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こちらの世界に来て、アオイも何度か強敵との戦いを経験していた。異邦人狩りと呼ばれるようになるにあたって、何人もの異邦人と戦ってきたし、暴走したユウキとも対峙もした。主だった強敵の相手をユウキに任せていることが多いといえども、アオイもそれなりに成長してきていた。
そのことはシーラもわかっていた。2か月間も共に旅をしてきた仲であり、シーラは心からアオイのことを、掛け替えのない仲間だとも思っていた。しかし、アオイがこのタイミングでなぜ敵意の炎を燃やしたのか、シーラには理解ができていなかった。
「アオイ……?」
それは横にいるジェインも同じだった。教師と生徒としての関わり、それもたった2週間もないジェインからしてみれば、アオイの心理構造なんて把握できるわけがない。
「ジェイン先生……一つお願いがあります」
アオイはジェインに耳打ちをし、その内容を聞いたジェインの顔が青ざめていく。アオイはジェインの態度の急変に気にもかさず、言い終わるとそのままシーラの方へ向いた。
「……その方針で」
「いや……いやいや待ちなさい! そんなこと……!」
ジェインの制止も聞かず、アオイは前に踏み出していく。この時点で、アオイたちの勝ち目は相当に薄くなっていた。ユウキほどのステータスが無いアオイでは、肉弾戦など望むこともできない。しかしシーラからは世界樹の接ぎ木から得た魔力で魔法を打ち消され、防ぐのも精一杯の強力な魔法を連射してくる。
しかしシーラはアオイのことを一切舐めてはいなかった。それどころかアオイやユウキたちに対し過剰な尊敬を抱いていたシーラにとって、本人たちが思う以上にその強さを警戒していた。だからこそ、アオイのその行動には必ず意味があると思っていた。
シーラが思うアオイの逆転の手段は“瞬間移動”の能力以外に考えられなかった。これだけが今のシーラとアオイを分ける大きな違いだからだ。あの能力は直接的な戦闘能力が高いわけではないが、応用が効くことはシーラにもわかっている。上空に飛ばす、物を飛ばす、地面を抉る。魔法を使わない攻撃方法をいくらでもあることを。
「姉さん……あんたを倒せば、もう誰も私からこの接ぎ木を奪えないんだ! 手加減はしない!」
「あんたがそれを持っていることで何が起こるか、わからないわけじゃないでしょう!? 自分で引き返せないって言うのなら、私が引き戻してやる! そしてまた一緒に旅を続けよう!」
アオイは右手をシーラに向ける。シーラはそれが“能力”を使うサインだとわかっていた。シーラはアオイの左手を注視した。何かが飛んでくるならまずその左手から。アオイの左手には鉄球が握られていた。――恐らく、オレゴンで見つけたとかいう砲弾。
「そんな安易な攻撃……!」
シーラは手に持った接ぎ木をアオイに向けると、アオイの足元から地面が抉られ、土塊がアオイにぶつかっていく。地属性の初級魔法であるコラールという魔法で、魔力により石を巻き上げ、アオイに攻撃を加えた。石のぶつかった衝撃でアオイは砲弾から手を離してしまい、やぶれかぶれで魔法でシーラに攻撃を加えるが、それも呆気なく打ち消されてしまう。
「くっ……!」
アオイは呻いた。やはり戦法がことごとくシーラに見抜かれてしまっている。それも当然であり、アオイの戦法は殆どシーラ発案であるからだ。
「シーラ……!」
アオイは感情のままにシーラの名前を呼ぶ。この世界に来て、下手するとユウキよりもシーラと話している時間の方が長かったかもしれない。同じ女(と言っていいのか疑問だが)であり、魔法を教えてくれた師匠のような存在。旅に出てからは二人で行動することも多かった。そんなシーラと戦いたくない。その思いが今の一連の攻防であふれてしまった。
「姉さん……!」
それはシーラも同様だった。今までろくに友人ができたことがないシーラにとって、アオイは一番深く付き合った人間と言える。アオイを倒すことで世界樹の接ぎ木の入手を確実なものにできるが、アオイを必要以上に傷つけたくはない――それがシーラの枷になっていた。せっかく手にした強大な魔力も、アオイに向けて放つ際には相当に手加減しなくてはならないからだ。
アオイの背後から大きな衝撃音が聞こえ、アオイとシーラはその方向を見る。ちょうどユウキがハージュから顔面にパンチを入れられているところであり、二人は最初その攻撃をくらっている人物を見て、ユウキだと咄嗟に判断できないくらいに顔面が変形していた。
「早くしないと……!」
アオイはそれを見て、早くシーラを止めてユウキの加勢に行く必要があると思い、シーラへと向かっていく歩みを速めた。しかしシーラはユウキの様を見て、別の思いを抱いた。
「もう……戻れない……!」
自分のせいで敬愛するユウキもアオイもボロボロになってしまっている。それはシーラにとって、必ず目的を果たさなくてはいけないという責任に転嫁されてしまっていた。何やら決意を固めたシーラを見て、アオイは呆れながら叫んだ。
「面倒くさいなーーー!!! もう!!! 勝手に一人で抱えやがって!!! あんたが頭いいのはわかったから、少しは相談しろよ!!! ちょっと会話すれば、こんな面倒なことにはならなかっただろ!!!」
「……それは一字一句同意だわね……」
