7-2
コニールはキャンプ地に戻るとユウキと合流し、シーラを置いてアオイが攫われた場所へと来ていた。コニールは痕跡を確認し、シーラの情報が大方間違っていないことを確認する。
「確かに10人以上の男の足跡があり、戦闘の形跡もある。……ただそこまで荒れていないことを考えると、アオイ君は大人しく捕まったということか……」
バキッ!という何かが割れた音が聞こえ、コニールは慌てて後ろを振り向く。音の正体はユウキが近くの木の端を怒りのままに握りつぶした音だった。その表情は何も変わっていないことがコニールには不気味に感じられた。
「すみません。うまく感情を抑えられなくて。……コニールさん、お願いがあります」
「……なんだ」
不自然なほどに静かなユウキの口調にコニールは冷や汗を流しながら答える。
「もしアオイがひどいことをされてたら……お願いです。俺を止めないでください」
「止めるな? ……何を言い出すんだ?」
「じゃないと……」
ユウキは先ほど握りつぶした木を殴ると、木は粉々に砕け散り、一部後ろに飛んで行った破片が他の木にぶつかってさらにその木を砕いていった。その威力を見て、コニールの顔は青ざめたものに変わっていった。
「じゃないと俺は、あんたも……!」
「……わかった。ただまずは様子を見なければ。……おそらく連中がどこにいるかわかった」
コニールは川の向こう側を指さす。森の奥で焚火が焚かれているのか、煙が上がっていた。だがその煙は普通の煙よりも真っすぐ高く上がっており、人為的にその煙が上がっていることは明らかだった。
「誘っていると捉えていいだろう。奴らの目的は金でも婦女暴行でもない。私たちの身柄の確保だ。もし彼らがそういう事をするにしても、まずは私たちを捕まえるという目的を果たしてからのはずだ。だから……」
しかしユウキはコニールの説明を聞かずに全速力で走って煙の方角へ向かっていく。
「な……おい待て! ……って速すぎる!」
ユウキのあまりのスピードにコニールの声が届かないくらいだった。追いかけようとコニールも走り出すが、数秒ほどでユウキの姿は森の中に消え、見えなくなってしまった。
「くそ……!もしシーラの言う通りにアオイ君を攫ったのが“インジャ”なら、ユウキ君でも危ない……!あいつは何か怪しげな“武術”を使うんだ……!」
× × ×
インジャ達は森の中でも、崖を背にした場所を陣取っていた。山に囲まれた地形であるため、このような地形を探すのは苦労することではなかった。そして11人のインジャの部下たちは全面180°に展開し、この狼煙に誘われてきた異邦人狩りを迎え撃つために待ち伏せていた。
狼煙を上げる焚火の側にはインジャとアオイがいた。インジャは焚火を弱めないために大砲に使う火薬を焚火に投げ入れる。
「狼煙には昔は犬とかのフンを使ってたらしいな。この火薬の煙もそうだが、なんでか煙が散らないで、真っすぐ登るって誰が発見したんだろうな」
インジャは自分の横にいるアオイに話しかける。アオイは両手は縛られているものの、足まで縛られてはいなかった。足にロープをつけたところで、左手で触ってしまえば抜け出せてしまうから辞めておけと、インジャから部下に発案していた。猿轡もされておらず、両手の拘束以外はほとんど何もされてなかった。
「……犬というより狼だけど、狼は肉しか食わないからフンが燃えやすくて、普通に燃やすより温度が高いからだって。火薬の煙が昇るのも同じ理由で、火薬も当然燃えやすいから温度が高くなる……確かこんな理由だった気がするけど」
「フン……。物知り博士かお前は」
「私のいた場所では、常識とは言わずとも学校で習うようなことだった」
「それが“異邦人”ってやつか?」
「そう……だと思う。あなたは異邦人に会ったことがあるの?」
「いんや、ねえな」
アオイは連れ去られた立場としては随分と軽い態度で会話をしていた。ここまでくる中で、乱暴に扱われるかと思いきや割と丁寧に扱わており水まで貰えていた。部下たちも見た目が野盗そのものの粗暴な容姿ではあったが、ひょうきんな面が多く見られた。
「そのお前の片割れのユウキってやつは、本当に来るのか?」
インジャはアオイに尋ねる。アオイもインジャに自分とユウキの関係性を話していた。
「ええ、間違いなく来る。あんたたちを倒すために」
アオイがユウキとの関係性を伝えた際、インジャとその部下は多少の疑いはあれど、割とすぐに呑み込んでいた。この世界では魔法や魔物などの神秘的な現象が日常にあるためか、そういう事もあるという認識であるようだった。
「そうかい。お前の言う“ステータス”だかか?それがどんなもんか楽しみではあるな」
インジャは腕を払うとその風圧で焚火の炎が消える。焚火を炎をかき消すほどの勢いを見てアオイは冷や汗を流した。今までこの世界の人間とそれなりの数を会ってきた。兵士やコニールなどの訓練をしてきた者を見ても、元の世界の人間より大それて身体能力が高い者に会ったことはない。だがインジャのその力は明らかに異常だった。
