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昨晩の晩餐会での騒動から一夜明け、ユウキは目を覚まして起き上がる。今まで見たこともないような巨大なベッドで寝たこともあってか、今までにない心地よい目覚めだった。左腕には包帯によるギブスが巻かれており、少し苦戦しながらベッドから降りる。
「あ……着替えこれどうすればいいんだっけ……」
左腕が使えないため、寝間着姿から着替える方法がわからずに難儀してしまう。そうこうしている内にドアがノックされる。
「兄さーん。私ですーシーラっすー」
「ああ……起きてる。入っていいよ」
ドアが開かれるとシーラだけが立っていた。アオイやコニールも一緒だと思ったユウキはシーラに尋ねる。
「シーラだけなんだな。アオイとかは大丈夫なのか?」
「姉さんはコニールに頼みました。姉さんの部屋で朝食を取ろうって話をしていて、今ご飯の準備してもらってます。兄さんは肩を怪我してますし、私が世話をしようって」
「助かるよ……世話になりっぱなしだな。俺もアオイも」
昨晩のシズク達との戦いの後、パンギア王に戦闘が終わったことを報告し、ユウキは城の医者から治療を受けさせてもらっていた。そして兵士たちが一矢報いることすらできなかった異邦人を倒したということで、ユウキ達はVIP待遇を受けられることになり、個室を割り当ててもらい、朝まで寝ていたのだった。
「これからどういう予定なんだ?」
ユウキはコニールに包帯を取ってもらい、手伝ってもらいながら制服に袖を通す。エルミナ・ルナに来るときに来ていた制服で、ユウキは基本制服を着て、その上にマントを羽織っていた。制服姿は目立ちやすいという配慮の下だった。
「とりあえず朝食を取った後はパンギア王に謁見して……あのスズキセンパイってのが言っていたオレゴンまで行くための手続きをする予定ですが」
「……待て」
「どうかしましたか?」
「いやお前、もしかしてオレゴンに行くのについていくつもりじゃないだろうな!?」
「え……なにいきなりそんな当然なことを聞くんですか……」
ついていくことがさも当然のことのように言うコニールに、ユウキは怒鳴って反論した。
「ここまで一緒に来れば、俺たちについていくのがどれだけ危険かわかるだろ!? シーラは全然無関係なんだし、これ以上ついてこなくなって……!」
「あのですね。私がいなかったらそもそも兄さんたちここまで来れてましたか?」
「うっ……!」
シーラの反論にユウキは言葉を失う。
「あと兄さんたちについていくのは私にも利があるからです。異邦人の技術をどこかで学ぶ機会があるとするなら、兄さんたちについていくのが一番でしょうしね」
「だけどさあ……」
なおも反論しようとするユウキに、シーラはため息をついて顔を近づける。急に近づいてきたシーラにユウキは緊張して顔を赤らめる。
「それにですね、ここまで関わっといて無関係なんて寂しいじゃないですか。私は正直に言えば、兄さんたちと一緒にいるのが楽しくなってますよ」
「そ、そうか……」
ユウキはそれ以上反論することもできず、黙って椅子に座ってしまった。シーラとしては自分の2コ年上で“兄さん”と呼んで慕ってはいるこの少年が、放っとけなくなっていた。自分と違って非常に危ういこの少年を。
「兄さんだって、女の子にいっぱい囲まれて得得じゃないですか~。姉さんに、私に、コニールって、同年代の男の子が見たら嫉妬で殺されてもおかしくないですよ」
「嫉妬て……ってコニールさんもついていくのか!?」
「そりゃそうでしょう。コニールの元々の役目が異邦人の調査でしょう? そりゃあ私たちについていくでしょうよ」
「“私たち”って言い方が少し気に食わないが……」
シーラの手伝いによる着替えと包帯の巻き直しが終わり、ユウキは黒いマントを羽織って立ち上がった。
「なんにせよまずは飯か。……アオイの事も心配だしな。早く向こうへ行こう」
× × ×
アオイは昨晩、シーラとコニールと共に女性用の部屋で3人で寝ていた。コニールは本当は自分の部屋及び、城の外に自分の家があるのだが、アオイの事が心配であったため一緒に夜を過ごしていたのだった。
今は侍女であるメアリーが運んできてくれている朝食を、部屋の机に並べていた。アオイは手伝ってはいたものの俯きがちになっており、明らかに元気がなさそうであった。コニールも何か声をかけるべきだとは思っていたが、どう声をかけていいものか測りかねていた。昨夜戦ったシズクの事や、異邦人と戦うことへの抵抗など色々と察しはするのだが、コニール自身がまだユウキとアオイの人柄について把握しきれていない面があった。
