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異邦人狩りーーユウキとアオイ  作者: グレファー
第30話 幕間〜インタールード〜
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30-1

 アオイは目を覚ますと、ベッドから身体を起こし、近くにあった机からタオルを取る。そして顔をゴシゴシと拭くと、化粧台に向かい髪に櫛を入れてといた。結城葵であったことは適当な短髪であったため、絶対にやらなかったこと。しかしこの世界に来てからシーラとコニールの強い指導があり、日常として習慣づいてしまった。


「ふわあああ……ねむ……」


 アオイが今いる部屋は、ホテルのような洋室であり、ベッドに化粧台、さらにゲストが座れるソファーや机もあった。アオイもこの部屋に慣れているのか、髪を充分にといた後は着替えるために、一切迷わずに棚へと向かう。


「今日はどんな服着ようかな……」


 棚の中には何着もの服があった。女物の服を着ることにも慣れてきたのか、最近は見た目も気にする余裕ができていた。そして着ている寝間着を脱ぐと服を手に取った。


「今日は~……こんな感じの青のシャツで~」


「お~いアオイ~」


 突然扉が開かれると、能天気な声と共にユウキが部屋に入ってきた。黒マントは羽織っておらず、制服も今は脱いでおり、適当なシャツとズボンを着ていた。


「今日さ~ちょっと外行きたいんだけど……って、ん……?」


「…………」


 ユウキとアオイは互いにフリーズしてしまっていた。しかし数十秒経ってようやく現実を飲み込めたところで、互いに声をあげた。


「「どわああああああ!!!???」」


 アオイは右手をユウキに向けると、氷結魔法を唱えて、氷塊をユウキ顔面に叩きつける。


「入るときくらいノックしなさいよ!!!」


「い……いやだって、別にお前の部屋はいるのにそんなことしなくていいかもって……」


「うるせえええええ!!! だったら私の裸見て興奮すんじゃねええええ!!!」


「興奮って……はっ!?」


 ユウキは前かがみになってアオイの部屋から退散した。廊下に出たユウキは鼻血を流しており、近くのトイレへと向かう。


「こ……これは氷が鼻に激突したからなのか……きっとそうだ……」


 そしてトイレに向かう途中、恰幅のいい男性と目が合い、ユウキは頭を下げて挨拶する。


「あ……おはようございます」


 恰幅のいい男性はユウキに対し笑みを浮かべ挨拶を返した。


「うむ。おはよう。……朝からどうやら元気そうだな」


 ユウキは鼻血を押さえながら、その男性に愛想笑いを浮かべた。


「ははは……。ちょっと元気になりすぎちゃって……すいませんねテツロウさん」


 バノン家当主、テツロウは気にすることなく、ユウキの肩を叩いて笑いながら言った。


「なになに。気にすることはない。君たちの準備が整うまで、いつまでも我が家にいていいんだからな。君には感謝してもしきれないのだから」


 ユウキたちは5日前にストローズ魔法学校での戦いを終えてから、バノン家に居候していた。とはいえユウキもアオイも歩けるようになったのはつい2日前くらいの話であり、戦いが終わってから3日間はユウキもアオイもコニールも、怪我で身動きを取ることができず、ずっと割り当てられた部屋で横になっていた。


 バノン家当主であるテツロウは非常にユウキのことを気に入っていた。ユウキも素直にその厚意を受け取っていた。


 テツロウは5日前の事件をきっかけに妻と改めて向き合った結果、夫婦仲が改善することになり、ユウキはテツロウが土壇場で見せた妻への真摯さに好ましいものを感じており、二人は非常に親しくなっていた。


「いつまでも……ってわけにはいかないですが、あと3日ほどはお世話になりそうです。……その、“あいつ”が」


 ユウキが指した“あいつ”という言葉に、テツロウも少し険しい顔をして頷いた。


「……ああ」


 ユウキにアオイ、コニールの傷はすでに癒え、三人とも旅立とうと思えばすぐに旅立てられるほどには体調は回復していた。――しかしあと一人、いまだにベッドから立ち上がることができない人物がいた。


