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異邦人狩りーーユウキとアオイ  作者: グレファー
第8話 オレゴン領前哨戦
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8-2

 森の中に消えていった異邦人とアオイを追うユウキであったが痕跡を見失ってしまう。だがユウキにはこの世界に来てから異常に鋭くなった五感があった。先ほどのインジャの襲撃の際は気のせいだと聞き逃したせいでアオイを窮地に立たせてしまった反省もあってか、ユウキの神経は過去最高に研ぎ澄まされていた。


「どこだ……アオイ……!」


 目を瞑り耳を澄ます。――そして遠くで重なる足音、聞きなれた呼吸音と不快な鼻息が聞こえてきた。


「そっちか!」


 ユウキは左側を向き、その音を追いかけていく。――しかしユウキは素人である。またしても本来聞かなければならなかった音を聞き洩らした。この二つの音の後ろから“羽音”が聞こえていることに、気づいていなかったのだった。


× × ×


 ユウキが行ってしまった後、コニールは置いてかれた二人の女剣士と、インジャを縛り上げていた。ただし女剣士二人は激しく暴れたため、コニールは首を絞めて気絶させ大人しくさせていた。


「ったく……。異常だなこの執着は……」


 女剣士二人の暴れ方は尋常ではなかった。イサクの名前を叫んで強引に抵抗し、泡まで吹いていた。


「お前は彼女らの素性を知らないのか?」


 コニールは後ろで縛り上げられているインジャに対して言う。


「なんで俺が知ってるんだよ」


 二人に対し、インジャはそれほど抵抗しなかった。――というよりユウキにから貰ったダメージが深く、動くに動けなかったという方が正しかった。マントの攻撃を2度もくらった左半身は真っ赤に腫れあがり、身体ごとぶん投げられた際に全身に打撲を負っていた。


「なんでって、お前が現れてから、あんなに都合のいいタイミングで異邦人が現れる? だとするならアイツと繋がっていて、一緒に張っていたと考えるのが自然だろう?」


「……確かに俺らはあの“イサク”と組んでいた。ただあいつがその……“異邦人”ってやつなのは知らなかったがな」


「確かに……」


 コニールはその言葉に頷かざるを得なかった。もしインジャが異邦人と組んでいるということは、パンギア王国が異邦人と繋がっていることを意味する。だがそれはそもそもの話の始まりからありえないことだった。パンギア王国は異邦人について何も知らないからこそ、コニールを派遣しようとしたのだから。


「じゃああいつは一体何者なんだ?なぜお前はそのイサクと組んでいた?」


「なぜって……そんなの決まってるじゃねえか。あいつがオレゴンの領主だからだよ。パンギア王に紹介状を書かせて、お前らを捕まえるのにオレゴンの人間を使えるように手配したんだよ」


「なに……!?」


× × × 


「見つけた!」


 ユウキは森の中を音と気配を頼りに追い、ようやくイサクとアオイを見つけた。そこはすでに森から出ており、少し開けた場所になっていた。


「思ったより早かったな」


 イサクは不敵な笑みを崩さずにユウキに言う。


「アオイ……!」


 ユウキはアオイに手を伸ばそうとする。伸ばされたユウキの手をアオイは掴もうと伸ばすが、躊躇してやめた。


「どうして追ってくるのよ……!」


「どうしてって……! そんなの決まってるだろ!?」


「私はイサク様と一緒にいるって決めたの! なのに……ユウキが追ってきたら……ユウキを倒さなくちゃいけないじゃない……!」


 アオイは目に涙を浮かべながら言う。その様子を見て、ようやくユウキの頭が冷え、現状の異質さについて考えが回り始める。


(まだ会って数分も経ってない、なんなら言葉すら殆ど交わしてないのに、この依存の仕方はおかしいだろ……! それに、今のアオイの言葉から俺に対する感情は無くなってないとも取れる。あのイサクとかいう奴の能力……一体……?)


 ユウキはアオイの泣いた表情と、ようやく回り始めた頭で一度考えてしまい、足を止めてしまった。――もし何も考えずに動いていれば、もしかしたらアオイを救出できていたかもしれない。もしくは先ほどのアオイたちの気配を察知したときに“ある音”を聞き逃さなければ、急ぐという考えを持てたかもしれない。――この後の結果は言い訳のしようがなく、ユウキの“ミス”であった。


 ユウキの背後から何か空気を切る音が聞こえ、ユウキは我に返って背後を見る。しかし時すでに遅く、その塊は速度を保ったままユウキに激突し、ユウキは森の木をなぎ倒しながら吹っ飛ばされていく。


「がっ……がはっ……!?」


 4本ほど木を倒したところでようやく勢いが止まり、すぐに立ち上がろうとする。しかし胸が激しく痛み、呼吸をするのも困難な状態で這いつくばるしかできなかった。


「肋骨が……折れた……のか……!? 今まで折ったことねえけど……!」


 シズクに外された肩以外の骨折を経験したことがないユウキでもわかるほどに、体の骨がグチャグチャになっていることが自覚できるほどの怪我だった。シズクがコニールの投げで1発で消えていったことを考えれば、ユウキも消えておかしくはなかったが、その兆候はなかった。


「ほっ……まだHPが0にはなってないんだな……」


 ユウキはまだ消えずに済んだことに安堵する。しかし肩の脱臼の時に経験したことではあったが、骨折は普通のダメージと違って“痛い”のだった。あの時はテンションなどの様々な要因があって痛みを堪えられたが、今のユウキの心の状態はそれに耐えられるものではなかった。


