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――パンギア城王の間。先日の異邦人狩りによる騒動の中、壁が物理的でも魔法によるものでもない、謎の力できれいにくりぬかれており、補修工事が急ピッチで進められていた。パンギア王は大臣であるゼイビアと共に玉座に座りながら執務を行っていた中、兵士が一人報告のために王の間に入る。
「陛下! 異邦人狩り追撃作戦における、例の男を呼んでまいりました!」
「うむ。入れるがよい」
「はっ!」
パンギア王が許可をすると、兵士は王の間の扉を開ける。そこにはいかにも柄の悪い男が3人立っており、その中でも際立っていたのが真ん中に立っていた、髪を逆立てた半裸のジャケットを着た男だった。筋肉が服に収まりきらないのか、服の裾が破られており、野性味を感じさせた。
「ははは! ようやく俺様の出番て訳だ!」
そしてその態度も見た目に応じた粗野なものだった。周りが王の前ということもあり多少なりとも委縮しているのに対し、3人の男は我関せずにと歩いて入ってくる。
「……うむ。相変わらずだな。インジャよ」
その男――インジャが来たのは3か月前だった。西大陸から来たというその男は、パンギア王国で主催していた剣技大会に“素手”で参加していた。そして完全武装している相手をすべてなぎ倒し、優勝していたのだった。
だが、パンギア王国はこの男を使うことに相当の躊躇をしていた。何故なら態度が完全にチンピラのそれであり、事実街中で暴れたり、いつの間にか同じように野蛮な部下を従えていたりと、抱えることによるリスクのが大きかったからだ。
だがその圧倒的な強さを他国に渡すリスクのが大きいため、結局飼い殺しという選択肢を取ることになった。とはいえその程度で済む男ではなく、盗賊団を組織して各地で勝手に行動しはじめたりと、扱いに大変苦労することになっていたが。ここに呼ぶのにすら、相応の時間と何人もの犠牲を出していた。
「お主に任せたいのは、わが国を出奔した元騎士コニールと、異邦人狩りの追撃だ。彼奴らが向かうおおよその場所はわかっている。話はここに来るまでに聞いているな?」
王としても話を早く切り上げたいためか、最低限度の言葉で済まそうとしていた。だがそのことを知ってか知らずか、インジャがにやけながら王に言う。
「ほう……あの女騎士か。異邦人狩りってのはガキだと聞いていたが、全員俺の好きなようにして構わねえんだな?」
「うむ。……そもそもお主らが我の言うことに従うかも怪しいがな」
「ヒャヒャヒャ……言うねえ! 王様!」
インジャが下品な笑いをすると、周りの男たちも同じように笑う。インジャの下には同じような盗賊崩れが多く集まっており、その品性も似たようなものだった。
「兄貴ぃ! あのコニールを俺たちが好きにしていいんですかい!?」
部下の一人が興奮気味にインジャに尋ねる。コニールの名はパンギア国内でも非常に有名であり、絶世の美女かつ騎士の中でも有数の実力者ということで、ファンも大勢いた。その女を好きにできるという絶好の機会に、その野蛮人たちが興奮しないはずがなかった。
「おうよ! コニールだの異邦人だの、俺様に敵うわけがねえんだからよ! アッハッハッハ!」
パンギア王とゼイビアは鼻白みながらも静観していた。このような野蛮人を仕えさせているだけで、王家へのイメージダウンにつながるが、その強さも王たちはよく知っていたからだった。周りに兵士が数十人いるものの、恐らくインジャはそれを秒殺してしまうだろう。
それはあの異邦人狩りも同じだった。逆に言えばこの男なら異邦人狩りを倒すか、もしくは異邦人狩りがこの男を倒してくれるかもしれない。これはパンギア王とゼイビアの狡猾な作戦でもあった。
× × ×
ユウキ達がパンギア王城を離れて4日目。オレゴンまであと1日ほどの距離まで来ており、今は森の中で休憩を取っていた。オレゴンに向かうためには山を一つ越えなければならず、整備されている街道は追手が待ち伏せている危険性があるため、野生動物や魔物と遭遇する危険性はあれど、山を直接越えるルートを取ることにしていた。
そのためこの日は早めの休息をとり、明日の過酷な道のりを越えるための体調を整える準備をしていた。まだ日が明るいものの、コニールたちはテントを広げ、食事の準備を行っていた。
そんな中、キャンプ地近くの川の側で、アオイは瞑想を行っていた。横にはシーラがついており、手には分厚い辞書のような本を持っていた。
「……今、姉さんは水の精たちの群れの中にいます。精たちは姉さんを敵視していませんが、まだ味方でもありません。彼らに害意がないことを示すために、ゆっくりと魔力を放出してください」