「ユウキ……」
――突如、森のどこかで爆発音が鳴り響いた。インジャおよびその部下たちは音の方向を見る。その方向はユウキ達がキャンプをしていた場所であり、音の距離からしてどうもそのキャンプ地そのものあたりから鳴り響いているようだった。
「なんだ!? 何が起こってんだ!?」
周囲に散らばっていた兵士たちがざわめき始める。そしてその音の方向に全員が注意を向けた。
「……アオイ」
インジャ達が背負っていた崖の上からユウキがアオイの名をつぶやく。高さは20mほど。そして崖といえど垂直に切り立っているわけではなく、ところどころに足をかけられる場所がある。――飛び降りれない高さじゃない。ユウキはそのまま崖から飛び降り、ところどころで減速をかけながら落ちていく。
そして上からの異音に気づいたインジャだったが、気づいたときにはもう遅かった。
「しまっ……!」
ユウキは地面に着地すると、すぐにアオイを抱きかかえてインジャと距離を取る。そして手が拘束されていることを知ると、ナイフをポケットから取り出し、ロープを切ってやった。そして両手が自由になったアオイはユウキに抱き着きながら言った。
「ユウキ!」
「大丈夫か!? やつらに酷いことされてないか!?」
「大丈夫。怪我もしてない。……ただ気を付けて。こいつ……」
「……大丈夫だ。少し離れててくれ」
アオイは頷くとユウキから距離を取る。完全に裏を取られたインジャはユウキに叫びながら言う。
「な……てめえ!一体どうやって……!」
その声は周囲に散らばっていた部下を呼び戻すためのものであったが、部下の集まりも妙に悪かった。部下たちのいる方向を見ると、草木が踏み倒されている音が多く聞こえ、向こうでも何かが起こっている事が音から判断できた。
「あんたの部下は来ないだろうな。向こうでコニールさんがあんたの部下相手に大立ち回りを行ってる。多分殺しはしないだろうけど、俺よか容赦ないだろうな」
「何がどうしてこうなったの……?」
アオイはユウキに尋ねるが、ユウキは呆れながらキャンプ地の方向を指さした。
「うちの頭脳派担当さんのおかけだよ」
× × ×
コニールと合流したシーラはユウキのいるキャンプ地に戻ると、状況の説明を行った。ユウキは話を聞くなりすぐに飛び出そうとしたが、シーラにそれを止められる。
「待ってください……そのまま行ったら姉さんが危ないかもしれない」
「こうやって話してる方が危ないだろうが! 早く行かないとアオイが……!」
ユウキはさらに文句を続けようとするが、シーラの顔を見てそれをやめた。シーラの泣きはらした顔を見て、ユウキはそれ以上文句は言えなかった。ここまでシーラの弱い表情を見るのは初めてだったからだ。
「……私の予想ですが、敵は待ち伏せて兄さんたちを見つけたら姉さんを人質に使います。ですから見つからないように姉さんを先に助けなきゃいけない」
「でもどうやってそれをする? 奴らもバカじゃないだろう?」
コニールはシーラに尋ねるが、シーラは着火剤に使っていた火薬を手に取っていった。
「兄さんたちが出てから30分後に私が注意を引くために音を出します。そしたら兄さんはその合図と共に“崖から降りて”奇襲してください」
「「は?」」
シーラの作戦にユウキとコニールの二人は共に疑問を浮かべた。
「やつらが城からの追手なら、その目的は兄さんと何よりコニールの逮捕のはずです。なら最終的には敵の方から居場所を教えてくれる。そして向こうが居場所を教えるなら、絶対に崖を背にするはず。10人くらいじゃ360°の警戒線は作れないから」
「そんな都合のいい展開があるのか……!?」
コニールはシーラに尋ねるが、シーラは近くの山を指さして答えた。
「思いだして。私たちがここでキャンプをしてるのは明日山を越えてオレゴンに向かうため。……つまりこの辺は待ち伏せをするには適した山地なのよ。だから敵もここで網を張ってたんだろうけど」
シーラの説明にユウキもコニールも納得せざる得なかった。そしてシーラは説明を続ける。
「敵は崖を背にして待ち伏せをするだろうけど、兄さんの身体能力がどれだけのものか、多分よくわからないはず。城での戦闘の話を聞いたところで、実際に見なければ信用できないくらいには兄さんの能力はメチャクチャですから」
× × ×
そしてその作戦は上手くいった。20mもある崖から飛び降りれるやつなんていないというインジャの常識的な判断が仇になった。しかしシーラとユウキは一つ、大きな誤算をしていた。それは目の前のインジャの戦闘能力を過小評価していることであった。
コニールから話は聞いていたが、その多寡がよくわからなかったのだ。そう、実際に見なければわからないくらいに、インジャの戦闘能力は群を抜いていたのだから。




