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ユウキ達がイサクに襲われてから5時間が経ち、日が暮れて夜の帳がオレゴン周辺の山に落ちていた。シーラと合流したユウキ達はトスキの案内で、山の中に建てられたトスキの隠れ家にいた。
「結構いい家じゃない。さすがご領主様のご特権ってやつかしらね」
シーラは整えられた家具などを調べながら、ソファーに座っているトスキに皮肉るように言った。トスキの隠れ家はリビングに寝室、さらに風呂などがついており、立派なコテージと呼べるものだった。
「……私が趣味で手作りした家だ。借りた手もすべて身内のものだからここ知る人間は殆どいない」
「そう? ……じゃあ奥の部屋で兄さんを治療してるあのお姉さまは何者?」
シーラは奥の寝室を指さす。そこではユウキが白衣を着た20代くらいの女性の治療を受けていた。
「彼女の名前はケイリン。……私の娘だよ」
「娘ぇ!? 随分歳離れてない?」
「……後妻の娘だからだ」
「かーっ! さっすが領主様、老いてなお盛んってわけね」
「シーラ……!」
コニールがしかりつけるようにシーラの名前を呼ぶ。シーラはテヘッと舌を出し、お茶の準備をするためにキッチンへと向かっていった。
「申し訳ございません。彼女はまだ子供でして……。しかし、ここまでの話をかいつまむと、あなたはすでにオレゴンの領主ではないとのことですが」
コニールの問いにトスキは頷いた。
「ああ。2週間前にあのイサクに領主の座を奪われた……。そして今はここに隠れ住んでいる」
「奪われた……?」
「君は……確かコニール殿だな。直接話をしたことはないが、顔を見たことがある」
「ええ。私もトスキ殿のことは名前は知っておりました。……異邦人という話を聞いたときはにわかに信じられませんでしたが。なにせあなたがオレゴンの領主になってから、40年以上は経っているはずだ」
トスキは頷いて答えた。
「ああそうだ。私が異邦人だと言うことは誰にも伝えていないからな」
「でも、異邦人が悪さし始めたのって、ここ最近の話じゃないの? 爺さんが40年前から領主だって話、色々かみ合わなくない?」
お茶を持ってきたシーラがテーブルにそれぞれの分のお茶を置く。そして次に寝室へ向かい、ユウキとケイリンの分のお茶を机に置いた。
「兄さん、お茶置いときますね。あとケイリンさんの分もこちらに」
「ええ、ありがとう」
ケイリンはにっこりと微笑んでシーラに礼を言った。その様子を見てコニールは一人つぶやく。
「あの子の敬語の基準がいまだによくわからない……。なんで私やトスキ殿にはため口なんだ……」
「まぁ……君の言う通りまだ子供なのだろう? ……それで先ほどの質問の続きだが、異邦人は私が知る限り100年近く前からこの世界にいる。私も彼……ユウキ君と同じく“日本”から来たのだが、それももう50年近く前の話だ」
「50年……!?」
コニールはその年数の重さに驚愕するが、同時にある疑問が浮かんできた。
「ではなぜ、異邦人の名が広まったのがここ最近なんですか……?」
「それは……」
トスキは続けようとするが、それを寝室からのシーラの声が遮った。
「おーい!そっちの二人―! できれば話は寝室で続けられない!? 兄さんも話聞きたいってさー!」
シーラの不躾な言い方の言葉に二人はため息をつく。
「確かにそうだな。コニール殿、続きは向こうでしようか」
「ええ……本当に申し訳ございません。うちのシーラが……」
「ははは。このぐらいが可愛いものだよ」
トスキは立ち上がろうとするが、立ち眩みを起こして倒れそうになる。コニールは慌ててトスキに駆け寄り身体を支えた。
「大丈夫ですか!?」
「うむ……むう……!」
トスキはコニールに身体を預け、しばらく動かなくなっていた。
「すまない……少し疲れが……」
「大丈夫です。……一緒に寝室へ向かいましょう」
コニールはトスキを抱えたまま寝室へ向かっていく。寝室にはベッドが二つあり、一つはユウキが使っていたが、もう一つはシーラが座っているだけだった。寝室に入ったコニールはシーラを手ではたいてどかせると、そこにトスキを座らせる。
「確か齢65歳とかだったか……。確かにもう無理ができる年齢では……」
トスキはベッドに座ってからも動くことができずコニールに身体を預けていた。――コニールは徐々にトスキの顔の位置が怪しい方向に向かっているのは感じていたが、まさかとは思いそのままにしていた。そしてケイリンが立ち上がると、トスキの頭お思いっきり盆で叩く。
「いったぁ!!!???」
