29-3
ユウキがケンイチに追い詰められていた時、アオイはユウキを近くの校舎内に飛ばしていた。壁を1枚隔てれば見つかりにくいだろうという判断だったが、結果的にそれは正解だった。そして飛ばされたユウキは完全に体力も消耗し、両腕も折れており動く事が不可能になっていた。
アオイがケンイチに対し接近したのは、校舎に近づく必要があったからだった。アオイが砲弾を飛ばした際、アオイもケンイチも校舎から20m以上離れており、まず薬を持っているケンイチを校舎に近づける必要があった。かつ校舎に近づけたら、動かさないための策も。
そしてそれらの策は全て功を奏し、ユウキに薬を渡すことに成功した。ユウキが薬のことに気づいてくれるかは賭けだったが、ケンイチの上着をユウキの近くに瞬間移動させた際、落ちた際にビンの音がするように移動させたため、気づくだろうというアオイの策略もあった。
「ユウキ!」
「おう!」
ユウキはアオイからの掛け声を受け、ケンイチに向かって走り出す。ケンイチはようやく本命の獲物であるユウキを見つけたことで、殺意をむき出しにしてユウキに向かっていく。
「うがあああああ!!!」
ユウキはケンイチに向かいながら大鎌を出現させる。自分より強い相手に通用しないと先ほど顔面が変形するほどに思い知らされた武器だが、ケンイチ相手には有効だと判断した。あの時は武術の達人であるハージュが相手だから、大振りの武器が全く効果を為さなかった。あの時に比べたらケンイチはそこまででもない――。
そしてユウキはケンイチに対し大鎌を振り、攻撃を加える。両手が接ぎ木とスマホで埋まっているケンイチは大鎌のリーチにたまらず足を止め、避けることに専念した。
「ユウキ! 止まるんじゃないわよ! アイラス!」
アオイはユウキとケンイチの間の地面に氷結魔法を放ち、地面を凍結させる。ケンイチは足を取られ転んでしまうが、ユウキが氷に足を踏み入れた瞬間、ユウキの足元から砂が出現し、滑り止めを役割を果たしてユウキは転ばずにすむ。
アオイは地面を凍らせると共に、近くの地面を左手で掴み、ユウキの足元に瞬間移動させたのだった。シーラとの戦いで魔法の使用に大きく制限がかかり、魔法と瞬間移動の能力を組み合わせて戦うという発想が鍛えられていた。
二人とも、この魔法学校での戦いで大きく成長していた。それは異邦人としてのステータスではなく、二人の人間自身の強さとして――。しかし。
「ギャシャアアアアア!!!」
ケンイチは大きく叫ぶと接ぎ木の先から巨大な火球が出現する。それを見てアオイは声を上げた。
「あれは……! 火の上級魔法!? ……私も鑑定していたから、魔法もコピーで使えるって言うの!?」
「グガアアアア!!!」
ケンイチが叫んだ瞬間、火属性の上級魔法であるファイグラスを放つ。アオイは必死に魔力によるバリアを発生させ、ユウキと自分の身を守るが、同時に鼻血が吹きだし始める。
「ガハッ……!」
「アオイ!」
「頭が……! あともう魔法は使えて1回……! 攻撃にも防御にも1回こっきりだからね……!」
ケンイチも異邦人としての“変質”を見せていた。“ギフト能力”と“ステータス”という、まさしく“チート”じみた力――。異邦人の本質がまさに現れていた。今までそれらを利用して戦う側だったユウキとアオイが、今初めてその理不尽に対し立ち向かわなければならない側だった。
「わかった! もう俺からは何にも言わない! お前の判断でそのあと1回を使え!」
ユウキは大鎌を構え、ケンイチに向かっていく。そして振りかぶりケンイチに対し大鎌を振るが、ケンイチは圧倒的な動体視力でそれを避けると、ユウキの顔面に数発パンチを打ち込んだ。ただのパンチではなく、妙に構えがしっかりとしており、ユウキの脳の芯にまでダメージが響いてくる。
「がっ……! 明神崩玉拳……!? そうか確かこいつの仲間が……!」