 近くでドアが開く音が聞こえ、ユウキとテツロウはそちらに目をむける。すると近くの部屋から、セシリーが姿を現した。


「あ……バノン殿、それにユウキ君……おはようございます」


 セシリーはテツロウ達に頭を下げる。その顔はやつれており、疲労が全身からにじみでていた。テツロウはセシリーに労わるように言う。


「うむ。おはよう。……大丈夫ですかな?かなり無理をしているようだが……」


 テツロウの労わりに、セシリーは無理やり顔に笑みを貼り付けながら答えた。


「いえ……大丈夫です。あの子のことを思えば……こんなこと……」


「シーラ……」


 ユウキは心配になりシーラの名を呼んだ。シーラは5日前にバノン家に連れてこられてから、今日までずっと寝込んでいた。熱が下がらず、意識も不明瞭な状態が続き、非常に危険な状態になっていた。


 セシリーは事件以降、学校には戻らず、ずっとシーラの看病を続けていた。途中ジェインもバノン家に訪れて、セシリーと看病を交代することがあったが、それでも何日も徹夜してシーラの看病を務めていた。


「セシリーさん俺も……」


 ユウキは俺も手伝うと言おうとしたが、セシリーは黙って首を横に振った。


「ううん。ユウキ君たちにこれ以上迷惑はかけられない。……心配しなくていいよ。私だって研究で何日も徹夜するなんて普通だからさ」


 セシリーはそう言うと、頭を下げて離れていった。ユウキはそれを見送ったが、そこで初めて自分がなんで廊下に出たか思い出した。


「しまっ……アオイのこと忘れてた!」


「ユウキ~!!!」


 後ろから怒った声が聞こえ、ユウキは恐る恐る振り向くと、そこには着替えが終わったアオイは怒った顔でユウキをにらんでいた。


「人の着替え覗いて、挙句人のこと呼んどいて放置とはいい神経してるね……!」


「それはお前も一緒……いててて!」


 アオイはユウキの耳を引っ張ると、無理やりユウキを連れて行った。


「今日は外に買い物に行くんでしょ! まずはコニールさんのとこに行かないと!」


「わかった! わかったって! だから耳離せ取れ……いたたた!!!」


 騒々しく離れていくユウキたちを見て、テツロウは微笑みを浮かべた。


「まったく……若いとはいいことだな」


× × ×


 ユウキとアオイはコニールが宿泊している部屋の前に着いた。ユウキは今度はきちんとドアをノックして、声をかける。


「コニールさん、入っていいですか?」


 ちゃんとノックをしたユウキを、アオイは顔を強張らせて見た。そのアオイの表情を見て、ユウキは苦い顔をしながら言う。


「だから普通はちゃんとするって……。別にお前相手には必要ないと思っただけなんだって……」


 しかし、しばらく待ってもコニールからの返事はなかった。ユウキとアオイは返事が無いことに首をかしげる。


「あれ? コニールさんいないのか?」


 ユウキは疑問を口にしながら改めてノックをする。すると、中から足音が聞こえドアが開かれた。ユウキはコニールが開けたと思い、笑顔で挨拶をする。


「ああすみません。おはようございます。今日ちょっと外出しようかと……」


「あれ? お前ら……」


 中から出てきたのはスレドニだった。予想外の人物にユウキとアオイは驚いて声を上げる。


「スレドニィ!?」


「な……なんだってあんたがコニールさんの部屋にいるのよ!?」


 あまりに大げさに驚く二人に、スレドニは若干狼狽えながら答えた。


「いや別に用事があったからいただけだろ……。何で俺がいちゃいけないんだよ」


 ユウキは恐る恐る中の様子を見た。もし中でコニールがあられもない姿になっていた時、スレドニに対する感情を抑えられるかわからなかったからだ。――しかし、ユウキの希望はかなえられた半面、別の理由で困惑することになった。


