6-3
「……これ、なんだ」
夜の平原で周囲が暗闇に包まれる中、焚火の明かりがポツンとあり、その明かりを4つの影が囲んでいる。その影のひとつ――ユウキは持っているお椀を指さしてシーラに尋ねた。その顔は誰がどう見ても不機嫌そのものと言えた。ただしそれはユウキだけではない。アオイも、コニールも同じ顔をしていた。
「え、何ってシチューですが」
シーラは全く気にせずに自分の作ったシチューを啜りながら答える。
「そうかシチューか。……シチューがこんな臭いするか!?」
ユウキ達の持っていたシチューからは生臭さとそれを強引にかきけそうとする大量にぶち込んだと思われるスパイスの香りが混ざり、激臭と化していた。シチューの色も何故か黒々とした赤色になっており、何かの肉らしきものが汁の中から姿を現していた。
「今日のメニューはさっきキャンプ設営中に捕まえたパンギアモグラのシチューです。血も大事な栄養源ですから、シチューの色はモグラの血の色ですね」
「血……血!?」
アオイはクンクンとシチューの臭いをかぎ、そしてえずいた。
「うえっ……! 本当に血の臭いだこれ……! というかシーラは何にも思わないのこの臭い……!」
シーラはシチューのお椀を傾け、汁をグイッと飲み干す。そしてお椀がどけられて覗いた顔は、全く気にしてないどころか実に美味そうに食べるシーラの顔だった。
「いや、血の味美味しくないです? コニールは騎士の訓練でこういうのよく食べるでしょ?」
コニールは嫌々首を横に振って答える。
「基本騎士は上流階級の人間ばっかだから、行軍食とはいっても普通の料理を食べるよ……。シーラの料理が野生味に溢れすぎている……どんなサバイバルなんだよ……」
とはいえ朝に激しい戦闘を行い、その後は追手に追い付かれないように8時間以上ぶっ通しで歩いてきた一行は疲れ切っており、我慢しながらもシチューを啜って食べた。が、食事は交代制にしようというコニールの提案に反対するものは誰もいなかった。
× × ×
食事を終えると、疲れのためかユウキ達はすぐにテントの中で横になってしまう。重量を犠牲にしてでも比較的大きいテントを用意したため、4人が横になっても十分なスペースがあった。――その分荷物持ちのユウキが苦労する羽目になっていたが。
ただし夜間の行軍は無いと想定しても、追手を警戒しない理由はないため、コニールが夜間の見張りを買って出ていた。元々騎士で一番訓練をしてきたのはコニールであるため、未だ子供と言っていいユウキ達を労わるためでもあった。
焚火の炎をじっと見つめながら、コニールは深く息を吐く。異邦人の調査を命じられてたった2日。このたった2日が激動すぎてめまいがしそうだった。なにせ政治的な問題を抜きにして、近い将来パンギア王国初の女騎士団長を見込まれていた立場が、あっという間にお尋ね者になってしまったのだから。
「なんでこんなことになっちゃったのかな……」
「……本当にすみません」
後ろから声が聞こえ、コニールはビクッと肩を震わせて振り向く。
「ユ……ユウキ君! 寝てなかったのか!?」
コニールの後ろにはユウキが立っており、コニールの独り言を聞いてしまったのか非常に申し訳なさそうにしていた。コニールは慌てて自分の座っている隣の地面をササッと払うと、ユウキを手招きした。
「とりあえず君も座ったらどうだい? ここ、空いてるから」
コニールに手招きされ、ユウキは少し恥ずかしがりながらもコニールの隣に座る。ユウキが隣に座ったのを確認すると、コニールは焚火で暖めていたキャンティーンカップを取り、ユウキの分のお茶を注いでやった。
「ほら、結構気温が寒いから。なんなら毛布使うかい?」
コニールは自分の横にあった毛布をユウキに渡そうとするが、ユウキは首を横に振った。
「いえ。大丈夫です」
「そうか……」
ユウキに拒否されてしょんぼりとするコニールだったが、代わりにユウキの方へ身体を近づけ、暖めあうように身体を寄せる。予想だにしない距離感にユウキは緊張して一気に体温が上昇し、本当に毛布が必要なくなってしまった。
