29-2
アオイがオレゴンに囚われている間、アオイを連れ去った異邦人であるイサクから、異邦人についての話を聞いていたことがあった。
「アオイはゲームとかあまりやらなかったんですか?」
イサクはアオイの部屋で、椅子に腰かけながら尋ねた。アオイはイサクの“好感度操作”の影響下にあるため、イサクへの好意が最高に高まった状態だった。なので一切嘘も無く、イサクへ返答する。
「すみません……。スマホくらいは持っていたんですが、ゲーム機は中古のものしかなくて……。ソシャゲくらいしかやっていなかったし、そのソシャゲも熱心にはやっていなかったですね」
結城葵だったころは、ゲームをやらかなかったわけではないが、積極的にやっていたわけではなかった。家が貧乏で古いゲームしか買えなかったのもあるが、単純に無趣味というのもあった。
「……でも、さすがにこの世界での単語に引っかかる部分はあります。ステータスやら、チュートリアルって言葉も聞こえてきて……。まるでゲームみたいな」
アオイの言葉にイサクも同意して頷く。
「僕も最初は面食らいましたよ。同じくゲームっていうか、なんかゲームを元にした世界に転生したみたいな……。どっかで見たことあるやつだ! って感じましたしね。そんな感想を抱く人は結構多かったみたいですけど」
「……もしかして、この世界はゲームの中の世界とかなんですかね」
アオイはイサクに尋ねる。イサクもアオイの問いに腕を組んで考える。
「うーん……それも正直否定できないんですけどね。ただ、異邦人たちの中で、一つ伝えられているコツみたなものがあるんですよ」
「コツ?」
「今の自分がコントローラーか何かで操作されているって思い込むことで、身体の動きが変わるって話が。最初は何言っているんだって思ったんですが、実際その通りにやってみると、すごい動けるようになって」
いきなり突拍子もないことを話し始めたイサクに、好感度が操作されている状態のアオイですら、若干引いていた。
「ははは……まさかそんな」
アオイの態度にイサクも特に反応することはなかった。イサクも同意は得られないという前提で話していたからだ。
「ですけど、他のもっとクエストとかをクリアしてステータスを上げている異邦人たちも、同様の方法で動きが良くなったって言っていました。アオイも異邦人なら、同じようにすることで、身体を動かすことだけでなく、魔法もうまく使えるようになるかもしれませんね」
そしてその後、アオイは救出された。そして好感度の操作の影響が消えた際に、イサクへの嫌悪感も同時に戻ったものの、この話のことは強く印象に残ることになった。ユウキが暴走した時、医者であるケイリンがユウキの症状を“離人症”に似たものと診断した。
その症状がこの話と完全に一致していたからだ。自分をゲーム内のキャラと置き換え、操作するという感覚が。しかしこのことは誰にも話していない。ユウキには当然話すわけにもいかず、シーラやコニールに話しても、まず概念が通じないからだ。
× × ×
そして今、アオイはそのことが頭の中に必死に駆け巡っていた。ケンイチの暴走があの時のユウキの暴走と一致しているかはわからないが、少なくとも似たようなものなのは間違いなかった。
先ほどまで敵わなかったユウキに対し圧倒的な力でねじ伏せたこと、そして意識が無い状態で暴れまわっていることなど、あの状態と違うと言う方が難しかった。となれば、この状態のケンイチが行きつく先は、あの時のユウキと同じ未来。
「……身体が壊れるまで、暴走を続ける……。そんなことには、私がさせない!」
アオイは目の前で黒焦げになっているケンイチを見ながら言った。先ほど放った雷魔法はケンイチに当たって一時的に動かなくなっていた。ユウキに対する強い殺意か、アオイに対する想いが残っていたのか、アオイを見ても襲い掛からなかったために1発の先制を確実にすることができた。
戦闘によるダメージか疲労か、意識を失ったシーラを抱きかかえながら、コニールは今のアオイの攻撃にぼやいた。
「なんで……! 1撃で決めなかったんだ……!」
アオイが放ったのは雷の初級魔法だった。しかし本来ならアオイは上級魔法まで放つことができる。次から当たるかどうかはもうわからない。なら今の1発で決めるべきであった。しかし、アオイも当然そのことは分かったうえで、初級魔法を選んでいた。
(しまった。思った以上に“時間が無い”……!)
