5-3
シーラが自分の名前を明かしたことで、周囲は大きくざわめき、パンギア王たちも呆気に取られていた。少し落ち着いて何とか状況把握をしたパンギア王がシーラに尋ねる。
「なるほど……お主がロマンディ家の娘だと……。ディアナ殿は息災だろうか?」
「ええ、陛下。ディアナは私の曾祖母でございます。この二人もつい最近まで曾祖母の世話になっていたようで、曾祖母からこの二人の面倒を見るように申し付けられておりました」
ユウキとアオイの二人がディアナと関わりがあったという事実を知り、周囲がさらにどよめく。あまりに状況が理解できなくなったユウキは、立ち上がって小声でシーラに尋ねた。
「お……おい、これどうなってんだよ?」
「“ロマンディ”の名は伊達じゃないって事です。……この東大陸における魔法使いの系譜は辿っていくとロマンディに行き着くんですよ。その中で、兄さんたちが世話になったひいお祖母ちゃん……ディアナお祖母ちゃんですが、ロマンディの一族の中でも、特に偉業を残してるんです。……不殺魔法もひいお祖母ちゃんの発明ですよ」
「はえ~……あのばあさんそんなに偉い人だったのか……凄いとは思ってたけど」
「ただですね……」
「“ただ”?」
ユウキはシーラの発した不穏なワードが気にかかり不安になって尋ねた。シーラは顔を抑えながら苦い顔をして言った。
「この“魔法”はあと10分で切れます」
「「はぁ?」」
ユウキとアオイはシーラの言っていることの意味が分からずに聞き返す。シーラは少しイラつきながら答えた。
「だから、あと10分したらこの状況がもっと悪化するから、うんこ漏らすとかゲロ吐くとかしてさっさと切り上げてくれって言ってるんですよ……!」
「お前……何言ってんだ……」
あまりに酷すぎるシーラの発言にユウキは一歩引きながら答えるが、シーラは周りを見渡しながら焦りが見え始めていた。その様子を見て、ゼイビアがパンギア王に改めて言う。
「陛下! 惑わされてはなりません! この者がロマンディに連なる者である証拠はございませんし、仮にそうだとしても今この場で伝えることに何の関係がありましょうか!」
ゼイビアの強い姿勢を見て、シーラは違和感を覚える。――なんだ? あの大臣の態度からは、政敵を排除したいというものより、個人的な“恨み”、もしくは“欲求”が感じられる、と。
「……コニール、あいつと何があったの?」
シーラは跪いているコニールに声をかける。コニールは顔を上げはしないが、答えることに逡巡しているのはシーラからも見て取れた。シーラがコニールから聞いているのは、コニールの政治的な立場の不安定さと、その境遇だけだった。そしてゼイビアの行動からは、恐らく聞いていない“何か”があることは明白だった。
「私は…………」
コニールには言えなかった。ゼイビアの“誘い”。それがコニールを陣営に引き込むことではない、コニール自身の“身体”を狙ったものであると。そしてシーラは察した。そのコニールの沈黙が、何を指しているのかを。
「……今、私は一つ想像してることがある。多分、コニールも私が何を想像してるかわかってると思う。もし、この想像が合ってるなら、頷いてくれる?」
コニールはしばらく何も反応を示さなかったが、長く考えた後、ゆっくりと頭を上下に動かした。その動作を見て、シーラは目を瞑る。
「…………ちなみに無理やりは?」
コニールはそこには首を振った。シーラはため息をつき、黙って前に歩いていくと、王と話しているゼイビアの前に立つ。急に目の前に来たシーラを訝しむような目でゼイビアは見た。
「急になんだ! さっきから黙っていれば、ふけ……」
シーラが拳を握りしめるとゼイビアの顔面に思いっきり叩き込んだ。あまりの急な展開に全員が口をあんぐり開けて事態を呑み込めないでいた。それは殴られたゼイビアも同じで、自分が何をされたのかを全く理解できていなかった。そして遅れてやってきた頬の痛みでようやく自分が何をされたのかを悟る。
「貴様……なんのつも……!」
だがシーラはもう一発ゼイビアを殴り、ゼイビアは顎を揺らされ昏倒して倒れた。そしてその場にいる全員がようやく状況を把握し、兵士の一人が叫ぶ。
「そ……総員! 構えーっ!」
周囲の兵士が剣を抜き、ユウキ達を包囲する。コニールもさすがにこの状況では身体を上げ、脂汗を流しながらシーラの肩をつかみに行った。
「な……何やってんだ君はぁ!!!???」
遅れてユウキとアオイもシーラに駆け寄る。ユウキもさすがにシーラの暴走に慌てており、コニールと同じく大量の汗が額から流れていた。
「お前“頭脳派”の意味を一回辞書で調べてみろよ!!!???」