ユウキはバノン家で戦ったケンイチの仲間の一人を思い出した。インジャの名前に反応し、明神崩玉拳を使用していた男を。
「能力や魔法だけでなく、動きもコピーするのか……!」
ユウキは鼻を思いっきりかみ、鼻血を吹きだす。もうこれぐらいの怪我は慣れっこになってしまい、血が出たくらいでは気にもしなくなってしまっていた。
「まだだ!」
ユウキは目を背けずに今度はケンイチの拳をしっかり見て、その攻撃をかわす。自分より圧倒的にステータスの高い相手ではあるが、そのような相手にどう戦えばいいのか、今のユウキにはそれがわかっていた。
「早くてもなぁ! 大振りだったら予測して避けられるんだよ!」
この状況でユウキの集中力は極限まで高まっていた。自分が普段インジャやコニールにされていたこと、それをなぞって戦っていた。その動きを見てコニールはわが目を疑った。
「ユウキ君が……!? 彼はそんなにやれる子だったか……!?」
修行嫌いで集中力が続かない。コニールが知っているユウキはそんな子供だった。しかしこの1日の死闘の連続が、ユウキに変革をもたらしたようだった。コニールも実戦を経験することによる、実力の飛躍的な上昇には心当たりがあった。
ユウキはケンイチの攻撃を全て捌ききると、ケンイチの腹部に蹴りを入れ、校舎へと蹴とばす。ろくな防御姿勢を取ることもなくケンイチは蹴とばされ、校舎の壁に叩きつけられた。
「しまっ……! やったか……!?」
ユウキは一瞬焦ったものの、ケンイチの無事を確かめる。人に蹴りを入れたのはこれが生まれて初めてだった。特にこの世界に来てから、不殺魔法がかかった武器以外で攻撃を加えることは可能な限り避けていたからだ。しかしケンイチ相手にその余裕は完全に失われていた。
「う……ウゥゥガアアアア……!」
ケンイチは立ち上がった。しかし左腕が人体の可動域から大きく外れた位置に曲がっており、それを見たユウキとアオイは生理的な嫌悪感を感じた。しかしケンイチは一切に気にすることなく、不快音を立てながら左腕を、元の位置に戻していく。その様子を見てユウキは吐き気を感じ、口を押えた。
「な……アイツは痛みを感じてないのか!?」
アオイは何も言わなかった。なぜならケンイチの動きを見たことがあるからだ。目の前にいるユウキが暴走状態に入った際、痛みを感じずに身体を壊しながら動いていた。ケンイチにも同じ現象が起こっている。――もうケンイチにも時間が残されていない。
「ユウキ……もうダラダラやるのはやめだ……。次の1回で確実にケリをつけよう」
アオイは覚悟を決め、ユウキに言った。ユウキもアオイの覚悟を汲み、力強く頷いた。
「……ああ。わかった。俺ももう副作用がだいぶ回ってきている……全力で動けるのは次で最後だ」
ユウキは羽織っているマントを外すとそれを手に持った。大鎌は消しており、右手にマントのみを持った状態でケンイチと相対する。マントを外したことで、ユウキが今着ている日本での高校の制服が露わになるが、もうボロボロもいいところであり、あちこちが破けてしまっていた。
アオイもストローズ魔法学校の制服を着てはいたものの、上着は先ほど瞬間移動で飛ばしてしまったため、あちこち汚れたシャツとスカートだけの服装になってしまっていた。アオイは互いの恰好を見比べて苦笑する。
「学び屋に相応しい恰好なはずなのに、私もそっちもずいぶん汚くなっちゃったね」
「そうだな。この格好で日本に戻っても即通報されそうだ。……終わったらバノン家の人に頼んで仕立て屋に渡そうかな」
「飛行機をもらったり、昔話を聞かせてもらったり、随分バノン家の人と仲良くなったみたいね」
「ちょっと色々あってね……。あとでその辺ゆっくり話そうぜ……。お前の学校生活も結構気になるからなぁ」
ユウキとアオイはこの状況下で他愛のない話をしていた。それが困難に立ち向かうための必要なルーティーンだと二人ともわかっていた。何事もなく、明日を迎えるため。そして同時に覚悟を決めると、全く同じタイミングで発声した。