ジェインはアオイの文句に完全に同意して頷いていた。それは離れてみていたセシリーも同様の思いであった。いきなり自分の欠点を指摘されたシーラは、顔を赤くしながら怒ってわめき散らず。
「う……うるさい! 私の気持なんか、誰にもわかってたまるか!!!」
逆切れするシーラの言葉を聞いて、アオイもさらに逆切れし返して叫ぶ。
「さっきもその話したわ!!! だったら“俺”がどんな学生生活してたか、話してやろうか!? 体育の時間で誰もペア組んでくれないとか、修学旅行で一人置いてかれるとか、部費や道具代払えなくて部活辞めたとかさぁ!!!」
アオイは唾を地面に吐き、自分の髪をかきむしった。
「シーラはいいよなぁ! なんかすごい天才的な才能持ってて、めっちゃお金持ちで、太い実家を蹴っ飛ばしても自分の力で生きてこれたし、大方自分をイジメてきてたやつらだって、やり返せてたんだろ!? 私は片親の下で暮らしてきて、自分で料理を始めるまで基本半額のスーパーの総菜ばっかだったし、地元が不良の巣窟だったせいで無視されるならともかく理不尽に暴力を受け続けてきたぞ!!!」
シーラはアオイが吐き出し始めた不平不満に、今度は引き始めていた。正直知ったことではない――が、それは絶対に口にしてはいけない言葉だった、それは言ってしまえば、今度は自分が戦っている意味が完全に不明になるからだ。
「この姿になって、そしてこんな異世界に“転生”してさぁ!!! なんかすごいチヤホヤされるようになったけど、見た目も才能も自前のものじゃねえから気まずさが勝って素直に喜べないしよお!!! この声で“俺”って言うのが気持ち悪いから“私”にして、女言葉使ってるけどさぁ!!! 正直いまだに自分をどう扱っていいか、わかんないのよ!!!」
アオイの目は真っ赤に充血し、涙が溢れていた。ここまで感情をさらけ出すつもりが一切無かったからか、頭で考えた言葉ではなく、ただただ感情のままに口から声が漏れていた。
そのアオイの言葉を聞いて、シーラ、ジェイン、セシリー全員が言葉を失っていた。シーラが自分のことしか言わない勝手な人物という話で進んでいたはずなのに、なぜかそれ以上に聞きたくもないどうでもいいわめき散らしを聞く羽目になり、反応のしようを見かねていた。とりあえずジェインが一番大人であるということで我に返り、アオイを慰める言葉を探りながら声をかけた。
「そ……そうね。……でもまだ君は若いから……」
――誰かいい人に出会う。と言いかけてジェインは慌てて口を閉じた。多分さっきの話を聞く限り、確実に神経を逆なでする言葉だったからだ。それにジェインはユウキとアオイの事情について詳しいわけではないが、言葉の節々から拾った情報から推察すると、恐らくアオイの元になった人物は相当の“落ちこぼれ”であると予想できたからだ。
シーラも同様の想像をしていた。ユウキたちは日本の話はよくしてくれたが、結城葵の話については頑なに口を閉ざしていた。時折見せるステータスや能力以外のポンコツ具合から、元の結城葵についてあまりいい感情を持っていなかった。それが明らかに矛盾しているとしても。
「ね……」
シーラはアオイを励ますような言葉をかけようとした。しかし、それは当のアオイからの言葉に遮られることになる。
「グスッ。…………“これで目的は達した”」
急に先ほどまでとは違う、何か意味のある言葉を吐いたことで、シーラはハッとする。今のアオイの妄言の最中にも、足は止まっていなかったのだった。
「……不幸自慢なんてしたくなかったけど、なんかテンション上がっちゃって……。おかげでこうやってあんたに近づくことができた」
アオイとシーラの間には、もう2mも間隔は無かった。アオイの目的はシーラに近づくことだったが、これは作戦なんてものではない。単に感情が抑えきれなくなってただただ思いついた言葉を声にしていただけだった。
「なんてこと……!」
ジェインはアオイがその距離まで近づけたことに驚愕していた。アオイがジェインに耳打ちしたことは、何とかして近づくから援護してほしいということだった。それが呆気に取られているうちに達成してしまった。ここから先はジェインにももう手出しできることではない。
「近づけば何とかなるとでも……!?」
シーラは強がりながらアオイに言うが、アオイは首を横に振った。
「いいや。正直こっから先どうしたらいいのかよくわかってないけどさ」
ジェインは右手をシーラに向ける。
「さっきよりは遥かに状況がマシになったと思わない? 離れてたら一方的にやられるだけだったのが、こうしてやるかやられるか、まで持ってこれた」
シーラは軽く微笑みながらうなずいた。
「ふっ……そうですね。遠くから魔法が打ち消されるだけよりは遥かにマシだ」
そして互いに黙りこくり、微動だにしなくなった。西部劇の決闘のように、互いにその“瞬間”を図っていた。
またユウキが顔面を殴られたのか、肉がめり込むような嫌な音が響きわたる。その瞬間、アオイとシーラは互いに魔法を放った。
「ウェイル!」
「ドナール!」
互いの魔法が交差し、風が吹く。ジェインとセシリーはその結果を固唾を飲んで見守っていた。――そしてすぐにその結果はわかった。
「がはっ……」
アオイが血を吐いて倒れ、シーラはしっかりと自分の足で立っていた――。




