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異邦人狩りーーユウキとアオイ  作者: グレファー
第28話 逆転
112/120

28-4

 アオイが倒れていくのを見て、ジェインはその敗因に思いを巡らせていた。近づいて一騎打ちに持っていくところまではよかったかもしれない。しかし結局そのあとに物を言ったのは“センス”だった。


 ジェインから見てもアオイの魔法の才能は特筆すべきものだとは思うが、それを使いこなすだけの本人のセンスが足りない。所詮アオイの魔力は貰い物の力であり、本人の力ではない。


 対してシーラの魔力も借り物であるとはいえ、シーラ本人にはセンスがあった。それがあの互いに未体験であった近距離での魔法の打ち合いで、紙一重の差をつけるものだった。


「……ごめんさない。姉さん」


 倒れていくアオイを一瞥もせず、シーラは謝った。魔法は直撃し、手ごたえもあった。あとはユウキを倒すだけ。シーラはユウキの方を見ると、ユウキの戦いも決着が近いのか、ハージュがうずくまっており、ユウキが真っすぐ立ってハージュに何かを話していた。しかしその顔が腫れあがっており、もう瀕死の状態であるのは見て取れた。


「あとは兄さんを倒すだけで……!」


 そうしてしまえばもうこの学校内に自分の敵はいない。そう思っていた。――しかしこの場にいた全員が勘違いをしていたことがあった。こうなることをアオイが“予測”していたことを。


 ズリィ。何かが擦れる音がシーラの背後から聞こえ、シーラは足を止める。最初はアオイが最後の力で動こうともがいている音だと思った。しかしもうアオイは立てるような状態ではない。さして気にすることでもないと。


 しかしその音が連続して聞こえ、シーラはゾッとして振り向いた。そしてシーラは信じられないものを見て、思わず呻いた。


「バカな……なぜ……!?」


 アオイが立ち上がってシーラに向かって足を引きずって歩いてきていた。口には何か“瓶”のようなものを加えており、すでにその中身を飲み切ったのはアオイはそれを吐き出す。


「さぁ……最後の攻撃だ!」


 アオイはシーラに右手を向ける。シーラは咄嗟に魔法での防御態勢を取った。もうアオイは体力も魔力も使い切っているはず。残るは瞬間移動で何かを飛ばしてくるしかない。しかしシーラは次のアオイの言葉に耳を疑った。


「ウェイル!」


 アオイは右手から水魔法を放ち、シーラへと攻撃する。まさか飛んでくると思わなかった魔法に動揺し、シーラはその魔法を打ち消すことに失敗し、瞬間移動に備えていた防御魔法での防御を選択してしまう。結果としてシーラの周りからバリアがはがれた。


「しまっ……!?」


 飛んでくるはずのない魔法にシーラは少し慌てるも、すぐに落ち着きを取り戻す。防御が間に合わなくとも、次の魔法は打ち消せばいいだけ。魔法が打てる理由がわからないが、打てるものは打てているのだから――。


 ドンッ。とシーラは背後から何かに背を押され、前のめりに体勢を崩す。アオイは魔法を打っていない。いったい何が――と、アオイの左手を見て何が起こったのかを一瞬で理解した。アオイの左手が地面についており、そしてその地面の先が大きく陥没していたのだった。


「瞬間移動……!」


 あれだけ警戒していたはずなのに、魔法を打ってきたことでシーラの防御の選択肢が魔法だけになってしまっていた。シーラが振り向くと、そこには盛り上がった土の壁ができており、それでシーラの背を押されたのだった。


 地面に手をついたシーラはすぐに起き上がろうとするが、すでにそれが遅いと察する。自分の頭にアオイの右手が突き付けられており、打ち消しも何も今度はもう間に合わない状況に追い込まれたからだ。


「……これで私の勝ちね」


 アオイは静かにシーラに言う。シーラはその場から動かないまま、アオイに尋ねた。


「なぜ……魔法が使えたんですか?」


 アオイは右手はシーラに向けたまま、目線で先ほど吐き捨てたビンに誘導した。


「……薬。セシリーさんからもらったやつね。超特級の逸品らしく、飲んだら速攻で魔力が回復するやつだって」


 アオイが飲んだ薬は、食堂に避難していた時にもらった緊急魔力回復薬だった。一瞬で魔力と体力が回復する代わりに、大きな副作用が起こるというもの。しかしシーラはその薬の効能を信じることができなかった。