アオイの視界が歪み、頭に頭痛が走る。――先ほど飲んだ薬の副作用が、徐々に現れはじめていた。上級魔法を放たなかった理由は、撃てば確実に動けなくなってしまうこと、そして何よりケンイチの“防御力”を確かめる必要があった。
「ガァァァ……! ウガァァァ!」
ケンイチは呻きながらもアオイの方を見る。どうやら今の攻撃でアオイを完全に“敵”として認識したのか、アオイに対し構え始めた。その様子を見て、アオイは舌打ちをする。
(クソッ……。初級魔法でも結構効いてたのか……。だったら最初から決めればよかった……!)
ケンイチに対し割とダメージが通っているようであり、アオイは考えすぎだと後悔した。ユウキに対し実験で魔法を放った際、割と効いていないことがあった経験が、アオイを慎重にさせすぎた。しかし、元々ケンイチが動けることを前提にアオイは作戦を組んでいた。まだ予定通りにケンイチが動くにすぎない。
「ウゴアアアアアアア!!!」
ケンイチが雄たけびを上げ、アオイに向かっていく。確かに目にも止まらない速さではあるが、それはあくまで揶揄であり、実際に目に止まらないわけではない。仮に(物理的にありえないことは無視して)ケンイチが時速100kmの速さで動くとして、時速100kmの車は50mを2秒で進む。今ケンイチとアオイの距離は20mも無いため、1秒未満で飛び掛かってくることになる。しかし高速道路を100kmで走る車を目視できないなんてことはない。
「つまり……!」
目の前からケンイチが消える。目で追いきれない速さだが、“消えてこちらに向かってくる”ことはわかった。
「異邦人同士の戦いは、考えなしでするなってこと! それはウチのバカが実証済みだからね!」
アオイは左手を地面に着く。そして次の瞬間、周囲の地面がアオイの立っているところを除いて陥没した。アオイに向かっていたケンイチは突然生じた穴に足を取られ、スピードが付いた分派手に転んでいく。
「足を止めたわね……! こっちの魔法が効くってわかったならもう加減はしない……! ドナー……」
しかしアオイの詠唱は途中で止まり、アオイは腹部に衝撃を感じ大きくのけぞる。
「がはっ……!?」
そして同時に上空に飛ばした土塊が落ちてきて、穴に引っかかっていたケンイチに降り注いで土煙を上げる。アオイはその中に、目を疑う光景を見た。
「バ……バイク!?」
大型のツーリングバイクが、アオイが先ほどいた場所に倒れていた。エンジンがかかっているわけではないが、バイクを鈍器として扱ってアオイを攻撃したことがわかる。――しかし、アオイの一番の問題は“そのバイクがどうやって出てきたか”だった。
「バイクが偶然落っこちてて、それを偶々拾って私を殴った……!? そんなわけない!これは……ギフト能力……!」
そして今度は土煙を切り裂くように、煙の中から“白い球”が飛び出してくる。身体能力を強化されているわけではないが、アオイは煙のくゆる様子から、ギリギリで球を察知して避けることができた。
「また何かやってきた!? これもギフト……!」
そこまで言ってアオイは電流が頭の中に走る。そして急いで地面に手を付けると、瞬間移動能力を使い、周囲の地面を盛り上がらせた。それと同時に背面から衝撃音が聞こえる。なんとかダメージを負わずに済んだアオイは、背面に落ちたその球を見て、衝撃を受けながらつぶやいた。
「まさか……能力のコピー……!?」
アオイはこの能力をほんの少し前に見たことがあった。隠れて様子を見ていた近くの校舎から。それを見ていたのはユウキが生徒たちを――ケンイチと第五世代の異邦人とかいうエンドウと戦っていた時だった。
