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異邦人狩りーーユウキとアオイ  作者: グレファー
第30話 幕間〜インタールード〜
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30-4

 ――ヴィアルノの新しい王、コニールの婚約者が異邦人。そう話したスレドニにユウキは疑問をぶつけた。


「異邦人って……。どうしてそれがわかるんだよ?」


 スレドニはメアリーに目を向ける。メアリーは頷き、それを見たスレドニはユウキの質問に答える。


「あくまで“可能性”だ。でも、俺もメアリーも“あいつ”は異邦人だと思ってる。……いくつかの疑問があったうえでだけどな」


「疑問?」


「……幼馴染なんだよ。俺とメアリーとその新しい王……“ライル”は」


「それはまた……でもなんで疑問なんだ?」


 ユウキの問いにスレドニは呆れながら返答する。


「お前はマジで言ってんのか……。お前はこっちの世界にどうやって来たよ? 他の異邦人たちは? ある程度向こうで成長してからこっち来てんだろうが。俺たちが知ってるライルは、ちゃんと両親がこちらにいて、ちゃんと母親から産まれてきてたぞ」


「……“転生”ってことね」


 アオイは思い浮かんだワードをつぶやいた。自分がよく知るような異世界への転生。というより向こうの姿そのまんまでこちらの世界に来ている自分たちはそもそも転生では無いと言えるだろうが――アオイは一つの考えが頭をよぎったが一旦無視した。


「心当たりがあんのか? まぁいい。とにかくライルの奴は昔から妙に頭が良かった……というか知りえないことを知っていたり、変に強かったんだ。努力とか才能とかそういうものを踏み越えた……全く異質のものだった」


「……それってさ」


 ユウキはスレドニに質問しようとするが、スレドニは手を突き付けて言葉を止めた。


「言いたいことはわかるよ。俺が奴を妬んでるとかってことだろ? ……だから可能性なんだ。俺とメアリーの中じゃ、黒に近いグレーってことだ」


 そこまでの説明を聞き、ユウキは納得したように腕を組んだ。


「なるほど。……で、あとはセシリーさんの方か。こっちの方が重要な話っぽいけど」


「そうね……何の因果か、私もヴィアルノの王家に用があってね。ヴィアルノの王家が封じているという“邪神”に」


「なんかもうよくないワードが聞こえているんですけど……」


 アオイはセシリーの言った邪神という単語に引っかかりを覚えて尋ねるが、セシリーも当然わかっていたのか微笑みながら返答する。


「何も邪神を復活させようとか、異端の邪法を使おうとかそういう事じゃなくてね。今のシーラの体調不良の原因が、世界樹の接ぎ木を使用したものである可能性は非常に高い。神の気に触れたからとか、そういう体調不良は結構過去に例があるのよ。そしてそれの解決方法も過去に例がある。……簡潔に言えば別の神様の力を借りるっていうね」


「大丈夫なんですか?」


 アオイは不安になりセシリーに尋ねた。しかしセシリーは空笑いしながら答える。


「多分……。とはいえもうこれしかあの子の治す方法が思いつかないから……。ユウキ君、アオイちゃん、お願い……力を貸して」


 セシリーはユウキとアオイに深々と頭を下げる。目上の大人が頭を下げてきたのを見て、ユウキは慌てながら答えた。


「ちょ……ちょっとセシリーさん! 顔上げてください!」


「お願い……!もうこれしかないの……!」


 セシリーはなおも頭を下げ続ける。セシリーはユウキとアオイの目的を知っている。そして寄り道している時間がないことも。しかしアオイは一切迷うことなくセシリーに言う。


「大丈夫ですセシリーさん。……むしろ私たちの力を貸させてください」


 アオイの答えを聞いてセシリーは顔を上げる。


「アオイちゃん……!」


 セシリーはユウキの方も見るが、ユウキの表情にも迷いはなかった。二人ともシーラを助けるための決意を固めていた。


「次の異邦人がいる場所がわかって、そんでもってシーラを助ける方法もそこにある。……なら迷うことはないです」


 ユウキはアオイに目を向けながら言い、アオイはセシリーを真っすぐ見ながら言った。


「シーラは私たちの仲間……かけがえのない友達です。……絶対に助けます」


「ありが……とう……!」


 セシリーは泣きだしながらアオイに抱き着く。アオイは泣いているセシリーを慰めるように頭を抱きかかえた。それを見て、ユウキたちは部屋から出ていく。兎にも角にも次の目的地は決まった。そしてその出発日も決まっているようなものだった。コニールの迎えが3日後に来るため、それに合わせてヴィアルノに出発することになった。


× × ×


 話が終わり夜が更け、アオイは自室のベッドに腰かけていた。朝から色々なことがあった1日だった。軽く頭痛を覚えるくらいには様々な情報が舞い込んできており、どうしてもゆっくり考える時間が必要だった。