「……寝れないのかい?」
コニールはユウキに尋ねた。
「……はい」
ユウキは答えるものの、自分から何か言うことはなく、会話が止まってしまう。そしてしばらくしてコニールからまたユウキに問いかけた。
「君は17歳で学生だったと聞いたけど、故郷で何かしたいことはあるのかい?」
コニールの質問は彼女にとっては“普通”の会話だった。コニールほどの才気ある女性なら目的意識や人生の充実感に困ることはなかったから。しかしユウキは逆にこの質問でコニールの人となりを把握してしまった。自分とは“真逆”であると。
「……いえ」
ユウキはそれ以上答えようがなかった。コニールからしたらそこからユウキの人間性を探る会話をするつもりだったのだが、ユウキからしたら質の悪い圧迫面接と同等でしかなかった。
結局、そこからまた会話が続かなくなってしまう。ただ一つ互いにとって幸運だったのは、見張りのための夜更かしであったことから、会話が頻繁に続かなくても気まずい雰囲気になることはなかったことだった。そしてそれは口下手なユウキに頭の中で言葉を整理させるための貴重な時間になってくれた。
「……コニールさんは、なんで騎士になろうと思ったんです?」
しばらく時間が経ってからのユウキの言葉は質問だった。初めのユウキからの質問にコニールは笑顔を浮かべ答える。
「そうだな……じゃあちょっと話が長くなるけど」
コニールは薪をくべ、自分のコップにお茶を淹れなおす。そして一息つくと話をつづけた。
× × ×
コニールは6歳までパンギア城下町の孤児院で過ごしていた。両親はコニールが2歳のころに魔物に襲われて亡くなったらしいが、コニールにはその記憶がなかった。人生の転機になったのは街で行われたチャンバラ大会で、そこで6歳の女の子にも関わらず、最長年齢14歳の男の子まで破って優勝したことだった。
そこで剣の才能を見込まれたコニールは騎士見習いとしてスカウトされ、貴族階級は持たないものの、ある貴族の養子という立場をもらい、コニール・ウェアライトになった。最初は女ということで甘く見られていたものの、10歳になるころには騎士見習いたちに敵はいなくなり、14歳のころには当時の騎士団長ですらコニールに剣で勝てなくなっていた。
そして16歳で正式に騎士になり、匪賊討伐や剣技演習などで多大な戦果を上げることになっていく。そして22歳のころには女性初の騎士団の中隊長まで任されることになり、その実力から次期騎士団長とまで噂されるようになっていた。
× × ×
「……ってなわけで、騎士になったこと自体は別に愛国心とかそういうのではなくて、流れっていうのは否定できないんだな。だからこそ、こうやって君についていくことにあっさり決断できたわけだが」
「ははは……凄いっすね……」
ユウキはコニールの経歴を聞いて、乾いた笑いしかでなかった。本来自分なんかでは声をかけることすら憚れるような圧倒的に住むステージが違う存在。
――そしてこう思うことこそが、ユウキの弱点であった。これまでの人生で成功したことがあまりにないために自分を卑下して考えすぎる。コニールやシーラの素性をあまり知らなかった最初のころは問題なかったが、この2日でその人となりが分かってきてからは、自分が貰い物の力で彼女たちに並んでいることに羞恥心を感じるようになってきていた。
そしてコニールもシーラもそこに気づいてやることはできなかった。ユウキと同一存在だったアオイがその素振りを見せなかったこともあった。
結局のところ互いに胸を打ち明けて話せる機会だったこの夜も、何も進展することができないまま更けていき、ユウキは寝るためにテントに戻ってしまった。
そしてユウキは次の日の朝から3人に対し壁を作りがちになってしまう。元々女性3人・男性1人とユウキには荷が重い人数バランスであり、時間が経ったことにより、勢いで何とかなっていた部分にヒビが入り始めていた。
そしてそれは最悪の形で表面化することになる――。