アオイはケンイチの方を見ると土煙が晴れ、ケンイチの姿が露わになる。するとケンイチの左手にはスマホが握られており、意識のないままスマホが勝手に操作されていた。
「右手に接ぎ木を持って、左手にスマホたぁ、ずいぶん器用なことしてるじゃないの……ながらスマホはダメだって教わらなかった?」
アオイは皮肉を言うものの、内心は完全にパニックを起こしていた。相手がただ野獣のように攻めて来てくれるから成立していた作戦が、突然現れた能力を前に完全に崩壊したからだった。ケンイチがあの状態で能力が使えること――いやそもそもあんな能力を持っていることすら聞いていなかった。
ケンイチの能力は“鑑定”であり、物の価値や相手のステータスその他の詳細情報を見るだけ。アオイはそう聞いていたし、なんならケンイチもそう思っていただろう。しかし接ぎ木を手にしたことで、ケンイチの新しい能力が開花しはじめていた。そしてアオイもそれに気づきはじめていた。
「鑑定した能力を、使うことができるっていうの……? 詳細を鑑定で理解しているから……? 接ぎ木が……ケンイチ君の能力を“進化”させた……?」
アオイは立ち上がるが、血の気が頭から引き、めまいを起こして膝がぐらつく。この状況でケンイチの真の能力が目覚めたことによるショックもあるが、それ以上に薬の副作用がどんどん強くなってきていた。
「もう時間がない……!」
アオイはある作戦を一つ思い浮かんでいた。正直これを思い浮かんだ時はアオイは自分が相当天才じゃないかと思いたくなるほどのものだったが、そんな画期的な作戦ですら全く成功するビジョンが見えないほどに状況は切迫していた。
「だけど……可能性があるってのはいいことね。……絶対元の葵じゃ思いもしないことだろうけど」
アオイの脳内のパニックはすでに消えていた。――そう、この作戦の素晴らしいところは“あいつ”が関わっていることだ。それだけでアオイの胸には勇気が湧いてくる。アオイはその勇気を確かめるように胸に手を当てるが、同時に少し赤面した。
「……未だに慣れないんだよなぁこの胸。本当、羨ましい立場なのはわかるんだけどさ」
アオイはそのまま内ポケットを探り、懐から鉄球を取り出す。鎖付きの船の策具を壊すための砲弾。しかしそのまま持ち歩くのは大変なので鎖を細くしたり、弾を小さくしたりの工夫をしても2つ持ち歩くのが限度だった。そして1発はすでにシーラとの戦いで落としてしまっており、これが最後の弾だった。
「くら……え!」
アオイはその弾をケンイチに向かって瞬間移動で飛ばす。ケンイチの目の前に突然現れたその弾は、鎖をケンイチの身体に巻き込んで、慣性のまま奥へ飛んでいく。ケンイチは突然鎖に絡まれ体勢を崩すが、すぐにその鎖を強引に引きちぎった。
「わかってる! それはユウキも引きちぎったからね! ……だけど、避けられなかったのもユウキも同じだった!」
今度はアオイはケンイチの方へ走り始めた。その様子を見てコニールは驚愕して叫んだ。
「何やってんだアオイ君! 死にたいのか!」
アオイがケンイチに接近したところで、何かできるわけがない。完全な自殺行為であり、本来はアオイは距離を取りながらケンイチを迎撃しなければならない。しかしアオイには今、前に“行かなければならない”理由があった。
「死にたくないけど……今は行くしかない!」
アオイは次に制服の上着を脱ぐ。そしてそれを瞬間移動で飛ばし、ケンイチの顔の目の前に落ちるようにした。一瞬視界が塞がれ、ケンイチは制服を振り払う。あまりに一瞬であるため、その間に魔法を放つことすらもできないほんの一瞬。本当はアオイはこの一瞬の間にケンイチの懐に飛び込む必要があったのだが、それができずにまだ数歩分の距離が残っていた。