 そんな中、寝室のドアをノックする音が聞こえる。ちゃんとノックして来るのはコニールあたりかと思い、あまり身だしなみを整えずにドアの方へと向かう。


「はい。入っても大丈夫ですよ」


「おう、お邪魔~……っておい!?」


 入ってきたのはユウキだった。廊下の明かりで照らされたアオイの姿が、ローブを羽織っただけのほぼ半裸であるのに気づき、慌ててドアを閉める。


「おま……!色々ふざけんなよ!?」


 アオイもまさかユウキだったとは思わず、急いでローブを整えた。


「そっちこそなんで今更ノックをちゃんとすんのよ!」


「お前がちゃんとしろって言ったんだろうが!」


「い~~~!!! もう! いいから何の用なのよ!」


「なんのって……ちょっと話したいから来たんだけど」


「……わかったわよ。ほら、服もちゃんと着たからその辺座って」


 アオイはベッドの上のシーツを整えると、座るスペースを用意した。ユウキがそこに腰かけると、アオイもその隣に腰かける。


「で、何の用なの?」


 アオイが用件を尋ねると、ユウキは恥ずかしがっているのか、赤面しながら顔をそらす。


「いや~……その……あの……」


「何よ……気持ち悪いわね。別に私たちの中で隠し事なんてする必要なことあんの?」


「ん~……わかったよ。昼に聞こうと思って聞きそびれちゃったから聞きにきたんだけどさ。……お前、あのケンイチってやつとどこまで行ってたの?」


「……は?」


 予想外の質問にアオイの思考はフリーズし、表情も口を開けたまま固まっていた。ユウキもその質問をしたこと自体に恥ずかしがりながらも、質問を続けた。


「だからケンイチって奴と付き合うとこまで行ったのかって聞いてんだよ!」


「つ……付き合うって……いや……それは……」


 別に“無かった”の一言で何もなく終わりなはずなのだが、アオイは答えに窮していた。なぜなら向こうからアプロ―チがあり、アオイもそれを悪しからずと思っていたのは事実であった。それにケンイチを自分の手で倒してしまったという負い目もあってか、明け透けに何もなかった――とは言いづらい面もあった。


「その……まぁ向こうから割と言い寄られてたけど……すでに彼女持ちだったというかまぁ……悪い気分はしなかったけども」


「悪くはなかったのかよ……」


 ユウキはそのことにショックを受けていた。まさか女になった自分が他の男と付き合うことになるなんて、普通考えることではないからだ。オレゴンでアオイが攫われた際に、同様の懸念はあったが、素面の状態で男と付き合うとなるとまた話が違った。


「うえ~……でもまぁ仕方ないのかぁ……?」


 ユウキはベッドに倒れこむと、足をパタパタとさせる。ベッドからいいニオイがし、ユウキはそのことにも複雑な感情を覚える。


「……俺たちは元々“結城葵”だった。だけど、こうして3か月経ってさ、ユウキとアオイになって……もう大分変っちまったんだな」


 ユウキは寝ころびながら化粧台にも目を向けた。使い込まれた形跡が残っており、化粧台の上にはいくつかの化粧道具も置いてあった。


「俺の部屋にも化粧台はあるけどさ、全く使ってねーもん。朝顔洗って、寝癖を直したらそれで終わり」


「いや、ちゃんと身だしなみは整えようよ……」


 アオイは呆れるようにユウキに言った。とはいえ自分もシーラ達に教育されるまでは

同じようなものだったことを考えると強くは言えなかったが。


「まぁ……ともかくだ。……もう大分別々になっちまったけどさ。お前はこれからどうしたいと思ってる?」


「……? どうって?」


「……ちゃんと母さんの所に帰りたいと思ってるか?」


「と……! 当然でしょう!? 何言い出すのよあんたは!」


 ユウキの質問にアオイは怒りながら反論する。それを聞いて、ユウキは安心したように微笑んだ。


「ああ悪い。……でもよかった。それだけは変わってないんだ」


 ユウキは腰を上げると、アオイと同じ目線に合わせ、顔を真っすぐと見た。


「俺が話したかったのはそれだけ。……絶対に二人で帰ろうぜ。日本にさ」


「……うん。そうだね」


 ユウキもアオイも、この世界でもうかけがえのない絆を結び始めていた。恐らく旅の末にステータスや能力を無くすような事があっても、この世界で未来を築きたい。そう考えるようになっていた。


 それでも日本に一度帰るという目的だけは絶対にブレなかった。ユウキもアオイがそう考えてくれていた事に安心した。そしてユウキは立ち上がると、首をコキコキと鳴らす。


「さて……じゃあ部屋に戻るよ。あと2日後に旅が始まるから、明日からまた準備始めないとな~。……おやすみ」


「うん……おやすみ」


 ユウキは手を振って部屋から出る。そしてしばらく歩いて階段の方まで行くと、一旦そこで足を止めて、深く息を吐きながら腰を下ろした。


「ふはぁ~~~……。めっっっちゃ緊張した……」


 ユウキは心臓がバクバクしているのを、手を触らないでも実感していた。かつての自分とはいえ、美少女と言っても過言ではない半裸の女の子と、深夜の寝室に一緒にいるのはユウキには刺激が強すぎた。


