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異邦人狩りーーユウキとアオイ  作者: グレファー
第8話 オレゴン領前哨戦
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8-1

 ーーユウキ達がエルミナ・ルナに来て2週間目。ディアナ宅に世話になっていたユウキ達は体調も戻ってきており、ディアナからこの世界の常識について勉強を受けていた。ユウキもアオイもディアナの厚意を無下にすることなく、家の片付けなどの手伝いを積極的に行っていたので、ディアナとの関係は良好だった。――自分の母親の病気のことを考えると、年配の女性に優しくするのは当然とも言えた。


「……この世界では“マナ”と呼ばれる魔力の素が存在して、それを利用して魔法を使うんだ。ただこの魔力ってのは非常に厄介で、濃く集まると“魔物”となって姿を現して、人を襲う性質がある」


 今日ディアナが教えていたのは魔力、そして魔物の成り立ちだった。エルミナ・ルナでは魔物の存在は非常に身近であり、大多数の人間が魔物による被害を受けている。そのため魔物と戦うために剣を握ったことがあるという人間は多く、ユウキ達のような一切戦ったことがないという立場の人間はこの世界では珍しかった。


「……でも、俺たちの……アオイのこの“能力”は、魔力を使ってないんだよな?」


 ユウキはアオイを指さして言う。この2週間の生活の中で偶然発見した"瞬間移動"。最初は気のせいかと思ったがそうでもなく、ディアナにも聞いたが全く聞いたことのない“力”ということだった。


「ああそうだよ。不思議なことだがその力は魔法によるものではない。……全く別の、異質な力だ。私すら知らないなんて、よっぽどのことだよ」


「それって、私が女になったのと関係があるんでしょうか?」


 アオイはディアナに尋ねる。アオイの口調も気づいたら女の子のそのものになっており、ユウキは少し気にはなっていたが指摘するのも気が引けてできずにいた。


「それは……わからない。あんたたちのような別世界から来たって存在に会うのも初めてでね。他に例があればわかるかもしれないが……」


「そう……ですか」


 アオイはしょげかえりながらディアナに頭を下げる。そして自分の胸に手を当てた。この世界に来て2週間――つまり女性の身体になって2週間経つが、未だに色々と戸惑うことばかりであった。


「……やっぱ気になるのか?」


 ユウキはアオイを心配して声をかけるが、アオイはうつ向いたまま答えた。


「そりゃあどうしてもね……」


 女性の口調になってしまっていることもそうだが、服を着たままというわけにはいかないので、1日に数回はどうしても自分の裸を見てしまう。そのたびに邪な感情に襲われ、その感情の持っていき場所もわからなかった。そしてそれをユウキに相談するわけにもいかなかった。同じ存在の片割れとはいえ、ユウキも“男”なのだから。


「悪かったな……」


 ユウキはアオイのそのような気持ちを慮ってか、深刻な面持ちでアオイに謝った。そんなユウキの様子を見て、アオイはユウキを励ますように肩に手をのせる。


「いや……ユウキが悪いわけじゃないし。それにまだこうやって健康なんだから、問題はないと思うから……」


 アオイはユウキに無理して明るい姿勢を見せようとするが、少ししてそれが無理だと自覚してしまい、結局意気消沈してしまった。


「……ただ私があんたたちを見ていて思ったことがある」


 しょげかえるアオイにディアナは励ますように声をかける。


「なんですか?」


「あんたたちの役目ってやつさ。特にユウキ、あんたの方だね」


「役目?」


 ユウキがディアナに尋ねると、ディアナはユウキのおでこに指を当てながら言った。


「ユウキ、あんたは男なんだからアオイの事をしっかりと守ってやんなきゃいけない。あんたたちがこの世界に来たことに意味があるのだとしたら、それはアオイに重大な宿命があるのかもしれない。だからこそ、アオイを守るためにユウキがいるんだって」


「俺が……アオイを守る……?」


 ディアナからの言葉を聞いてユウキはアオイを見た。同じ存在でありながら、全く別の存在でもあり、初めてできた“友人”でもある。これまでもユウキはアオイの事を必ず守らなくてはならないという思いを抱いていた。だがそれを他の人から言語として具現化して言われたことで、胸に熱い何かがこみあげてきていた。


「俺の……役目……」


× × ×


 崖の上に飛ばされたユウキは自分がなぜ崖の上にいるのかわからず、しばらく思考がフリーズしていた。立ち尽くすユウキに対し、コニールは自分の置かれた現状の逼迫さを認識し、目の前の小太りの男――イサクとの距離を離そうとする。


「アオイ君が洗脳された……!? しかし今はヤバい……! 距離を離さなければ!」


 コニールは自分ではこの男に敵わないこと――いやそれよりももっと酷い状況になることを察し、戦うという手段を一切諦めた。そして崖の上に飛ばされたユウキに叫んで声をかける。


「一旦撤退だ! ユウキ君! こっちに来てくれ!」


 コニールとしてはキャンプ地に一人置いてきてしまっているシーラが心配だった。頭がいいとはいえ、この4人の中で戦闘能力が唯一無く、もし敵に囲まれていた場合、なすすべが無いからだった。