トスキは痛みで跳ね起きて頭を押さえた。いきなりの行動にコニールもシーラも驚いてケイリンを見るが、ケイリンは呆れながらコニールに謝った。
「ごめんなさいね父が。……このセクハラ親父は未だに美人の女性に目がなくて、色々かこつけてセクハラするから……」
ケイリンの言葉を受け、コニールは赤面して胸を抑えた。
「セクハラって……まさか今のわざと!?」
「ケイリン……! お前は余計なことを……!」
トスキは呻いてケイリンに文句を言うが、ケイリンは無視して自分の席に戻った。
「はいはい。だったらいい加減落ち着きなさいよ。65歳になって妻を4人も囲ってたくせに、5人目も作ろうとしないでよね」
「よ……4人も妻が……」
シーラは表情を固くしてコニールを見るが、コニールは首を横に振った。
「それは私も知らなかった……。あまりオレゴンとは交流があったわけでもなかったから……」
「ちなみに私は3人目の妻の子供ね。……4人目の奥さんのが私より若いんだけど」
ケイリンの言い放った言葉に部屋にいた全員がドン引きしながらトスキを見た。
「とんだクズ爺じゃない……」
シーラはありのままの感想を言い、ユウキもそれに同意して頷いた。
「鈴木先輩の紹介だったから信用してたけど、やっぱり異邦人らしいクズだったな……」
「お……おほん!」
トスキは咳をして強引に空気を仕切りなおす。そして先ほどの弛緩した空気を戻すように真剣な口調で話しはじめる。
「ユウキ君もいることだし、先ほどの話の続きを始めよう。……ここのところで世界的に異邦人の名が聞こえ始めたことについて」
「それ。俺が爺さんと会ったとき“第二世代”とか言ってたな。じゃあ俺は第三世代ってやつなのか?」
ユウキがトスキに尋ねると、トスキは少し悩んで逆にユウキに尋ねた。
「少年の“ギフト能力”はなんだ? そこから判別できるとは思うが……」
「……俺に能力は無い。アオイの能力は“瞬間移動”の能力なんだけど」
「……? 能力がないとはどういうことだ? 第三世代以降の異邦人には全員能力があるはずだが……?」
ユウキとトスキの互いの話が平行線になっている様子を見て、シーラは立ち上がって首の骨を鳴らした。
「こりゃ全員の知らないことをまとめようとすると、たぶん夜が明けますね。まだ夕飯も食ってないんだ。兄さんと爺さんは一度休んで、私たちで食事や風呂の準備を進めちゃいましょう」
シーラの提案に全員が頷いた。そして女性陣が部屋から出ていき、ユウキとトスキだけが残される。ユウキは先ほどケイリンの治療を受けていたとはいえ、まだ折れた骨は治っておらず、疲れ切ってベッドに横になってしまった。
「……なあ爺さん」
「なんだ?」
「日本での名前はなんて言うんだ? まさかトスキなんて名前じゃないだろ?」
ユウキはトスキ以外の人間がいなくなったのを見計って質問をする。少なくとも、この話はシーラ達の前でするものではないと思っていたからだ。
「……“敏樹”だ。島内俊樹という名前だった。トスキはこの世界に来た際、トシキがトスキと読まれて、それ以降そのままにしていただけだ」
「そうか……。ちなみに俺は結城葵。そこからユウキって名乗ってる。……思うんだけど、この世界で会う異邦人がみんな日本人な気がするんだけど、気のせいなのか?」
ユウキは前から疑問に思っていたことを尋ねる。今まで10人以上の異邦人と出会い――そしてそのいずれも倒してきたが、全員日本人だった。
「いや気のせいではない。私の知る限り、この世界に連れてこられた人間は全員日本人だ」
「なんだってそんなこと……」
「……“言葉”と“文字”。少年はこの世界に来て、この2つに苦労したことはあるか?」
「……あ」
トスキからの質問を受け、ユウキは今更この問題について自覚する。この世界に来て一番最初に出会ったディアナ然り、言葉が通じなかったということがなかったため、“そういうもん”だと思って考えもしていなかった。
「この世界は“日本人向け”に“調整”されているのだよ。こちらに来る異邦人はあらかじめ、話す言葉などが日本語に翻訳されるようになっている」
「ははは……。なんか話がすごい壮大になってきたぞ……」
ユウキは引きつった顔で笑うしかなかった。この世界に来たことは降って湧いた災難としか思っていなかったし、自分がその中でできることは必死に生き抜くことだけだと思っていた。だがユウキの預かり知らぬところで運命は動き出しており、その渦中にユウキも足を踏み入れ始めていた。
そして自分の置かれた立場を思ったうえで、ユウキは窓から外を――どこかにいるアオイのことを想う。自分がその運命に立ち向かうにはアオイが必要であると。――そしてアオイがその運命に飲まれかけているなら、自分が守らなくてはいけない、と。