「え、知的能力が高いとか、頭の回転が速いとかでしょ?」
「そういうことじゃねえよ!!!」
あっけらかんに答えるシーラにユウキはキレながら言った。
「どう収集つけるんだよこの状況!? というかなんでいきなりぶん殴ったんだよ!?」
「だって……こいつ……」
シーラはユウキとアオイの耳元でボソボソと話す。そして事態が飲み込めたユウキとアオイも額に血管を浮かばせ、ユウキは不殺魔法がかかった剣で、アオイはそのまま倒れたゼイビアに蹴りを入れていた。
「君たちまで何やってんだぁ!?」
コニールはユウキ達を慌てて止めようとするが、シーラはコニールの手をつかんだ。
「……ごめんね荒事になって。ただこうするしかなかった」
「シーラ……君は……!?」
シーラは自分たちを囲い始めている兵士たちに目を通す。パンギア王は今の騒動ですぐに席から離れ、兵士たちが王を守るために囲んでいた。
「このクソ大臣はパンギア王に入れ知恵して、昨晩の晩餐会の襲撃はスズキセンパイとつながっている兄さんたち、そして兄さんたちを招き入れたコニールの責任にするつもりだった。そしてコニールが排除できるならと王様は喜んでその案に乗った。……どんだけ嫌われてんのか知らないけど、こうなる前に手を打つ必要があった」
「君……まさか計算ずくで……!?」
驚くコニールにシーラは恥ずかしがりながら答える。
「いや……殴るところまでは完全にキレてたから勢いだったけど」
「勢いで大臣を殴るなよ……」
「まぁ、こうなったらもうコニールにも腹くくってもらうよ。もともと私がこうしなくても、じきにこうなってたんだからね」
「ああ~~もう!」
コニールは覚悟を決めて振り返る。そして数十人の兵士たちが自分に剣を向けている状況を自覚し、自分の今までの人生を振り返っていた。
「くそ……まさか会って1日足らずの子供に私の人生メチャクチャにされるなんて……!」
「じゃあこの状況を解決する方法があるけど」
「言ってみてくれ、その方法を」
「私たちを捕まえればいい。コニールが私たちを捕えれば、異邦人との繋がりの潔白も証明できて、なおかつ手柄を上げられる。いい方法だと思うけど」
シーラの提案にコニールは肩をすくめる。
「それができたら苦労はしない。ユウキ君に敵うのかって問題がまずあるし。それにだな」
コニールは剣を抜きながらユウキ達に言った。
「私も君たちがどこに行こうとするのか、今この世界で何が起きているのか、見ていきたいと思っているんだ。……君たちに付き合うのも、悪くないと思っているからな」
「コニールさん……」
アオイは潤んだ目でコニールを見た。その顔を見てコニールは恥ずかしがって顔を反らすが、それは自分たちが数十人の兵士に囲まれたままであるという現実に目をむけさせることになった。コニールは引きつった表情でシーラに尋ねる。
「……で、どうするつもりなんだ」
「おい、頭脳派。ちゃんと考えてるんだろ?」
ユウキがシーラを急かす様に問い詰めると、シーラは笑顔で答えた。
「はいはい。とりあえずまず私たちがすべきことは“城からの脱出”と、“城下町からの逃亡”ですね。だから、答えは簡単です」
背後からボコッと何かえぐれる音が聞こえ、ユウキとコニールは背後を見る。するとそこには2mほどの穴が壁に空いており、アオイが得意げな笑顔で二人を見ていた。
「“瞬間移動”の能力で壁をくりぬいた。ここは4階だけど地上20mもないかな。……私の能力で地上までシーラとコニールさんは飛ばせる。ユウキは私を担いでも、自分で飛べるでしょう?」
「アオイ……お前……!」
ユウキはアオイの積極的な行動に少し驚いていた。昨日のショックから立ちなおれているかどうかわからず、アオイを庇いがちだったからだ。アオイはそんなユウキの心中を察してか、少し怒ったようにユウキに言う。
「ユウキが私を心配してくれてるのはわかるけど。私たちは元は一緒でしょう? そんな私ばっかり弱い者として扱わないでくれる? ……私たちは“相棒”でいさせてほしいよ」
「“相棒”……」
アオイの相棒という言葉にユウキはハッとさせられた。――ユウキは内心アオイは絶対守らなくてはならない庇護対象だと認識していた。会う異邦人たち皆がユウキを“異邦人狩り”と認識していたが、アオイをそう見ることはなかったこともその認識を強くさせた。だがアオイも“結城葵”なのだ。
「……そうだな。悪かった、アオイ」
ユウキは謝ると剣を構えて兵士たちに立ち向かう。
「俺が時間を稼ぐから、シーラとコニールさんは先に下に行ってくれ!二人が下りたら俺はアオイと一緒に下に行く! 頼んだぜ!」