 ――しかしユウキはその一切を無視した。ユウキの目にはイサクに上気した顔で男に抱き着いているアオイの姿しか見えていなかった。


「う……ううううううう!!!」


 ユウキは足腰に全力で力を込めると、躊躇なく崖から飛び降りる。先ほど飛び降りた時が崖に捕まって減速しながらであったが、今はもうそんなことすら考えていられなかった。逆に驚いていたのがイサクとその部下たちだった。


「イ……イサク様!」


 部下が飛び降りてくるユウキを見て、上ずった声を上げながらイサクを庇うように前に立つ。イサクも飛び降りてくるユウキを見て、思わず口を開けていた。


「ば……バカなのかあいつは……!」


 20m上空から減速もかけず、ユウキは思いっきり地面に着地する。草木が生い茂っているためか土埃などもあがらず、その衝撃がイサク達にも伝わってきた。普通の人間なら両足が複雑骨折しているほどの勢いであったが、ユウキは衝撃による痛みすら感じさせないかのように、イサク達に近づいていく。


「アオイを……アオイを返せ!!!」


「それは違うよ……ユウキ」


「アオイ!?」


 アオイはユウキに見せつけるようにイサクの腕に抱き着く。


「私はイサク様を見てはっきりわかったんだ……。この方が私の運命の人だって」


 ――異常。コニールはアオイの様子を見てそれがはっきりとわかった。洗脳や催眠などとは違い、アオイの意識はハッキリとしている。そのうえで今あったばかりのあの男に対する異常な好感度。


 事前に動かしていたあのスマートフォンでの動作しかり、あの男の“ギフト能力”によるものであることは間違いなかった。


「ユウキ君! 今は下がれ! おそらくあいつの能力でアオイ君が操られているかもしれないが、その能力を君が食らわない保証は無いだろう!? それにまだあいつには何か秘密があるかもしれ……!」


「ごちゃごちゃうるせえんだよ!!!」


 意見するコニールに対し、ユウキは本気でキレながら言う。


「俺が本気出せば、勝てない相手なんていないんだ!!! お前のそんないらねえ心配なんかどうでもいい! 今はアオイを取り戻すことが、俺にとって何よりも重要なんだ!!! それが俺の”役目”なんだよ!!!」


「ユウキ君……」


 ここまで感情を発露させるユウキはコニールも初めて見た。前からアオイに対する感情が重いことはわかってはいたが、ここまでのものとは思ってみなかった。そしてこうなってしまうとコニールも弱い部分がある。それは本気で殺すつもりになったユウキに対しては、コニール自身も敵わないという自覚があるからだ。だがそれでも今は言わなければならない。


「ユウキ君落ち着いてくれ! 今はシーラの事も考えなきゃいけない! そいつの能力からして、アオイ君を今すぐどうこうとは思えない! だから……!」


「いい加減黙ってろ!ぶっ殺すぞ!」


 ユウキはコニールの忠告をすべて無視してイサクへと向かっていく。イサクの前に二人の女性剣士が立ち、ユウキに対して剣を構える。


「イサク様……お下がりください!」


「ここは我々が!」


「ああ、頼む」


 イサクは頷くと、アオイを連れて森の中に消えていく。奥へ逃げていくイサクにユウキは目を血走らせて追いかけようとする。


「逃がすかよ!!!」


 ユウキは自分の前に立ちはだかる二人の女性に対し、マントを思いっきり振る。だがそのマントの攻撃はインジャの時と違い肉体を狙わず、二人の女性の剣先に向けられていた。


「おらあ!!!」


 マントで剣を絡めとり、ユウキはそれを思いっきり振る。女性剣士二人は剣を持っていられなくなり、手を放してしまう。


「キャッ!」


 非常に強い力で強引に剣を奪い取られ、二人は手を痺れさせて蹲るが、その間にユウキは二人の間に立っていた。


「……これくらいで勘弁しろよ」


 ユウキは二人の足を掴むと、履いていた靴を強引に奪い取る。二人の女性剣士は足を取られ転び、ユウキは奪った靴を遠くへ放り投げた。


「「……え?」」


 攻撃が来ることを覚悟していた二人は、それだけしかしてこなかったユウキの行動に疑問の声を上げてしまった。だが靴を奪われたことで、この森の中では実質行動がかなり制限されたことは事実だった。不殺魔法がかかった剣を持っておらず、マントによる攻撃も女性に対しては非常に振るいにくいというユウキの理性がこんな状況でも働いてしまっていた。


「くそ……俺は……全く!」


 ユウキは自己嫌悪に陥りながらも、逃げて行ったイサク達を追いかける。その様子を見ていたコニールは顔を抑えながら言った。


「だめだ……あの子が本当に理解できない……。一体、なんなんだ……!」


 コニールはこの数日間におけるユウキに対する評価が乱高下しすぎて訳が分からなくなっていた。訳の分からなさで言えばシーラも相当ではあったが、シーラは素性がよくわからないだけで性格自体は言語化しやすかった。


 だがユウキは真面目と怠惰、積極さと内向さ、陰気と激情がそれぞれ時々で表に出てきており、コニールが今まで接したことがないタイプだった。――そしてそれこそがユウキの抱えるストレスの大元であり、アオイに執着する理由だった。


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