まだ会ってから1日も経っていない。彼らの素性も小一時間話を聞いた程度であり、何が好きで何が嫌いなのかも知らない。そんな状態で適当なことを言うべきではない、とコニールは考えていた。
そして黙りがちになってしまっていたアオイとコニールと一緒に食事の準備をすることになったメアリーはその空気の重さに辟易していた。メアリーは昨夜の事件については何も聞かされていなかったため、なぜこんなに空気が重いのか判断しかねる面があった。
「えと……確かアオイさんでしたっけ?私はメアリーと言います。普段はコニール様お付きの侍女として、仕えさせていただいております。以後お見知りおきを」
沈黙に耐え切れなくなったメアリーはアオイに自己紹介を行う。アオイは自分がずっと黙っていたことにようやく気付き、慌てて頭を下げて挨拶をした。
「わ……私はアオイって言います。よろしく……お願いします!」
アオイの返事にメアリーは笑顔で返した。その笑顔を見てアオイは心臓が高鳴った。
(うわ……めっちゃかわいいな……。コスプレじゃないメイド服なんて初めて見たし……失礼だけどお人形みたいだなんて思っちゃった……)
アオイは気分を紛らわせるために食事の準備に集中する。そしてそうこうしている内にドアが開かれ、シーラとユウキが入ってきた。
「お待たせーっす。兄さん連れてきましたよ」
ちょうど準備を終わらせたコニールが二人の席を掴んで案内する。
「ああ、こちらも準備ができたところだ。食事にしようか」
× × ×
ユウキ達4人はテーブルを囲んで食事を摂り始めた。流石王城の朝食ということもあり、主菜副菜スープにパンとお金がかかっている品目が並ぶ。昨日の晩餐会でたらふく食ったはずのユウキ達だったが、その後の戦闘で体力を消耗したこともあってか、食欲が十二分に発揮されていた。
「……それで、いつここを出発するんです?」
ユウキはパンを口に詰め込みながらコニールに尋ねる。
「そうだな……それなりの準備をしてから出発したいから、1週間は見てほしいが……」
「それは無理っす」
ユウキはきっぱりと言った。コニールのその返答が分かっていたのか肩をすくめながら答える。
「そうだよなぁ……。君が1日を争うレベルで急いでいるのは分かってる。だから、今日これから陛下に報告を行ったら、すぐに発つつもりだ」
「すぐって……オレゴンだってそんな近いわけじゃないでしょ?確か歩いても5日かかるとは思うけど」
シーラはコニールに尋ねるが、コニールは頷きながら言った。
「ああ。だがオレゴンまでの道のりは街道が存在する。宿場も用意されているから、最低限の準備で行っても問題はない。馬車の駅もそれなりの区間ごとにあったはずだからそれを利用してもいい。……急げば3日で着けるはずだ」
「3日……。ちなみにシープスタウンまでは?」
ユウキはコニールに尋ねるが、コニールは詰まりながら回答した。
「シープスタウンはだな……正確な日数がわからないんだ」
「どういうことです?」
「私が答えまーす」
疑問に思うユウキにシーラが手を挙げて言った。
「ここパンギア王国は東大陸の西端。で、シープスタウンは東大陸の東端にあるんですが、東大陸の中央には巨大な渓谷が存在するんですね。通称“天地の断層”。これが数十キロ近くの幅でバックリ割れてるので、東大陸は西と東でブッツリ別れちゃってるんですよ」
シーラの説明にコニールは頷きながら続けた。
「だから向こう側に行くには北側の渓谷がない雪原を抜けていくしかないんだが……ただこのルートを使うと今度はどれだけかかるかわからないんだ。だから、まずはオレゴンに行って、シープスタウンへの行き方はそれから考えよう」
「……わかりました」
ユウキは肯首して答えた。――が、少しして今の会話にツッコミを入れるべき点があったと思い、コニールに言う。
「……やっぱ、コニールさんも行くんですか。オレゴンに」
「そりゃあな。……というより仮に君たちと別れても、私には行かない選択肢が無いんだよ。だとするなら、一緒に行った方がいいだろう?」
「……了解っす」
ユウキは頷いたが、内心はコニールがなんでここまで冷遇されているのか気になっていた。しかしそれ以上にここまでの話で、アオイが全く加わらないことのが気になっていた。黙々と食事を続けており、やはり昨日の事を引きずっているように思えた。ただユウキもどう声をかけていいかわからなかった。自分もアオイと同じものを抱えているうえに、ここで気の利いた言葉をかけられるほど、コミュニケーション能力があるわけでもなかった。
結果として重い空気のまま食事が終わってしまい、片付けはメアリーに任せ、4人はパンギア王へ報告に行くために王の間へ行くことになった。