「疲……れた……!」
アオイの身体を極度の疲労が包む。それは足を鉛のように重くさせ、ほんの数十メートルのダッシュすら、全力で行うことができなかった。
「アオイ君!」
コニールは直後に起こる凄惨な光景に目を瞑った。しかし予想に反し、ケンイチは動きを止め、目にほんの少し光が戻る。
「アオイ……さん……?」
「ケンイチ君……?」
アオイの上着がケンイチの顔に被さった際のアオイのニオイ。そのニオイがケンイチの正気をほんの少しだけ戻させた。
「俺は……おれは……!」
「ケンイチ君!」
アオイはケンイチに呼びかけるが、ケンイチの目から再び光が消えかかる。
「おれは……もうムリダ……! タノムアオイサン……! ……タスケ……逃げて!!! グアアアアア!!!」
ケンイチは顔をのけぞらせると、再び意識を失われ、暴走状態に戻る。――しかしアオイの目的はこの時間の間に達せられていた。
「ケンイチ君……わかった」
アオイはケンイチに左手で触れると、右手を校舎に向ける。
「君を……必ず“助ける”!」
そしてケンイチの“上着だけ”がその場から消える。そのアオイの行動にコニールはただ呆然としていた。
「何を……しているんだ?」
ケンイチが暴走状態になり、再びアオイに襲い掛かろうと身構える。しかしアオイはその場でへたり込むと、落ち着いた声でケンイチに話しかけた。
「……私が今動けるのは、セシリーさんにある薬をもらったからだ。さっき知ったけどそれはシーラを救うために開発していた薬。飲むと傷と魔力を回復する代わりに、副作用がとても酷いものだと」
アオイは自分の頭を指さしながら話を続ける。
「その副作用はもう来てる。頭はガンガンするし、めまいもするけど、確かに傷と魔力は回復している。さっきシーラに散々やられたのに、こうして君と戦えたしね」
ケンイチは暴走状態のまま、アオイの話を一切無視してアオイに飛び掛かる。一切動こうとしないアオイにコニールは思い切り叫んだ。
「アオイ君! 動け! 逃げろーーー!!!」
しかしアオイはこの状況でも落ち着いていた。そしてケンイチの手がアオイに届こうとした次の瞬間、巨大な衝撃音が響き渡る。
「ガウッ!?」
ケンイチは音に驚き体勢を崩して、アオイへの攻撃を外す。
「ところでその薬。今の君が覚えているかわからないけど、“2本”もらっているんだ。私と君の分ね。……そして君が上着のポケットに入れるのを私は見ていた」
衝撃音が響いたのは校舎からだった。1歩ずつ瓦礫を踏みつける足音が校舎から聞こえてくる。
「私がもう1本を飲んでもよかったんだけど、この副作用から考えて多分2本目は本当に死ぬと思った。だから“あいつ”にそれを渡す必要があったんだ」
「ケンイチイィィィ!!!」
校舎から出てきた人物は怒りをにじませた声で大きく叫ぶ。
「アオイに手を出すんじゃねえ!! はったおすぞこの野郎!!!」
「……そう、ユウキに薬を渡したんだ」
アオイも立ち上がると、ユウキと共に並び立った。
「大丈夫? ユウキ?」
「……薬飲んでから頭がグワングワンするんだけど。傷は何とか治ったけどさ」
「……それ私も。あと、魔法は打てて2回……!」
「わかった。……俺の方は正直奴に勝てる手段が全く思い浮かばないんだけど」
「そりゃあ私もよ。……だけどさ」
ユウキはアオイが何を言いたいのか、先読みして頷いた。
「ああ、わかってる」
「「俺私二人なら、アイツを助けられる」」
ユウキとアオイは同時に発声したあと、ユウキは笑顔でアオイに指さした。
「だろ?」
「ええ。……行くわよ!絶対にケンイチ君を助ける!!!」