「「行くぞ!」」
ユウキが前に出て、アオイは後方でサポートの構えを取る。ケンイチは右手の接ぎ木をユウキに向けると、魔力を木の先に集中させた。
「グアアアアアアア!!!」
木の先から電撃の奔流がユウキへと襲い掛かる。雷魔法の上級魔法であり、魔法を放つと同時にケンイチの鼻から血が吹きだす。魔力切れの典型的な症状だったが、接ぎ木はそのケンイチの身体の悲鳴を一切無視して魔力を放出しつづける。
ユウキは電撃の奔流に襲われるが、マントを振って自身に襲い掛かる電撃を散らしていた。圧倒的な力で空気をかき乱し、自身に電撃が届く前に空気をかき乱すが、そんな簡単に防ぎきれるものではなく、手の先には電撃のダメージで激痛が走っていた。しかしそれでも退くことなく、マントで魔法を防ぎながらも1歩ずつ前に進んでいく。
「まだ……まだ俺はやれる!」
ユウキは1歩、また1歩と前に進む。右手の感覚はすでに失われており、マントは手に引っかかっているだけの状態になっていた。それでもまだユウキは倒れない。
「あと……あと20秒だけでももってくれ……!」
ユウキは電撃を防ぎきれなくなり、とうとう身体にもダメージが入っていく。全身の毛が電気で逆立ち、右手からは煙も上がってきた。
「う……が……あ……!」
ユウキはついに力尽き、右手の動きが止まると共に、電撃が全身を包む。激痛が全身に走り、ユウキは苦痛で叫んだ。
「うあああああああぎゃあああああ!!!」
しかしユウキに電撃が届いて2秒後にケンイチからの魔法も止まる。ケンイチもとうとう魔力が限界を迎え、動きが止まっていたのだった。
「ウガ……ガウ……!」
しかし痛みを感じないケンイチはあとはここから動けなくなったユウキにトドメを刺すだけ――のはずだった。
「ユウキ、ナイスファイト!!!」
後方でサポートをしていたはずのアオイがいつの間にかケンイチの懐に潜り込んでいた。ユウキがマントを振り回して大げさに防御をしている間に、その後ろからアオイが忍び寄っていたのだった。
「小細工なしの一発だ……! もうこれが効かなかったら、私たちの負けだ……! くらえ!ウェイラオン!!!」
水魔法の上級魔法を放ち、アオイの周囲から巨大な水流が発生して全てケンイチにぶつかっていく。アオイが一番得意な――シーラから初めて教わった水魔法。残り全ての魔力を使ってアオイはその攻撃を選択した。
「ガアアアアアウウウウ!!!」
ケンイチは再び校舎に叩きつけられる。しかし水流の勢いは止まることなくケンイチの身体を押し込んでいく。そして校舎にヒビが入り、ついにケンイチの背後の壁が壊れるほどの衝撃を叩き込み、そこで水の勢いは止まった。アオイは魔力を完全に使い果たし、その場で前のめりで倒れてしまった。
「お願い……これで終わって……!」
アオイはそう願ってケンイチの方へ顔を向けた。――しかし祈りは届かなかった。
「ダメか……!」
ケンイチはまだ立っていた。よろめきながらも一歩ずつこちらへ足を向け歩いてきていた。もうユウキも倒れて身体から煙を発し動かなくなっており、アオイも意識はまだあるが、身体はもう1mmも動かなかった。瞬間移動を使うための左腕を動かすことすらもう不可能なほどに。
「ユウキ……動ける……? 逃げて……」
アオイは何とかしてユウキに左手で触ろうともがくが、もうその動きすらできない。最後の水魔法で文字通り全ての力を使い果たしてしまった。
しかしケンイチも中々アオイたちの下へたどり着かない。ケンイチが痛みを感じない状態になっているとしても、もう物理的に身体が動く状態になっていなかった。
ピシッという音が響く。アオイはその音を聞いて非常に嫌な予感がした。そしてその音の在処を見ると、それが何か、アオイの予想通りの音だったことがわかった。
「うそでしょ……! 泣きっ面にハチってこと……!」
