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鈴木雫と結城葵が先輩後輩の関係だったのは、結城が中学2年生の時だった。クラスでもあまり活発的でない結城は、誰もやりたくなかった生徒会委員の役割を無理やり押し付けられていた。その際に生徒会で世話になったのが雫だった。
人付き合いが得意ではない結城であったが、雫は彼の内向的な性格を考慮して優しく接してくれていた。そんな雫に結城は内心あこがれるものがあったが、雫は当時生徒会長だった別の先輩と付き合っていた。
そして高校、大学と雫は進学していき、大学進学にあたって今まで付き合っていた男と別れ、大学の先輩と付き合うことになった。――そして、それが失敗だった。
× × ×
「私を“わからせる”!? ハッ! 何言ってるのよ!」
コニールの言葉に、シズクは吐き捨てるように文句を言う。
「そんな偉そうなこという前に、あんたみたいな雑魚がどうやって勝つか考えたらどう!?」
シズクはコニールに追撃をかけるべく向かっていく。コニールはアオイの左手を掴むと、次の瞬間に姿が消えた。
「消え……!」
アオイの瞬間移動能力を使い、コニールはシズクの真横へとワープする。
「体術はあまり得意じゃないんだが……!」
コニールはシズクを取り押さえようと手を伸ばすが、シズクは難なく反応してコニールの右手首を両手で掴んだ。
「合気の“四教”ってやつを見せてあげる」
シズクが手首を極めて捻り上げると、コニールは抵抗もできず身体が捻り上げられる。
「いだだだだだ!!!???」
力を込めることもできず、そのまま肩まで極められコニールは地面に押さえつけられる。だがコニールはこの一連の行動である確信を抱いていた。
「やっぱりな! 君の能力は!」
コニールは極められていない左手を動かそうとする。だがシズクは全く気にしていなかった。
「左腕が動かせると思うの!? 右手の肩関節が決まれば左の関節も……!」
「そんなのわかってるに決まってるだろう?」
コニールは近くに落ちていた剣を拾い、それを背後にいるシズクに突き立てる。
「その体術が武器の使用を想定しているかしらないが、剣の切っ先が関節の可動域より先へ、私は動くと思うけどね……!」
「くっ!」
シズクはコニールの腕を離して距離を取る。コニールは立ち上がると右手を握ったりして感覚を確かめる。筋を痛めたようだが、まだ我慢できる範囲に収まっていた。
「……君の能力は、その……相手の“ステータス”とかいうやつを、自分と同じにする。……これで間違いないな」
「……ご名答」
自分の能力を当てられ、シズクは薄く微笑んだ。
「とは言ってもあなたに使う気はないけどね。私のステータスはあなたの身体能力より、遥かに高いみたいだから」
シズクのギフト能力は“ステータスの同一化”。相手のステータスを自分と同じにするというものだった。コニールがそれに気づいた理由は2つあった。まず一つがユウキを倒したときと、それ以降の動きで何も変化が無かったこと。あのユウキを真正面から倒せるのなら、人智を超えた動きをしてもおかしくないのに一向にそれが見受けられなかった。そしてもう一つ。
「なるほど、君は相当に“歪んでいる”ようだ」
「歪んでいるですって……?」
「ああ、そうだ。“自分を相手と同じ”にするのではなく、“相手を自分と同じ”にするなんて、君の歪んだ性根が顕現しているようじゃないか」
コニールはシズクの動き一つ一つに美しさを感じていた。相応の努力が無ければ産みだせない、流れるような動き。だが同時に何か嚙み合わないものを感じていた。ユウキの肩を折ったときの邪悪に歪んだ表情を。
「相手が自分と同じ力なら、技術の差で絶対に負けないという自惚れが、君のその能力を作り出したのだろう。それを歪んでいると言わないで、何と言うつもりなんだい?」
コニールの指摘に、シズクは拳を握りしめて震えていた。
「ふざけないで……!」
