7-4
強烈な左半身への痛みで地面に転がっているインジャは、ユウキが使ったマントに考えを巡らせていた。
(な……なんだ今のは……! ただのマントがあの異邦人狩りの馬鹿力でまるで鞭みてな威力を発揮してやがる……! これが奴の力……“ステータス”とかなんとかってやつか……!?)
そして対するユウキはインジャが一撃で倒れたのを見て、胸の中に何か暗い感情が芽生えているのを自覚した。おそらく必死で鍛錬していたと思われる相手を、さほど努力していない自分が見下ろす立場にいる。それはユウキが必死に防ごうとしていた、異邦人そのものの感情だった。
しかしユウキはすぐにハッと気づき、頭を振ってその考えを払拭しようとする。その明確な隙の間にインジャは立ち上がると、近くの倒木を抱えユウキに向けて構える。
「ふざけんじゃねえぞてめえ!」
「あら、結構真面目な武道家と思ったら違うのか」
「勝ちゃあいいんだよ勝ちゃあ! 何使ってもな!」
インジャは数メートルある倒木をユウキに対して振り回すが、ユウキはそれをパンチで逆に砕き折ってしまう。破片がインジャに対し飛んでいき、インジャも破片を弾き飛ばすが、その間にユウキにまたマントを構えられてしまう。
「くそ……!」
インジャはユウキのマントの攻撃を警戒し距離を取ろうとする。しかしインジャが足を下げた瞬間、アオイがユウキを左手で触り、インジャの側に瞬間移動で飛ばした。
「しまっ……!」
インジャはマントによる攻撃を防御しようと反射的に腕を出すが、その効果は望めないものだと理解していた。鞭みたいに“しなる”マントが、防御を無視して肉体そのものにダメージを与えてくるからだった。
ただユウキにはそこまで深い考えはなく、ただ勢いのままマントを振りぬく。結果としてインジャの左半身にマントがクリーンヒットし、インジャは痛みに悶絶して叫んだ。
「いだだだあああああ!!!」
――だが、それは“覚悟”していた痛みだった。事前にある程度の覚悟があれば、それなりの痛みには耐えられる。そして耐えたインジャはマントを振り切ったことで体勢を崩したユウキの腕を掴む。
「てめえ……! これでも……!」
――食らえ。と言う前にインジャの身体は宙に浮き、森の中に身体が放り投げられていた。
「なんじゃああああ!!!???」
ユウキはシズクに過去にやられた極め技を警戒し、インジャが力を込める前に思いっきりぶん投げていた。大の男の大人一人を片腕でぶん投げることができるほどの力が、今のユウキにはあった。
「あ……兄貴ぃ!?」
「て……てめえら……」
インジャが森の中にぶん投げられたことによって、ようやくあたりに散らばっていた部下たちと合流することができた。――しかし全員縄についており、横にはコニールが無傷で立っていた。
「まったく手ごたえがないんだな。まぁチンピラ崩れだろうから仕方ないか」
「お前は……コニール……!」
インジャは地面に這いながらコニールを見上げる。コニールは警戒を崩さずにインジャに言った。
「初めまして、だな。私は貴殿に会う機会が一切なかった……というか会わせないように周りが配慮していたらしいからな。喧嘩になるからとかなんとかで」
「へっ……じゃあこうやってお目通しかなったのは光栄なことなこって……ぐえっ!?」
コニールはインジャの首根っこを踏みつけながら言う。
「周りが私とお前を引き合わせなかったのは、普段強盗や暴行を働くお前に対して、私がこういう風にしないようにするためだったとは聞いていたがな。……まぁユウキ君がお前を倒してくれたようだが。……全く、あの子の戦闘能力は滅茶苦茶だな」
ユウキの戦闘能力に呆れるコニールに、インジャは声を震わせながら尋ねる。
「あ……あいつは何者なんだよ! あんなでたらめな奴が、この世に存在していいのか……!」
「知らないよ。……私だって、あの子の存在がたまに怖くなるんだ。今回の事だってユウキ君がお前に勝てるとは正直思ってなかった……。練習より実戦で実力を発揮するタイプなんだろうが。それにしたってここまでとは……」