「バカな……! そんな薬存在するはずがない……!」


 シーラが驚くのは無理はなかった。傷を一瞬で回復させる魔法薬は存在する。――シーラも大金を積んでその薬を手にしたことがあるからわかる。しかし魔力を一瞬で回復させる薬はまた別物だった。シーラが知っている限り、最高級品の薬でも1時間以上は休まないと魔力は回復しないという認識だった。


「いや……それは確かに一般には出回ってないものよ」


 後ろから声が聞こえシーラが振り向くとそこにはジェインと――ジェインに肩を担がれたセシリーがいた。シーラはセシリーと目が合い、怒りを目に滾らせながら悪態をつく。


「クソババア……!」


「シーラ……!」


 セシリーは立つことも困難なほど体力を消耗しきっており、ジェインが肩を離すとその場にへたりこんでしまった。


「ほんと……あなたって子はバカなんだから……!」


 かすれた声でセシリーは話すが、その言葉を聞いてシーラはセシリーに怒鳴り散らした。


「ふざけんじゃねえよ! 今更母親ヅラすんじゃねえ!」


 シーラに怒鳴られ、セシリーは何も言うことができずに目をそらしてしまうが、そのセシリーの頭をジェインが小突いた。


「あのねえ……あんたら二人ともいい加減にしなさいよ! 特にセシリー! あんた!」


「ジェイン……」


 セシリーは痛みで頭を押さえながらジェインを見上げた。ジェインは怒った口調ではあるものの、その表情は哀しんでいたものだった。


「私の時もそうだったけど、本当に言わなきゃいけないことは言いなさいよ! ……今アオイが飲んだ薬が、本当はシーラのために作っていた物だったって!」


「え……?」


 シーラは驚愕してセシリーを見るが、セシリーは目をそらす。アオイもまさかそんなものだとは気づかず、アワアワとしていたがジェインは話をつづけた。


「その薬は魔力が無いシーラでも魔力を得られるように、研究していた薬なんでしょう! あんたの本職は魔法開発なのに、全く違う分野の魔法薬学にまで手を出して!」


「あ……そんな畑の違いがあったんだ……」


 アオイは何度かセシリーの部屋に来ていたが、そういった考えに全く至っていなかった。単純になんか薬を作る道具がいっぱいあるなぁくらいの認識しか。セシリーは嗚咽を漏らしながらジェインに反論する。


「でも……! 結局完成させることができなかった……! 確かに薬を飲めば魔力を得られるけど、副作用がどうしても取り除けなくて……それに連続しての服用の危険性も……! これじゃああの子が魔力を得られるなんて、できやしないのよ!」


 ジェインは一度大きくため息をつくと、セシリーに指さしながら言った。


「それが何も言わない理由になるかぁ!!! あんたら親子は変にプライドが高いというか、肝心なことを話し合わないのよ!!! 私にもそう!私が退学するときも、あんた何にも言わなかったじゃない! そのくせ私が学校を出るときだけ顔出して! なのにさよならすら言わない! あの時は私も悪かったとは思うけど、そりゃキレるでしょうよ!!!」


「う……!」


 セシリーは何も反論できず、肩をすくめてしまう。その様子を見てアオイは呆れ顔になってつぶやいた。


「うわぁ……親子だなぁ……。というか以前セシリーさんから聞いてた話とだいぶ違うなぁ……」


 アオイはセシリーからジェインとの別れの話を聞いていたが、その時はジェインが勝手にキレてセシリーがトラウマを背負ったと聞いていた。しかし今の話を聞く限り、ジェインがキレる理由は充分すぎるほどにあった。


 そしてそれはシーラもそうだった。セシリーが自分のために魔法開発の研究を断念して、魔法薬学の研究をしていたことなんて知らなかった。自分が魔法を使えないと宣告されてから5年。――もしこの5年の間、セシリーが自分のためだけに時間を使っていたとするなら、それはどれだけの損失になるか。聡明なシーラだからこそ、その重さが実感できていた。


「なんで……なんで言ってくれなかったの……」


 シーラは自分の中のいろんなものが崩れていくのが実感できていた。魔法が使えないとわかって、親に捨てられたと思った。曾祖母と叔父以外の親類はみんな自分をロマンディに相応しくないと、けなしていると思っていた。だからグレた。――それが全部思い違いだったと?