シズクの脳裏に浮かぶのは、1年前に受けた屈辱だった。男相手でも負けないと思っていたのに、男の力で抑え込まれ、合気の技術も何も活かせなかった。自分がこれまでやってきた事は何の意味も無かったと刻み込まれた。
「あんたに何がわかるっていうのよ!」
「わからないと思うのか! 私が今の立場でいるのにどれだけ苦労してきてると思ってる! 少なくとも、お前のような子供に不幸自慢されるほど、伊達に歩んできちゃいない!!!」
コニールは剣を構え、シズクに向かっていく。シズクは両手を前に出し、合気道の構えの姿勢を取る。その構えを見て、アオイは顔を抑えながらコニールに叫んで言った。
「コニールさん! 鈴木先輩の合気道は相手の攻撃を捌くのが本命です! そのまま行ったら鈴木先輩の思うつぼ……!」
コニールが振りかぶった瞬間にシズクは身体を前に出し、剣を持っている手首部分に当身を入れる。剣の動作が途中で止められたコニールは身を翻そうとするが、シズクはコニールの足を踏んで動きを抑える。
「捕えた」
そしてコニールの右手首を掴み、シズクは勝ち誇った笑みを浮かべる。あとはここから捻り上げて投げるだけ。――しかし。
「捕まえたのはこっちの方だ!」
コニールはシズクに手首を掴ませたまま、身を翻した勢いを利用してその身体を持ち上げた。予期していなかったコニールからの反撃にシズクは受け身を取れず、そのまま背負い投げの要領で身体をぶん投げられてしまう。
「がはっ!!!???」
シズクは背中から地面に思い切り叩きつけられ、呼吸困難に陥り動きを止めてしまう。そのままコニールはシズクの右腕を踏んづけると、剣をシズクの胸に突きつけた。
「……君の負けだ」
「ごほっ……! が……ど……どうじで……」
自分よりはるかにステータスが劣るはずのコニールに投げ飛ばされるなんてあってはいけないこと、シズクはそう考えていた。だが、コニールが自分より強くなければ、今の投げは説明がつかなかった。
「簡単な話だ。私は君より努力してるからな。騎士が剣だけしか使えないなんてことが、あると思うかい? それに、君らの言うステータスは体重まで操作するのか? ……重さが変わってないなら、投げれない道理もないはずだ」
「は……ははっ……努力不足……言うのは……簡単ね……」
「……それに、君も私に負けて思うことができたんじゃないか」
「なに……よ……」
「自分の弱さなんて言い訳にすぎない。……とは言わない。どうしたって強い・弱いはあるし、男に力で敵わないのは私も一緒だ。挫けるなとも言わない。そんなことは誰にだって言う資格はない」
「何が……言いたいのよ……!」
「自分の弱さを他人に向けるなと言いたいんだ。私から見て今の君は、何かあった嫌なことを紛らわせるために、他人に自分の弱さを向けてるとしか思えないからな」
コニールの言葉にシズクは目に涙を浮かべる。何か言おうとして、それを言葉に出せず声に出ない声が口から漏れていた。コニールは優しく微笑むと、剣を捨ててシズクを抱き寄せる。
「大丈夫。とても辛いことがあったんだろう? 私が力になるから。それにここにはユウキ君やアオイ君もいる。……まぁ話を聞く限り特別仲が良くなかったとは思うけど、力にはなってくれるはずだ」
コニールは優しくシズクの頭を撫で、シズクはとうとう感情が抑えきれずに声を上げて泣き出した。その様子をアオイは放心して見ていたが、いつの間に戻っていたシーラがアオイの横に立っていた。
「まいったねこりゃ。これはコニールにしかできないっすね」
「そうだね……。少なくとも私たちじゃあ、先輩の側に立つなんて器用な真似は……」
アオイは“あるもの”を見て、言葉が止まる。そして急いでコニールたちに駆け寄ると、シズクの肩を掴んだ。
「鈴木先輩!」
「結城君……?」
シズクは必死の形相で自分の肩を掴むアオイを見て我に返る。そして自分の状況を思い出し、自嘲気味に笑った。
「あはは……そうか、HPが無くなったから……。ここまでか……」
シズクの足元から光が立ち上り、徐々にそれは身体の上へと上がってきていた。光が消えた箇所からは、身体そのものも消えており、アオイが何度も見た異邦人が消える様子そのものだった。