シーラは瞑想するアオイに静かにアドバイスをする。アオイはこめかみから汗を流しながら、ゆっくりと魔力を放出させていく。ここまでの旅の中で、シーラから魔力に関するレクチャーを受け、形だけながらも魔力の扱いが行えるようになっていた。そしてアオイは魔力を範囲をさらに広げる。
「……っ!? シーラ……これは大丈夫なやつ?」
アオイは広げている魔力に何か違和感を感じるが、シーラは優しくアオイに言う。
「ええ……大丈夫です。次は彼らに心で話しかけるようにしてください。口に出してはいけません。精たちを刺激してしまいますから」
シーラのアドバイスを受け、アオイは念じるように心の中で言葉を発する。今アオイが行っているのは、魔力を実際に魔法に変換する特訓だった。シーラは精霊の力を借りるようにアオイには言っているが、実際は精霊なんてものは存在しない。ただ魔法を使うにあたり、そういうイメージをすることで魔法を具体化するという工程が存在し、その訓練をしているのだった。
そしてアオイの胸あたりに徐々に水が作られていく。それは最初は数センチくらいの大きさだったが、10センチ、20センチとどんどん大きくなっていく。
「こ……これでいい!?」
アオイは目を開けると、自分の目の前に水の玉が作られているのが見えた。そしてゆっくりと手を動かすと、水の玉も同じように動く。嬉しさをこらえきれず、アオイはシーラの方を見る。
「で……できた!」
最後にアオイはその玉を持つイメージをし、実際に腕を動かさずにその玉を振りかぶって投げるイメージを行う。そして玉はそのイメージ通りに動き、アオイは近くの木に思いっきり玉を投げつける。すると水玉は勢いよく飛んでいき、木にぶつかってはじけ飛んだ。
「……お見事です」
シーラは感嘆してアオイに言った。魔法を教え始めて3日。ここまでできた例は魔法学校でも見たことがなかった。元々不殺魔法ができていたこともあり、非常に高い才能を持っていることは確信していたが、ここまでとは思わなかった。
「これが初歩的な“エレメンタル”を使役する魔法です。地・水・火・風の4種類の魔法が存在し、この世の魔法はすべてこの4つのエネルギーを複雑に組み合わせたものになります。姉さんの使う不殺魔法も、本当は地と風のエレメンタルを組み合わせた魔法なんですよ」
シーラは解説をするがアオイの耳には入っていなかった。アオイは嬉しさから身体を震わせており、その勢いのままシーラに思いっきり抱き着く。
「やったやったやった! すごい! こんな事ができるなんて!」
アオイに抱き着かれたシーラは色々と複雑な感情のままアオイに言う。
「ま……まだ初歩の初歩ですから! こんな事はできるやつは5歳の子供だってできますよ! まだまだこっからですから!」
「でも! すごいよ本当に! ありがとうシーラ!」
アオイはシーラを思いっきり抱きしめる。アオイの出るところは出ている豊満な身体がシーラに押し付けられ、シーラはどう反応していいか困りながらアオイを抱きしめ返していた。おそらく結城葵だったなら、こんなことはできなかっただろう。ただアオイは今は魔法が使えるようになった嬉しさでそのことについて何も頭が回っていなかった。
× × ×
「あいつらか……!」
アオイとシーラが魔法を使えるようになり喜んでいる最中、ある影が木陰に隠れてその様子を単眼鏡で見ていた。距離にして2km以上あり、警戒していればアオイたちからでも見つけられなくはない距離ではあったが、アオイたちはその気配に気づいていなかった。
「聞いた話によれば、異邦人狩り・コニール・女が2人の計4人だったな」
コニールたちはある大きなミスをしていた。今まで平原にいたことで追手が来ても遮蔽物がなく、すぐにわかるようになっていた。しかし森の中はそうはいかない。自分たちが木の中に身を隠せるが、それは相手も同じことだった。そしてこの3日間、全く追手の気配もなかったことが、コニールたちの油断を生じさせてしまっていた。
「どうします? 兄貴?」
単眼鏡を持った男の後ろからインジャが姿を現す。さらにその後ろには10人ほどの部下たちを引き連れていた。揃いもそろって野蛮さを隠しきれておらず、まさに野盗という雰囲気を纏わせていた。
「ヒャヒャヒャ……決まってんだろう?」
インジャは近くの木の幹を掴むと、握力で木を粉々に破壊する。その尋常でない握力に周りの男たちのテンションもさらに上がっていく。
「野郎ども! 準備はいいな! 女三人、捕まえたらお前らの好きにさせてやる!」
「「「うおおおおおおお!!!」」」
インジャの部下たちは、インジャの発破に歓声を上げた。そしてインジャはその様に満足を覚え、顔を歪ませながら叫ぶ。
「行くぜおらああああ!!!」