「く……くそっ……」


 立ち上がることができないまま、ユウキは何が自分にぶつかってきたか確認しようとする。――そしてそれはすぐにわかった。


「まじかよ……そんなんありか……!」


 全長10m近くある、鱗を纏い翼が生えた生物。――ユウキはそれを形容するのに、簡単な言葉を知っていた。


「ドラゴン……!」


 巨大なドラゴンが、先ほどユウキが立っていた場所で鎮座していた。――そしてその上にイサクとアオイが跨って乗っている。そしてイサクは這いつくばっているユウキを見下しながら言った。


「“グングリスドラゴン”。……かつてこの世界に存在したとされる魔神を倒したとされる伝説の竜。いかにお前のステータスが高かろうが、所詮“人間”の限界でしかない。……こいつは人間じゃあ倒せない」


「は……ははは……なんで、そんなもんお前が従えられるんだ……!」


 ユウキはイサクに文句を言うが、肋骨が折れているためか呼吸がつらく、声を絞り出すだけで精一杯であった。ほかにももっと聞きたいことがあったが、その質問を出す体力すら、回復するのに時間が必要だった。


「さぁ? なんでだろうな? そんなこと素直に教える義理はないのでな」


 グングリスドラゴンは口に魔力を溜めはじめ、それは徐々に火球になっていく。


「しかし、あの直撃でまだ生きているのははっきり言って想定外だったよ。ここで、トドメを指して禍根を絶つのが正しい行動ってところかな……」


「待ってください!? ユウキを殺すなんて……!」


 イサクがユウキに止めを刺そうとしているのを見て、アオイはイサクを止めようとその手を掴む。


「ユウキはもう一人の私なんです! ユウキを殺すなんてそれだけは……!」


「うるさい! これも君のためなんだよ! わかってくれ!」


 イサクはなおも話を聞かずにユウキに止めを刺そうとするが、次の瞬間ドラゴンの姿が消え、少し離れたところで爆発が起きた。


「えっ……!?」


 そして乗っているドラゴンが消えたことで、アオイとイサクが空からから落ちる。イサクは何が起こったか理解できずに受け身を取り損なうが、アオイは地面に着地するとユウキに駆け寄った。


「ユウキ! 早く逃げて!」


「アオイ……? お前……?」


「いいから早く!」


 アオイはユウキに肩を貸し立ち上がらせる。そして近くの木に掴まらせ、ユウキがきちんと立てたことを確認すると、イサクの下へ駆け寄った。


「イサク様……すみません。でも、どうしてもユウキだけは……!」


 ――何が起こっている? ユウキはアオイの異常行動に考えを張り巡らせるが、うまく呼吸ができない現在の状況で、頭を回転させても何もできなかった。今はただ、ドラゴンから離れるために逃げるしかない。


「はぁ……はぁ……ちくしょう……痛え……」


 ユウキは腹を抑えながらゆっくりと歩いていく。一歩歩くたびに骨がきしんで激痛が走る。


「なんで……こんなことに……」


 1月前まではただのとりえのない高校生だったはずなのに、なぜこんな事態に巻き込まれているのだろう。――シズクが言っていた『異邦人は痛みに弱い』という言葉が、今のユウキには完全に刺さっていた。激痛によって今のユウキには信念も強さもなく、単なる怯える17歳の少年に戻ってしまっていた。


「逃がすか……!」


 そしてようやく体勢を立て直したイサクはドラゴンを呼び寄せるとその上に跨ってユウキを追う。


「イサク様!」


 アオイはイサクを呼ぶものの、イサクはアオイを隣に置かずにユウキを追う。


「アオイはそこで待っていろ!」


 さすがに今度も瞬間移動で飛ばされてはシャレにならないため、イサクはアオイに一切触れさせないようにしていた。そしてゆっくりとしか歩けないユウキに、ドラゴンが追いつくことは全くの容易であった。


「ふふふ……追いついた」


 イサクはあえてユウキの進行方向をふさぐように、空を飛んで先回りする。ユウキは抵抗しようにも走り出す気力もなく、それどころかドラゴンが飛んできた衝撃に耐えられず、立っていることもできなくなってしまった。


「今度こそ……終わりだ……!」


 ドラゴンの口に再度魔力が溜まり、火球を構成していく。さきほどの爆発の威力を見ていたユウキは、浅い呼吸で回らない頭のせいもあり、絶望を受け入れるしかできなかった。


(……もう、ダメか……。死んだら……向こうに戻るのかな……)


 ユウキは胸に湧き上がる恐怖から目をつぶってその時を待つ。――しかしその時は来ず、代わりに激しい衝撃音が目の前で起こった。


「貴様……!」


 イサクの怒りの口調を耳がとらえ、ユウキは少しずつ目を開ける。そしてユウキが目にしたものは、すでに老人の域に達している剣士が、ドラゴンの火球に一太刀を入れて、火球が切り裂かれている光景だった。


「少年……! まだ動けるか……!」


 ユウキは目の前の光景が理解はできなかったが、回転しない頭は素直にその言葉を受け入れさせた。そしてユウキは何とか立ち上がると、老人に対して頷いて答えた。


「すこし……回復した……!あんたは……?」


 ユウキの問いかけに老人は少し躊躇しつつも答えた。


「私は……トスキ。トスキ・シュバルク。……オレゴンの前領主で……“第二世代の異邦人”、だ」


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