校舎が崩れかかっていた。ユウキが蹴りで壁を壊し、アオイが魔法で基礎にダメージを入れ、もういつ崩壊してもおかしくなかった。そしてユウキとアオイは今の攻防で校舎のすぐ側まで寄ってしまっており、瓦礫が崩れてきたなら二人とも下敷きになる位置にいてしまっていた。
「ユウキ……! 目を覚まして……! 動けるなら私の側まできて……!」
アオイはユウキを呼ぶが一切の返事がない。自分が動こうにも首から下の感覚がもう無い。絶対絶命だった。
そしてヒビ入る音に間隔がなくなり、連続した音につながっていく。それはすぐに崩れる音へと変わっていき、ユウキたちの頭上から瓦礫が降り注いできた。
「ユウキーーーー!!!」
アオイがユウキの名を呼んで叫んだ瞬間、ユウキとアオイの頭上に落ちてくるはずだった瓦礫が突然砕け散った。何が起こったのか理解できず困惑するアオイの耳に、聞きなれた声が聞こえてきた。
「……ははは。魔法を上手く使うにはホースで魔力をしっかり向ける。……さすがアオイさんのアドバイスは的確だな……」
「ケンイチ……君……?」
アオイはケンイチの名を呼んだ。そしてケンイチの方を見ると、ケンイチが瓦礫に埋もれながらも、アオイに笑顔を向けていた。
「大丈夫ですかアオイさん……。ガレキはぶつかりませんでした……?」
「どうして……ケンイチ君……!」
アオイは泣きそうな声でケンイチを呼ぶ。アオイの最後の魔法はケンイチの正気を取り戻させていた。そしてケンイチはその戻った意識で、最後の力を振り絞って、アオイたちを守るために魔法を使っていたのだ。――アオイからのアドバイスを思い出して。
「礼を言うのはこっちですよ……。ずっと止まりたいと思っていたのに、身体が勝手に動くんだ……。本当に苦痛に満ちた時間だった……。アオイさんと……異邦人狩りが、俺を止めてくれたから、最後にこうやってアオイさんを助けることができた……」
ケンイチが最後の力を使った代償はもう来始めていた。瓦礫の隙間から、光の粒子が点に昇っていく。異邦人が消えるときの光だった。
「私……ケンイチ君……!」
アオイは涙ぐみ、そしてなんて声をかければいいか。もうわからなかった。ケンイチは笑みを浮かべながら、アオイに優しく声をかけた。
「いいんです。……今わかったんだ。俺は、この世界を現実と思っちゃいなかった。だから、他人の物を盗んでも、他人を傷つけても、何も思わなかった。……その報いってやつが来ただけなんです」
「違う!」
アオイは涙で顔をグチャグチャにしながら叫んだ。
「それは私たちの方だ!私たちはこの学校の人たちに……ミクさんやケンイチ君を妬んでいた……! 私……俺なんかより、よっぽどいい人生を歩んでいるくせに、友達や恋人がいるくせに! 家族がいるくせに! だったら、俺が何したっていいだろって! そう……思っていたんだ……!最低だ……!」
「あー……そうか、鑑定の能力で見たとき、元男とか出てたっけアオイさん……。でも、俺があんたを好きになった理由もわかる気がする」
――“好き”。ケンイチの好意に気づいていたアオイではあったが、改めてそう言葉にされて、動揺してケンイチを見る。ケンイチは照れ臭そうにしながら話を続けた。
「最初は一目ぼれだったけど……知り合っていくうちに本当に素直に仲良くなれそうだなって思ったんだ。……付き合うっていうか、親友っていうか。ああ……だからか……ははは……。……今更気づかされた……ミクが俺の横にいつもいてくれたのって、本当に幸せなことだったんだ……」
「ケンイチ君……」
「……アオイさんと会えて本当に良かった。なんというか俺の本当に大事なものに気づいた気がするから。……なぁ、ミク。……今まで本当にごめん……俺……お前がいて……当然だと……」
言い終わる前に光がケンイチを包み込み、ケンイチは姿を消した。そして右手に握られていた世界樹の接ぎ木が音を立てて瓦礫の上に落ちていった――。