コニールの声もいつの間にか震えていた。インジャが追跡してきていると知った時、ユウキではインジャに勝てないと判断していたが、コニールはユウキを止めきることができなかった。そして実際に付け焼刃の技術を、圧倒的な身体能力で補ってインジャを倒してしまっていた。
「なんにせよこれでお前らの目論見は終わりだ。……別に殺すつもりもないし、今の私には逮捕権も無いからな。とはいえこれからオレゴンに向かうのに邪魔をされても困る。だから全員腕を折るくらいで……」
「素晴らしい、全く素晴らしい!」
森の奥から拍手と共に聞きなれない男の声が聞こえ、全員がそちらの方を見る。するとそこには森の中に似つかわしくない小奇麗な恰好をした太り気味の男と、その男を守るようにして立つ二人の女兵士がいた。
「これは噂の異邦人狩りですか……! まさかインジャ殿をこうもあっさり倒してしまうとは。……あの“異邦人キラー”である鈴木シズクを倒したという話も、納得できるわけですね」
「お前は……!? というより鈴木先輩の名前を知っているなんて、まさか……!」
ユウキは突然現れた男がシズクの名前を出したことで、警戒心を最大まで高めマントを前面に構えてけん制する。
「お前は……異邦人!?」
「異邦人!? 待ってユウキ、それってまさか!」
アオイはユウキの横に立ち、攻撃しようとするユウキを止めようとその腕を掴んだ。
「もしかして、あの人が“トスキ”なんじゃ!?」
アオイからの指摘を受け、ユウキはシズクからの言葉を思い出していた。オレゴンを治めている領主がトスキという異邦人であること。確かにあの小奇麗な恰好や、護衛を侍らせていることから、その可能性は高かった。
「もしあの人がトスキなら、話せばわかるんじゃ……!」
アオイはユウキを止めるために半ば抱き着く形を取っていた。――アオイのスタイルは同性であるシーラが認めるほどに良く、ユウキの腕に抱き着く形になったことでそれが強調されていた。その姿が男の目に留まり、男はアオイを見て恍惚の表情を浮かべていた。
「う……」
「……? どうしたの?」
男の様子がおかしくなったのを見て、アオイはユウキを抑えていた手を緩め、男の方へ足を近づけてしまう。まだ距離にして10mほどあったので、よほどの事がない限りいきなり攻撃が来ないだろうという油断もあった。
「……美しい」
「は?」
男は服の内ポケットからスマートフォンを取り出す。そしてそのスマートフォンを素早く操作し、最後に画面を指でなぞる。この一連の行動の意味がわからなかったユウキを含む全員が、その行動をただ眺めてしまった。――それが“命取り”だった。
男のスマートフォンの操作が終わった直後、アオイの身体が電撃が走ったかのように震えた。すぐ横にいたユウキは異変に気付き、アオイの肩を掴む。
「アオイ!? どうした、何があった!」
「……じょうぶ」
「え!? なんだって!?」
ユウキの問いに、アオイは笑顔を浮かべながら答えた。
「大丈夫だよ。……“イサク様”“」
「な!? アオ……!」
言い切る前にユウキはアオイの左手で掴まれると、崖の上まで瞬間移動で飛ばされてしまう。そのアオイの不可解な行動を見てコニールがアオイに叫ぶ。
「アオイ君!?」
だがゾッとした感覚が背中をよぎり、コニールは男の方を見た。コニールと男の間はまだ10m以上離れているが、男はコニールに近づこうとしていた。そして先ほどスマートフォンの操作の後にアオイの様子がおかしくなったことを思い出し、コニールは踏んづけていたインジャから足を離し、慌てて距離を取る。
「ほう……。まさか私の能力にもう気づいたのか?現地民なのにスマートフォンとギフト能力への理解があるということか……。だがもう遅い」
コニールが離れている間にも、アオイはフラフラとした足取りで男の方へ近づいていく。そしてまるで発情したかのような表情を浮かべ、男の胸に身体を預けた。
「イサク様……私、わかりました。あなたと会うために、この世界に来たんだって……!」
「いい子だ……葵……」
その男の名前はイサク。東大陸パンギア王国オレゴン領の“現領主"であり――異邦人であった。