「本当……もう“俺”って考えない方がいいんだな」


× × ×


 そうして2日後、コニールを迎えに来たヴィアルノからの使者が、エルメントの街にやってきた。コニールは侍女であるメアリーを引き連れ、迎えの馬車に乗っていく。見送りは誰もおらず、コニールは無言で馬車に揺られてエルメントから離れていった。――しかしその様子を、バノン家の一室からユウキは見ていた。


「……よし、怪しまれずに行けたみたいです」


 ユウキは同じく部屋で待機していた仲間たちにコニールの様子を伝える。部屋にはほかにアオイ、セシリー、スレドニ、テツロウの4人がいた。スレドニは荷物を確認しながらユウキに言う。


「よし……じゃあ俺たちも馬車に向かうか」


「いいの……あんたインジャの隊の副長なんでしょう?」


 アオイはスレドニに尋ねた。今回インジャとその部下はヴィアルノに行かないという事だった。しかしスレドニはユウキたちに同行を希望していた。


「仕方ないだろ。シーラの意識が無いから、兄貴に渡す報酬も無いわけだしな。……それに俺が兄貴の下についたのは、この時の為だしな」


「……複雑な事情があるってことね」


「それはおいおい説明していくよ。……セシリーさんだったか。あんたはいいのか?」


 スレドニは同じく旅の準備を整えているセシリーに問いかける。セシリーは頷いて答えた。


「ええ。学校の教職はすっぽかしても問題ないわ。それでロマンディの名を追われても構わない。もう迷わない……あの子のために私は前に進む」


 決意を新たにするセシリーに、テツロウは書類を渡しながら言った。


「セシリー殿。まずこちらが向こうのシーラが先んじて入院している病院への書状だ。偽名かつ私の関係者として向こうの病院に送っているから、ロマンディの名も、君たちの関係者という事もバレていないはずだ。そしてこれは」


 テツロウはもう一枚セシリーに書類を渡す。


「これは向こうの王への親書だ。邪神のことを調べるなら、ヴィアルノの機密に踏み込む必要が出てくるだろう。……その時に私の名前を使いなさい」


「ありがとう……ございます」


 テツロウは流石に今回の旅には同行しないものの、最大限のサポートをユウキたちに用してくれていた。ヴィアルノまで行く馬車、旅に必要な道具、当面の路銀。そして何より、ユウキたちとは別に、シーラが安静にヴィアルノに行けるように、手配まで行ってくれていた。ユウキは改めてバノンに対し、深く頭を下げる。


「すみません。この5日間……本当に助かりました」


「いやいいんだ。これくらいしか私にはしてやれないからな……」


 テツロウはユウキの下まで歩いていくと、その肩に手をのせた。


「もし全てが終わって、行くところが無ければ、一度ここまで戻ってきてくれないか。その時は養子として、君を迎えたいと思っている」


「そこまで……!」


 アオイはテツロウの提案に驚いていた。確かにユウキと仲がいいとは思っていたが、まさかそこまで考えているとは思っていなかったからだ。ユウキも同じくその提案には驚いており、少し考えてから口を開いた。


「……ありがとうございます。……俺、父親の記憶があんまり無いんです。幼いころに亡くなっていて……母も父も駆け落ち婚だったとかで、母以外に身寄りも無くて……」


 ユウキは目に涙が浮かんでいた。まさかこの世界で帰る場所ができるなんて、全く思ってもいなかった。そのことに、感情が溢れ出していた。


「……養子の申し出、本当に嬉しいです。全部終わったら、必ず報告します」


「ああ、待っている」


 そのやり取りを見て、スレドニとセシリーは小声で話していた。


「バノン家っていやあ代々悪徳法官で有名だったと思うんですがねえ」


「いや……その認識は間違ってないよ。まぁそれと個人は別なんだろうけどさ。ただ……」


「ただ?」


 スレドニが尋ねるが、セシリーは細目でスレドニを見て結局話を続けるのを辞めた。スレドニだって東大陸で悪名名高いインジャの強盗集団の一員であり、人のことを言えない悪人だった。ただセシリーから見て、ユウキとアオイの危うさも感じていた。世間的には悪人であるインジャやバノン家と付き合い、そしてその事にさして疑問を持たないことを。――それがどこかで何か決定的な歪みにならないかと。


「よし!行こう!」


 ユウキが掛け声を上げると、アオイも荷物を持ち、下に待機している馬車へと向かっていく。スレドニもそれについていくように歩き出し、セシリーはその予感を忘れることにした。


 そして4人はヴィアルノへと向かっていった。季節は秋から冬に変わり始めており、雪がちらつき始めていた。まるでこれからの旅路が困難なものになるであろうという暗示を示すかのように。

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