。だがそうこうしている内に女兵士が二人の間に割って入っていった。
「もういいだろう。イサク様が待っているんだ」
「あ~はいはい。……んだよさっきこの子が動けなかったときに助けなかったくせして……」
ミカは小声で嫌味を言いつつ、アオイに対して手を振っていった。
「じゃあね。あとでまた話をしよ。私は営業許可申請の関係でしばらくこの町にいるから、そっちの用事が終わったら、私からまた声かけるね」
「え……ええ」
そういうとミカは走って去っていった。嵐のような出来事にアオイは困惑していたが、何よりミカが異邦人の存在を知っていたにもかかわらず、どうもアオイの思っていることと、歯車がかみ合わない気がしてならなかった。
そして考えながら歩いている内に、イサクのいる領主の部屋の前につく。女兵士が首でアオイに入るように指示し、アオイは頭を下げて部屋のドアをノックする。
「……すみません、イサク様」
「ああ、どうぞ」
イサクの返事が聞こえると、アオイはドアを開けて部屋に入った。そこでは数人の女秘書が山積みになった書類と格闘しており、イサクは何もせず部屋の脇にある椅子に座り、お菓子を貪っていた。
「こっちに来てくれないか」
イサクはアオイをテーブルに呼び、アオイはおずおずと案内された通りに座る。途中、女秘書たちから冷たい感情を感じるものの、気のせいだと思って考えないことにした。アオイがテーブル横の椅子に座ると、イサクはアオイに菓子を差し出す。
「食べるかい?」
「あ……い、いえ、結構です」
アオイはイサクの申し出を断った。――何気ないことではあるが、これもイサクの能力の異質さを示していた。自分の支配下に置く類の能力ならイサクの申し出に逆らうなんて事はできない。だがイサクの能力はその人の“好意”のみを操る。それは対象に自意識を持たせたまま、柔軟性のある行動がとれる半面、先ほどの女兵士のように感情でイサクの命令を遂行しようとしない、といった弊害を生み出していた。
「……君を呼び足したのはね。大事な話があるんだ」
「大事な話ですか……?」
アオイはお菓子は食べなかったものの、テーブルに置いてあったお茶には手を伸ばして口をつけていた。
「そうだ。……“結婚”してほしいんだ」
「ぶっ!?」
突然の申し出にアオイはお茶を吹き出してしまう。――“結婚”。17歳の自分にはまるで実感のない二文字。
「い……いやいやいや!何を言っているんですかイサク様!?」
「初めて会った時から思っていたんだ。君以上に美しい人には出会ったことがない。……私が結婚するなら君みたいな人がいいと」
「で……ですけど!」
アオイは能力の影響下にあるため、満更でもないどころか幸福感が心を支配していた。ただここで“はい”と言ってしまえば、おそらくその幸福感は絶頂に達するだろうという確信に近い実感があった。――しかし。
「…………ません」
「何?」
「……その話は……お受けできま……せん」
アオイはイサクの申し出を断った。それは恥ずかしさからや遠慮からではなかった。――この状況になってもなお、アオイの心の中で揺るぎないものが、そのアオイの返事を引き出していた。
「私にはユウキがいる。……だから、その話はお受けできません」