 放心するシーラに、セシリーは深く頭を下げた。


「ごめんなさい……。怖かったの。…………あなたが魔力を持たない原因が私にあるんじゃないかって。あなたと顔を合わせるのが怖かった……だけど、もしあなたが魔法を使えるようになれば、その時はちゃんと話せるだろうって。そう思って……!」


 セシリーは泣き崩れ、シーラはその“母”の姿を見て、ただ茫然とするしかできなかった。そして同じようにセシリーに恨みを抱いていたと思われるジェインを顔を見た。シーラが自分を見てきたことに気づいたのか、ジェインは首を横に振り、優しくシーラに言う。


「……私もこいつを許せるようになったのはほんの数年前。この学校に教師として来てからだった。それまでは逆恨み続けていたし、顔を合わせたら気持ちが抑えられるかわからなかった。だけど、気づいちゃったのよね。この子は単純に気持ちを伝えるのが下手なだけだって。……でもそれは私が大人になったからだと思う」


 ジェインもかがむと、セシリーとシーラの両方を抱き寄せた。


「……私も、あなたたち二人が致命的なすれ違いをしているのに、今まで動いてこなかった。そうしなかった理由に私の個人的な感情が……学生時代の感情があったことは否定できない。……だから、私からも謝らせて。……ごめんさない」


 セシリーとジェイン、シーラが恨みを抱いていた大人二人から謝られ、シーラのアイデンティティは完全に崩壊していた。この5年間はなんだった?なんで自分は大人に理解されないと、勝手に思い込んでいた?その結果なにを失った? ――何を失った?


「シーラ?」


 アオイはシーラの様子が変わったことに気づき声をかける。シーラは地面に俯きながら両手を震わせていた。――失ったもの。そのことを考えた際、頭の中に響き渡る声があった。“諦めないで”。


「あ……ああ……!」


 シーラは頭を抱える。頭痛と吐き気が治まらない。そして“諦めないで”の言葉が鼓膜の奥で残響する。


「私は……私は……!」


 ――もう止まれない。止まるわけにはいかない。止まることは許されない。シーラの様子が変わったことに気づき、アオイはジェイン達に叫ぶ。


「先生! 逃げて!!!」


 アオイの叫びもむなしく、ジェインとセシリーの二人は後方にぶっ飛ばされていく。そして植えられていた木にぶつかり止まるが、二人とも力を失い倒れる。


「シーラぁ!!!」


 アオイはシーラの名を叫ぶが、シーラは我を忘れてブツブツと呟きながら立ち上がる。


「止まれない……諦められない……私がやらなきゃ……私が……」


 自分がヘレンを殺した。それが勘違いの末のくだらない行き違いだと? そんなことを認められない。彼女の死を名誉あるものにするためには、自分が彼女の遺志を果たさなければいけない。――しかしもうシーラの心は限界を迎えていた。


「嫌だ……誰か助けてよ……もう嫌だよ……お願い誰か……」


 もう何もわからない。どうしていいかわからない。顔を上げたシーラの両目からは涙が溢れていた。


「シーラ……そうか……これは……」


 ――これは私だ。アオイはそう思った。自分も3か月前に、結城葵だった時に、母親の病気を宣告された時にしていた顔だった。自分はあの時から変わっただろうか? ――間違いなく変わった。それはただ身体が変わっただけではない。心が変わった。それはなぜか? そんなのわかりきっている。


「……わかったよシーラ。私があなたを助ける。だからさ、これからも私を助けてよ」


「う……うわあああああああ!!!」


 先ほどと同じ、近距離での1対1。先ほどはセンスの差で負けた。――でももう負けない。アオイは確信していた。薬の効果で体力や魔力が回復しているから、シーラが正気を失っているから、理由ならいくらでもつけられる。だがそうではない。


「ウェイル!」


「ドナール!」


 互いに魔法を放つが、シーラの魔法は空を切り、アオイの魔法だけがシーラに当たる。――理由は簡単だった。


「帰ろう。シーラ」


 アオイは倒れゆくシーラを抱き寄せる。勝因は思いの強さだった。シーラを助けたいという思いの強さが、アオイにシーラのセンスを上回らせた。そして、その強さをくれたのは、ユウキにコニール、そしてシーラの”仲間たち”だった。

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