「こうなっちゃうと、もう……どうしようもないのよね。これを止めることは誰にもできない。……私も、何人もの異邦人を倒してきたから……」
アオイは消えゆくシズクの手を握り、その目を見ながら言った。
「私は元の世界に戻ることが目的です! でもそのためには異邦人がどういう組織なのか知る必要がある! お願いです! 異邦人は、どこに集まってるんですか!?」
「……東大陸の東端、“シープスタウン”。この世界に来た異邦人はまず最初にこの街に連れてかれる」
「シープスタウン……!」
シーラはその名前を聞いて思い当たる節があった。東大陸東端にあるパンギア王国とは隔絶された国。近年目覚ましい発展を遂げているとの噂だけが耳に入るが、正確な情報が入ってこず、誰もその実情を把握できていなかった。
「あと……北に行った山奥にある自治区……“オレゴン"に行ってみるといいわ。そこで“トスキ”という名前の異邦人が街を治めてる……今の私からよりは、話が聞けるはず」
「異邦人が街を治めてるだって……!?」
コニールはシズクに問いただそうとしたが、アオイは首を振った。もうシズクの身体の大半が消えてきており、時間が無かったからだ。
「最後にもう一つ……。HPが無くなって消えていく異邦人は、もうこの世界にはいられない。どこに行くかは……私にもわからない」
その言葉にアオイは心の中で何か重いものが落ちる感覚があった。――だが最後にどうしてもシズクに伝えたいことがあり、その考えを一旦隅においやった。
「鈴木先輩……! もし、私が……結城がまた会えたら、相談してください! 力になれるかわからないけど……! 私は……俺は……!」
アオイの告白にシズクは目を見開き、そして微笑みながら答えた。
「……ごめんね。君に八つ当たりみたいに文句を言ってしまって。あと……コニールさん、あなたのおかげで私は気づかされました。ありが……」
言い切る前に、シズクの全身が光に包まれ、消えていった。シーラは周囲を見渡すが、他二人の異邦人もすでに身体が消え去っていた。遺留品一つ落ちておらず、先ほどのシズクの言葉以外に手がかりは何も残されていなかった。
「ったく、やりづらくなって」
シーラはアオイに聞こえないように愚痴をこぼす。今のシズクとのやり取りは、ユウキとアオイの中に暗い影を落としていた。まず1つに“不殺魔法”がもしかしたら意味が無いのではという予想。気絶して消えるだけかと思っていたものが、もしかしたら殺していたという事と同義ではないかという不安。そして2つめにシズクが何かしらの暗い過去を持っていたこと。それは別の予想を彼らの心に残していった。
「異邦人は、何か挫けることがあって、この世界に連れてこられたのか……?」
アオイは頭の中に浮かんだ予想をつい口に出してしまっていた。自分も同様に挫けた状態でこの世界に連れてこられていた。そして今までであった異邦人たちは皆、しがらみから解放されたかのようにこの世界で悪事を行っていた。それが心の傷の裏返しであったなら――想像できることはいくつもあった。
アオイは急に悪寒を感じ、自分の肩を抱きかかえた。震えが止まらず不安で胸が押しつぶされそうになる。だが、何か暖かい感覚を背中に感じた。誰かの手が優しく自分の背を擦ってくれており、そしてその感覚はすぐにわかった。
「ユウキ……」
ユウキがアオイの不安を感じ、励ますようにその背を支えていた。アオイが不安に感じているならユウキも無論不安に感じているはずだが、今の彼には結城葵であった頃とは大きな違いがあった。――それはアオイがいることだった。
「まずは、鈴木先輩の言っていたオレゴン、そしてシープスタウンを目指そう。……何もかも考えるのは、それからでいい」
「……うん」
アオイはユウキの手を掴むと体の震えは止まった。ユウキがそうであったように、アオイが結城葵であった頃は大きな違いがあった。――それはユウキがいることだった。