「あれ……あの人……?」


 中にはコニール以外に、メイド服を着た女性がいた。ユウキはその女性をどこかで見たことがあった。それに中にいる面々が重苦しい表情をしていることが更に気になっていた。ユウキが部屋を覗いたことを、コニールも察したのか硬い表情を何とか崩して、コニールはユウキたちを出迎える。


「ああ、ユウキ君たちか。おはよう。……そうだな、彼らにも話しておかないといけないか……。君たち、部屋に入ってくれないか?」


「は……はい……」


 コニールに招かれ、ユウキとアオイはおずおずと部屋に入る。最初は明るい雰囲気のまま買い物の誘おうと思ったのに、予想外の展開に二人とも緊張していた。コニールは二人を椅子にかけさせると、スレドニはドアを閉める。


 ユウキとアオイは何を話せばいいのかわからず、しばらく黙りこくってしまう。しかし他の面々も何も言葉を発することはなく、中で行われていた話が、何か重大なことであるということをユウキたちに感じさせた。


「……あの、なんでスレドニがここに?」


 ようやく出たユウキの質問がスレドニがなぜここにいるかだった。ようやくの質問がそれで、スレドニは呆れながらユウキに言う。


「そんなに俺がここにいるのが気になるのか……」


「いや、でもすごい気になるわよ。……コニールさんとの接点なんて、スレドニは殆どないでしょう?」


 アオイはスレドニにずっと疑問に思っていたことをぶつけた。コニールとスレドニの接点がユウキたちには一切わからなかった。確かにここまで一緒に旅はしてきてはいたが、コニールがスレドニと話しているところは見たことがない。ボスであるインジャならともかく、スレドニがここにいることもユウキたちには違和感しかなかった。


 ユウキたちの疑問にコニールは苦笑しながら答える。


「ああ。確かにスレドニと私は全く関りが無い。……今日の朝まではそう思っていた」


「今日の朝?」


 ユウキは気になったワードを復唱してコニールに尋ねる。コニールはドアの前に立つスレドニを見ながら言った。


「スレドニがこの部屋に来たのもついさっきだ。そこにいるメアリー……私が騎士だったころに世話になっていた女性を連れてな」


「あ! そうだメアリーさんだ!」


 アオイはその名を聞いて、やっと思い出した。パンギア城に世話をしてくれていたメイドだった。


「思い出してくださいましたかアオイさん」


 自分の名を呼んだアオイに、メアリーは頭を下げた。しかしわかったことで余計にユウキとアオイの頭には困惑が渦巻いていた。


「……で、なんでメアリーさんがここにいて、そんでもってスレドニと一緒にコニールさんの部屋へ?」


 スレドニはため息をひとつ吐くと、ユウキの質問に一つずつ答え始めた。


「まず一つ、メアリーはパンギア王国からある連絡を届けにコニールに会いに来た。そしてもう一つ、俺はそのメアリーと顔見知り……というか同郷の出身で、そのメアリーが持ってきた話に一枚噛んでるからだ」


「そうなの!?」


 突然出てきた情報にアオイは驚いて声を上げた。だが本題はこの次にあった。コニールは重い面持ちで、続けて話をする。


「……メアリーが持ってた話だが、少し厄介なことでな……。大事な話を今しなければならないんだ」


「大事な……」


「話……?」


 ユウキとアオイは嫌な予想が胸をもだけ、ようやく事の重大さを理解した。メアリーがわざわざ連絡しに来て、コニールが大事な話とわざわざ言ってきたということは、ある予想が簡単にできるからだ。そしてその予想は裏切られることなく、コニールの口から答えが出された。


「……私の旅はここで終わりだ。……君たちと別れなくてはいけない」

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